夜明けの匂い。
重い雲に遮られて太陽は見えないが、大地が覚醒する息吹を感じる。
俺も大きく息を吸いこんで、深く溜めこみ、吐く。
湿った大気の中で、豊潤な微生物たちが鼓動している。かぐわしい。
俺は生きている。生きているんだこの瞬間。
まちがいなく。
この村には電気がきていない。
だから住民は日の出と共に起き、日の入りと共に眠る。
朝、男は食事ができるまでの間、畑へ出る。
夜行性のハクビシンが罠にかかっていた。
虫・鳥・獣、それからカビや根腐れなどの病害はありえないほど深刻で、生産性という観点で評価すると最低レベルだ。
なんとかしようとは思わないんですか、とマッサンに訊いた。
「なんとかしようとしてるじゃない。
ただ、こいつらは一歳児と同じで、悪意をもって襲いにきてるわけじゃない。
かれらなりに知恵と力の限りを尽くして腹を満たそうと懸命なわけさ。
だったら、こちらも知恵で対抗するのが礼儀というものだ。
土地は誰のものでもない。
一方的に追い出してふんぞり返るというのは、我々の信条に反するのでね」
空港がやってきたことを言ってるんですよね?
成田空港阻止闘争の一環として、自然農法にこだわっていると?
「その、いかにもマスコミ流な言い草は、いけすかない。
さあさ、手を休めない休めない。
空港の話は夜にでもじっくり語らおう。日中は、仕事に専念しなさい」
6時。家へ戻って、朝ごはん。
大皿に載った料理の数々を、各々が取り分けて好きなだけ食べる。バイキング風だ。
噛みしめるたびに味がしみわたる。
今朝は、泣かずに食えた。
泣いてない。これは汗だ。
「昨日の薬は、ミミズのうんち。四年もの。
花粉症があれで治るんで、もしかしたらと試したまで。
効いてよかった」
長男のヒトリくんが、うんち?うんち!とはしゃぎだし、おばあさまから叱られる。
彼は6歳。
次男のソウくんは1歳で、長女のミサトさんが8歳。
最初、ミサトちゃんと呼んだら本人から叱られた。
おばあさまはヨネさん。奥様はミヨさん。
マッサンは通称だが、彼に対しては、このままでよいそうだ。
7時。
俺はスクーターで、昨日の作業所へ向かった。
バスで来た集団が、グループに分かれて作業を始めている。
帽子は大箱から好きなのを取ってかぶる。今日の俺は15番だ。夕方別なカゴに放りこんで、合宿所でまとめて洗濯される仕組みになっている。
昨日一番多く話したおじさんを探したが、いないようだった。
ここではより幅広い経験と知識を習得した者ほど有利でいられるため、上級者ほど毎日違う現場へ行って新しいことを試すのだそうだ。
俺はマッサン邸の居候だから選択できる権限を持ってないけれども、合宿所も面白そうだな。奥多摩のコジモとも違った雰囲気を感じる。
あっちは女人禁制だったからか。
こちらでも、男子房と女子房は別棟になっているそうだが、共通の庭で乳繰りあうことには寛容なのだとか。ただ虫が多いのでねえ、みたいな話を今日は聞きこんだ。
盛岡農林専門学校で学んできたこととのギャップがありすぎて、戸惑う。
大学を卒業して農家を始める者は少ないため、農専では、土を耕す実作業が重視されてなかった。
経営術と節税対策は、そこそこまじめに勉強した。
農薬や農機具製造業種への就職に向けたセミナーは年中賑わっていて、一番の花道は農林水産省への公務員登用。
ただ実際のところは偏差値の低いやつらが集まってくる学校だった。
とくに俺は単位ギリギリの授業しかとらないで、たまにバイトしながらコンピュータ同好会の部室に入り浸っていた。
卒業直前、会員の保阪と市村が除籍処分をくらって退学し、同好会も解散させられた。
俺はなんとか卒業して東京で就職し、馘になり、そして今、ここにいる。
いくら座学が優秀でも、この村では一文の価値もない。
鍬の握り方ひとつで経験値は見破られる。シビアだ。
素人なら素人で構わないが、どの程度の素人ですと正確に自覚できてない者は相手にされない。
尊大さが染みついていると、尚いけない。
何度かそんなおじいさんを目にする。
今日のは「もっと年長者に対する口のきき方をだね」くらいまで言ったのだったか。
その瞬間、チームの全員が無言になり圧を集中砲火。
じいさんあわてて訂正し、襟を正して従順に教えを請うた。
すぐ過ちに気付けるなんて立派だねと、俺も勉強になる。
ありがたや。
夕方5時、解散。
スクーターで、マッサン邸へ帰る。
順番でお風呂をいただき、全員で夕食。
ごちそうさまでした。今日も滅法おいしかったです。
その後マッサンと、朝の対話の続きをした。
「成田空港阻止闘争なんて久々に聞いたね。
もう壁の外では、成田に先住民がいたことすら忘れられてると思ってたけど」
俺も、エヴァンズと出会う前は、知りませんでした。
あれ?エヴァンズはなんて言ってたっけ。
阻止闘争は雑誌か本で読んだ用語だったかもしれません。
「とりあえずさ。君はどんなふうに認識しているの?成田の、ここ半世紀の歴史を」
当時の政府が一方的に空港を成田に造ると決定して、土地買収を始めたけれど、反対する地元民たちが徹底抗戦して、武力闘争化した。
政府は強制収容などして滑走路1本だけの開港まで漕ぎつけたけど、一触即発の状態はずっと続き、現在は滑走路2本で運用中。
反対派の方々は分離壁の内側に押しこめられて暮らしている。
それが、この村です。
「なるほど。じゃあ、来てみて意外にほのぼのしてると驚いたろう」
ええ。そうなんですよ。
「この村を僕たちはカマスと呼んでいるけれど、カマスの全員が団結して空港に反対しているわけではない。
公団と契約して土地を売却し去っていった人達の事情も様々だ。
カモッラだって僕たちと取引はしているけれど、同志かと言われると案外、微妙なんだよね」
え。そうなんですか。
同盟関係ではない?
