東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-06-007.hmos

月曜の夜、マッサンから、明日は違うところへ行ってもらうと言われていた。

翌朝、畑仕事をして、朝ごはんをいただいて、お迎えが来るまではマッサンの手伝いを続ける。

10時近くなって、その人はやってきた。

 

あ、女だ。

それが第一印象。

ヨレヨレの迷彩服を着た、40歳くらいのおばさん。

髪はボサボサで、化粧っけもなく、ただ昔は人気者だったかもしれないなあと思わせるハキハキした雰囲気と、身のこなし。

マユミさんだと紹介される。

近づくと、猫の小便くさい香りがした。

迷彩服にも、白や茶の毛がびっしり。タバコの匂いも染みついてる。

なかなかハードル高そうだぞ、と思う。

マスクをつけて行くべきか躊躇したが、なにも言われなかったので切り出さなかった。

 

ここでカマスにおけるコロナ対策事情を説明しておこう。

作業所では外から来たばかりの労働者が最初のうちは気にするが、マスクの支給はない。

マッサン邸では、新型コロナの話題そのものに関心が薄い。

俺は初日の午後に汗と泥で汚れまくったマスクを外してからは、つけていない。予備はカバンの中にあるが、とっておくことにした。

2日目は匂いを感じられるのが嬉しくて、ますますつける気をなくした。

手指のアルコール消毒は作業前に推奨されたりする場合もあるが、農作業は基本、軍手かビニール手袋が必須なので、こまめに求められるものではない。

だいたい、外界との交際がないのである。

マッサンの子供たちは学校にも行ってないし、つきあいはご近所の農家どまりだ。

ざっくり、こんな感じ。

 

スクーターで15分ほど、マユミさんの後ろをついていく。

竹林の中へ分け入る。

熊よけの罠を外しながら進み、こぢんまりした民家へ到着。

猫・狸・イタチなどが群がって俺たちを眺めていた。逃げないところを見ると、マユミさんに餌付けされているのか。

漬物をかじりながら、しばし閑談。

マユミさんに、ここ一年くらいの都内での出来事を説明した。

 

年明け早々、コロナが世界を激変させてしまったことをあらためて思い知る。

「外地ではすごいことになっているんだねえ」と物珍しさ全開で耳を傾けてくる日本人のおばさんこそ稀少動物ですよ。

それにしても、電気がきてないことを考えたら納得なのだが、カマスにはテレビもインターネットもない。夜、灯りが必要なときは、ロウソクかカンテラを使う。井戸水は油圧ポンプで汲み上げ、便所は落下式だ。

こういう環境で暮らすようになると、人はどんな思考回路を持つようになるのだろう。

文明から乖離していくことは当然としてだが、疫病には弱いんだろうか。むしろ野性味あふれてきて強くなるんだろうか。

滞在3日目の俺には意見すら出せるわけもないのだが、深いカルチャーショックに身を浸す。

 

その後、工具を担いで外へ出る。

家の周囲には菜園、罠、バリケードなどが設けられており、ケモノによって引きちぎられた跡もあった。

なるほど、俺はこれらの修繕に呼ばれたわけだ。

マユミさんの指示に従い、素人だけど全力を尽くす。

 

菜園からもぎたての野菜を持ち帰り、小さな台所で一緒に調理をした。

火熾しから皮剥き・灰汁抜き等々、手伝うべき作業はいくらでもある。

筋がいいねと絶賛された。俺は有頂天になる。

親密度が高まって、午後の作業をしながら、マユミさんの身の上話を聞いた。

 

生まれは千葉県流山。

17歳で上京し、芸能活動を始める。

すぐにCMが大ブレイク。最初の月収は700万円超。全額実家に預け、両親は借金を返して工場を再建。

この美談が更に人気を押し上げて彼女を一躍、時の人にする。

「2年目の税金がとんでもない額になるから経費として申請できるものを買えるだけ買いなさい」と事務所や先輩・コンサルタントから助言されるものの、マユミさんにはおかねのつかいみちがおもいつけない。

だいたいしごとがいそがしいから、やすめるときはぐっすりやすむいがいのことをしたくもないのだ。

とうしのかんゆうをしてくるひとたちもきらいだった。

おそろしかった。

あしもとをすくわれたらすべてがおわるとまゆみはつねにみがまえていなければならなかった。

さすがに、つかれた。

 

田舎にひきこもって、死ぬまでだらだら暮らしたい。

これが彼女の野望になる。

ひとりも敵をつくることなく、静かに芸能界から引退することは可能だろうか。

完全犯罪並みに難しい挑戦だった。

完全犯罪を計画し実行するのと同じだけの努力を彼女はした。

逃げきった。

マユミさんは、誰からも怪しまれないよう、姿を消した。

 

その後も彼女は最強のアイドルとして華々しいキャリアを積み上げていき、現在もバラエティやドラマで活躍しているはずだという。

俺はテクマクマヤコンに、その芸名を検索させた。

このウォッチは俺の体温で充電され、衛星電波で外界とつながっているので可能なのだ。

 

俺も知ってますよ、この女優さん。

マユミさんだったんですね。

プロフィールを読み上げさせていく。

マユミさんは、ある箇所で、停止させた。

 

「ここまでが、あたしの時代。その先は完全に整形した二代目が引き継いだ。

すごいねえ。まだ現役なの?

