その客は、一人で入ってきた。
カウンターに掛け、溜息を漏らす。
強めのカクテルをとオーダーし、スターンにスレッジハンマーを提供された。
少し躊躇いつつ、口をつけている。
ほっと一息つき、ようやくはにかんだ表情を見せているようだ。
そろそろ確信を抱く。彼はカマス脱出チームの隊長、アルファだ。
ス「どうだったね、旅の成果は」
α「その前に最新情報を知りたいです。村の人たちは無事ですか」
ス「辺田の本部を制圧されたらしい。
投降した住民はなぶり殺しにされたようだ。
文字通り、嬲りながら殺したみたいだよ」
α「漢字ではこう綴るのですか。えげつないですね。
ヤポにとって、その行為は倫理的にどこまで許されるものなのですか?」
ス「ヤポは倫理など持たない。善悪の基準そのものが存在せず、理解することもない。
力づくで捩じ伏せた相手に対しては、何をしてもよい。
みんながやっているから自分もやろう。みんながやっていることを自分だけがやらないのは恥ずかしい。むしろこれがヤポの行動基準だね。
だから、いま君が想像しているより遥かにずっとおぞましい陵辱が行われたものと思っていいよ」
α「理解できません。まったく想像すら及ばないのですが、具体的にはどういった暴力を、自衛隊は行ったのですか?」
ス「具体的には、か。
ヤポは幼女が大好物だから、まず10歳以下の少女を選りわけ、家族たちの目の前で輪姦する。
次は10代、20代と、休憩を挟みながら宴を盛り上げていく。老婆でも容赦はしない。
すっかり抵抗力を失った男たちに穴を掘らせ、刀の試し斬りをしながら放りこんでいき、最後まで体力の残っている者に埋めさせる。
それから、おもむろに調書をつくり始めるんだ。活躍した隊員を表彰するためにだね。
占領地の生存者をヤポ語でシニゾコナイと呼ぶのだが、かれらには解放軍を讃えさせ新たな自治政府をつくらせる役割があるから、それなりの保護が与えられる。
ヤポ風に変えさせた名前で住民票を登録させ、集合住宅に押しこむんだ。
以後永遠に、地方警察や純ヤポ上級市民らも総動員して監視し続けるところまでが伝統芸といえるかな。
どうした。
刺激が強すぎたかい。カルアミルクでもつくろうか」
α「いえ。むしろ、もっと強い酒が欲しいです。
そうか、ヤポがアジアじゅうから嫌われている理由がようやく呑みこめてきました。
昔から、そんなことばかりやってきたわけですね」
ス「ヤポの本性は、外地でこそストレートに出るね。
内地でも、相対的に強い者が弱者から何もかも奪い、シャブ漬け状態のまま飼い慣らすことで支配体制を安定させている。
ヤポはそれ以外の組織論を知らないのさ。
USが国際戦略上の都合で独立させた国ではあるが、ヤポは共和国でも民主国家でもない。はるかそれ以前の段階で成長も進歩も止めた、言うなれば豚の楽園だ。
それに気付けば、少しは怒りもおさまろうか」
α「はい……ただ、豚ならそこまでひどいことはしませんよ。かれらは人間より綺麗好きだし、武装も持たない。平和の象徴といってもよい。
ヤポをケダモノになぞらえるなら、ペリシテ人より劣るやつら、とでも表現するほうが適切ではと思います」
ス「確かにそうだ。豚に罪は無いものね。悪かった、訂正する。
ヤポは、悪魔の象徴だ。否、悪魔そのものだ」
α「おかわりをください。次は、パナシェがいいかな。
ところで以前、そちらの隅でヤポを一匹飼っていたと思うのですが。
あいつは今どうしていますか」
ス「君が村から脱出させたうちの一頭だと聞いているよ。
まだメンタルが治りきっていないようでね。使いものにならないから、帰らせた。
さ、どうぞ」
α「フウ。爽やかですね。
道理で、見たことある気がしたんですよ。
まあ、ヤポだからな」
ス「前回、君はマリエさんと一緒にここへ来て、そのときに私がミネオ老師を紹介したのだったよね。
彼女は今、どうしてる?大丈夫ならいいんだが」
α「ああ。そうでしたね。
ミネオ先生はカマスで指導教官をされていたので、そこへ私が研修生として入れるよう、マリエが手配してくれました。
彼女も週イチくらいで様子を見に来てくれていたのですが、やはり噂が立つので、会うのは控えめにして。
それで……
水曜日、自衛隊の襲撃が予想されると第一種警戒態勢が敷かれ、我々は横堀要塞へ集結。
ミネオ指揮官よりカモッラ所属メンバーを避難させるよう下命され、森に潜伏しました。
夜のうちに指示が脱出へと変更。