「カマスを代表する政府が公式に存在しないからという問題はある。
かつては意思統一機関が存在したが、ヤポが次々ぶっ潰したから、成立しなくなったんだよ。
現在のカマスは住民たちの雑多な集合体でしかない。
これでどうやって、成田空港なんてバケモノを阻止するっていうのかな」
はあ……
え。マッサンは、成田空港をどうするべきだとお考えなんですか?
「それを最初に訊いてもらいたかったね。
でも、成田空港を造ったのは僕じゃない。あいつらがどうなりたいのかなんて、関心すら無い。
しかし膨張したがってるのはわかる。
うちの畑を荒らしに来てる以上は、防衛して抵抗をするよね。
それだけだよ」
ああ。そこはやっぱり武力闘争なんだ。
「一歳児ほどの知能も、かわいげもない連中が相手だから、物理的にわからせるしかないでしょう。
その対策を、日夜考えていなくちゃならないわけですよ。
ヤレヤレ」
すでに話し合いで解決できる段階ではないと思うんですけど、もっと最初のうちにどうにかしておけなかったものかなあ。
「今のもマスコミ構文だね。不愉快です。
ちなみに最初期の段階で、ヤポ政府は最大限に農民の声を聞いているんだよ。だからこそ、空港が成田につくられることとなったわけでね」
へ?
それはいったいどういう意味ですか。
「元々の空港建設計画では、ここより西の富里市が予定地だった。
ヤポ政府の職員が現地で説明会を行う。
猛烈な反対を受けた。
このときの参加者が、成田はどうですかと提案した。
あそこは土地が痩せていて、定住者も少ない。田畑を売りたがっている農民も多いから、交渉も楽でしょうと。
成田市を含む、周辺地区の住民たちも賛成した。
ヤポ政府は全面的にこの意見を取り入れ、計画を練り直して成田市で説明会を開催する。
これだけ聞いたら、どう思いますか」
それだけ聞いたならば、完全解のように思います。
どこに欠陥があった?
「欠陥なんてないよ。誰が聞いても完全解だ。
だから政府は安心して決定したんだ。
遅れを埋め合わせるために業者たちの入札を進め、スケジュール通りに開港することを目指した。
手際よく、ね」
まだわかりません。
何がいけなかったんだろう?
「空港予定地の土地所有者で、早く現金が欲しい者は、すぐに売って引っ越した。
余裕のある者は、粘って値を吊り上げる。
これはどこでも起きることだが、成田の土地は痩せていたがゆえに開拓で並々ならぬ苦労をして、愛着を強く持っている農家が多かった。
交渉が想定より長引き始め、契約した工事業者が待機場所に溢れかえって暇をもてあまし始めた。
売却済みの元農民も、同面積で買収価格に何倍もの差がついたと聞けば面白くないだろう。
疑心暗鬼と嫌がらせが鬱積していく。
このときすでに開港スケジュールは、数日の遅れも許されないほどタイトなものとなっていた。
ヤポの内閣はコロコロ変わり、談合も密約も、前任者が言ったの言わないのとこじれやすいものなのだが、計画があまりにも柔軟性を欠いていたせいで、これらのカオスをついに爆発させてしまったのだよ。
それが、成田カタストロフさ」
もしかして、自衛隊が国民に銃を向けた、みたいなきっかけがあったのですか?
「公権力による破壊や虐殺は成田史を多彩に染めているけれど、一番大きなきっかけは何だったかねえ。
僕の場合は、千葉県警本部長が唱えた、ボタンの掛け違い発言だ。
兄の死を、そんな軽い言葉で踏みにじられた日の怒りを、僕は永遠に忘れない」