男が2人、ボックス席で飲んでいた。
そこへ博士が御来店。語らい始める。
今宵は、コロナにまつわるエトセトラ。
男A「博士。今日の会見で厚労大臣が、レムをすでに国内で使用しているって漏らしちゃいましたよね。
記者たちの大半は聞き流していたようなんですが、あれって大丈夫なんでしょうか」
博士「へえ。それ、まだ見てないな。
レムってエボラ出血熱の治療薬として開発された、あのレムのことかい?
covid-19にも効くぞってCNで報告されたのは知ってる。だからまあ、ヤポでも使い始めたってことなんだろうな。
何が気になるんだい?」
男A「2月に武漢の医師がレポートを公開したときには、ヤポでは承認されてなかったんですよ。私が調べたので間違いはありません。
それがいつのまに薬機法をクリアしたんだろうと驚いたんですね」
博士「なんだそんなことか。
ヤポでは、薬の承認なんて大臣のハンコひとつでゴーサインが出せるんだ。本人が捺す必要すらない。
どうせ資料なんて読んでもいないし、読んだところで一行も理解できないから、森林資源を無駄にしているだけなんだけどな。
それより指摘する記者はひとりでもいたのかい。
大半が、てことは全員が聞き流してたわけじゃないのかな?って思えたんだが」
男A「ひとり、いましたよ。
レムはUS製の薬のはずだが危険性はないのか、と質問してました。
ただ他の質問といろいろ混ぜて投げ、大臣もそれに輪をかけて混濁した回答を返したので、結局レムについて触れたのは各1回きりでしたね」
博士「いつもの茶番劇だね。
知恵を持つ者なら大臣になんか質問しないで、すぐにデータベースを検索しろよと思うところだろうが、ヤポはエビデンスの調べ方に馴れてないし、そんな地味な作業をしている時間もないんだよ。ジャーナリストの出世街道は大渋滞だからね」
男A「ジャーナリストと仰いましたか?
え、エビデンスも調べられずにジャーナリストを名乗れるんですか、ヤポでは」
男B「おいおい、君まで博士から呆れられちゃうぜ。ヤポではそのくらい常識だ。心得ておきたまえよ。
いま君が喋っている間に、とっとと調べてみた。
5月7日付で厚労省はレムを承認したことになっている。だから、ヤポの法律上ではクリアされているということだ。はい、この話はおしまい」
男A「ひとつだけ言わせてくれ。
CNでは臨床試験が重ねられた結果、covid-19に対しレムを使用すべきではない、という意見も強くなっている。
とくに重症患者にレムを投与すると、それが原因で死んでしまう例が多発したからだ。
そんなデータも検討した上で、ヤポはレムを承認したというのか?」
博士「CNのデータなんて尚更ヤポは手に入れようとすらしないさ。
2月の報告だって、USで報道されたのを又聞きしただけなんだろうから。
いいじゃないか。ヤポのやりたいようにやらせておけば。レムだろうがファビピラだろうがミソもクソも一緒なんだ、ヤポの手にかかれば」
あいかわらず、博士の下ネタは見境が無い。
ここはバールだぞ。少しは遠慮して喋れ。
男B「ファビピラも、これからますますひどいことになりそうですね。
首相が大ハシャギして、富山へすぐに現ナマを届けさせたんでしょう。外務省にも売り込みを命令して、DEが興味を示したんでしたっけ」
博士「これからますますひどいことになってくれそうだから、オレはファビピラには注目しているよ。
濡れ手に粟のメーカーはさっそくライバル社の工場を買収して、そこをファビピラの大量生産プラントに改装中だ。
こんなのいちいち承認を待ってたんじゃ進まないから、全部あとからハンコだけくださいって書類だけガシガシ送りつけている。
打ち出の小槌の魔力はすごいね。岸のひと声で、数百億円程度のカネなら自由に使えるんだ。
この波にいつまで乗っていられるかと、サーファーたちも必死なわけだよ」
何の話かと思っていたら、どうやら日本の誇るコロナ特効薬の舞台裏について語っていたらしい。
早口だし、喋ってる内容の一部しか理解できてないんだが、何が何でもディスってやるという悪意しか感じない。
素直に感心したらどうだ。全世界を救える薬かもしれないんだぞ。
博士、あんたたちには逆立ちしたって無理な大事業やってるんだからな。
博士「DEは治験データも当然要求したが、ヤポは送らなかった。そもそも、そんなデータ無いんだ。
DEは請求を繰り返したが、国ごとに薬機法の基準が違いすぎるからDE内での治験はDE自身でやってくれとヤポは突っ撥ね続ける。
とうとうDEが根負けした。
というところまでかな、今のところ。
まあDEの審査を通る見込みは、限るまでもなくゼロ以下だと思うよ」
男B「それは想定できていました。USのヒドロもひどいが、ヤポの場合は笑い話にもならない」
男A「ヒドロ?