翌朝、ここへ帰投した形です。
ミネオ先生が戦死されたことはマリエから聞きました。マリエは今、実家へ帰っています。お母様と、弟さんがおられると聞いています」
ス「葬儀をするかどうかは、微妙なところだろうねえ。
数年は、消息不明の状態にしておいた方がいいように思う」
α「そうですね。その家族会議をしている最中ではないでしょうか」
ス「君はこれから、どうするの」
α「私ですか。
レポートを仕上げるのにもう数日かかりますが、そのあとどこに所属するかは、まだ」
ス「誰かがカマスの報復戦を計画したら、メンバーに加わりたい?」
α「なるほど。……もしマリエから誘われれば、協力したいですね。
しかしそれ以外のルートでは、参加しないでしょう。
私個人の立場ではカマス側へ同情するモチベーションが湧きづらい。なので対価次第という関わり方になると思います」
ス「それでいいと思う。
やはり君から見ると、ノンマルトはペリシテ人に似ているからという印象になるのかな」
α「その要素は大きいですね。
ただ、ヤポ政府には私の祖国ILと類似する点がなにひとつ無いので、カマスを攻撃した側への同情はもっと湧きづらいとは申しておきます。
大局的に審判するなら、ヤポとノンマルトの抗争なんて野良犬同士が共食いをしている次元に等しい。
空港拠点ひとつ整備するのに半世紀も揉めてきたという事実そのものに呆れます。
私たちの祖国をとりまく問題に比べたら、なんと幼稚で無粋なことか」
ス「私は君に、余計な遠回りをさせてしまったかもしれないね。
テロリストと戦うために何をすべきか。
それを君は求めていたというのに」
α「いえ。ヤポへ来て以来、最も充実した期間のひとつであったことは確かです。
それに、ペリシテ問題を解決へ導くのにくらべたら、カマスについて考えるほうがずっと簡単だ。
私が潜入し間近で接したテロ集団カマス。
それを僅か一夜で実質この世から消し去った自衛隊。
ここには完全解へつながるヒントがあると思います。
これが紐解けたとき、私は自信を漲らせて祖国へ凱旋できるんじゃないかな。
いま考えているのは、そんなことです」
ス「そこまで言ってもらえると、私も慰められるよ。
お礼に、とっておきの一杯をご馳走しよう。ヴァルネッリのアニス・リキュールだ。
頭がキリッと冴える感じがすると思うよ」
アルファが出ていったあとも、スターンから呼び出しはかからなかった。
俺は厨房の壁際で聴き耳を立て続ける。
スターンは時々、ボックス席から料理の注文を受けて、付箋紙を通路の脇に貼る。
カムパネルラはそれを見て調理し、カウンター内のテーブルに載せる。
普段はホールに届けるのが俺の役割だが、今日はこれもスターンがやった。
俺はただひたすら、じっと息を殺していた。
やがて11時近くになり、今夜は店仕舞となる。
最後の客が帰ったあと、入口に鍵をかけ、ようやくスターンが厨房へ入ってきた。
ス「おつかれさま。ステルスが板についてきたな。
カマスでの研修は、君をそれなりに成長させたと見える」
フウ。こんな授業、受けてなんかいませんがね。
ス「口で言うまでわからん奴には、口で言ったってわかりゃしない。それは、わからせるには言葉で教える必要など無いという意味でもある。よく覚えておけ」
反芻する。
なんだか秘伝を授けているみたいだぞスターン。
黙って心にメモしておく。
ス「私が、アモスが帰ったあとも君に声をかけなかった理由を説明できるかな?」
俺を帰らせた設定上、ひょっこり裏から出てきたらおかしいからじゃないですかね。
他の客から情報がアモスに伝わったら、アモスはスターンに騙されたと感じるでしょう。
ス「概ね正解。
君がいたら、アモスはあそこまで伸び伸びとは話してくれなかっただろう。
私は彼のメンタルも心配していたのでね。人々には心を開ける秘密の空間も必要なんだ。
そこまで理解したなら、エヴァンズにも余計なことは言うなよ」
俺は邪推する。
スターンはエヴァンズに今夜の一切合切を話しておくだろう。
そして俺がどの程度口が軽いかをエヴァンズに試させるところまでする。
そんなやつらだ。せいぜい、気をつけます。
ス「マッサンたちの仇を討ちたいか。
だったら、そのメンバーに加えられるほどの力と信用を身につけておけ。
少なくとも君にはアモスよりずっと強いモチベーションがあるはずだ。それ以外が無さすぎるけれどもな。
いいか。じゃあ今日はおしまいだ。
711号室へ帰って寝ろ」