「東京は、怖いところだ。
おっそろしい疫病が流行っていて、行くと生きて戻ってこれないんだと。
女王さまが癇癪持ちで、お天道さまが注意してもきかないんだと。
動くな、騒ぐな、息さえするなと力づくで住民をひざまづかせ、家にとじこめ洗脳させてるんだと。
都民の血税がそんなことにばーっか使いこまれているのはおかしい。
そう声を上げる者は、すぐとっつかまえられ消されてしまうんだと。
ああ怖い怖い。
東京へなんて、行っちゃなんねえぞ」
リコリコが公開した、昔ばなし風の動画が配信開始後24時間で再生数ミリオンを達成したそうだ。
見てみたいんだが、エヴァンズからは拒否された。
「僕の端末で、それの履歴をのこしたくないんでね。
僕は見たよ。まあ、よくできていたとは思う。
舞台俳優が仕事を失って、大勢、声優やナレーター業に転身してるらしいから。質の底上げを感じるね。
動画配信コンテンツ漬けの引きこもりも、幾何級数的に増加中だっていうよ。
こわいこわい」
ちくしょう。見てえなあ。
スターンよりエヴァンズの方が頼みやすかったんだが。ちぇ。
「これなら見せてあげてもいい。
昨夜、副総理が講演会を催したんだ。
半年間自粛していたから、はっちゃけぶりが凄まじい。
こっちはさすがに一人で見てると頭がおかしくなる」
早送りで進めるが画面はほとんど変化なし。
背広姿の男たちがギッシリ詰めかけていて、不動のまま2時間清聴している。
数回挟まれるスタンディングオベーションも、一糸乱れぬ息の合いよう。
3分でギブアップした。
紫党員はこんな鍛えられ方をするのか。レッドショルダーより過酷なんじゃないか。
「レッドショルダー?
特殊部隊か?聞いたことがないな」
失礼しました。そんなアニメがあったんです。
「ふうん。グリーンベレーを捩ったのかな。
いまどきそんなわかりやすいアイコンを付けるなんて流行らないんだけどねえ」
あ、そうなんですか。
「目立ちたがり屋のUSですら、もはや特殊部隊をニックネームで呼ぶなんてしてないよ。
第8心理作戦グループとか、第389情報大隊とか、興味を持たれにくい名前の小さな部署をつくって予算を確保しておくんだ。
1970年代にはもうそんな風潮が生まれていたと思うんだが」
へえ。じゃあ映画ではデルタフォースやシールズが不眠不休でドンパチやってますけど、あんなのは過去の遺物ですか。
「映画には映画に求められる役割があるから、いつまでもファミリー層に愛されるドンパチを派手にやってりゃいいんじゃないか。
それにしても、アクションやスパイスリラーを撮るのだったら、主演は40歳までが限度だよな。それ以上だと、いくら本人が大丈夫だと言い張っても老人虐待フィルムにしか見えない。
2時間も耐えるなんて、まっぴらだ」
ほんとめんどくさい男だなコイツ。
そんな話はさておき。新聞では、もっと大きな話題があった。
国内旅行支援政策の実施まで、1週間をきった。
このタイミングで、なんと東京発着だけが適用除外されたのだ。
発表は昨夜8時半。
またしてもパニックが起きる。
前後して官房長官がコメント。
「緊急事態宣言発動には及ばない。感染拡大地域はきわめて限定されており、検疫体制にも余裕がある。成田空港は千葉県なので問題なく、キャンペーンに合わせてB滑走路の運用も再開するので国民の皆様は大いに旅行を愉しまれたし。政府は今後も適切な対応を進めていく」と。
都知事にはまったく伝えられていなかったらしい。
あらゆる方面からの問い合わせが殺到し、対応に忙殺されている芦屋ユリコは報道各社からの取材申し込みを猛烈にブロックし続ける。
「なにか決まればFAXでもいいのでお知らせください」という要請にも梨のつぶてで、結果翌日の朝刊は都民たちの怒り・嘆き・絶望の声がSNS上から掻き集められ大ボリュームという構成になった。
なにをやってるんだ都知事は。まったく。
こうなると来年夏のオリンピックを、いったい誰が東京都の代表者として取り仕切るのかという問題が深刻になってくる。
副知事は3人いる。芦屋に万一の危難がふりかかれば都知事代行をつとめることになるが、全員が本業を別に持っている上、揃いも揃って芦屋の忠実な子飼いなので、緊急都知事選挙が行われるまでのツナギ役が限界だろう。
今月の都知事選では2位以下が似たりよったりの票数しか集められなかったため、その中から有力候補を絞りこむことも難しい。
リコリコには選挙参謀がいないのか。
動画をヒットさせる能力者はいるんだから、ブレーンがしっかりしてくれればスムーズな都政建て直しが可能なはずなんだけどなあ。もどかしい。
代々木のパーキングに着く。
エヴァンズがトランクから花束を持ち出し、「1時間以上かかると思う」と言い捨てて歩いていった。
珍しいな。逢い引きか?
