エヴァンズの仕事再開は、月曜日だった。
その前日、都知事選挙で芦屋ユリコが圧勝した。
「歴代最多の22候補による大舌戦。
得票率60%を制して現職の芦屋が続投決定。
どう思う?」
あれだけのネガキャンに追いこまれながらよくも、と驚くばかりですね。
芦屋はいったいどんな手を使ったんですか?
「covid-19はまだまだ終わってなどいない、都民の安全を守るために行政はできる限りのことをする。と真っ当な宣言しかしていないよ。
むしろアンチ側が盛大に自爆した結果に見えるけどね。挨拶ひとつまともにできないモブが21人も並べば、中央のヒロインだけが光輝いて印象に残るものだ。教訓にしたまえ」
リコリコが署名を集めていたでしょう。
あれも、効果は無かったんですか?
「僕は国外にいたから直接には見ていないが、芦屋を罵倒しさえすればリコリコが応援団をつけてくれたらしいよ。破格の時給でノリノリなパリピを掻き集めていたってさ。
その中から、21ヶ所の選挙事務所を制覇して待遇の差をランキング形式で講評する動画配信者が現れた。署名も、枠1000個どんな形ででも埋めれば小遣いをもらえたとか。全部ばらして大炎上。
芦屋ただひとりが、そんな狂騒と無縁でいられた。
しかし投票者の40%はリコリコの誰かに入れたか、またはマルを2つ以上付けたなどして無効になったということだからね。ヤポ相手に民主主義ごっこするのは、やはり資源の無駄だよと結論する。おしまい」
ともかく芦屋がもう4年、都知事をつとめることが決まったわけです。
オリンピック含めて、これからも予断を許さない状況が続くことになりますね。
「予断を許す状況とはいったい何を意味するのかな。
上から下まで岸首相のひと声でみんなニコニコ逆らわない、そんな社会を望んでない限り出てこない台詞じゃないかい。
ああそれが君たちの言う、平和のあるべき姿だったか。
ヨジフもマオも、この島でゲームを開始していればあんな大粛清に手を染める必要なんてなかったろうにねえ」
誰ですか、その人たち。
はい着きましたよ。いってらっしゃい。
今日は復帰の挨拶回りで、やたら件数をこなす忙しい一日となる。
小雨がパラパラ降っては止みする、ときめかない天気だ。
パキスタン大使館では少し長時間の訪問になるというので、近場のコンビニへ行ってきた。
今月からレジ袋が有料化されているのを初めて体験する。
環境資源の保護と、ゴミの削減。ポリ製品の無償配布をやめれば一挙両得だとする、国の政策に基づく。
一応筋は通っているんじゃないかという気はするのだが。エヴァンズに絡まれてもそうだと言い切れる自信は無いな。
どこを突っこまれるか。それに対しどう返すか。そんなことを、何を見てもいちいち考えておきたい癖がついてしまっている。
ストレスだ。ああストレスだとも。
一対一だと逃げ場が無いのもつらい。
またこんな日常が始まるのか。
うんざりだよ。
新聞を読むのは3週間ぶりになる。
コロナの勢いがまた盛り返してきていた。世界全体ではとうとう感染者数が1000万を突破。最近は中南米が深刻らしい。
日本でも全国で一日200人くらい新規感染者が出始めている。最多は東京都。
とりあえず、半年間コロナ対策の経験を積んできた都知事の再選が決まった。自ら公約に掲げているのだから、これ以上パンデミックを拡大させないよう万全を尽くしてほしい。できれば国や他道府県とも、うまく連携をとりながら。
記事の中にはしかし、また新たな火種となりそうな案件も見つかる。
先月下旬、国土交通大臣が国内旅行支援策を発表した。
コロナで大打撃を被った旅行関連会社を業界ごと救うため、国民が家族旅行や団体旅行を正規代理店経由で予約・実施した場合、種々の割引を適用し旅先で使えるクーポンなども支給するという大規模キャンペーンだ。
夏のレジャー期に間に合わせるべく、猛烈に急いで準備を進めているらしい。
現時点ではまだ開始日未定だが、全国の旅館や交通会社が許可をとるため役所へ詰めかける状況が続いており、一度解雇した従業員を呼び戻し再雇用するなどといった感動のドラマも繰り広げられている、とある。
記事を読みながら、様々な想像をくゆらす。
コロナの脅威が完全に消え去ったと前提にしたところから出発していないか。
今日は7月6日だが、公立学校の夏休みは20日頃から始まる。
あと2週間しかない。
業者も旅行客も、余裕の無さすぎる日程で計画を立てなくてはならないだろう。
疲れるだけだし、バッティングや連絡不備によるトラブルも頻発しそうで、おそろしい。
日本中の観光地で、役所が大パニックのようだ。
そりゃ登録が必要なのはわかる。
ネットと郵送じゃダメなの?
