コインパーキングで待機していた。
住宅街だし、すぐ戻ると言われていたので、運転席で考え事に専念していた。
警官が近付いてくる。
後ろにもう一人、スーツの男がついてくる。
窓を開けながら、スーツの方に注意を傾けた。
60歳、いやもう少し上かな。目つきの鋭い、刑事のような印象。
ていうか、刑事でしょ。
「昨晩、この付近で集団暴行事件が発生しましてね。手懸りになる証言を探しています。
なにか拾ったりとか、気付いたことなどは、ありませんか?」
警官は、恐縮しながら訊いてきた。
腰の拳銃につい目がいく。
リボルバーだ。17発も装填するのは不可能。俺が使ったのより、銃身も短い。
おもちゃにしか見えない。
有事の際、頼りになるんだろうか。
そんなことより、集団暴行事件ですか。
物騒ですね。いま駐めたばかりで、特別気になったことなどは……
スーツの男が車の後ろに回り、警官に目配せをするのがガラスの反射から見えた。
警官、ひと呼吸おいて、免許証を求めてくる。
厭な雰囲気だな。
免許証を差し出す。
カモッラが偽造したもので、エヴァンズから、この通りのプロフィールになりきれと指示されている。
警官、スマホで撮影し、スーツ男に目配せ。
合図を受け取ったのち、俺に返す。
今度は、スーツのほうが話しかけてきた。
「銃が、好きなのかな?
それと、20分前にもここにいたよね。
お仕事ですか?どこにお勤め?」
実をいうと、この警官に保護を求めてカモッラの悪事をすべて証言してやろうと思いついてはいたのだ。しかし、その考えを捨てた。
この2人がまちがいなく正義の味方だと確信できるまでは、エヴァンズに命じられた通りのアリバイで貫いておいた方が得策のようだ。
この刑事さん、ちょっと、怖い。
「この住所に暮らしてるの?独身?だれかと一緒?
近くに映画館あったよね。
今は何のポスターが張ってあったか教えて?」
暴行事件の捜査から完全に外れているぞ。明らかに、俺自身へ疑いの目を向けている。
カモッラの一味だと気付いているのかな。
どうしよう。正直に白状すれば、すぐに俺をここから連れ出してくれるだろうか。
どう答えれば判断できる?
口ごもってしまう、俺。
刑事の顔つきが一層、険しくなる。
「なにか隠してるだろ。うしろめたいことが無いなら、なぜ堂々と話さない。
私は警視庁の刑事だ、ほら。
きちんと答えたまえ。君は、本当は何者だ?」
圧に、びびる。
隠していることも、うしろめたいことだって持ってますよ、にんげんだもの。
この人が正真正銘の刑事なら、警視庁はカモッラよりもおそろしそうだ。
俺はどこへ逃げたらいいんだ。
感情が決壊しそうになるまさにその時、通りの東側からエヴァンズが現れた。
刑事と警官に、外国語で話しかけている。ペラペーラ、ペラペーラ。
警官は立ち尽くし、刑事は表情を一変させてハローハローサンキューとか適当な英語で答え、俺に振り向いて「失礼した」と一言謝って、去っていった。
……ぽかーん。
「ずいぶん怖い目に遭ってたみたいだな。どんなことを尋ねられた?」
俺は思い出しながら、再現をする。
エヴァンズはそれをタブレットに書きこみ、送信した。
こういうデータも集めて対策を更新しているのだろうか。おそれいる。
「暴行事件だって?そっちもチェックしておこう。……おやおや。
ハハァン。
なるほど、見事に符合するね。それにしてもひどい」
エヴァンズが、ニヤニヤしている。
気になるなあ。
不意に、車を出せと命じられた。次の約束の時間だからと。
道中、いつもの軽口が始まった。
「ジョバンニ、君も外国語のひとつくらい学んでおきたまえ。
ヤポの官憲はそれだけでビビって退散する。たまに英語のできるやつもいたりするが、教養が欠けてるからイロニアもサルカーズモも通じない。
褒めてやればそれだけで喜んで、どんな扉でも開けてくれる。便利だぞ」
ぐさりとくる。
たった今、それを見せつけられたばかりだからだ。
頼もしいおまわりさん。治安を守ってくれる精鋭たち。みんな何処へ行った。
外国人相手の犯罪には手も足も出す気ないんじゃないか。
ひどすぎる。
夕方、朝のパーキングへもう一度駐める。
エヴァンズが、ついてこいと言う。
もう刑事たちはうろついてないから安心しろと。
どうしてそんなことまでわかるんだ。
俺は認識をあらためる。
たとえ優しい刑事さんに出会うことがあっても、保護を求めるのはやめておこう。
カモッラに勝てるわけがないからだ。
