元麻布のアジトへ着いた。
ハイエースを降り、整列。アルファから順に一人ずつエレベーターへ乗る。
その都度エヴァンズがスマホで操作しているところをみると、それぞれの帰る部屋へ通じるロックを解除しているものと思われる。
俺は、しんがりだ。
デルタを送り出してエヴァンズと二人きりになった。
途端、突然口調が変わった。
「ただいま。おかえり。さて。
まっすぐ部屋へ行って休むもよし、どこか近場で語らうもよし。
どうする?」
おお、ありがたいサプライズ。
語らいましょう。
「よし。じゃあ、まず泥を落としてこい。
着いた階でいつものように全裸になり、シャワーを浴びろ。
こちら側の更衣室へ戻ってこい。着替えを用意させておく。着たら、降りてこい。
赤いプリウスで待っている。照明はつけておくから、わかるよな?」
半月ぶりで忘れかけていたが、この男はこういう奴だった。まるで犬を躾けるかのごとく、俺に命令だけをする。
できることならマッサン邸へ帰りたいよ。
少なくとも、あの人は俺を人間扱いしてくれていた。
さて。
用意されていた着替えが、見慣れなさすぎて戸惑う。
ゆったりした布地の上下をかぶり、縛るだけなのだが、もしかしてこれはパキスタンの民族衣装か。
日本でこれを着て外出するのは、ちょっと勇気がいるぞ。
ともかくエレベーターに乗り、駐車場へ戻る。
エヴァンズは窓越しに俺を見て、笑った。
「君をPKに送りこむのは無理だな。どこからどう見ても不審者だ。
これほど似合わないとは思わなかった。
さ、行くか」
この衣装はシャワルカミスというそうだ。
そのまま六本木のインド料理店へ直行。
客や従業員から奇異な目で見られる。
インドから来ているっぽい外国人ならほぼ全員ビジネス・スーツを着こなしているので、かれらの視線が格別、痛い痛い痛い。
「インド料理店でハラール認定を掲げるというのがそもそも意味不明なんだが、アレンジがひどすぎて、もはやヤポ料理としか分類できないメニューばかりだな。
ところで君はカリフォルニアロールを寿司と認める派?認めない派?」
カリフォルニアロールですか。
あんなの寿司じゃないですよ。日本の伝統文化を理解しようともしてないでしょ。
「そう思うよね。あれはUS発祥の創作料理であり、ヤポとは縁もゆかりも無い芸術的な郷土文化だ。
なのにヤポは自分たちがルーツだと、ぐちぐちしつこく専売権を主張してゴネ続ける。
そろそろやめたらどうだ」
いやいや、それは話が飛びすぎです。
あれをアメリカ人の発明だとか言われてたまるか。
寿司でしょうお手本にしたのは。そのパクり方がデタラメだと言っ
「そんな話はどうでもいい。カマスの合宿は楽しかったか?」
怒りのやり場が宙をさまよう。
ああ……カマスは、楽しかったですよ。
楽しかったですとも。とっても。
「なにを学んできた?」
農業とは。成田闘争とは。機能的なチームの運営技術とは。いじめられていたニワ
「僕のアシスタントを続ける上で何の技能を向上させてきたんだと訊いている」
はい。ですから、チームを最大限に能力発揮させるためには先ずリーダーがしっか
「以前より僕を苛立たせる能力だけ増幅させてないか?
それとも今すぐゴステロに預けるしかないか?」
やばい。おちつけ。冷静になれ。
心拍数を上げちゃダメだ。上げちゃダメだ。
思い出せ。
マッサン相手に同じような圧をかけられたとき、俺はどう返した?
……もぐもぐ。
うん、うまい。
ハラール認定っていうから味はいまひとつかと思ってたんですけど、麦の味を濃厚に感じますね。意外でした。
「ん?
ジョバンニ。おまえ、味がわかる……のか?」
俺はニヤリと微笑み、ティーの香りを嗅ぐ。これも、芳醇。
ええ。
マッサンの秘薬で治してもらいました。
なんだと言われればそれまでですけど、少なくともこの半年俺が失っていた能力です。毒見役のレベルがワンナップしたと思っていいですかね。
「ほう。
なかなか気の利いたことを言う。今のは点をやりたいね。
実際どんな感じなんだ?
完全に回復してるのか?」
むしろ以前より敏感になりました。昔は気をつけたこともなかったですから。
カマスでは夜明けから日没まで働いていたんですけど、湿度を鼻腔で感じるんです。夕方や翌日の天候がだいたいですが予測できます。
ただ……
都内で同じ変化がわかるかと言われると、自信無いですね。まだこの辺を少し歩いただけですけど。
「いま食べている料理の味はどうだ」
おいしいですけど、味は濃すぎると感じます。
調味料が過剰に使用されている。不自然な匂いが入り混じってます。
パキスタンの本場料理はどうだったんですか?
