都知事が、新型コロナ警戒レベルを引き上げた。
まだ罰則はつかないが、この次は法的規制を発動するという。
都民への恫喝に等しい、と今朝の新聞は一斉に猛批判で応酬する。
大阪府知事はじめ、いつもの御意見役各氏がロングインタビューで首都の迷走を嘆く。
内閣官房長官は「いちいちコメントなどしない」とウンザリした表情で会見を打ち切った。
たしかにいつものことなので、読んでいても新味を感じない。
はてさてどうなることやらですなと俺はぼんやり車窓を眺める。
都内の風景は、エヴァンズと復帰してからの数日間は不思議に感じたが、すぐ慣れてしまった。
去年とは確かに様変わりしているが、コロナが変えた日常こそがもはやリアルで、かつての時代が異世界だ。
しかし蒸し暑くなってきてから、マスクを付けて歩く人の姿は徐々に減っている。
息苦しくてたまらないから、無理もない。
浮浪者は、いつでもどこにでも徘徊している。
かれらがマスクをつけていることは、もともと少ない。
外出規制を再開されたら、街は相対的に浮浪者だらけとなるだろう。
連中にはニュースに触れる機会も無いだろうし。
車中で待機していると、おめぐみを求められることが、今ですら多い。うんざりしてくる。
外でもステルスできる能力が持てたら、どんなに心が安らぐことか。
駐車場の入口脇に、ぼろぼろのジーンズをキメた女の子がしゃがみこんでいた。
相当くたびれている様子だ。
そこへ、クールビズっぽい出で立ちのお姉さんが現れ、すぐそこで買ってきたらしいテイクアウトのドリンクを差し出す。
友達かな。それにしても不釣り合いすぎるが。
ジーンズは、自分のカップに何かを入れ、軽くシェイクしてひとくち飲み、とてもくつろいだ表情を見せる。
そのあと、立ったままのクールビズに包みのようなものを手渡した。
クールビズ、立ち去る。
そこへ丁度エヴァンズが戻ってきた。
エヴァンズ、しゃがんだままのジーンズと軽く目を合わせ、にっこり。
言葉は交わさず、すぐプリウスの方へ歩いてくる。
ジーンズは立ち上がり、しっかりした足取りで去っていった。
はてさて。ちょっと不思議な光景を見たぞ。
「え?いまの娘はカモリスタじゃないよ。
名前も所属も知らないが、この界隈でたまに見かける。
強壮剤の販売員だろう。重労働だよ、あれは。
ああ君も奥多摩で少し体験してきたんだっけ?」
いえ、販売員のサポートまででしたね。送迎とか。
コジモには少年しかいませんけど、女の子たちだけの拠点もあったんですか。
「興味ある?
嘘とフェイクを混ぜてよければ、ある程度の質問には答えてやれるぞ」
強壮剤って、ずばりドラッグですか?
「ズバリも何も、ドラッグだよ。おくすりだ。
種類も数もありすぎて、今のは質問とはいえないね」
依存性の強い、合法的には販売できない麻薬を取引していたのでしょうか、さっきの女性は。
「イエスかノーかで答えさせる質問に、複数の事項を含めるのは不適切だ。やり直せ」
さっきの、ジーンズの女性が販売していたのは、ずばり、何ですか。
「はは。やっとまともな質問になったな。
直接見てはいないが、今年の製品ならヒーリングッド。型落ちの在庫処分ならトゥインクル。といったところか」
ヒーリングッド?
それって、商品名?
「毎年、ニューモデルがリリースされるからね。とくに女性向けは、その時代の空気を象徴する最先端の流行が求められる。
奥多摩で売っているのは今もシンGかな。
あれは2016年のモデルだ。次のモデルはcovid-19のせいで開発が遅れていると聞く」
知りませんでした。
麻薬にも、そんな流行があったとは。
「ヤポはドラッグ文化でも世界の最底辺レベルをさまよっているからな。
君は嗜んだことあるのか?カモッラ・セレクションじゃなくても構わないが」
いえ。カモッラ・セレクションなんてブランドも初めて聞きました。
「だろうな。だからいつまでも、そんなしょぼくれたオーラが抜けないんだ。
通行人をひと目見るだけでわかるだろう。イケてる奴とイケてない奴。ヤポはどうして、イケてない奴の方ばかり大切にしたがるんだ?
