東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-07-006.hmos

7月11日、土曜日。

朝、エヴァンズから、国内旅行支援策が22日からに決まったと教えられる。

 

日中買ってきた新聞によると、金曜の夕方に国交大臣が発表したらしい。

直後に国内すべての旅行代理店および都市間交通会社へ電話が殺到して回線がパンク。当然サーバーも落ちまくって、現在も復旧の見込み立たず。

役所は定時で終業している。公務員の皆さんは週末ステイホームでしっかり英気を養い、来週からの激務にしっかり対応してくださいねという、政府からの粋な配慮だったみたい。どっとはらい。

 

国内の新規感染者報告数は、木曜日が355人で金曜日は430人。

そのうち6割を東京都が占める。

これを見れば、東京への旅行は候補に入れづらくなるだろう。

エヴァンズは46道府県での検査がどれほど適切に行われているんだろうかと嫌味を言うが、それこそ確認もしていないのに言いがかりでは?

政府が集計し、こうしてマスコミが報道するデータを、国民は見て判断し動く。その流れ自体は確たる事実だ。

真実はどうあれ、始まったばかりの第二期芦屋都政がもう命運尽きかけていることに変わりはないだろう。

問題は、誰が都知事ならいいんだということであるのだが。

 

夜、アヴァンティのボックス席に、怪しいオーラをまとった4人組の男が現れた。

筆頭は常連の山猫博士。

ふたり、博士ほどではないがよく来る顔。

そして見覚えのない、若い男がひとり。

ヒソヒソと密談を始めるが、博士の地声が大きいので、これを主軸に全体像を浮き上がらせることができそうだ。

全神経を聴き耳に集中させ、俺は闇に溶けこむ。

 

「そもそものところから確認したいんだけど、自衛隊ってのは軍隊なの?警備隊なの?」

 

「どっちでもありませんよ。

国防なんてできやしないし、保安庁は別にあります。

グダグダな法律のスキマに生まれ、養分与えられてすっかり肥大化した腫瘍のこと。それがジエイタイです」

 

「切除したらどうなの?」

 

「喜ぶ人も多いでしょうが、既得権者が全力で抵抗するから大手術になるでしょうね。それなりのギャラをもらえるなら執刀しますが、リスキーすぎて気は進まない」

 

「岸はこの腫瘍に人格を与えてやり家族の一員に迎えたいとずっと言ってきたわけだよね?その理由も謎なんだが」

 

「岸が一度でも防衛大臣を経験していれば、あんな発想出てくるわけがないんですけど。

そこが悲劇というか喜劇というか」

 

「え?よくわからない。もうちょっと詳しく」

 

「ええとですね。

岸一族の、初代はいろいろやってきた人なんですが、二代目はマスコミから外務畑に進んだ御曹子で。

現在の三代目は父親の秘書から始めて順風満帆に首相まで昇りつめていったお坊ちゃまなんです。よくある劣化のエスカレーターですね」

 

「メディア連れ回して外遊が趣味だしな。どんだけクズな経歴か」

 

「ともかく、岸は自衛隊利権のおこぼれに与った経験がありません。だからひときわ、それが美味しそうに見えるんでしょう。

首相権限で君たちにもっと力を与えてあげるよと持ちかけた」

 

「下心はわかるが、防衛大臣やってたらそれをしなかった、ということ?」

 

「防衛大臣は自衛隊の収支報告を監査する責務というか権限を持ちますから。興味さえあれば、これがどれだけ雑でザルで手のつけようもなく慚愧に堪えないものであるかと思い知ることができるわけです。

こんな腐敗貴族の群れに国防なんて不可能だ。

しかしどうすればいいのかと悩んでいるうちに大臣を交代させられるのが通常パターンかな。

だからたとえば芦屋ユリコなら、ヤポの防衛力について最低限必要な知識と見解を持ってから始めると思います。

しかし岸にそんな見識は無い。

彼は昔から、自分より下位者の意見など聞こうともしません。

そして自衛隊に対しては強いあこがれだけを抱いている。

ひとたび鎧を解き放てば、連戦連勝まちがいなしだと」

 

「デジャヴを感じるな。

ヤポは100年ほど前にも同じようなことを言ってなかったかね」

 

「何百年も前からそれしか言いませんよ。ヤポは学習なんてしないので」

 

「一度も柵から出したことのない鶏が、どうして実戦で鍛えられた狼の群れ相手に一秒でも戦えると思えるのだろう。そんなことすら、わからないと?」

 

「岸ばかりじゃないですよ。ヤポなんて全員そうです。

宇宙戦艦一人旅という紙芝居がいつまでも現役なんですからね」

 

「そろそろ話を戻していいかな。

しかしそれでも、その自衛隊がカマスを殲滅させてしまったことは事実なのだろう?」

 

