おぞましいものを見た。
駐車場のすぐ近くに全国チェーンの古本屋があったので、入ったのだ。
店内を一巡する。
客が20人ほどいて、その半数以上が、万引き常習犯だった。
犯罪者を惹きつけやすい店には、特徴がある。
死角が多い。店員が少ない。そして万引き防止のポスターがやたらあちこちに貼ってある、などだ。
とくに最後のは、この店で万引きしやすいことをわざわざ自己顕示している。ベテランから初心者、はては予備軍までを刺激して挑戦欲を煽るだけなので、愚策の極みというほかない。
さらにこんな無人装置に頼る店ほど社員教育に手を抜きまくるという法則も発生する。
店員の防犯意識が低いことも常習犯にはひと目でわかる。クレームに弱腰の店がクレーマーをますますつけあがらせる理屈と同じだ。
まともな客ほど愛想を尽かし、離れていくんだ。
この店は、借金抱えて潰れるべくして潰れるすべての条件を揃えていた。
俺を雇ってくれれば給料に見合うだけの指導をしてやらんでもないが、そんな義理もなく。
国際社会情勢をコンパクトにまとめた本を一冊だけ買って立ち去る。
俺はちゃんと支払ったよ。エヴァンズにレシートを提出しないとならんのでね。
車へ戻って読み始めるが、集中できないので、さきほど見てきた光景を反芻してみる。
いくつかの違和感に気がついた。
万引き犯たちのほとんどが、浮浪者だと思う。強烈な汚臭を漂わせているのもいた。
かれらの全員がマスクをしていた。ニットキャップやパーカーのフードをかぶっていた奴もいる。夏なのに。
ずばり、人相を隠すためだろう。
店の外でマスクをしてないやつらが万引きするためにマスクをつける。
買ったのか?そんなことしないよな。路上に落ちてるのを拾うか。そのくらい平気でしそうだ。
ゴミが減るなら良いことか。
それから、マイバッグに本を詰めこんでた奴もいる。
今月1日よりレジ袋が有料化され、マイバッグ持参が推奨されているから、そのこと自体に不思議はない。
だが万引き犯にとって仕事は格段にやりやすくなる。
レジが混んでいるタイミングでさりげなく外に出ればいいだけだ。
防犯ゲートが鳴ったとしても、あの店では追いかけるべき人員がいない。プロなら店内でタグを外しておくだろうしな。
そんな窃盗が、いま全国で、やりたい放題になっちゃってるわけか。
実家の店は、ちゃんとやってるかな。今は弟が実質的なオーナーであるはずだが。
親父は前科者で、長兄は行方不明。もう、ダメかもな。
祖父が開業した質屋を、父がリサイクル・ショップに改装した。田舎でこんな商売やってると、ご近所から怨みを買いまくる。
安く引き取り高く売る。その値付けはすぐに知れ渡るからだ。
何を盗ってもバレなさそうな店内の雑然ぶり。これに積年のうらみつらみが加わって、我が家はいわゆる村八分。
学校では一瞬でも目を離した私物は永遠に戻ってこない。妹も弟もそんな試練を経てきたから家族の結束は固かった。
店に入ってきた他人は原則、まずは敵と考える。
俺は犯人が店を出てから捕まえる係を担当することが多かったな。
おまわりさんとは親睦を絶やさず。
学校では友達ができなかったから、警察や役所のおっちゃんたちと遊んでた記憶の方が濃い。
脱線するが、農専へ進んで盛岡でひとりぐらしを始めてから俺の人生観は一変する。
初めて同世代の友達もできたし、家を継ぎたくないという反抗心も生まれた。
親父とは大喧嘩になりずっとギクシャクしてるところだが、ともかく俺は東京へ出てきた。
今は家族の誰とも連絡のとれない状態にある。
万引きについてだが、東京では無防備な店が多すぎて、はじめは信じられなかった。
客にペコペコしすぎる店員が多いことにも、未だに慣れない。
おそらくサラリーマンの雇われ店長ばかりだからこうなるのだろう。自分の城は自分で守るという根性と覚悟が、そもそも無いのだ。
従業員を雇うからには給料の3倍以上稼がせて、かつ忠誠心も叩きこまなくてはならないのが当然であるはずなのだけれども、そんな意識すらない。
やる気が無いならとっとと潰れてしまえと思う。
近所にこんな不良ホイホイが営業していたら安眠もできないから、なんなら俺が潰してやんよ。と本郷に暮らしていた頃なら吠えていただろうな。
自分の手は汚さずにだ。
万引き防止のプロフェッショナルは、万引きの手口を教えるのも上手いんだからよ。
そろそろ読書に戻る。
古本だから国際情勢といっても最新ではない。とりあえず、冷戦終結から2012年までの概説だ。
