1106号室のドアを開けた。
廊下側は、ホテルみたいな内装だった。
だから室内を見た瞬間、なんじゃこりゃと思考が飛んだ。
中へ入って、ドアを閉める。
ここでまた違和感に気付き、後ろを振り向く。
室内側へ開くドアだ。いま閉まったばかり。
把手が無い。爪を引っ掛ける出っ張りもない。
つまり、閉じ込められた。
もう一度振り返り、この異様な部屋を、眺めまわす。
広さは6畳間くらい。
壁・天井・床は全体的にクリーム色がかった無機質な白色。
プールの壁面のような防水加工でコーティングされている。堅そう。
窓は無い。
ドアのある角を頂点Aとして、時計回りにABCDとする。辺ABの床の一部に、砂場のようなスペースがある。砂ではなく、スポンジマットのような素材だった。短辺の片側だけ盛り上がっている。
ここを枕にして寝ろ、というベッドのようなもの……以外のイメージが湧かない。
辺BCに沿って壁から1mくらいのエリアは、床がタイル状になっていて、水がたまらないよう傾斜付き。
頂点B脇に、公園の水飲み台みたいな装置。水が溜まっている。冷たい。使っただけ、足されるようだ。
タイルの中央付近に近付くと、ヴィーンと音がして、いきなり天井から水を浴びた。ガウンが濡れる。
離れると、このシャワーは止まる。センサー式か。
半歩先の排水溝に流れていく。手首の太さくらいの横穴が開いているが、ここから外への通信が可能だったりは……しないよな。
それどころか、もし外へ出られないとしたら、トイレはここでしろということか。ウンコもこの穴へ流せというのか?
気の滅入る構造だ。
辺CDの中央付近、床から30cmほどの壁面に、ダストシューター投入口みたいな仕掛けがあった。
おそるおそる開けてみると、ビスケットの山が入っていた。覗き込んでみる。
これはゴミ箱ではなく、餌を受け取るボックスだ。
……餌だろうこれは。どう見ても。
怖くて、手はつけなかったが。
天井には、埋め込み照明。スイッチらしきものは、壁のどこにも見当たらない。
空調と覚しきスリット。微風が送られてきているのがわかる。エアコンも自動制御かな。室温は、20℃くらい。
それから、幅1mくらいのつっぱり棒みたいな横木がぶら下がっている。濡れたワゴンを、とりあえず掛けて乾かす。
素っ裸でスポンジベッドへ横たわる。実にシュールな光景だ。
5分ほど経つと、照明が一段階暗くなった。首を振ると、また明るくなる。よくあるセンサー式らしい。
牢獄?
そんな言葉が何度も脳裏を駆け巡るのだが、こんな仕打ちをされる心当たりが無い。
エヴァンズ氏と、カモなんとか社は地球を調査しに来た異星人で、自分はサンプルとして選ばれ、たった今宇宙船に乗せられたところなのだ、とか?まさかね。
冗談はさておき、いったい何が起きているのだろう。寝転がったまま、しばらく考えた。
そのうち真っ暗闇になるが、面倒だから放置した。
そのまま、つい、眠っていた。
ふと目を覚まし、手を振ると、照明がつく。
まばゆい。今は昼なのか夜なのか。
せめてスマホを返してくれ。
いつ出してもらえるのだろう。
叫んでみようか。誰か気付いてくれるだろうか。
ガウンは乾いていたので、それを羽織って、ふたたび横になる。
生乾きの臭いがしていたら嫌だな、なども考えたが依然嗅覚がきかない。
……また眠っていた。
いくらでも眠れる。じっさい、こんなにゆったり、何も考えずに眠ったのなんて、何年ぶりだろう。
どうせそのうち起こされて、何か仕事をさせられるだろう。それまで寝てればいいじゃないか。そうだそうだ。
何もできないんだから、いくらでも言い訳は立つ。
ブラーヴォー、エヴァンズ氏。そんなことを考え始めたりもしていた。
やがて、起こされた。
目をしょぼしょぼさせながら、立ち上がる。
医療用防護服で完全武装した宇宙人みたいな男が、ついてこいと言う。
ガウン姿で裸足のまま、ドアから廊下に出た。いよいよ仕事か。いったい何をさせられるのだろう。
ボタンや表示板の類いが何もない、あのエレベーターに乗り、別の階へ移動。
廊下がまっすぐに伸びている。両脇にいくつもの部屋。見た目はホテルだ。
ただし各ドアの部屋番号は3桁のも4桁のもあって、並びもバラバラ。
ここが何階なのか、東西南北も含めてさっぱり手懸りがつかめない。
ある部屋へ、宇宙人と一緒に入った。
8畳くらい。
4人の防護服が険しい目で俺を見つめる。
中央にベッドがひとつ。手術台?え、俺はこれから改造手術を受けるのか?
寝るように言われた。
てきぱきと準備をされる。胴体を固定され、ペニスと尻にバキュームを装着された。両腕にそれぞれ、チューブ付きの注射針を刺される。口もとにストローで、ヨーグルト風の飲み物。手術というよりは点滴を受ける感じだ、が……?
抵抗するタイミングは得られなかった。質問すら、できる雰囲気ではなかった。
ボス格の男が時々指示を出している。せわしない。
やがて、俺には何の説明もないまま、チューブに赤い血が流れ始める。献血……なのか?
これが、いつまでも終わらない。
献血って普通10分程度だよな。
400ml抜いたら回復まで3ヶ月かかるって聞いたことあるんだけど。
それをじゃんじゃん抜かれまくってるみたいなんだけど。いったいどんだけ搾り取るつもりなの。
右が採血で、左が点滴のように見える。もしかして、ピストン輸送で押し出してますか?
体がだるい。小便を我慢する必要はないと思って下半身の力は完全に抜いたが、指先にさえ力が入らない。
頭がずきずき痛み始めた。
意識が朦朧としてきて、そのうち昏睡した。
何日経ったかわからないくらい、ずっとその状態でいた。
いつ目覚めても防護服がわらわらと仕事していた。
ひどい悪夢を見ているものだ。いつになったら覚めるんだろう。こんな幻覚。
やがて俺はすっかり年老いた。このまま青白い水底で、かぷかぷ、ぶくぶく、ふるえながら、あえぎながら、やがて死ぬのか。
ただしあわせになりたいだけの人生だったのに。残念だ。ざんねんだよ。
俺は、あの牢獄で目覚める。
ひとりきりだった。
ガウンを着てスポンジベッドの上で寝ていた。
体を起こすと照明がついた。
夢……だった、のか?
右手に、見覚えの無い腕時計をつけていた。スマートウォッチだ。
表示は、17:53。その上に、02.02.20 Sun。
時刻と日付。に、見えるけど……
ほどなく中央の数字が、17:54に変わった。やはり時刻らしい。とすると。
ここに示されている日付は、令和2年の2月20日……だろうか?
もうひとつ気付いたこと。
両腕のひじ付近に注射跡があり、どちらも周囲がどす黒く青ざめていた。