「そうなのです。私も正直驚きました。

事件翌日、防衛大臣が首相から簡単な状況説明を受け当惑していることから、まず平塚タロウは標的から外してよいと判断します」

 

「あの何でも屋か。

さすがに防衛大臣には知らせておかないと、勘づいてあちこち掘る可能性があるから、この件については詮索するなと作戦終了後にヒントだけ匂わせておいたと。そんなところかな」

 

「そんなところです。

余談ですがつい先月、USから弾道ミサイル防衛システムを購入する件で防衛省幹部が地元住民にうっかり口を滑らせるというミスを犯して取引自体中止となり、岸が平塚を激しく罵るという一幕があったばかりです。

それで今回、大臣は作戦から外されたものと見られます」

 

「なにそれ。官邸って幼稚園なの?」

 

「老稚園と呼ぶべきだろう。こじらせた出涸らしの吹き溜まりだ。未来ある者を預けておく場所ではない」

 

「話を戻していいかな。

岸は作戦をどこまで掌握していたんだ。奴こそ首謀者なんじゃないのか?」

 

「完全にクロですよ。

ただ岸はそもそも軍事にまったくのシロウトで、バキューンズバズバと身ぶり手ぶりで説明する程度の語彙力しか持っていないのです。

あの作戦を立案し、実行させるための準備をした幕僚連中が別におり、現在そちらの調査を進めているところです。

防衛省および自衛隊各基地はこれまでカモッラがノーマークだった領域なので、もう少し時間がかかりますが」

 

「統帥上、首相は自衛隊の最高指揮官なのだから、当然最大の屈辱にまみれさせて殺すべきだとは思っていたのだが、今の感じだと、それでも不満足な気がしてきた。どうなんだい?」

 

「今日は音声データを持ってきておりませんが、作戦成功の報告を受けた直後の岸がどれほど喜び浮かれ騒ぎ踊り狂ったかをお聞かせしたいですね。

たださすがにそれを公開すると、今すぐに岸を八つ裂きにして焼却炉に投げこみたい者が大勢出てくるのではないかと危惧します。

岸を最初に排除してしまうと幕僚たちの調査がそれ以上進められなくなりますので。今しばらく、この件は伏せておいていただけますか」

 

「わかった。しかし、こりゃ大ごとになるぞ。

へたをするとカモリスタだけじゃなく、世界中から報復戦に参加したい者が押しよせる可能性すらある。

ノンマルトは、愛されていたからね」

 

「多くの同志に慕われていたといえば、ガーセム司令官もでした。

その後どうなったか御存知ではないですか?」

 

「ハッジ殺害については、US支部が調査した。

ドナルド大統領は尻馬に乗っただけで、忌々しくはあるが実行犯でも指示者でもないと判定された。

最終的にラングレーの幹部とUAV操縦士を何人か始末したんじゃなかったかな。

そうでしたよね、教授?」

 

「私もレポートを一読しただけでね。

ターゲットはどれも知らない名前だった。

いいんだ。いくら報復しても、ハッジが帰ってくるわけじゃない。

復讐を果たしてくれた全員に、いいね!は付けておいたけどね」

 

「そうかあ。僕も、もっとレベルを上げてA級レポートにアクセスできる権限を手に入れたいものです。

今度の自衛隊潜入調査は、大きなチャンスではあるんですけれどね」

 

「注目度も高いし、未踏フィールドへの挑戦は君が想像しているよりも重要な意義を持つ。いい仕事をしてくれ。

ところで実際のところ、どうなの。陸自のカリキュラムって」

 

「生ぬるいですよう。

座学も教練も退屈きわまりない。創設以来一度も本番を経験しておらず、これからもする予定なく、したくもない。

モラトリアムな一日が永遠に循環している世界です。

まるでマンガの中を生きているようだ。

よく狂わないでいられてるな」

 

「開幕を待ちながら美しい夢を見続けるループか。まさに地獄だ。

ヤポは2680年間ずっと繭の中でまどろみながら生き続けている。

かれらにとってはこの狂気がゆりかごなのさ。

これからも永遠に柵から出ていかないくせに、出れば連戦連勝まちがいなしと信じていられる幸せすぎる連中だ。

少し刺激を与えてやってもいいですよね、教授」

 

「博士。君が来る前、私だって幾度か実験をしているんだよ。

ヤポに、戦争と平和・罪と罰・赤と黒・高慢と偏見・トリスタンとイゾルデ・フラニーとゾーイー・ジンジャーとフレッド、などいろいろな災いを与えてきた。しかしヤポをなにものかに変えることはできなかった。

私は途方に暮れたものさ。

君がやるなら、一番思いきったことを試してくれていいと思うよ」

 

俺の集中力は、このあたりで限界だ。

今日もよく働いたと思う。

おやすみなさい。明日もよろしく。

 

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