それは紫党とその支持者がイケてないやつらの吹き溜まりだからだよ。
はい終了」
それはさすがに極論では。
あの、薬物に頼ってイケてるオーラを出せたとしても、依存症に陥ってしまっては元も子も無いのではありませんか。
「適切な用法と用量を守れば依存症になんかならないよ。処方箋すら読まないバカが使い方を誤るから、食物でも娯楽でも依存するようになるんだ。
たとえばヤポの大多数はコメ依存症だろう。それは問題にしないのか?」
コ、コメを食べることが犯罪に直結するケースはさすがに稀ではないでしょうか。
「犯罪に直結するかどうかが基準なら、子供をヤポの学校に通わせてヤポ流思考を植えつけるなんて人類史上最悪のネグレクトに等しいのだが、それもヤポには認めたくない真実なんだろうね」
ああ、いつもの日本まるごとディスリスペクトだよ。聞き流せ聞き流せ。つきあっていられるか。
「認めようが認めまいが、ほんの80年ほど前ヤポは東洋随一のヘロイン産出国だった実績を持つんだ。
いまの君たちはその歴史を完全に忘れてしまっているようだが、おそらくコメに含まれる記憶阻害物質のせいなのだろう。
おまけに中毒性も高いときた。
そろそろ医者に診てもらえ。人間になれるまで何百年必要かは知らんがな」
は?ヘロイン?
それは、いえ、初耳ですけど。
「大阪や栃木に政府が国営の大農場をつくり、せっせとオピウムを栽培していたんだよ。
これを精製してアヘン・モルヒネ・ヘロインなどがつくられる。
自家消費する他に、侵略先でも盛大にふるまったってさ。
用法・用量をどの程度守っていたのかは知らないが、記録くらいのこしておけ。せっかくの実験が何の成果にもつながっていない」
実験ですか。
カモッラは今、日本で着々と、その実験をしているわけだ。麻薬を持ちこみ、売りさばき、巨額の利益を稼ぎながら、日本人を廃物へと変えているところなんだろう。それにしても……
いやいや。今日の話は、すべてフェイクなのだと信じたい。
エヴァンズは、カモッラ・セレクションを常用してるんですか?
スターンは?
「僕は、常用はしていない。
君と話す時にだけストレスを感じるが、それ以外は毎日が充実していて楽しいからね。
スターンは知らない。彼には酒があるから、必要ないんじゃないかな」
さいですか。
俺はエヴァンズと話すのが時々苦痛でしょうがないのだが。
でも、麻薬なんかに頼ったりはしないぞ。するもんか。
ところで末端価格はいくらぐらいするものなんでしょうねえ?
「僕たちは卸価格までしか決めないし、相場によって変動もするね。
ただ、キュア・シリーズはカフェで一杯くつろぐのと同じくらいだと聞いた覚えがある。
シン・シリーズは映画一回分だったかな。
ヤポ・ヤクザみたいに阿漕な売り方はしないよ」
え。なんだそりゃ。
びっくりするくらい安い。
それって……子供でも買えるから、却ってヤバいのでは?
「ヤクザの売り方こそヤバすぎると言え。原価は安いのにあれだけ吊り上げて、必要もない客に売りつけて回る商慣習がそもそも間違っているんだ。
少しは経済を学べ、愚か者」
急に寒気を感じた。
こいつら、想像していた以上にとんでもない大犯罪を企ててないか。
コジモの少年たちは現実に麻薬密売・銃の訓練・レイプに放火に殺人を日常の仕事としていた。
都心でも、その他のグループが女や子供にドラッグを売って回る。超がつくほどリーズナブルに。
最初はコーヒー一杯でも、依存症にしてしまえばいくらでも値を吊り上げて破滅へ追いこむことが可能だ。
むしろ素人が手を出しにくいヤクザの売り方こそが良心的といえないか。
エヴァンズは自分では消費していないと言い、末端価格もそらっとぼけた。
ボク知りませぇ~んって建前か。
汚れ仕事は現場に押しつけか。
おそろしい。なんておそろしい組織なんだカモッラ。
その後俺は、道行く人を見るたび全員が麻薬中毒者か売人であるかのような錯覚に苛まれることとなる。
無害を装いつつ近づき、おめぐみを求め、断ればうなだれて去っていく。そんなイケてない奴らさえ怖くなった。
イケてる奴らはもっと怖い。
制服警官だって油断ならない。
カモッラは自衛隊に潜りこんでいる。警察にはもっと前から潜入しているだろう。
捜査網、筒抜けだったものな。
俺だって、現在は、カモッラの一味なんだから。
そう考えると笑うしかない。
いったい日本に、正義の灯は残されているのだろうか?
そして、気付いたのだ。
岸首相は、カモッラから狙われている。
岸首相だけは間違いなく、こいつらの一味では、ない。
そこに最後の希望は、ある。