連休が明けた。
街頭には少し人が増えた。
くたびれきった背広族と、逃げるように走り回っている少年少女。
役所の周辺には無限の行列。
シャッターを閉め切った店舗前では、穏やかな表情で浮浪者たちが寝ている。
新聞はこのところ、海外ニュースが充実していた。
エヴァンズが言うには、日本国内にいる記者はカレンダー通りに休んでいるからだそうだ。
ゴールデンウィークは日本独自の慣習なので、国外に駐在している特派員には適用されない。だから送られてくる原稿の比重が偏るのだと。
そういうものですか。
「国外といったって、USの話題ばかりだね。
しかも、英語で報道された記事をただ要約してるだけのくせに、基礎知識が足りないからやたらと間違えてる。
むしろこれだけを読んだヤポがいったい世界をどんな形だと認識するようになるものか。それならば多少は興味深い。
ジョバンニ君。いったいドナルド大統領って、どんな人物だい」
まただよ。
こいつの精神的なイジメには、うんざりだ。
しかしわかりませんと逃げるのも癪だし、ここで話が止まってしまえば俺はわからないままでい続けるしかなくなる。
これはエヴァンズから、カモッラ流の邪悪思想を引き出させるチャンスなのだ。それはいつか逃げ切るときに必ず役に立つだろう。
俺はそう、自分の心に説いてやる。
せいぜいバカにされてやるさ。調子に乗せてやればいい。
そうさ、これは、作戦なのさ。
ドナルド・ジョンは4年前、ヒラリー・ロダムを選挙で破ってアメリカ大統領となりました。
大接戦で、当時の報道ではギリギリまで初の女性大統領が誕生するぞという予測で賑わっていたように記憶します。
その前の大統領は初の黒人で、彼が選ばれたときも世界中が熱狂しました。アメリカではマイノリティでも国のトップになれるんだぞと立証した意義はたしかに大きいと思います。
しかしバラク大統領は何事にも慎重で、とくに軍隊を使うことには否定的でした。
次の大統領も同じ党から出るならば同じ路線が続くようだという危機感が、全米の軍事産業をドナルド支持に向かわせたのだという検証がされています。
ともかく白人男性で大富豪という、これまたいかにもアメリカンな大統領が誕生したのです。
粗野で無学で乱暴で礼儀知らず。まるでトム・ソーヤーかハックルベリー・フィンのようなドナルドを、いわゆる教師タイプの人々は嫌悪します。
アメリカ国内でも、3年半経った今も賛否両論が渦巻き、次に再選されるかどうかはまったく予断を許さない。
ちなみにですが、ちょうど1年ほど前、岸首相が令和初の国賓として、ドナルド大統領夫妻を東京へ招きました。他人に頭を下げることを何より嫌うというドナルドが天皇陛下に跪き、国技館の大統領杯で力士にトロフィーを授与し、和牛料理に舌鼓を打ちと、すっかり上機嫌で帰っていったのです。
世界がこれをどう報道したかは知りません。ですが、札付きの問題児ドナルドを最高以上にもてなした岸首相の接待力は大いに評価されて然るべきでしょう。
イデオロギーをぶつけ合うばかりでは、国と国との対立はいつまでも終わらない。世界は不安定化し、どんどん危険な場所になっていくばかりですから。それを解決するひとつのやり方を、日本は提示できたと思います。
それにしても、今年ですよね次の大統領選。
そもそもドナルドに、2期目を続けるつもりは、あるんだろうか?
「……やっと、終わってくれたのかな。いやあ、つらかった。君とつきあい始めて今日がいちばんダメージをくらった。コーヒーをもう一杯飲みたい。次のドライブスルーに寄っていこう」
はいはい。なにか間違ってるとこあったでしょうかね。教えてくださいな。
「ドナルドが男性であることと、2019年5月25日に来日した事実以外はすべてデタラメだ。
僕がストップをかけたくなった箇所は13までカウントしていたがそこでやめた。よく最後まで耐えていられたよ」
エヴァンズのタブレットを、ちらりと覗く。
単語が手書きで十数個並んでいるけど、晒し上げたい部分をチェックしてたのか。
底意地の悪い教師だ。そんなだから生徒に嫌われるんだぞ。
「3番目のこれ。
バラク・フセイン前大統領が軍隊を使うことに否定的だったというのは、君の感想?
