陸上自衛隊で、新型小銃を採用。
配備したその日に1挺が行方不明となり、どこをどう巡ってか一般人の手に渡った。
その人物が靖国神社で見せびらかしていたら、音が出た。
たちまち御用。死傷者ゼロ。
幸運なことに物損も認められず。
場所が場所だけにそれ以上嗅ぎ回るやつはいなかった。めでたしめでたし。
そんな平和な事件の翌週。やっと長雨も明けた月曜日のこと。
午後、異変が発生。
渋谷へ向かうよう命じられる。
「ジョバンニ。本日、帰還するまで君の名前はジュリエットだ。僕のことはチャーリーと呼べ」
は?ロミオじゃなくて?
いったい、何事ですか。
「あとで説明してやる。
けっこう走り回ることになるかもしれないから、そのつもりでいろ」
ムウ。実戦ぽいですな。
武器は持たせていただけますか?
「場合によってはありえるが、都度指示する。
いまアルファが作戦を練っているところだ。急くな」
アルファ。
チャーリー。
もしかして、アルファ・ブラボー・チャーリーですか。
「その先、どこまで言える?」
D。Dはなんだ。聞いたことあるはずなんだけどな。
ダック、ドライブ、ドミノ、デッド。
ええと、わかりません。
「デルタ、エコー、フォックストロットと続く。
君は10番目だからジュリエットだ。長いから、ジュリでいい」
はい。ジュリーで。
総指揮官のことは、常にアルファと呼ぶ仕組みなんですか?
「開始時点ではそうだ。
アルファが行動不能または戦線離脱した際はブラボーに指揮権が移る。その順列を決めておく意味もある」
なるほど機能的だ。
俺は、AからIまでの指示には無条件で従うこと。
合ってますか?
「合っている。
ちなみに現在、君のウォッチに指示を出せるのは僕とアルファのみだが、アルファが命じれば他の者がいつでも君を爆死させることも可能になる。
命令不服従、作戦失敗、いずれの場合もタイミングを逃さずに実行するから、そのことも覚悟しておけ」
うへえ。
ヘマなんてする奴は生かしておかないからな、というわけですか。
わかっちゃいるけど、どんなブラック企業でもあんたたちにはかなわないよ。
ヤクザよりえげつねえ。まるで関西芸団だ。
道玄坂のタワー駐車場へ入ってから、外へ出て、しばらく周辺を歩いたのち、交差点を見渡せるカフェの窓際に着座。
軽く食事を摂っておけと言われ、サンドを2個、頬張る。
「ジュリ。僕の背後を常に監視していろ。
聴き耳を立てていそうな奴がいたら、会話に太郎君というフレーズを混ぜろ」
そう言いながらエヴァンズ、もといチャーリーは耳にイヤフォンを掛け、充電満タンにしたタブレットとスマホを並べて待機状態に入る。
入店時にコーヒーだけ購入したが、数度口をつけただけで飲む気はなさそうだ。トイレの回数を抑える必要からかもしれない。
窓の外が薄暗くなってきた。
人はけっこう歩いているが、コロナ前とは比べものにならないほど、少ない。
警官が多いように見えるのは、相対的にそう感じるのか。
それとも今日は特別なのか。
何が起きているんだろう?
「少年たちのグループが、この界隈で商売をしていた。
警官に誰何された。
ちょっとした乱闘になり、散開して逃げた。
てんでばらばらに別れろと日頃から教えてあるからね。
さて、かれらのうちまだ数名と、何ヶ所かに隠された荷物を回収して帰らなくちゃならない。
警官たちは、報告のあった少年たちの風貌をもとに、挙動不審な通行人を見つけ出すことを命じられ、哨戒している。
君ならこの捜査網を潜り抜けやすいだろうという計算だ。
理解できるかな?」
わかります。
一般人を装って、おつかいをしてくればいいんですね?
その程度なら、できそうです。
「よし。じゃあさっそくここへ行ってきてもらおう。頭に入れろ」
第1の任務。
A地点のコインロッカーで荷物を取り出す。
その場へ着くと、ウォッチに数列がふたつ表示された。ロッカー番号と、暗証ナンバーだ。
入力する。
開く。
文房具店の紙袋が入っていた。重量は5kgくらい。
プリウスを駐めてきたタワーへと持ち運ぶ。
トランクに入れる。
喫茶店へ戻る。
ふう。楽勝楽勝。
チャーリーの足元に、スポーツ用品店の紙袋が増えていた。
第2の任務。
これを持ってB地点のビル内トイレへと向かう。
指定された個室の前で、ジュリエットと囁く。
静かに扉が開く。
中を覗かず紙袋を差し入れ、受け取らせる。
紙袋に入っていたのは着替え一式。
5分ほど店内をうろついてトイレへ戻り、今度はジュスティーヌと囁いて、紙袋を受け取る。
それを持って、喫茶店へ帰投。
チャーリーから上出来だと褒められた。にんまり。
ここでアイドリング・タイム。
俺はソイラテを買ってくる。
あいかわらず味はしねえが、うめえ。
「来週はもう6月か。
サミットをやるのかやらないのかさえ未だに決まっていないのもすごいことだな。
ジュリ、君ならどちらに賭ける」
は?サミット?