関節炎治療薬のヒドロキシクロロキン?
……の話では、ないですよね」
男B「そのヒドロだよ。なんだ、君はUSでの騒動を知らないのか。
covid-19の治療には何が有効か。流行直後から世界中で手当たり次第のチャレンジが試みられているが、USではニューヨーク郊外に住むおじいさんが、近所の全員をこれで治した!とヒドロの効能を動画で紹介したんだ。
まてまて……いま、オリジナルを見せてやる」
博士「じゃあオレが説明を代わろう。
実際にヒドロが効いたかどうかは問題じゃない。素人にわかりやすいインパクトのある動画だったからたちまち話題となり、これに大統領がコメントし広報にまで取り上げたせいで、まるで国家承認されたプロジェクトであったかのようなムーヴメントが生まれたんだ。
そのおじいさんはホワイトハウス公認のヒーローにまつりあげられ、その後はレニ・リーフェンシュタールばりのダイナミックな動画ばかりつくるようになった。
ああ、それだそれ。じゃあ、みんなで見ようか」
3人、スマホを囲んでゲラゲラ笑い始める。
まったく、世界が苦しみに喘いでいるときに、どれだけ不謹慎なのか。猛烈な怒りがおさまらない。
男A「博士。まじめな話、covid-19に効く薬の最新情報なんて、お持ちではないですか」
博士「おいおい、オレの本業をなんだと思ってるんだ。
……そうねえ。とりあえず、今から買うんだったらモンティ・パイソンズを薦めるよ。
USで創業してまだ10年に満たない医薬品会社なんだがね。これまでのところ、申請した製品をすべてFDAに蹴られている。保健福祉省の医薬品承認機関であるほうのFDAだ。
ここは既得権者の生活と安全を守ることに懸命だから、ご新規さんには厳しすぎるのだよ。
パイソンズはナノテク研究施設を抱えており、これを事業の柱としている。covid-19ワクチン開発にも、自分たちならばできると、いち早く名乗りを上げた。
政府相手のロビイ活動にも多額の投資をして、なんと大統領直属のワクチン開発プロジェクトチームに顧問を送りこむところまで食らいつく。
古参メーカーもそれぞれ動いているのは勿論だが、モチベーションの高さではパイソンズが抜きん出ていることは、誰しも否定できないと思う」
男B「博士のことだから、パイソンズの株、すでに大量に買いこんでおられるのかな?」
博士「オレは100キロほどしか買ってないよ。
このパンデミックが続く限りは上がっていくだろうが、失速したらすぐに売り抜けないとアカンからね。
ただ、パイソンズの歴代試作品ラインナップを見ていると、応援したい気にはなるんだ。ランセット肝吸虫を狙い撃ちする酵素とか、ヴェルナー症候群を早期に発見する技術とか、着眼点がニッチすぎて面白いんだよ。
だからcovid-19用ワクチンでも、さぞかしユニークな着想でつくってくれるんじゃないかと期待するね。順調にいけば、それがパイソンズのデビュー作になる。
covid-19の収束には2~3年かかると予測するから、稼ぎたい人は買っておくといい。自己責任でね」
他の客たちも声を潜め、手元のスマホを操作するのに夢中だ。
他人の命でマネーゲームかよ。おまえら、ゲスばかりだな。
男A「本日は大変、勉強になりました。博士、あらためて質問させてください。
私は老人たちにクスリを売って回っているのですが、顧客たちの不安は昨今、かつてないほどに高まっているところなのです。カンナビジオールや、テトラヒドロカンナビノールなどにcovid-19への効果もあると説明できればもっと販路を拡げられるんですけれども、そういったエビデンスはありませんでしょうか」
博士「へえ。売り子ならではの悩みなんだろうねえ。
covid-19に効くクスリが欲しいのか。かつ、根拠が必要だと。
オレはワクチンなら作っちゃったけど……ヤポに扱わせるのは、無理じゃあないかな。
まず2段階接種を理解させるまでが大変だよ?」
男A「マニュアルさえ作っていただければ、僕たちが遵守します」
男B「あの2回は、別々の成分なんですか?
