俺は古本屋のカウンター内に立っていた。
手元にはバーコードスキャナー型レーザー銃からマシンガン、パンツァーファウストまで各種武器が揃っている。
弾込め・照準の確認・安全装置解除などの基本動作を黙々とやっているうちに、開店時刻がやってきた。
音楽が流れ出し、ドアが勝手に開く。
わらわらとゾンビの群れが通り過ぎていく。
腐臭と屍臭がいりまじって、ムカムカする。
客かもしれないから先に手を出してはならない。しかしほぼ全員、万引きだな。
やつらは天井に注意を向けながら死角エリアを確認し、カウンターからの視線が届かないギリギリのラインを見定めてマイバッグを床に立てる。
俺の他に店員はいないようだ。やれやれひとりで接客しろってのかよ。
ほどよい頃合いで入ってきた客が、カイトリオネガイシマスとカウンターへ本を並べ始めた。
こいつも、くせえ。
どこの店舗から盗ってきたんだか。クズ本ばかりだな。
さっそく出ていこうとするゾンビがいた。
ライフルで後頭部へ一発。バッグから本が散らばる。
血がついちまった。もう売り物にならないな。これの分を給料から天引きされたりしたら堪らねえなあ。
なんて考える隙に2匹目が駆け出す。はい、ズドン。
おい買い取り。おまえもとっととボロを出しな。
片付けをしたいんだが、今日は俺しかいないみたいなんだ。
ゲームが中盤にさしかかると、ゾンビ側も攻撃してくる。
棚の本を投げつけてきたりはかわいい方で、ゲロ吐きながら突進してきたり、チェーンソーを回しながら入店してくるのも現れた。
もう専守防衛なんて言ってられない。
俺はSMGを構えてカウンターから飛び出し、動くものは片っ端から始末する。
カ・イ・カ・ン。
棚は崩れ、遮蔽物が増え、却って死角だらけになる。何匹倒せばクリアなんだい。
そう思ってたらアラートが鳴り響いてラスボスが登場した。
よお、アントーニオ。
ウーゴも、ビアジオまでいるじゃねえか。こりゃ、やべえな。
俺はグロックへ持ち替える。
最後の最後では、いちばん使い慣れた銃だけが頼りになるものだ。やっぱり最初の女が一番だぜなんてな。
そこで、目が覚めた。
駐車場でプリウスを点検し乗りこんだ直後、エヴァンズから紙束を渡される。
今朝のニュースをプリントアウトしてきてくれたようだ。
これなら待機中に読めるだろうって。
ええっ今日はコンビニへ新聞を買いに行く余裕も無いってことですかあ?
「クライアントも様々さ。メールで完結できる間柄と要件であれば、出向く手間も省けるんだけどね。
それにこちらが先方の欲しがる情報を持っている状態なら、相手側の掴んでいる情報を引き出しやすいチャンスでもあるわけだよ。
そんなわけでこれから数日、普段ごぶさたしているクライアントへも積極的に訪問する。所要時間の予測が立てづらいから、君は30秒以上車の傍を離れてはいけないものとする。いいな?」
うへえ。トイレも命懸けかよ。
ところで昨日、アヴァンティへ子供が来てましたよ。品川埠頭へ忍びこんで警察の捜査状況を偵察してきたらしいです。
「ウーゴだろう?概要は一読した。
11歳だって。いい勘を持っている。将来が楽しみだね」
その若さで女も酒も、殺しだって経験済みかあ。末恐ろしい。
「そのウーゴと君は、コジモで知り合っていたっていうじゃないか。
親睦を深めて、なにか彼から学んできたことはあるかい」
そこまでバレてましたか。
スターンに口止めをしてから帰るべきだったな。
「ん?スターンは何も話してないよ。
一番おしゃべりなのは博士だ。彼を警戒すべきだね。
もっとも博士の発言は意図的に60%くらい嘘をまぶしていると本人が宣言しているので、引用する際は注意すべきだが」
厄介きわまりないおっさんじゃねえか、もう。
山猫博士って、カモッラの中では相当に上の人なんですか?
「どうなんだろうねえ。あれだけフットワークが軽いところをみると案外下っ端のような気もするけど。
僕より上位であることは確かだ。機密へのアクセス権がずっと広いから」
なるほど。そこがヒエラルキーの基準になるわけですか。
「いまので思い出した小咄がある。
ヤポの組織がなぜ弱いか。軍隊でも官公庁でも会社でも。
聞きたい?」
ええ、聞きたいです。
「到着まで7分か。じゃあ5分でまとめよう。
ヤポでは入営後、訓練期間を経て、配属先で段階的に経験を積み、出世してゆく。上位になるほど求められる能力値は高くなり定員も少なくなるから、その狭き門へ向かって構成員は努力と研鑽を惜しまず働く。
原則最も優秀な者が選抜され、世代交代していくことで組織の成長と発展を継続させていく。
これが理想の姿だ。
合っているかな?」
はい。完璧だと思います。実現はなかなか難しいですが。
「アクシデントが一切発生せず、幸運に見守られ続けたとしよう。それでもこのシステムには致命的な欠陥がある。
ひとつでいいから挙げてごらん」
構造上の問題ですか。ポスト争いが激化しやすく、歯止めがきかないから派閥ができて人事もそれに左右されるようになる?
