東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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4月8日。成田空港第2ターミナルでテロリストが銃を乱射。3名の民間人が拉致されるという事件が発生した。

 

その4日後、B滑走路が閉鎖され、翌々週には第2ターミナル全体が立入禁止となる。

報道では「新型コロナ感染症による利用者激減のため便数を調整、当面はA滑走路発着のみによる運航体制を敷く」と説明される。

 

以降、成田空港東側からはひと気が消え、空港敷地外の撮影スポットに出没する民間人もいなくなった。

分離壁や検問所に近付く部外者はもともと少なかったが、監視カメラと千葉県警のパトロールによる厳戒態勢は続けられていた。

 

7月1日。

2機の大型輸送機が飛来。

B滑走路上にとどまり、機首をターミナル側へ向けてじっとしている。かなり不自然な光景である。

カマスの武装集団は、ただちに迎撃準備を整えた。

戦闘員は横堀地区へ集結し、非戦闘員も各々の持ち場へついた。

夜中、猛烈な低気圧が通過。

戦闘は1時間程度。

カマスは領土の2/3と、兵力の大半を失った。

 

「隠していたというより、君に説明しえるほどの情報がまだ届かないんだ。

僕に追加のミッションが与えられる可能性は低いし、ましてや君に現時点でできることは何ひとつない。

予想通り、メンタルがひどい状態じゃないか。これを避けたかったから話題にしたくなかったんだが。

つい、口が滑ったよ」

 

ひどいですよ。どうして平然としていられるんですか。

マッサンは、ノンマルトは、カマスは、エヴァンズにとって、仲間じゃないんですか?

悔しくないんですか?

 

「君がやるせない憤りをこらえているのはわかる。だがそれを見れば見るほど、むしろ僕は冷静であらねばと身構える。そうでなくてはコーディネーターなんてつとまらないのでね。

悔しがる暇があるなら、次の手を考えろ。

君の大好きな岸首相が自衛隊にカマスの殲滅を命じたんだぜ?

さあ、どうする」

 

自衛隊の総司令官は内閣総理大臣、つまり首相だ。

クーデターが起きているとはどう考えてもありえないから、首相がゴーサインを出したことは間違いないのだろう。

しかし日本国民を愛し、その歴史を尊び、相互理解と共栄を何よりも重視する人にそんな指令、出せるわけないはずだ。首相はサインをしただけ……

いや、言ってて虚しい。

現実を受け止めよう。

 

「秘書が勝手にやりました。私は何も知らされてませんでした。

ヤポは昔からこんな定型文を用意しがちだが、今回はそもそも外部に知られないための準備をしっかりした上でだから、声明する必要もないだろう。たとえ部下が勝手にやらかしたのだとしても責任は上長にあるのだから速やかに善後策を講じるのが常識というものだが、そんな議論も無用だ。

安心しろ、岸はすべて承知している」

 

支援団体から派遣されていた、おじさんおばさんたちは、無事なんですか?

かれらは解放されますよね。あくまで民間人だと、カマスでは言ってました。

 

「かれらは全員、外地へ帰されるだろう。

すべての窓を遮蔽されたバスに乗って、成田市役所あたりで降ろされると思う。

従順にしていれば現地解散だろうな」

 

そこから先で事故を装い処理されるとか、洗脳教育を受けるとかしませんか?

なら、派遣元へ戻って報告をするはずです。

その証言を聞けば、左翼は黙っていないでしょう。

 

「あんな連中を、ずいぶん信用しているんだね。

生粋の左翼で今も生き残っているのは紅党くらいかな?

君は紅党の機関誌を読んだことがあるかい。

それとも、紅党員の友達が一人でもいるかね」

 

いえ……どちらも。

 

「弱小政党の回覧板にいかほどの影響力が有りや。

たまに面白いネタが載っても、普段どおり固定ファンしか読まないよ。

それに紅党が生き残っているのは紫党とほどよい共生関係を保てているがゆえであって、この国は右翼も左翼も平等ですという口実を示す目的で、仲が悪いフリだけしているのが真相だ。

紫党が本気で隠したがっていることを暴く野党なんていない。

この程度は基礎知識として覚えておきたまえ」

 

それって……マスコミも同類ですか。

 

「ほんとのバカがリークする可能性はなくもないが、そんな世間知らずのところに価値ある情報は流れてこない。

政府に不都合なネタを手に入れた記者は、真っ先に当時者へ知らせて恩を売り、点数を稼ぐものだ。これも常識さ。

とくにヤポは、居心地よい陽だまりになるべく長い時間座っていられる先輩を成功者だと崇め目標にするフレッシャーズばかりだからね。

君もそうだったろう?今もかな」

 