ええと、やらないに一票。
「なにも考えてなかったか。ところでG7を君はいくつ言える」
先進国7つでしょう。
日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、……オーストラリア?
「時間の無駄だから正解を教える。足りないのはITとCAだ。
RUは2017年、G8から正式に脱退した。
毎年6月開催されるG7サミットには、7ヶ国のほかマーストリヒト倶楽部からの代表も参加する。今年はUSがホストとなり、キャンプ・デービッドで開催される予定だったがcovid-19の影響で二転三転しているんだよ。
今のところ、感染症に負けない力強さをアピールするためリアルに全員集まろうという意見が主勢のようだが」
はあ。そうなんですか。
コロナはまだまだ世界中で大暴れしてるんですから、アピールするならステイホームとリモートワークのお手本を見せてやるぜ的な冷静さのほうがカッコいい気がしますけどね。
「ホストがDEならそうしていただろうけどね。
ちなみに3月のG20臨時サミットでは、ホストのSAがリモート参加での召集をかけ、パンデミックと戦うためのノウハウやインフラ整備のあり方などを提言した。
大国になればなるほど総身に知恵が回りかね、視野が狭まり鈍重になっていく。G7はそんなお手本を示しているわけだが反論はあるかね」
おや。カモッラがバカにしているのは日本だけでもないみたいだぞ。
ところで、日本は先進国なんですよね?
超大国とまでは言えないでしょうが、世界主要7ヶ国の一員であることは事実なんでしょう?
そこはカモッラだって認めざるを得ないですよね?
「USにとって、絶対に自分を裏切らない忠実な愛玩犬に独立国の衣装をまとわせ、一票入れる権利を持たせておくことの意味は大きいよ。
ヤポが国際社会に対してそんな外見すら繕えなくなったら、存在理由は無くなるがね。
それに先進国かどうかはIMFが政府の動かせる資金力を根拠に決めるものだ。1億超のブロイラーを飼っている工場経営者なんだから、貧乏だったら妙じゃないか。
紫党がヤポを仕切るようになってから、カネ払いのよいことだけが取り柄だと60年も信用を積み重ねてきたんだし。
ヤポがG7の一角に名を連ねていること自体は何の不思議もない。
君たちに声明文を出させれば、世界中を爆笑で沸かせる。いいキャラクターだよ。ただあまりにも知性と品位が低劣すぎて傍にいられると痒くなってくるんだ。
いつまで経っても、慣れない慣れない」
営業制限のためカフェは8時閉店。チャーリーは片付けを始めた。
俺たちのチームは撤収のようだ。
大騒ぎにならなくて、よかったな。
渋谷の夜は、以前はもっとギラギラしてた。
街灯も間引きされ、雰囲気としては震災後の電力不足を思い出す。
警官たちはまだ大勢立っている。
駐車場へ向かう途中のスクランブルで、人だかりがしていた。
色黒の中年男性が、警察官数名に組み敷かれて叫んでいる。
「銃を持っているかもしれないから危険です!」と制止する警官たちより外側で、群衆はざわめきながら、それを見つめていた。
「助けて!ママ!息ができない!苦しい!息が、できない!」
とめどなく流れる涙で、男の顔がきらめいてる。
その首を急角度で、警官の膝が押さえこむ。
こちらも、鬼のような形相だ。
やりすぎじゃないのか。この態勢で、男がどうやって銃を撃てるんだ。
「叫んでるじゃないか!息をしてるぞ!嘘つきだ!」
「おまわりさん負けるな!悪いやつは、こらしめちゃえ!」
若者たちが、声援を送る。
鬼のような警官は、ギャラリーたちに微笑んでみせながら、歯を食いしばって更に強く、男の首に体重をかけた。
まもなく男は動かなくなり、待機していた救急車に担架で運ばれていった。
警官たちは汗を拭いながら、片付けを始める。
群衆も興奮しながら散っていく。
俺は呆然としていた。
「ジュリ。もういいだろ、帰るぞ」
俺は何を見たんだ?何が起きていたんだ?
考えがまとまらない。
ただ、心が、むず痒い。