今夜のアヴァンティは貸し切りだ。
予約は10名足らずなので席には余裕があるんだけど、大物部外者を招いての懇親会なので極力、夾雑物は入れたくないと。
スターンから、そう説明された。
8時すぎまで、ひたすら待機。
やがて笑い声が響いてきて、お客様ご来店。
先頭は、やはり博士。
見知らぬ顔が続いて、教授も珍しく笑ってる。
護衛の若手が後ろ向きに入って、ドアを施錠。外にも見張りがいるみたい。
こんなに厳戒なのは初めてかも。
俺はここにいていいのかなと、心臓がブラクラ起こしてる。
対話は外国語。イタリア語ぽいけど微妙に違うような。
中心の人物は見るからに貫禄があり、腹がたぷんと出ている。
パブロと呼ばれてる。
間違いない、山梨カルテルのボスだ。
年齢は……博士よりも若そうだな。いや、外国人はわからん。
見慣れた顔の中に、ゴーシュがいる。
この人は日本語しか喋れないので、博士や教授から、その都度通訳されている。
俺にとっても実にありがたい。
そこに聴き耳を集中させ、欠けた部分を頭の中で補いながら、この、世紀の、秘密結社の暗黒会議の実態に、迫ってみたいと思う。
「COにおいて、殺しは芸術。
愛用の武器で、どれだけ苦しませながら死の淵を彷徨わせるかという美学を追求する創作活動なのです。
こいつを殺したのは他ならぬ自分だという個性を見せつけて晒すことも重要で、深く魂に響かせる殺しを為せる者には、最大級のリスペクトが捧げられます。
ヤポも、残虐さの度合いなら世界有数だと思いますけれど、なんというか、没個性主義が国民性なのかな?クリエイティビティが無さすぎます。
じゃあ私たちがお手本を見せてあげるか、とイベントを企画していたところなんだけど。
まさかカモッラの協力を仰げるなんて。嬉しいですよ。
すぐにでも始めましょう」
「COで最良のコカが育つ理由ですか。
まず熱帯地域であること。
コーヒーベルトとも呼ばれますが、人間ならテストステロンが増幅して情熱がどこまでもほとばしるし、植物だって凶暴性が強められます。
加えて大西洋と太平洋に挟まれ、山岳と豊富な森林にも囲まれている。そんな地理的条件が揃っているからですね」
「コカの収穫って重労働なんですよ。
日中は暑くて外に出ていられないから、早朝と夕方にしか作業できません。
枝も葉も硬いので、こう、力づくでおさえこんで、摘み取る。
一袋に12キログラム入って、これを精製してやっとコカイン10グラムになります。
労働者の手足は傷だらけになりますが、それでも戦場よりはましだと、かれらは誠心誠意働く。
少しでも賃金を上げてやりたいのですが、どこの農家でも経営は厳しくなるばかりで。
国を象徴する産業ですから中央政府が本腰を入れて取り組むべき問題だと考えました。
私が議員になった理由はそれなんです」
「USも欧州もひどいですよ。
市場原理を持ちこんで我々からコカを安く買い叩いておいて、それであんな末端価格をつけられたんじゃあ、バカバカしくてやってられません。
おまけに自分たちの国で社会不安が大きくなると外国に矛先を向けて犯罪者よばわりする。
私たちから買ったコカを勝手に加工し、より危険なドラッグを次々つくりだしてボロ儲けしている企業は納税者だからと手厚く保護し、COには経済制裁をちらつかせて容赦ない脅喝を繰り返す。
議員になって声を上げ始めると、圧力や妨害もどんどんエスカレートしていきましてね。
私の影武者は特殊部隊に殺されました。家族は今も囚われの身です。
今ここにこうして生きていられることは奇跡に他なりませんが、私は一日も早くもっと強い力を手に入れ、祖国へ帰りたいのです。
カモッラの皆さん、私たちは同じ敵を相手にしています。
戦いましょう。未来のために」
しばらくの間、パブロだけが得意げに喋っていた。
頃合いを見て、博士が外国語でゆっくり語り始める。
すでに合意のムードは濃厚なので、具体的な戦略または計画についての打ち合わせに入ったみたいだ。
教授の目つきが急に鋭くなる。猫の瞳孔がキュッと縮まったかの如く。
もちろんそこまで近付くなんて怖くてできないので、イメージで喩えているだけなのだが。
やがてスターンに声がかかった。
短いやりとりのあと、俺は手招きされ、一緒にテーブルと椅子を動かす。
ひとつの大きな作業台がつくられ、その上に東京の市街地図。
でけえ、カモッラの特製か。
これを囲んで博士・パブロ・教授・ゴーシュその他の幹部連中が、各自指揮棒を手にシミュレーションを始めた。
スターンはカウンター内に戻り、時折酒を注文されると準備する。
