東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-06-010.hmos

マッサンに軽蔑されない受け答えの仕方を、試行錯誤する。

 

「分離壁が建てられる前は、騒音も排気ガスも、こんなものではなかった。40メートル真上を5分間隔でジェット機が飛び交うんだからね。

今でも、もっと堅牢で防音効果も高い壁に造りなおしてもらいたいくらいだ。

やつら、予算は持ってるんだから」

 

マッサンは、案外、話し好きなのだ。

祖父の代から戦場暮らし。

語りたいこと、伝えたいことは星の数より多いはず。それを遮るのは愚策だろう。

直撃くらえば吹っ飛ばされるが、ほとばしる奔流を誘導し、勢いが弱まるまではじっと耳を澄ませるべきだ。

俺はそんなことも考えつつ、必死で話についていく。

 

「新しい首相が政権を更新するたびに、運輸省官僚が空港問題解決へ向けての話し合いを求めてくる。

その都度、国会で何億円という対策予算を通過させてから、そのカネの上澄み分で我々を接待しようという流れ作業の繰り返しだ。

役人は残業代稼ぎの口実にできても、我々は断るだけで貴重な時間と労力を奪われてしまう。

そんなことよりとっとと壁を補強しろと言ってやるんだが、その意味は永遠に伝わらなさげだね」

 

分離壁はノンマルトを囲い込み、成田闘争を世間の目から隠すためにつくられたが、マッサンたちにとっては防波堤のような存在でもある。

カマス側からも、壁の向こうは見えなくなった。問題はまったく解決していないが、もし政府がノンマルトを絶望させるために壁をつくったのだとしたら、真逆の効果をもたらしていることになる。

 

「以前の我が家は、東峰にあった。現在B滑走路が敷かれている辺りだ。

登記上はすべてヤポ政府が買収した土地となっており、それを我々が不法占拠しているというのがヤポの言い分。

ヤポだけで構成される法廷へ持ちこみ、ヤポが勝手につくった法律に基づき審判を委ね、その決定に従うべしかね?

まともな人間なら、そんな理屈、検討すらしないよ」

 

法治国家を根底から揺るがす発言じゃないかと思ったが、実際、日本政府にとってノンマルトは敵性外国人のひとつなのだろう。

国民の安全を第一にと考える以上、かれらに自由など与えてはならない。理屈に一応の筋は通る。

日本政府は日本人を幸福にするのが使命だ。日本国内での裁判ならば外国人は不利益を被っても仕方がないと言えまいか。

そんな単純な話かな?

 

ところでマッサン一家は自前の畑を耕しており、最寄りの横堀作業所には原則立ち入らない。

カマス内には共同作業所が点在し、外から合法的に労働者や体験学習生を受け入れている。

こんなシステムが誕生した経緯にも複雑な過程があったようなのだけど、各拠点を管理運営する古参地主が足並み揃っているわけではない。マッサンは否定派だ。

 

「自己啓発や懲罰を目的に、半端者ばかり送り込んでくるのが実情だからさ。

成田空港をつくったのはヤポの総意ではなく、あくまで紫党の族議員と利権屋たちだと。そんな理屈で与党を叩きたい左翼政治家や献金団体が、何十年も前から惰性で続けているんだよ。

しっかり教育されてくる者もいて、判で捺したように空港の完全解体を最終目標に掲げ、我々に説教を垂れたがる。

運輸官僚よりタチが悪いね。

いまさら廃港なんてナンセンスの極みだよ」

 

そんな言葉がマッサンの口から発せられることに驚く。

じゃあ、なんのために闘っているんですか?

マッサンにとっての最終目標は、何なんですか?

 

「これだけ汚しまくった空港用地の跡に、まともな農場などつくれない。

横堀だけじゃなくカマス全体がすっかり汚染されているから、費用対効果を突き詰めるなら成田全体をもっと巨大な空港へと拡張して滑走路を10本でも20本でもつくる方向へ考えるべきだろう。

なにを驚いているんだ?

公団は何十年も前から山の上流よりシアン化系の毒を流してるんだぞ。カマスの川に魚が泳いでないことにも気付いてなかったか。

我々の生活用水は地下200メートルから汲み上げている。

そこまでしなくちゃならない土地なんだよ、成田は。すでに」

 

横堀では無農薬へのこだわりを貫いてますけど、あれ、詐欺にあたりませんか。

宅配で購入してくれてるお客さんは、安全・安心だと思うから買ってくれているのでは?

 

「安全・安心を求めはじめたら国内産野菜は何ひとつ食べられなくなってしまうし、輸入食品はもっと怖いんじゃないかな?

それらを安全・安心だと謳っていたら詐欺かもしれないがね。

我々はそんな宣伝などしやしない。

ヤポにどれだけ妨害されているかを自分たち調べでレポートし、シアン化物で汚染されやすい品目に対しては毒を中和するための化学薬品を最低限度使用する。そのデータなら公表しているよ。

詐欺だと言い掛かりをつけてくる者に対して徹底的に抗戦する準備なら、している」

 

よくわかりました。納得です。

 

「ちなみにGB剤やVXなど、もっと強い毒を撒くようになったら先に山の動物たちが死んでいくはずだから、その際は個別に即時対策する。

まったく、時間とカネが全然足りないよ。ヤポが国会で承認する予算と同額を僕たちに預けてくれるなら、成田問題なんて一瞬で解決してやるんだがな」

 

たしかにカネの使い方が日本政府はアバウトすぎるし随分ヘタクソだなあとは感じます。

ところで、成田空港拡張の件に戻ってもいいですか。

ノンマルトにとって、カマスから去ることは、ありえる選択肢なんですか?