「それも正解だが、もっとシンプルな答えがある。
トップになれるのは高齢者だけだ」
……たしかに。
「人事選考では大方、ネームバリューと成功体験の数を決め手にするのだろう。若者にはエントリーすらさせない評価基準だ。
スポーツだとわかりやすいかな。
手の内を読まれまくったヨボヨボの老監督に従う、まっすぐな気質の選手たち相手になら、君はどう戦う」
想定外の陽動に、めちゃ弱そうですね。心理戦を仕掛けて脇や背後からくすぐりますか。
「君に監督させる方が、相手にとっては確実に厄介だろう。
成功体験は結構だが、徹底的に分析していてこそ価値のある教訓に変わるのだ。そのとき当事者だったかどうかは重要じゃないさ。
むしろ老衰ほど決定的で深刻な脆弱点は無いよ。
たとえば精神が若いほど情報系デバイスの習熟が容易なんだが、なぜ若者にそれが易々とできるのかを、老人は理解することさえできないのだから」
神山町のパーキングへ駐めた。
先日ここからモンゴル大使館へ歩いていったエヴァンズだが、今日はJOだという。
ジョ、ジョ?
わからねえ。すぐウォッチに尋ねた。
ヨルダン・ハシミテ王国だそうだ。どこだよ。
朝もらったプリントアウトに目を通す。え、こう来たか。
驚いた。
昨夕の品川埠頭大爆発を、新聞各紙は揃って「東京都の杜撰な管理体制が惹き起こした人的災害である」と報道。
オリンピックが延期され、各セレモニーで使用されるはずだった花火数千トンが一年間宙に浮く形となった。
都知事が民間業者へ保管を委託した。
浮浪者たちの放火あるいは煙草の不始末によって倉庫内に充満していたガスへ引火。
花火すべてと、周辺の医療品や備蓄の穀物などを吹き飛ばす。
半径10キロメートルの建物に被害が発生し、死者218名、負傷者は7000人以上に及んだ。
“もし東京都へ観光客が押し寄せていたら。レインボーブリッジ周辺に大勢の家族やカップルたちが集まっていたら。この何倍もの人的被害が出ていたことであろう。
キャンペーンから東京を除外した政府の英断は、またしても日本を救った。
それにひきかえ都知事よ、あなたはまだわからないのか。
いったいいつまで、権力にしがみついていたいのか。
1400万都民の生命を人質に、いったい何が望みなのだ。
一日も早く、勇気ある決断を下されたし。”
辞めろ、と直接は書いてないな。それは禁句なのか。
自分たちの手は汚したくないという強いこだわりが見える。
こういうのって、誰が決めてるんだろう。
新聞社だって、たぶん年功序列だろうし派閥人事だって凄まじいんじゃないかしらん。
成功体験も失敗体験も、いっぱい蓄積してるよね。
旧陸軍が暴走したのを止められず、国家総動員体制の片棒を担がされて綺麗事ばかり書かされて、戦争が始まれば大本営発表を鵜呑みにしてこれまた紙面を戦勝報告で塗り固めて。それで日本は敗れたのです。
あんな過ちは二度と繰り返しません。
報道とは、言論の自由を守るために闘い、誰もが正しいことを発言できる社会をつくり、導いていく。そんな大切な仕事なのです。
日本は民主主義国家として生まれ変わり、アジアの国々へ賠償責任も果たした。二度と軍隊を持ちませんという誓いも守り抜いて、75年間、平和な時代を築いてきた。
そろそろ認めてもらってもいいのではないか。声を上げよう。もっと世界へ発信していこう。
堂々と胸を張って、私たちの為すべき使命を務めに行こう。
そんな社説を、何度も読んでる。
岸首相のライフワークでもある。
美しい日本を、もっと美しく輝かせるために私たちみんなが自信を持ち、幸福に生きていることを示しましょうと。
そんな国に新聞がいくつもあって、そのどれもが押しつけられたわけでなしに書いて発表した記事が、ここまで見事に声を揃えているんだぞ。
てことは。
やはりこれが、衆目の一致する意見なのだと考えるべきではないか。
都知事は、その声を無視してはいかんと思う。
間違っていることを認めるのは誰しもつらい。
しかしあなたは公人だ。責任を持つ立場だ。
いつまでも耳を塞いでいてはいけない。きちんと答えるべきだ。
マスコミたちに向かって、はっきり言い返してやんなさい。
花火であんな爆発が起きるか。
おまんら証拠を持ってきやがれ。ちゃんと調べて記事を書け。
それでも報道か?と。