テクマクマヤコン。この近所に大使館はあるか?
「渋谷区神山町付近には、イラク・ニュージーランド・モンゴル・ラトビア・ヨルダンの大使館があります」
多いな。
現地点より西側で抽出せよ。
「該当1件。モンゴル大使館。徒歩2分です」
往復4分ねえ。
住宅街だし。行先は大使館じゃあないな、やはり。
ウォッチでは、ニュース関係やカモッラの仕事に直接絡みそうな話題が検索できないので、花束を届けるような出来事のヒントは得られない。
しかし時間もあったので、モンゴルについて多少の勉強をした。
国記号MN。首都はウランバートル。
ロシアと中国に挟まれた内陸国で、一年中乾燥していて、草原に覆われている。
冬夏の寒暖差が90℃に及ぶ、過酷な地。
人口330万。公用語はモンゴル語。通貨単位はトゥグルグ。
冷戦中は共産主義に準じる社会主義陣営に属し、ソ連から提供された兵器を主力装備として陸空軍を組織していた。
90年代からは軍縮を推し進め、現在は徴兵制も形骸化している。だが国連を通じての人道支援活動には積極的で、イラク・アフガニスタン・コンゴなどへ国軍を派遣。
国内の砂漠地帯を演習地として供与するなどの実績から、軍事インストラクター養成の実力を高く評価される。
……へええ。
エヴァンズが戻ってきてから、探りを入れた。お祝いだったんですか?と。
あっさり教えてもらえる。
モンゴル大使館で、ミスター・タグワドルジとリアルタイムチャットしていたんだと。
誰ですか?
「おいおいおい。世界トップクラスの実業家だぞ。
ヤポとの縁も深い。君たちは三顧之礼を尽くして彼から教えを請わなきゃならない立場だってのに、10年も経ったら存在すら忘れてしまえるというのか。ひどすぎるな」
いや、そう言われましても、マジ知らないんですけど。
「ドルジは少年時代から聡明で、留学先にヤポを選んだ。ブフが盛んな国だと聞いてね。
体力も、身のこなしも常人離れしていたから、ヤポでもすぐに話題の人物となる。
スカウトされ、留学した高校を中退して、ヤポ・ブフのエージェンシーと契約を交わした。
ヤポはドルジに、肉体改造を強要する。
体重200キログラムを目指せ。
脂肪をつけ、BMIも50まで上げろ。
髪型は手間のかかるモヒカン・カット。
名前も変えさせられた。
その他、ヤポ流の無慈悲で意味不明なシキタリを次から次へと覚えこませられる。
君ならそんなデフォルメイションに耐えられるか?」
耐えられません。
けど、それって……
お相撲さんのことではありませんか?
「スモーね。たしかにヤポではそう呼ぶ。
だがあれは、MNの伝統的宗教競技であるブフとはまったく異なる見世物だ。
ドルジは肉体も精神も徹底的に破壊されながら、それでも契約した以上は責任を果たさねばならないと考え、10年以上スモーを続けた。
トータルの勝率は75%だったかな。チャンピオンの座まで手に入れた。
だがヤポのメディアはずっと彼を嘲弄しつづけた。
彼だけじゃなく、すべての外国人選手にヤポは冷淡で傲慢でケチしかつけないものではあるのだが、ドルジはずっと、それにも耐えた。
やっと祖国へ還れる日が訪れた。
ドルジは故郷で療養しながら、ヤポで過ごした半生を忘れるために吐き出した。
そして不死鳥のごとく蘇ったんだよ。
そして昨日、結婚をした。これが伴侶とのツーショットだ」
うわ。綺麗な方だ。
ダンナさんも、え、ほんとに元相撲取りですか?
まるで、レッドショルダーの小隊長みたいな肉体美じゃないか。
「ドルジに訊いたんだよ。ヤポが今でも憎いかって。
みんなそう言わせたがるが安心しろ、俺は恩讐を克服したんだ。と笑っていた。
あの時代を耐え抜いたからこそ今の自分がある、それは必要な試練だったんだ、だからヤポには感謝している。とまで言っていた。美しいじゃないか。
君たちはいつになったらドルジのような精神を学び始めるんだ?
ヤポには永遠に無理なのか?」