1990年、東西に分裂していたドイツが統一を果たした。
ドイツは第2次世界大戦を引き起こした元凶。戦後、共産主義陣営と資本主義陣営が別々に占領し、復興支援する。
潜在的なパワーが三たび一極集中することを回避せねば。これが唯一無二といってもよい、世界の共通認識だった。
40年に及ぶ東西対立。
宇宙開発では東=共産側がリード。民衆の物質的豊かさでは西=資本側が成功するなど、単純に優劣をつけられるものではなかった。
交流の道が閉ざされていたため、協力して何かを成すことがどんどん難しくなっていった。
たとえば1980年代にはモスクワ・オリンピックに西側の選手が出場できず、4年後のロサンゼルスでは東側が参加できずといった問題が発生した。
壁をぶち破ったのは東ドイツの側からだった。
民衆の意識と行動力を醸成する能力では東側が上だったといえる。
一方、西側民衆は共産主義を今でも理解しきれないでいる。
東側民衆は、資本主義陣営の生み出した技術や文化を、見る見るうちに吸収した。
旧西側勢力は自分たちより優秀な人材に仕事を奪われると危機感を抱く。
冷戦は終結したけれども、新たなる社会不安が誕生することになってしまった。
1991年には、東側勢力の中心的存在であったソヴィエト連邦が解体する。
極左勢力のクーデターが3日間で鎮圧されるという事件が引き金ではあったが、その後わずか3ヶ月で新政権は世情を安定に導き、ロシアやベラルーシなど当初10ヶ国による独立国家共同体を成立させた。
新時代に即した政治経済圏を、迅速に構築したわけである。
これに比べると西側勢力の中心的存在であるアメリカ合衆国は、どうしたって自分がナンバーワンとなるようにつくったルールを力づくで他国へ押しつけては反感ばかり買うという愚挙を何十年にもわたって繰り返すばかりで、いささか学習能力と誠実さに深刻な問題ありと診断せざるを得ない。
事実、冷戦終結後の世界は、アメリカが国外へ武器と危機感をばらまいては自力で回収に出動してますます混乱を増大させる悪循環の積み重ね。
大きな作戦だけでも、1991年のイラク・93年のソマリア・95年セルビア・98年サウジアラビア及びスーダン、と選挙または予算決議が近づくたびにやらかしたがる。
そうするうちに、2001年のペンタゴン襲撃ハイジャック事件が起こった。
その8ヶ月前大統領に就任したばかりのジョージ・ウォーカー・ジュニアは直ちにこれを反米テロ組織ウサーマ商会の仕業であると断定し、翌月その本社所在地であるところのアフガニスタンへ手当たり次第の空爆を開始するのだが……
ここで注目すべき事実がある。
ハイジャックより5日後、ウサーマ商会の社長はビデオメッセージで「自分は命じてないし社内調査も行ったが我々の関与した形跡は無い」と公言しているのだ。
ジュニアはこれを嘘だと一蹴するのだが、仮にウサーマ氏がアメリカの主張する通り極悪非道な冷血漢で、国際的犯罪組織の大首領であるとするなら、なぜ彼はこのとき世界中の反米同志へ向けて、自分たちの宣伝をしなかったのだろう。
おかしいではないか。
2011年、ウサーマ氏はパキスタンで米海軍特殊部隊によって殺されてしまった。
ひどい話だが、アメリカのやりかたは一貫しているともいえる。
不都合な真実は消すのだ。
それがかれらの民主主義あるいは多数派主義である。
“そろそろ誰か止めてやれ。せめて、落ち着けと言ってやれ。
君たちは怖がっているだけだ。そこには誰も隠れていない。
それでも君は暗闇へ、ありったけの銃弾をぶちこまなければ気がすまない。
業者は政府が支払ってくれる限り、いつでもストックを満タンにしておいてくれるだろう。
だが、気付け。
それをやめれば君はどれだけ、別のものが買える?”
エヴァンズが帰ってきた。
へえ面白そうな本を手に入れてきたじゃないかと御機嫌よろしく精算を始める。
俺は、ウサーマが殺されたのはパキスタンでだったんですねと、つい受け売りでひけらかした。
「ああ。こないだ行ったとき、襲撃された邸の跡地近くまで行って、お祈りを捧げてきた。
USはまったく、ひどいことをするよな」
ウサーマ社長が殺されたときも、カモッラは報復戦を行ったんですか?
「カモッラは宗旨上カトリックに属するので、表立ってイスラーム組織とは連帯しない。だが、憤慨するムスリムたちへの助力は可能な限りやっていたはずだよ。
僕が今回、祈ってきたのも、カモリスタとしてではなく、あくまで個人的なリスペクトだ」