「東京よりはずっと恵まれている。ただ、都市部では外国チェーンの進出も多くて、そこは大体同じだね。
若者や子供ほど工場製の味に慣れてしまっていて、表現力も貧しい。
帰国して、この店は気になっていたから来てみたんだが、やはり東京は東京だねというのが結論。
なんだい、まさかジョバンニとこんな対話をするとは思ってもみなかったよ」
ほっとする。
とりあえず1点稼いだ。
マッサンのおかげです。ありがとう。
「ブリティッシュ・エンパイアがインド支配から撤退し、独立国をつくることになったとき、領土内でヒンディーとイスラームの対立が顕在化した。
大雑把にいえば、牛を崇めて豚を食べる文化圏と、豚は不浄だが牛なら食べる文化圏との抗争だ。
共通の法律などつくれない。
だから別々の国にした。すなわち、INとPKだ。
ヤポには両国の名を併記した料理店が存在する。なにものなんだ?
さらに、宗教上の理由で分離しているわけなのに、イスラーム由来のハラールフードをインド料理店が提供する。
まったく、意味がわからない。
しかしヤポではまかり通るんだ。気持ち悪くてしょうがないよ」
お客にも店員にも、インド人ぽい顔が多いなあって見てたんですけど、あの人たちは何者なんでしょう。
ハラールを求めて来るってことは、イスラム教徒ですか?
「そこは正直、わからないねえ。興味本位で来てみただけのUS人かもしれない。
すべてのムスリムがハラールに厳格なわけでもないし、ムスリムになるには肌の色なんて関係ないし、そもそもインド人ぽい顔ってどんなのだよ。
INは人口13億人の多民族国家だぞ。
貧富の差も桁違いに大きい。いったい何を基準にインド人を定義しようだなんて思うんだい」
俺、アメリカ人についても以前、同じような発言をしましたよね。気をつけます。
ところで、イスラム教国家のパキスタンへは、いったい何をしに行ってきたんですか?
「明かせる範囲で言うならば、武器の買いつけといったところかねえ。
ほら、US国内で対政府軍を想定した兵器の需要が高まってるじゃないか。
これに全世界の武器商人が沸き立っている。
まずRUやCNなどの武器生産大国はUSを内部から崩壊させられる画期的なチャンスだと増産を始めた。
ライフルやサブマシンガンくらいまでだとライセンス生産品の方が安上がりだから小国の業者が賑わうんだが、今度のは久々の大量破壊兵器特需だからね。これらを仕入れて中継するディストリビューターも競い合って入札している。
最終的に消費者へ届けるのはリセラーと呼ばれる小売業者で、カモッラにはこの実績がある。US国内への密輸は麻薬でさんざんやってきたから。
ただ大型商品を搬送するノウハウは未熟で、機材も心許なかった。
そこでこの分野に強いPKの業者と提携することにしたわけさ。
けっこう大役だったんだぜ」
いいんですか?明かせる範囲でと言いながら、結構やばいところまで口にしちゃったような。
「カモッラ以外の業者名は出してないはずだがな。
それにこの程度の経済論は中学生以上なら誰でも理解できるだろう。
スクープだと思うなら真似してやってごらんよ」
言われてみれば、そんなものかも。
ところで、大型商品の搬送にパキスタンが強い理由って何かあるんですか。いまいちピンとこないんですが。
「インダス川の90%以上はPK国内を流れ、アラビア海へ注いでいる。
そんな地理環境に加え、紛争地に囲まれながら平和を保っているので兵站産業が定着しやすいとか。原子力関連施設も多いからなど、理由は様々あるね。
さて、そろそろ帰ろうか。
僕はレポートも出さなくちゃならないから、もう数日休む。
君は711号室で待機。スターンから呼び出しがあればアヴァンティで働くように」
711号室?
前と番号が違っているような。
「1501は他にとられたよ。トレッドミルは人気があるからね。
711に特別な要素はないが、あまり使用歴がないから少し綺麗めだと思う」
はあ。
……あ、もうカマスへは戻れないんですか?
明日、ミサトさんの誕生日なので、お祝いを届けたいんですが。
「ミサト?ああ、マッサンの娘か。
そういえば夏の生まれだった記憶がある。何年前だったかな」
今年で9歳です。こっそり竹細工をつくって用意してたんですが。リュックの中に入れてます。あれをせめて……
「もうそんなに経つのか。
そうか……だと、享年8歳ということになってしまうんだな」
え?