それともヤポメディアの受け売り?」
はい?ええと……
なに言ってるんだ、こいつは。
民主党は対話路線で、共和党はすぐ空爆って常識じゃないか。感想も受け売りもへったくれもあるか。
「バラクほど特殊部隊を好んで使った大統領も珍しいよ。
強いていうならジョージ・ウォーカー父子はUS6軍すべてに活躍の場を与え、英雄をつくり表彰することを使命と心得ていた。対して、バラクは軍をメディアに報道させることが嫌いだった。
兵士を現地へ送らせないために無人機開発を徹底的に推し進めたのは間違いなくバラクの功績だし、ドナルドもそこだけは中止させずちゃっかり継承させている。あれだけバラクのレガシーを何もかも破壊して回った男がだよ。
ドナルドはむしろ、軍が立案した作戦にほぼノーを突きつけている。
理由は、そんなカネを出したくない、からだ。
軍はバラクよりもずっとドナルドの方を嫌ってるよ」
ぽかーん。え、そんな話、まったく初耳ですけど?
「ヤポの自称報道機関は、足腰立たず脳にシワもつくらないブロイラーを促成栽培するために存在しているんだ。
USの実情を正確に解説したりすれば、ブロイラーが考え事を始めちゃって、太るのをやめちゃうかもしれないじゃないか。
だから黙っているんだろう」
ん?いまちょっとだけ褒めた?
日本人だってきっかけさえ与えられれば考えるんだぞって言ったか。
メモしておくぞ。心のなかに、刻んでおくぞ。
「5番から8番。ドナルドのプロファイルも、ひどすぎるな。
こんなのをアメリカンの標準にしたら、全米が泣くぞ」
そうですか?まあ確かにアメリカ大陸にはいろんな人がいるでしょうけど。
「アメリカ大陸まで広げちゃうと、確実に白人なんてマイノリティだ。
ドナルドの父はドイツ系、母はスコットランド系の移民だが、この3人を白人と一括りにするのも相当な無理がある。
君ならドナルドを、いかにも共和党の政治家らしいとまで言い出しかねないが、そんなことミシガン州で発言してみろ。ああ実際にやらせてみると面白いかな」
ミシガン?記事に出てきてたぞ。なんだっけ、ドナルドに名指しで批判されてた州のひとつだったような。
とにかく物騒らしい。行くわけないだろ。
「だいたい2016年の選挙でドナルドが勝った理由を知っているのか。
総得票数ではヒラリーの方が上だったんだぞ。
接戦でもない。不正も行われていない」
またまた。
根本的な前提から何もかも崩れてしまう。
得票数ではドナルドが負けていた?
だったら、どうして?
「想像してみろ。
国内に、A州・B州・C州の3つしか無いとする。
それぞれの人口は300人・30人・3人だ。
大統領選挙を行う。総人口333人のうち、300人が民主党候補に投票した。ところが33人分しか票を集められなかった共和党候補が大統領になれた。
なーぜだ」
……B州とC州では有権者が共和党を選んだ、から?
「そう。USの大統領選挙は2段階式になっている。一般投票で民衆の支持を集めた選挙人だけで決選投票を行い、その結果で大統領を確定する。
ドナルド陣営の参謀は戦力配分を適切に実行した。一方ヒラリー陣営は勝利確実と油断して、早々と翌年以降のスケジューリングにリソースを振り向けた。
ドナルドはモラルが低いと揶揄されても耐えていたが、その姿を見て、応援する者は必ず投票所へ足を運んだ。
民主党にはこのモチベーションが決定的に欠けていたのさ。
ヒラリーは、敗れるべくして敗れたんだ」
アメリカって、なんでそんな回りくどいシステムを採用してるんですか?
直接選挙で1回で決めちゃえば、もっとすっきり民意が反映されるのでは?
「そんなことをしたらA州以外では投票する意味すら無いということになってしまわないか?
投票所が1つしか無いなら直接選挙もアリだが、行政単位が複数あって、最大から最小までの人口比も著しいなら、間接選挙にした方が住民一人ひとりの権利を均等化するには適切なんだよ」
そう……かなあ。もっと究極の、いい解答が、ありそうなものですけど。
「不満かい?ところでヤポはこれの真似事ですらない稚拙なやりかたで国家元首を決めているんだが、先にそっちをどうにかしたまえ」
へ?
「岸首相はどうやってこの国の最高権力者になったのか。なり続けていられるのか。
人類史上最低の民度を誇るヤポという島で民主主義の体裁を取り繕いながら独裁者として君臨する秘訣とはなにか。
将来自分も首相になるつもりで考えてみるのも面白いだろう?って話だよ」
ちっとも面白くなんかねえよ。結局最後は日本ディスるだけに戻ってきやがった。ふざけんな。
「ま、どんなシステムだろうが、勝つには戦略が必要だ。
ゲームのルールを理解して、必要な武器とメンバーを準備し、適切なタイミングで用いる。いきあたりばったりでは確実に敗北し、カネも命も尊厳も余すところなく毟られるのが永遠不滅の鉄則さ。
こんな新聞からだって、考えるヒントは無限に見つかるものだってのに。
君はいつ考えることを始めるんだ?」