弾数だって2~3倍違う。勝負にすらならない。
「そっちがZA大使公邸。
今朝はここを訪問していたんだ。僕もさすがにアフリカーンス語は話せないんだが、大使は英語が流暢だからね」
その先にある高級住宅街を、ゆっくりと歩いて回る。
エヴァンズは一本の電柱に注目した。
地面に、キラキラとガラス片の散乱が見られる。
それで満足したのか、帰ろうという。
車の中で、解説が始まった。
「警視庁のキャリアが昨夜、自宅でパーティーを催した。
同僚7人が遊びに来て、夜半過ぎにはベロンベロンに酔っ払い、大騒ぎしていたらしい。
玄関先で、飼っている犬が吠えていると誰かが気付く。
見に行った。通りすがりの大学生カップルがそこにいた。
かれらも酔っていたんだが、コロナ禍なのに不謹慎ですよと大人たちに説教してしまったらしいね。
警視庁キャリアたちは激昂する。
緊急事態宣言中に深夜まで外で飲んでいたおまえたちこそけしからんと尋問を始めた。家の中へ連れこんで身ぐるみ剥ぎ、男には殴る蹴る、女には陵辱を加えた。
また犬が吠えた。
様子を見に行く。近所の住人が、スマートフォンで通報していた。家の中から女性の悲鳴が漏れていたので、さすがに事件だと思ったのだろう。
そのスマートフォンは取り上げられ、電柱にぶつけられて粉々になった。
さっきの破片は、そのときの残骸だ」
あ、あ……ありえません、そんなの。嘘でしょう。
「もうギブアップかい?
30分後、通報によってパトカーが来た。深夜だし、事件だからひっそりとね。
警察官AとBが乗っていた。Aはキャリア組で、犯罪者たちのかわいい後輩だ。陵辱と暴行をお手伝いする。
Bは、通報者への説得を命じられた。スマートフォンの弁償と、口止めだね。
それを終わらせ、やっと、署の上司に応援を要請する。
さっきよりも静かに、救急車が呼ばれた。
大学生2人は担ぎこまれ、警察病院へ運ばれる。
キャリアたちはそろそろ状況を理解しはじめ、自分たちが泥酔していたことを認めた。
証拠隠滅に最大級の人員が投入される。
翌朝すぐ刑事たちが駆り出され、周辺の聞き込みを開始。何かを見た、聞いた可能性のある者を調べ回っていたというわけだ。
どうだい、スッキリしただろう?」
スッ……キリ、してたまるか。
よくそんな、根も葉もない誹謗中傷を創作できるものだ。
だいたい、隠し通せるわけがありません。大学生は訴えるでしょうし、マスコミと市民が黙っちゃいません。
「瀕死の被害者が警察病院から外に出られた場合は、そういう可能性だって生じるかもね。
まだ死亡報告書は作成されてないようだが、時間の問題だと思うよ。
最近都内で急増中のホームレスか不逞外国人の仕業と推定される。警視庁は全力で捜査にあたっています。というシナリオが現実的なところだろうか。
メディアが公表するとしても、この程度の事件なら類似の過去記事を少し加工すればじゅうぶんだし、読者に、お外って危険ですよと注意喚起する方向でまとめるだろう。
警察の威信に傷なんかつけたら、記者だけでなく発行元まで同じ目に遭うからね。
貴重なキャリア人材のメンタルケアも大切だ。
こんな一度のあやまちで、かれらが自信を失うようなことがあってはならない。よく反省させ、守ってやった先輩たちにはこれまで以上の忠誠を誓わせる。
完璧じゃないか?
どうしてそんな不満げな顔をしてるんだよ」
日本人をいったい何だと思っているんですか。
国民すべてがグルだとでもいうつもりですか。
ありえなさすぎて、ヘドしか出ません。
日本人は不正を何よりも憎みます。悪がのさばることなど、決して、ありえない。
「おやおや。
日頃君が言っている、決して争わず、話し合いで解決し、みんなで仲良くハッピーになる平和で安定した社会が実現しているじゃないかって僕は感心しているのにな。
大学生2人と遺族は不幸といえば不幸かもしれないが、不法滞在者の怖ろしさを国民に知らしめるために殉死したのだと世間に認めてもらえるならば、慰めにもなるだろう。
君たちの国ではいつもこうして犯罪の芽が摘まれていくんだ。
ヤポは決して犯罪なんて起こさないって君が言ったばかりだが、それは確かに正しいんだよ。その美しさを永遠に保っていたいがゆえに、外国語を学びたがらないのかもしれないがね。
いずれにせよ、今朝のようにあっさり退散してくれる刑事たちばかりだからこそ、僕たちだって争わないでいてやれるのさ。
万事めでたし、めでたしだ」