 

「ヤポの用語でいう話し合いの先にだったら、その可能性はゼロだね。

僕たちの先祖は何世代もかけて、この台地に住みついた。

土を畑に変える苦労を爪の垢ほどでも理解していれば、開拓農民に土地を売れだなんて、冗談でも口にできないのが常識というものだ。

かれらにとってはボタンの掛け違い程度の計算ミスだったんだろうけど、それがどれほどの高い代償を生むかという現実を、まだまだ教えてやらなくちゃいけないようだから。

教えたところで、ヤポを人材に変えるのは、岩を樹に変えるより難しい問題なのだけれどねえ」

 

すみません、もう少し戻ります。

俺自身、成田の闘争って、土地を返せだと思いこんでいたところがあったんです。でも、そうじゃない気がしてきたので、確認したいんですよ。

少なくとも、マッサンは、空港が消え去ることを求めているわけではない。

ここは合っていますか?

 

「現実的に無理だもの。

よそへ移すと、そこでまた戦争が始まるでしょう。

それから、都市型建造物ってつくるよりこわす方がはるかに大変で、経費がかかります。

不完全なまま営業し国家予算を食いつぶしながら命脈を保っている成田空港の収支報告に今更ヤポは驚かないかもしれないけど、これを撤去する事業には、敗戦して復興しながら賠償金を支払い続けるに匹敵する予算がかかるよ。

そこまでしてもこの土地は、当事者である僕たちが喜ぶ姿には戻らない。

算数を少しでも学んでいれば、こんなプランは検討にも価しないと思うんだけどね。

じゃあ、どうすればいいと思いますか」

 

現実的に考える。これがヒントだ。

ええと……まず検問や、上流から毒などの嫌がらせは即時やめさせ、充分な休戦期間を設けましょう。カマスは官憲が攻撃してこないなんて信用しませんが、あちらも同じだと思います。最初のうちは、過去の報復合戦も頻発するでしょう。これに煽られてはいけないが、放置もよくない。冷静に。カマスも県警も、自陣の側の捜査と検挙と裁判のみを可とし、その情報は公表し合うなど徹底させていけば、鎮静化に向かわせられるんじゃないでしょうか。治安がよくなれば、対話のいとぐちだって見えてくると思います。その次は個別交渉になると思いますが……

 

「もういいよ。まだまだ長く続きそうだし、考えながら喋っているようじゃダメだ。最終決着点を想定して、そこへ収束させていくように語らないとね。

それに、理想主義的すぎる。

ヤポの政治家・官僚・大衆・マスコミ。かれらに今の話を理解させられると思うかい?

できると思うならまず君が古巣へ戻って布教に努めてみるべきだね。

自分こそは中庸だと信じて世界の中心で愛と平和を叫ぶ獣は、上下左右から的にされるだけだ。これも覚えておくといい」

 

うう。今日も惨敗した。どう考えていけばいいのだろう。

成田問題に、理想的なゴールなんてありえるんだろうか。ムニャ……

 

豪雨明けた、月曜日。6月29日。

朝食前に戻ってきた俺たちへ、ヒトリくんが駆け寄ってきた。穫ってきたばかりの瑞々しい野菜が、籠に綺麗に並べてある。

 

「おとうさん!お誕生日おめでとう!」

 

マッサンは照れ笑いしながら籠を受け取り、ひとつひとつを手に取りながらその出来を褒め、さっそくトマトに齧りついた。

食卓についてから、ミサトさんからはブレスレットがプレゼントされた。ものすごく細かい彫りが刻まれていて、とても手作りとは思えない。

この家では、互いの誕生日に、そのとき自分が熱中しているこしらえものを、自信をもって贈り合うのが文化なのだと説明される。

俺はマッサンの誕生日なんて聞いてなかったし、準備もしてなかったので、ただおめでとうと言うしかなかったが、それはしょうがない。

ただ、7月3日がミサトさんの誕生日だと教わったので、4日あるなら何かこしらえられないものかなと思った。

 

「作業所でつくっている野菜くらいしかないだろうし、そこからもいで持ってきたら窃盗だから。くれぐれもしないように。

大丈夫だ。君が気の利いたプレゼントを準備できるなんてミサトも僕たちもまったく期待していないから、今日みたいにおめでとうと一言添えてくれれば結構だ」

 

うーん。それも立つ瀬が無さすぎて、つらい。

それに、期待されてないからこそ、なにか驚かせることができたら最高じゃんかと欲も出る。

 

しかし、何をこしらえられるだろう。

マユミさんにアイデアをもらおうか。ただではすむまいな。どうしよう。

たったひとつでいいから、得点を積みたいんだよな。

それだけなんだが。ムニャ。

 

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