8月4日。火曜日。
今日は残業。
俺たちは夕方、目黒区の東山付近にいた。
6時すぎ。突然、東の空に閃光がきらめく。
数秒後、大きな地震がきた。
車を路肩に寄せる。
エヴァンズはすかさずタブレットとスマホを取り出し、本部と連絡をとる。
有事の際、カモリスタは各自の居場所からリアルタイムで状況を中継するのだ。どこにあるかは知らないが中枢の司令塔がその情報を集約して、調査・避難・合流指示などを個別に出す。場合によっては犯人を逃走させるための囮になれと命じたりすることもある。
さて、今回は何をさせられるか。
ただの地震じゃなさそうだ。
ミサイル攻撃でもされたか?北朝鮮かな。
方角的には、お台場・有明・夢の国・ずっと先に幕張と続くか。
エヴァンズの見ている画面ではチャットが目まぐるしく更新されていく。ほとんどローマ字なので読めない。
窓外を見る。車と人の流れは回復しつつある。停電は起きてない。
エヴァンズに確認をとって、車をゆっくりと動かし、手近なパーキングへ入れる。
パトカーが増えてきたようだ。救急車も東へ向かっている。
6時45分。陽は落ちた。
行き交う人々は普段よりも多くスマホで通話しながら、あるいはニュースを見ながら歩いている率が高い。
速報ではどう伝えているのだろうかなあ。
6時55分。エヴァンズから、帰還命令出る。
道路状況を報告しながら戻るため、なるべくゆっくり走れという。
了。
「爆心地は品川コンテナ埠頭。ミサイル攻撃ではない。ヤポの自損だ。
対岸のレインボーブリッジも損傷激しく通行止め。あの周辺の建物は軒並みガラスが粉々で当分は営業停止だね。
死者は200人程度でおさまりそうだ。
君から補足したいことは何かあるか」
マスコミはどのように報道してますか?
「は?それは質問であって補足じゃない。
ただの興味本位に聞こえるし、第一僕がヤポメディアの解釈なんて知るかい」
失礼しました。補足することはありません。
質問ですが、明日からの業務に影響は出ますか?
「実際に何が起きたのか知りたがる大使館員は多いから、お茶の誘いがいっぱい来てるだろうねえ。だから普段より忙しなく回る必要が出てくると思う。
そこは僕が今夜調整するけど」
大使館の皆さんは、日本の報道なんて信用しちゃいませんものね。
しかし日本人は日本の報道を見て動くものなので、かれらの行動を予測するためには日本の報道がどう伝えているかを知っておきたいなあと考えたまでです。
明日の新聞で読めるかなと思ってたんですけど、忙しくなるのかあ。それは困りましたね。
「メディアもクズだが、それ以前に警察の対応も杜撰きわまりなくて、小一時間呆れ通しだった。
警視庁は第一報を聞いてすぐに、周辺諸国のどこかからミサイル攻撃を受けたものと推断し、被災者救出より先に防衛省へ問い合わせをしたらしい。何をやっているんですか、と。
防衛省の回答も振るっている。
公的なご質問であれば首相官邸を通していただけますか、だってさ。
仮にミサイル攻撃だった場合、君たちはどこまで侵略されたところで動き始めるつもりなんだい?」
ありとあらゆる連絡網をカモッラは常時監視してるんですね。たのもしいなあ。
でも侵略じゃなかったんだ。
事故ということですか。民間?
「そこは調査待ちだね。
粉塵の組成分析から、硝酸アンモニウムの塊に引火したらしいと推測しているんだが、いったいどこの業者がそんなもの大量に品川の倉庫へ隠しておいたかだ。
昔は肥料としても使われていたが、取り扱いが危険なので規制している国も多い。
あれ、君は硝酸アンモニウムの用途を知っていたかな」
農専の授業で習ったような気がするなあ。窒素肥料じゃなかったっけか。
日本では、ホームセンターの園芸コーナーでも普通に買えたと思うんですが。
「おなじ店で、ついでに電極装置を一式買って、洗面器にでも詰めれば即席地雷のできあがりさ。
手榴弾や時限爆弾へも転用可能。非常に安価なので、カマスでも大量につくられていたはずだ」
げえ。
そういえば村内のあちこちに地雷が埋めてあるから気をつけろって言われてたなあ。
ん?
もしかして自衛隊がカマスから押収した地雷が品川に一時保管されていたという可能性はありますか。
「さっきのチャットで、君と同じ推理を披露した者がいた。
しかし品川コンテナ埠頭は貿易を手掛ける商社が主に使うもので、賃料がとても高いんだよ。
自衛隊車輌が走ると目立ちすぎるし、可能性としては低い」
防衛省の下請け業者が処分を名目に引き取って、海外へ転売しようと自分たちのトラックで倉庫へ運びこんでおいた……という線はどうでしょう。
「なるほど面白い。その意見は上げておこう。調査結果が出れば教える」
言ってみるものだなあ。
そろそろアジトへ着きますけど、そのまま入りますよ。
「ああ。ところでこのあとアヴァンティだろう?