ピッツァをリクエストされる場合もあり、カムパネルラが作ったあと、俺が届ける。
そんな緊迫する作戦会議を、俺は無言で見つめていた。
本統に、いいんだろうか、ここにいて。
「ターゲット03マルーハと04ベアトリスは同じ会社に勤めており、義理の姉妹という関係です。
会社がここ。マルーハの家まで30分。その7ブロック先がベアトリスの家。
今週それぞれに盗聴器を設置し、データを集めてきました。
基本パターンとして、ベアトリスが車を出し、マルーハを乗せて出社。残業やプライベートな予定が入らない限り一緒に退社し、逆のコースで帰宅します。
covid-19以前からあまり外遊びは好まなかったみたいですね。
それよりは早く帰ってカジュアルに着替え、ゲームやチャットで遊ぶというのが彼女たちの日常です」
この部分はゴーシュが説明し、博士が通訳してパブロに伝えた。ゴーシュは現場担当であることがわかる。
「ベアトリスの車を2台で追跡。
住宅街のこの地点でA車が追い越し、前を塞ぎ停止させます。
B車のチームがベアトリス車の後部ドアを開きガスを噴射。
5秒以内に2人とも眠ります。
ベアトリスをA車、マルーハをB車に移し、すぐに走り去る。
A車はここ、B車はこの地点で彼女たちの所持品をすべて廃棄。
20分後ここで合流。ヤポニカ・ルームへ放りこみます」
淡々と誘拐計画を語っているようだ。
正気か。いや、大真面目なのはわかってる。これ、防ぎようがないんじゃね?
ん、会社勤務って言ってたかな。
じゃあカマス報復戦とは別のミッションか。
こいつら、いろんな悪事を手広くやってやがんだな。
博士が通訳し、パブロやその他から意見や質問が出ると即答するかゴーシュに日本語で確認をとったりする。
ベアトリス車のドアが開かなかったらどうするか、彼女たちにガス耐性があればどうか、持病があったり通院していて欠かせない医薬品などあったりしないか、など細かな指摘が重ねられる。
ゴーシュは不明であれば不明だと答え、なお調査し、あるいは当日壊しておくなどの対応をすると述べた。
全員が真剣だ。
こんな奴らのターゲットにされるからには、それなりの理由もあるのだろうけど、それにしたってあんまりだなあと思う。
パブロは来たばかりの時よりずっと、博士たちへの信頼感を増幅させているように見える。
その眼差しには尊敬の念が顕れている。
たしかに、参っちゃうよね。こんなプレゼン見せられちゃうと。
もうひとり気になる男がいる。
今日ひとことも発していないけれど、日本語がわかってるぽい。ゴーシュが説明している段階で、表情に変化がみられる。
白い口髭と、洒落た眼鏡が特徴の、背筋の伸びが綺麗な老人。
カモリスタか、パブロ側かもわからないけど、智将のイメージが漂う。
だったらなおさら不用意に正体はひけらかさないか。
地図を囲んでの会議は30分程度だったが、後半は聞き流した。俺にはまだまだスタミナが足りない。
男たちは満足したようで、固い握手を交わしてお開きとなる。
ゾロゾロと店を出ていく。おつかれさまでした。
まだ10時前か。
スターンと、机を元に戻す。
チルズカップを差し出され、おいしくいただいた。ああ、さっぱりする。
心の底から、うめえ。
「ジョバンニはずいぶん賢くなったな。あの白髭に注目するとは、驚きだった」
え。見てるのを見られてましたか。こちらこそ驚きですが。
あの方、何者で……
おっと。この訊き方はイケてない。
えーと。実はあの人こそがパブロだったりなんて、ありえます?
「フフン。その種明かしは、今ここですべきじゃあないだろうね。
ただ、おそらく今後パブロよりも彼の方がアヴァンティへは頻繁に現れることになると思うよ。
お察しの通り、彼はヤポ語をほぼマスターしている。
彼も君には注目していたようだから、なんとかして自分より先に口を開かせてみたいと思っているかもしれない。
ちょっとした知恵くらべを愉しむのも、一興かもね」
知恵くらべ、かあ。俺そんなガラじゃないです。あれ……
パブロは、シーオーの議員だったと言ってましたよね?
喋るのも好きみたいだし、現場の親方感はすごくありましたけど、組織のブレーンには向いてない気がしました。
これは、当たってますか?
「適確だね。よくわかってきたじゃないか。
さ、今日はあと掃除をしたら711号室へ戻りなさい。おつかれさま。また明日もよろしく」
スターンにここまで褒められたのは初めてなので、心臓がまた軽くブラクラを起こしている。
次の野望は、部屋のランクアップだ。
人間並みの夕飯が食いたいぜ。