東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-01-004.hmos

火曜日。スーツを着て、派遣会社へ向かった。

昨日よりずっと緊張しながら、受付のベルを鳴らす。

広瀬氏が出てきて、今日は少し広い部屋へ通された。

中央に正三角形のテーブル。3人が、互いの顔を見ながら商談できるようになっている。面白い。こんな家具があるんだ。

 

「夜まで全国、雨みたいですね。宮澤さんの郷里では雪かな?」

 

岩手の予報は、曇りのち雨でした。

最高気温は6℃くらいだったので、雪には、ならないかな?

 

「えっ、東京とそんなに変わらないんですか。意外だなあ」

 

こんな話をしながらクライアントの担当さんを待つ。おそらく、時間きっかりに来るだろうという。

まさしく、その通り。10時きっかりに扉がノックされた。

広瀬氏が招き入れる。

俺は立って、挨拶をする。

すぐに面接が始まった。

 

「秋までのミッションに入っていただきます。

基本はアシスタントで、上司の指示に従いその都度動いてもらいます。

ホテルを準備してあるので、住み込みで。宿泊費・光熱費・食費はすべてこちらで負担します。

ギャランティーは2万USドル。

終了時に全額キャッシュでお支払いする予定ですが、雑費等で必要な分があれば限度内で先払いも可能です。利息は付けません」

 

エヴァンズと名乗る担当者は、軽やかな日本語で、資料も見ずにそう説明した。

マスク越しには日本人のようにも見えるけど、完全に外資系だろう。年齢は広瀬氏と同じくらい。30代前半、かな。

英語できませんけど、たとえばどういう業務をする感じですか?と、おそるおそる尋ねた。

 

「まずは運転手から始めてもらおうと思ってます。プリウスに乗ったことはありますか?」

 

ああ、ちょっと安心。社用車で東京都内を毎日走ってたから土地勘もある。

プリウスは、助手席になら。でも全然大丈夫だろう。クセのある車ではない。

 

「8ヶ月くらい拘束されることになりますが、その間に英語を覚えてもらえれば、他の仕事もお願いするようになっていくでしょう。

2万USドルは最低保障額ですが、能力給は別に査定します。ミッション終了後、条件と希望が合致すれば、新たな契約を結ぶ場合もあるでしょう。我社は決断が迅速である人を求めます。

私からの条件は以上です」

 

説明終わり。5分もかかってない。俺は返答を迫られた。

これが外資系か。すげえ。

千載一遇のチャンスだ。逃してたまるか。

即決した。

 

「今日これからすぐホテルへ向かいますが、大丈夫ですか?」

 

昨日聞いていたので、その準備はしてきてある。

事前にそこまで用意周到だったことが驚きだ。広瀬氏もエヴァンズ氏も、俺なんかとは住む世界の違う、本物のプロだ。

すぐさま契約へ移る。

俺の名前はここで初めて明かされた。

 

エヴァンズ氏の会社は、カモッラという名前だ。

コーディネート業と、契約書には記載してあった。接待か。

秋まで?もしかしてオリンピックに関わる仕事だろうか。世界中からのお客様をお迎えするのかな。なるほど、24時間態勢になるから、ホテルで常に待機しておくわけだ。

そんなことをグルグルと思い巡らせながら、タブレットの契約書に何ヶ所もサインした。

手続きは終わった。それでも、開始からまだ30分も経っていない。

 

エヴァンズ氏と駐車場へ向かう。青いプリウスだった。

エヴァンズ氏がロックを外したあと、俺が運転席へ座る。

もう仕事は始まっているのだ。そして、1秒も無駄にしないんだ、カモッラは。

気合が入る。

 

「方向は私が指示するので、それに従って走ってください。安全確認がしっかりできているか等の適性検査をします。走行時間は30分程度を予定。では、スタート」

 

走る前にブレーキランプやオイルをチェックしますか?と、念のため訊いた。

 

「雨も降ってますし、そこは省略しましょう。しかし今の確認は大変良いポイントです。万事、その調子でお願いします」

 

よし、いい感じだ。俺は車を走らせる。代官町から首都高に入り、霞が関ですぐに出た。

 

「前職では具体的にどんな仕事をしてたんですか?差し支えない範囲で、教えてもらいたいな」

 

都内のレストランやカフェなどに、食材を配達して回ってました。

早番は朝3時から昼12時まで。豊洲へ仕入れに行きます。遅番は朝9時から夜6時まで。時間通りに帰れることは、まず無いんですけど。

 

「きつかったかい」

 

きつかったですね。通しもしょっちゅうだし、誰かが休めばその穴埋めも大変でした。だから今回、会社には多大なる迷惑をかけたなあと、反省もしているんですけど。

 

「従業員から新型コロナ罹患者が出たなんて、食品卸業者にとってはたしかに致命的だろうねえ。

でもそれを揉み消すという選択をして、なおかつ会社にとって最も危険な証人をすぐ監視外へ放逐したわけだ。

僕たちだったら絶対にそんなこと、しないけどねえ」

 

エヴァンズ氏の言葉遣いがだんだん、くだけてきた。いいぞいいぞ。

俺は、会話に気を取られすぎないよう、しっかりと運転に意識を集中した。

六本木から元麻布の住宅街へ入る。

走り始めて、そろそろ30分経つ。

 

「最徐行。はい、そこのガレージへ入って」

 

スロープを、ゆっくりと下る。

真っ暗。プリウスのライトが、自動で灯る。

広い車庫だ。

そろそろと、指示通りに進む。迷路のような地下通路。

住宅街から入ったんだよな?

ものすごく不思議な感覚だったが、そこは考えないことにした。かなり奥まで入ったところで、駐車するよう命じられる。

エヴァンズ氏はそのスペースの照明をつけた。青いプリウスが、まぶしく輝く。

ここで車輌点検を、一通りやった。

エンジンオイル・冷却水・バッテリー液・ウオッシャー液・タイヤ空気圧・各種ランプ。発煙筒や三角指示板までチェックした。

前職で鍛えられたスキルがこんなところで試されるとは思わなかったが、たぶん満点をもらえたんじゃないかと思う。エヴァンズ氏は最後にブラーヴォーと言ってくれた。

この種の試験で糠喜びは禁物だが、今回は、自信と手応えがある。素直に喜んでいいだろう。

 

照明を消し、エヴァンズ氏は懐中電灯をつける。その後ろをついていく。

何か操作している。突如、扉が開いた。エレベーターだ。ん?

強烈な違和感。

ボタンが無い。階数表示する液晶も見当たらない。ただの函だ。

こんなエレベーターがあるのか。

一緒に入る。勝手に上がって……いく?

自動で開いた。

いったい、ここは、どこなのだろう。秘密のアジトか。

廊下のすぐ向かいに、扉があった。

エヴァンズ氏が開ける。

タタミ1畳ほどの小部屋で、脇に脱衣カゴのようなものがひとつある。

ここで服を脱ぐように言われる。

 

「手荷物も全部ここへ入れて、完全すっぱだかでこの先へ進んでくれ。

次の部屋でシャワーを浴びたら、その次の部屋にガウンがあるので、それを着る。

さらに扉を開けると廊下になっていて、右手の1106号室が、君の個室だ。

そこへ入ったら、ひとまずくつろいで、次の指示を待っていてくれ」

 

それだけ言うと、エヴァンズ氏は元の扉から出て行った。

ぽつんと、とりのこされた。

呆然とするが、ここまで来たら、どうにもならない。

あのエレベーターから自力で脱出は不可能だろう。

言われた通りに、前へ進むしかあるまい。

 

俺は、全裸になった。

 

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