客も品川の爆発について話したがると思う。せいぜい混じって、いっぱい聞いておけ。
面白いネタを仕込めたら、明日教えてくれ」
はい。俺から話に加わることは多分ありませんけど、せいぜい聴き耳を立ててみます。
「もしスターンから、エヴァンズには話すなと注意される内容があれば、そこは僕に伝えなくていい。義理は通すものだ。ルールは守ろう」
はい。それもしっかり承知しておきます。
遅れてアヴァンティへ入店。
といっても基本はいつもの暗がりに座っているだけだ。
カムパネルラともスターンとも一瞬アイコンタクトしただけで、定位置へ着席。
いいのかな、と今日も思う。
そんなことより聴き耳聴き耳。
シナガワという単語は飛び交っているが、日本語じゃないと俺には理解できない。
ここが決定的な弱点なんだよな。俺のレベルアップを妨げている一番の要素だ。せめて英語をわかりたい。語学留学させてほしい。無理だよね。アイアムサッド。
9時。山猫博士が、中学生くらいの男子を連れて入店。
え、と皆の目が向く。
空いたボックス席に座り、日本語で話し始める。
「メニューは無い。一杯目は好きなものを注文したまえ。二杯目からはスターンが君の性格を見抜いて、いまの気分にぴったりのカクテルをつくってくれる。
それから俺は小腹がすいたのでマルゲリータを一つもらおうかな」
少年の首に、キラリとドッグタグが見えた。
コジモのメンバーか。会ったことあるかな。
声を聞いてもいまひとつ自信が無い。
「廃棄地雷が暴発したという説も出ているんですか。
それは違うと思います。
地面の一番えぐれていたこの辺は、輸入した資材の置き場なので。
品川埠頭を爆破すること自体が目的だった可能性ですか。それも考えにくいですね。
テロならもっと市街地で爆破させた方が効果的ですし、それこそ対岸の商業地区を直接狙った方が被害も数十倍稼げたでしょう。
純粋に事故だと思うんですけどねえ」
カウンターの客が興味を示し、博士たちのテーブルに混じってくる。
少年がどうやら日本語オンリーなので、博士もその男も、彼の前では丁寧な日本語を使うという図式だ。
男の名はパスクァーレ。
少年の名はウーゴ。
ウーゴはやはりコジモの一員で、今日はたまたまチームで都心へ来ていたらしい。
一番小柄なので、封鎖下の品川埠頭へ潜入し偵察してくる任務を命ぜられた。
さっき帰ってきて、博士がその報告を聞いていると。こういう経緯だ。
「現場検証は雑でしたね。
作業員たちは一刻も早く仲間の遺体を運び出してやりたいのに、警官たちがトロトロ記録をとりながら、まだダメだまだダメだと言う。
破損した物品を確認するのにも、所有者と税関と国交省関係者の手をいちいち煩わすのですが、化学用語ひとつ知らないから何度も尋ね返して一向に進まない。
かろうじて硝酸アンモニウムの発注者が特定できたので撤収しました。先程お渡ししたレコーダーに録音されています」
スターンはウーゴに、ブルーハワイを提供した。
お気に召したようだ。そのあと厨房のカムパネルラに声をかける。
カムパネルラはコジモの出身らしく、ウーゴと握手して簡単な挨拶をした。そしてウーゴのチームリーダーがアントーニオだと聞いて大層びっくりする。
今夜は全員ここへ泊まるんだって?なら会いたい、とスターンに許可をとる。
「私の記憶が確かなら、ジョバンニ、君もコジモでアントーニオの世話になったんじゃなかったか?
ちょっとここへ出てきなさい」
俺はゆっくり室内灯の下へ歩いていった。
聞いていてなんとなくそんな予感はしていたのだが、やはり、あいつか。
アントーニオが来ているのか。
俺は、会いたく、ないのだが。
「ああ、僕、覚えてますよ。
ジョバンニ?そんな名前でしたっけ。ミーナをペッツォしに連れていって、ヴィンチの次にやらせてあげたらウォンウォン泣き始めて。よっぽどたまってたんだねえって。
うん、あのときのおじさんだ。
お元気そうでなによりです。そこにいたの全然気付きませんでした。すごいな。
この人、来た初日にラブリオーラって子を秒殺したんですよ。今ならアントーニオとも互角に戦えるんじゃありませんか?」
やめてくれやめてくれやめてくれ。
俺は泣き出し始める寸前で、退がらせてもらった。