彼女、本当にお芝居が好きなんだあ。譲って正解だったね」

 

しみじみ語るその横顔は、控えめにいっても食堂のおばちゃんが軍服のコスプレをしてるみたいで、俺のうっすら記憶する芸能人との接点を見出すのは難しかったのだけど、信じてあげることにした。

 

薄暗くなってきて、菜園から戻る。

マユミさんは昼食の残りを卓袱台に並べ始め、水路で冷やしたビールも準備してくれた。

スクーターはライトが点くけど、それでも明るいうちに帰りたいんだけどな。街灯無いし、月も出ていないので。

しかし断るのも忍びない。

とりあえず乾杯。

ぷはあ。

今日一日、おつかれさん。

 

マユミさんからタバコを差し出される。

喫ってみてもいいかなと思ったけど、遠慮した。

そう……と笑いながらマユミさんは火をつける。

おいしそうだな。

ケースが珍しかったので、手に取らせてもらう。

市販のタバコじゃないみたいだ。不揃いだし。

自分で紙巻きしてる?

 

やがて、1本喫い終えたマユミさんが、俺に顔を近づけてきた。

え。と思った次の瞬間、押したおされ、唇を奪われていた。

いや、いやいや。まさかそんな。

う、動かせない。腕も足も。

なんて力だ。

 

本気を出す。

びくともしない。

マユミさん?その細い体の、どこからそんな力が。

俺だって少しは鍛え……

だめだ。むぐ。

マユミさんが、俺の口の中に、煙を流しこんでくるのだが、これが……効いてきた。

タバコじゃない。ドラッグか。

手足の力が抜けていく。

その代わり、ペニスが勃起してきた。

その部位以外の抵抗力を失った俺を見下ろし、マユミさんは迷彩服を脱ぎ始める。

たわわなおっぱい。こんもりした繁み。

続いて、俺も、ひんむかれる。

レイプじゃないか、これ。

きゃん。

前立腺をくすぐられて、変な声が出た。

 

「いいカラダしてるね。なかなかの上玉だ。

ほらほら、もっと嫌がっていいんだよ。

くやし涙をにじませてごらん。

キミは人一倍、泣き虫だって聞いてるよ。

こんなおばちゃんと、したことある?

ないよね。

貴重な体験なんだから、しっかり味わっておきなさい。

キミの人生は、より深いものになるから。

アラフォーの性欲を、あなどっちゃいけない。そのことだけでもキミは今日、大きな学びを得るんだ。

これはね、自信につながることだぞ」

 

外は、すっかり暗くなった。

動物たちの目が輝いてる。みんな、こっちを見つめてる。

楽しいかよ、人間同士の交尾シーンが。

鈴虫の声も鳴り響く。

こいつらもメイク・ラヴ中か。

それとも鳴くのは相手探しの間だけだったか。

愛じゃねえぞこんなもん。

俺がされているのは、捕食だ。

 

何度かほとばしって汗だくになり、ひと息つく。

マユミババアはカンテラを灯し、押入れから布団を出して、俺を載せた。

その後、戸棚から牛乳瓶を2本出してきて、俺に「飲めるかい?」と訊く。

俺はヨロヨロと体を起こし、受け取った。

ヨーグルトかな。これも、自家製のようだ。

気は進まないが、水分補給が必要なので、飲み干す。

 

「キミは、好きな人いるの?結婚願望はあるの?」

 

今このタイミングでする質問かよソレ。

結婚は、そりゃまあ……いずれは。

 

「だったら、こういうおばちゃんとは、できるだけ仲良くしておきなさい。

キミの性格は今のでだいたいわかったから、相性ぴったりの娘を紹介してあげられるよ」

 

さんざん慰みものにした同士をくっつけるのは慣れてますよってか。

ところで、マッサンは当然ここまで全部承知の上で俺を預けたんですよね?

 

「あたしは何も言ってないけど、返すのはいつでもいいって言われてる。

だから好きなだけ泊まっていくといいよ」

 

ブツ扱いじゃねえか。

マッサン邸へ戻るのも嫌になってきたな。合宿所へ移らせてもらおうかな。

……もっとひどかったらどうしよう。

 

「カマスじゅうを制覇したいのかい。

広く経験を積んでいく姿勢は好まれるから、キミはモテモテになるだろうね。

そのあとでリターンマッチをしよう」

 

次はおまえをヒイヒイ泣かせてやるからなババア。

だが、たしかにこれは自信だ。

なんだか俺は今朝よりずっと、カマスでうまく立ち回れそうな気がしてきた。

そんな風に考えていると、マユミが新しいドラッグを喫いはじめていて、その煙を俺に吹きかけながら、また襲いかかってくる。

アラフォーってこんなにたぎれるものなのか?

俺にはわからない。

まだまだ、経験不足だ。

 

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