まちがえると、とんでもないことになりますか?」
博士「あー。そうか、君たちにも説明が必要か。
ここにいる全員、接種済みだ……な。
そこの物陰にいるヤポは……天然の抗体持ちだから、よしとするか。
じゃあ、教えるよ。
あれは郵便配達夫方式といって、諸君の肉体をよりウイルスに対して鋭敏にさせるトリックなんだ。
1回目は、かなり弱毒化してある。稽古相手だと思ってくれ。
肉体は、血液内に入ってきた異物を敵と認識して、戦闘モードに入る。免疫システムが、試行錯誤した挙句になんとかこいつを倒し、一息つく。
肉体が安心して、ちょっと気を緩めたタイミングで、2発目を投入だ。前回と同じパターンを示した敵に、抗体はベストアンサーであるはずの防御態勢をとる。
これがすべてスリ抜けられるんだよ。
なまじ1回目の勝利体験を持つがゆえに、肉体はパニックを起こす。
実はこの2発目、想定される変異株も混ぜこんである。
毒性の強さとヴァリエーションは君たち一人ひとりのコンディションに合わせて調整したつもりだが、1週間で回復しなかった奴も若干いた。
無理そうな場合は援軍を投入して勝たせてやったが、ともかくウイルスたちを殲滅するまでがシナリオだ。
さて、第一次と第二次の大戦を経過した肉体は、次に備えて本気で対策を考えるようになる。
ここでヤポなら調子に乗ってすぐ第三次をやっちまうところだけど、それはしちゃダメだ。2回で止めておくのが重要なんだ。
どうかな。これ、事前に知っておくと、肉体が脳波を感知して油断しちゃうんだよ。
真の狙いは、肉体にガチの恐怖を与えながら見守り、最後にはタオルを投げてやる、といったところだ。
これを、君たちの顧客に対して行えるだろうか。
シャブ漬けの老人たちに」
店内が静まり返った。
俺も、わけがわからないながら、息を呑んだ。
男B「いやあ……おみそれしました。
ヤポ相手には、無理すぎますね。だいたいあいつら、老いも若きも、想定外の異物と戦おうなんてバイタリティ自体、持っちゃいないから」
男A「プラセボでじゅうぶんか、とも思ったんですが、偽薬なら既に出回ってるんですよね。
だから私たちくらいは少しでも誠実なものを、と考えたところだったんですが。たしかにヤポ相手には無理です。
ヤポにはとっとと、covid-19で重症化してもらいましょう。
かれらには麻薬さえ与えておけばいいんですよ。
シンプル・イズ・ベストだ」
おいおいおい。最後だけ聞いてりゃそれが結論か。
ひどいじゃないか。
どこまで冷酷なやつらだ。カネと力をあり余るほど持っていやがるくせに、日本人を毟る対象としか考えないのか。
博士「ワクチンが完成するまでに100体以上のヤポニカを消費したんだが、ヤポって昔から、生きているのか死んでいるのかわからない連中だろう。よく死体袋の中で動き始めてたな。
いくらオレだって、しばらく、あんなのは見たくないね。
いずれ第三次もつくらなくちゃならなくなるんだろうが、当分は違う研究を楽しんでいたいよ」