旅行の予約なんて今はどこでもスマホでやるのが当たり前だよ。電話でもできるよ。
なぜ役所に人を密集させるんだ。
連日?
そこから感染が拡がったらキャンペーンどころじゃなくなるぞ。地域がまるごと壊滅するだろ。
なぜ、どうして、わざわざそんなことをさせる?
クビにした従業員を再雇用。
それは感動のドラマなのか。お涙を稼げる物語なのか。
そういうケースもあるだろう。
なんだ今更と揉める現場もあると思うが。
給与や待遇を「以前と同じで」とすんなりまとまる割合はどのくらいかしら。
ほぼゼロではないかと、社会人を経験した俺は考える。
この半年で倒産した会社も多いのだ。どこも蓄えを枯らしてる。
キャンペーンは夏休みをあてこんでいる。その間だけ、余裕の無い客の群れが詰め寄せる。
少しでも現場経験を持つ者に手伝ってもらいたいのは、経営者にとって切実な要望だろう。
が、しかしそのスキルに見合う給料は払えない。秋がくればまた解雇するかもしれません。
やってられねえよ。
現実的に、未経験者を安く掻き集めるのが精一杯じゃないか。そんな旅館に泊まりたいか。
惨劇が始まる予感しかしねえ。
芦屋都知事は、これにも楯突くのじゃないか。
東京には来るな、と全国民へ向けて言い放った実績を持つ彼女だ。
同じことを、もっと過激に叫ぶだろう。
都内の旅行会社はとばっちりを食う。
ん?いやいやこの場合、都知事が都内の業者を敵に回すことにならないか。国の景気支援対策に少しでもあやかりたい業者からその希望を奪うわけだから。
うわあ。内戦勃発か?
今度こそ、芦屋ユリコは暗殺されてしまうんじゃないか?
そこまで考えたところで、エヴァンズが戻ってきた。
とても機嫌が良さそうだ。
パキスタン大使とのお喋りは弾みましたか。
「ああ。とてもためになる話をいろいろと教えてもらえた。
2週間、PKの空気に触れてきたことが、かれらとの距離を一気に縮めた感じがするね。
やはり旅はいいものだ」
旅、ですか。
そうかもしれませんね。
俺も、仕事でいいからもっといろんなところへ行ってみたいように思います。
「そうか。じゃあ次の機会があれば、もっと違う種類の避暑地を用意しておこう。
奥多摩・成田ときたから、どうしようかな。
もっとハードコアを味わいたいか?」
あ、撤回します。少しお手柔らかなところにしていただきたい、です。
「そうか。まあ成田はなくなっちゃったけどな。
なあ。
ジョバンニは、カマスの報復戦をするとしたら、参加したいか?」
え……
報復戦、ですか。
俺になにかできること、ありますかね?
「誰かがアルファとなって計画を立案し、メンバーを集める。そのとき適性があればお声がかかるかもしれないよ。
たとえ弾よけでも加わりたいという意思さえあるなら、推薦はしておく」
なるほど。弾よけくらいなら、できるかもしれません。
推薦しておいてください。
「言っておくが、弾よけしか務まらない奴に弾よけを命じはしない。弾よけになりたければ、もっと上のスキルを身につけておけ。
それ未満の役者には舞台を踏む資格すら無いからな」
わかりました。肝に銘じておきます。
「ついでに訊いておくが、カマスの報復戦とは君にとって何だ?
具体的には誰を排除するつもりでいる?」
え?それは……
排除…するとしたら……
「たとえば岸首相を暗殺すれば気がすむのか?
それで復讐は成し遂げられたことになるのか?」
いえ。それはちょっと違うと思います。
思いたい、と言うべきかもしれませんが。
「自衛隊に、今回の作戦を立案した者がいるはずだ。その参謀チームの責任だと思うか?
あるいは、現場で戦闘に従事した兵士に罪を問うべきか?
沈黙しているマスメディアも含め関係者全員を血祭りにあげていくのが正解か?」
い、今この場で、結論を出すことはできません。
首謀者が誰なのか、その中で最も邪悪な、排除すべき人物が誰なのかということを、まずは調べてから……その上で、作戦を立てて、実行すべきでは、ないでしょう、か?
「そういうことだよ。
カモッラは力を奮いたいだけの無法者集団ではない。感情と理性をコントロールできる頭脳の連合によって構成される組織だ。
そのチームワークを発揮して、カマスの無念を晴らす。
これが原則だ、覚えておけ。
今はその調査にとりかかっている段階だから、時が満ちるその場面にいたいのであれば万全の準備を整えておけよ、と言っているわけだよ。
そろそろ出発しようか。次は千代田区だ」