ほかの国では……まで言いかけて、口をつぐんだ。

よそのことなんて、どうでもいい。

気休めにもならない。

エヴァンズの口ぶりでは、ミサトさんは亡くなっている。それは確定のようだ。いずれ、他の皆さんの消息も教えてもらえるだろう。

あまり早くは知りたくない。

今は誰もいないところで、泣きたい気分だ。

だから、帰りたいと告げた。

 

711号室を開けた途端、後悔した。

この部屋でひとりっきりになることは耐えがたいものに思われた。

ドアを閉め、廊下にとどまる。

他の部屋や、出てきたばかりの更衣室を開けようとするが、びくともしない。

そのうち、711号室のドアが勝手に開いた。

ためらっていると、ウォッチに電流が走る。

何もしないでいると、2回目はビリっときた。

腕がしびれる。怖くなり、室内へ飛びこむと、勝手にドアが閉じた。

もう、出られない。

俺は観念してスポンジベッドに横たわり、思う存分、泣くことにした。

 

それから丸一日、誰からも何の連絡もこないまま、室内で過ごす。

 

味覚が戻ってから初めて食したシリアルは、ほんのり甘い味がした。

水は無味無臭。カルキくささは感じない。

室内は、なんとなくカビてる気配がする。

 

711号室は比較的綺麗なほうだが、これまでの部屋には、壮絶に臭いところもあったのだろうな。

 

7月3日の夕方、スターンから、アヴァンティへ来るよう指示がきた。

途中で制服に着替え、厨房裏口より入店。

カムパネルラが俺を見るなり黙禱した。

俺も礼を返し、ホールへ入る。

スターンがいた。

ただいま、戻りました。

 

「コンディションは数値上回復しているようだが、休みたいなら帰ってよい。どうする?」

 

俺は、働きたい旨を伝える。

 

「働くなら働く意識でいろ。

カマスで自己管理を学んでこなかったのか?

まだ仕事を舐めているのだったら二度とここへは呼ばないぞ」

 

目が醒めた。

ここも戦場だ。

泣き言を聞いてもらう場所じゃない。

 

大丈夫ですと答え、すぐ掃除にとりかかった。

いつかエヴァンズが言ってたっけな。ここでは、強くなければ生きる資格も無いのだと。

 

カマスの話は、それ以上しなかった。

考えれば正気を保てなくなりそうだったし、スターンもそれをわかって切り出さないのだと思う。

それはすなわち最悪の結末だったことを暗示するものだ。

 

悔しがる暇があるなら、次の手を考えていた方がいい。

俺は、何をすればいいのだ?

ノンマルトの仇を討ちたいのか?

そのための力を手に入れなければ、何も始められない。

もしも強さを身につけて、一昨日へ戻れるならば、俺はマッサンやマユミさんたちと一緒に、戦場へ出るのだ。

精一杯戦って、そして、皆と一緒に死ねればよかった。

こんな無様な生き延び方など、したくはなかったのだ。

次第にそんな考えが浮かんできた。

 

やがて、開店。

俺は定位置に隠れる。

これでいいのかしらとあらためて思うのだが、割り切るよう意識改革する。

 

実のところ酒も調理も手伝わなくていい俺は、アヴァンティの営業中に肉体を動かす必要がほとんど無い。しかしそれは元々求められていないのだから、それでいいのだ。

俺はカモリスタから殴られるために雇われているのだと以前これもエヴァンズから言われたが、アヴァンティの客にそんな乱暴なやつはいない。

ゴステロくらいだが、あれは今思えば俺の対応もまずかった。

 

しかしそれでもたとえば俺が用心棒だとしよう。

用心棒が毎日忙しかったらそんな店はおかしい。暇で結構。

しかし何ヶ月に一度かでも、出番がくればそれなりの働きを期待される。

そんな職種だと思っていればいいのではないか。

 

ただ、気を常に張っておかなくてはならない。

客の会話に聴き耳を立て、必要な瞬間にすぐ動ける準備をしておくのだ。

これに慣れよう。

そう決めた。

 

スターンがちらと時計を見て、俺に手招きをする。

8時10分前。

俺はそっと近づき、彼の口もとに耳を寄せた。

 

「厨房に隠れていろ。

私が呼ぶまでは、なにがあっても出てくるな」

 

はい。

俺はすぐに隠れた。

誰か来店するようだ。ゴステロか?

 

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