8月7日、金曜日。
午後エヴァンズより、本日残業確定とのお達し。
本日も、ですね。
了。
夕方、タワー駐車場に入る。
エヴァンズ、俺のウォッチに何やら設定を仕込む。
これをするということは、連携プレイを伴う少し複雑なミッションですかね。
ドキドキするが、教えてもらえない。
しばらくタブレットを操っていたエヴァンズ、徐々に語り始める。
「ジョバンニ。君はアントーニオと確執があるのか?
もし仲良くできないと思うなら、今のうちにチームから外しておくが」
え。
ギクリとした。が、とくに断る理由はない。
問題ありません。仲良くできますと答える。
「大丈夫そうかな。じゃあ、オーケーと。
よし。本日、君はインディアだ。もうしばらく待機」
前回はジュリエットだったから、ひとつ上かな。
全体像がわからないから、下から何番目なのか不明だけど。
「ミッション・スタート。
インディア、あそこに白いシビックが駐まっているだろう。行って、運転席へ乗りこめ。
助手席にエコーが座っている。その指示に従え」
言われたとおりにする。
エコーは知らない男だったが、後ろにウーゴが乗っていた。
その隣に……
俺の記憶では、3月コジモ最終夜、娘を一番目に犯した男が。
エコーに指示され、エンジンをかける。
無言のまま10分ほど走らせ、指定された整備工場へ。
ここで、車を乗り換える。シビックを降りる前に靴の履きかえと白手袋の装着を命じられた。
次の車は、黒のフォレスター。
移動後、エコーが地図を開き、具体的な行動を説明。
7時前後に目の前の道路を赤いルノーが通過する。その後ろにタクシーが続く。
我々はこのタクシーを追いかける。
その先の住宅街でタクシーが追い越しして、ルノーを停止させる。フォレスターも停車し、ルノーの逃げ道を塞ぐ。
ゴルフが降りてルノーの後部ドアを開け、ガスを噴射。2秒で効く。
ルノーに乗っている2人のうち、助手席あるいは後部座席の標的をフォレスターに乗せ、ゴルフとキロで挟みこむ。
ただちに発進。
次の地点で80秒以内に標的の所持品をすべて剥ぎ取り、荷室のバッグに詰める。
標的の体は黒マントで包み、再びGKが両側から固定。
そこからはエコーの指示するルートに従って最終ポイントへ向かう。
インディアは車内から出ないこと。
「以上だ。疑問点はあるか?」
疑問は、無い。
俺の役割はきわめてシンプルだ。運転だけしてりゃいい。安全第一を心掛けて。
それにしても。先週だったかな、俺この誘拐計画をアヴァンティで聞いたぞ。
驚いた。本統にやっちゃうんだ。
ウーゴがキロか。ジー、エイチ、アイ、ジェイ、ケー。年齢も一番下だしな。妥当な配役だろう。
「リモコンとガスは予備無しなんだな。確実か?
もし効かなかったときはどうする。途中で目を覚まされたり声を出された場合は、力づくで気絶させてもいいのか」
ゴルフが物騒な質問をする。しかし、重要なことだろう。
「まかせる。だから君をそのポジションへつけた。
それから、気絶していても失禁するおそれはある。黒マントの裏側には吸水パッドが貼ってあるんだが、それでも漏れたらあきらめてくれ。車の中が汚れるのは構わない」
俺も気になったことがあるので訊いておくかな。
ルノーを停めるこのポイントですけど、通行人や他の車がいた場合は作戦延期になりますか?
「その周辺を監視しているチームがいる。問題が生じた場合は20秒前までにタクシーへ変更が伝えられる。
インディアはくれぐれも前方車に追突しないよう注意してくれ」
了。
いやあ、徹底されすぎてて安心しちゃうわ。
アヴァンティでの会議後にも、きっといっぱいシミュレーションを重ねたんだろうなあ。
日没。
7時頃と言われていたので、ソワソワしてくる。
エコーはタブレットで標的の現在地をリアルタイム追跡しているようだ。
ゴルフは腕を組んで、小さな寝息を立てている。よっぽど肝が据わってんだな。
それにしても、ハイテク集団の誘拐ってこんなにも大掛かりなのか。
防ぎようがないんじゃないか?
どう対策すればいいんだ。
拉致といえば北朝鮮だけど、あいつらもこんな風にやってんのかな。そもそも何のためにだろう。身代金を要求して、安全に受け取って、更に資金洗浄して、っていうのはまた別の難しさがあるし。
みたいなことを、モヤモヤ。
「キロ、ゴルフを起こせ。
全員、小便するなら今のうちに行っておけ」
お、いよいよか。
整備場にはひと気が無いけど、ここも潰れたのかな。
屋外に面してるトイレは使えるので、順番に用を足す。
車を出入口の脇まで寄せておく。
来るぞ、と言われてギアをPからDへ。
赤いルノー、白いタクシー。
よし、発進。
停止ポイント手前でエコーより変更無しとの合図。少し車間距離を開ける。
いきなりタクシーが対向車線へ突っ走り、ルノーの前方で脇腹を見せ道を塞いだ。
ヒュウ。
ルノー急停止。
クラクションは鳴らさない。面喰らっているようだ。
フォレスターも急停止。
同時にゴルフが飛び出し、リモコンでルノーのドアロックを解除する。
周波数を特定して作っちゃうくらい、カモッラなら朝飯前か。
ドアを開ける。
中へ向けスプレーを噴射。
タクシーからは既に2人降りて待機している。キロもゴルフの脇に立つ。
ゴルフ、サムズアップ。
2人とも眠ったという合図か。
フォレスターチームは助手席からぐったりしたおばさんを担ぎ出し、運び入れた。タクシーチームも同様。
俺のほうが一瞬早くアクセルを踏んだ。
バックして∪ターン。すぐ脇道へ入る。
そこからは徐行し、住宅街の中を抜けていく。
次の地点は、問屋街の一角だった。まっくらだ。
路地の入口に不良少年ぽいのが屯していたけど、こいつらも一味かな。見張り役かもしれない。
車を停め、俺だけは動かず。エコー・ゴルフ・キロは素早く降りて女を路上に寝かせ、身ぐるみ剥いでゆく。
黒衣に包んでまた乗せて、路地を出るまで1分足らず。
おそろしい。暗闇でこんな仕事やり慣れているおまえたちは、きっと死後さばきにあう。
8時すぎ、元麻布のアジト入口へ到着。
いつものスロープから地下迷宮へと入っていく。
道は知っているんだがエコーの指示に忠実に従ってるふうに運転して、指定されたスペースに駐めた。
暗がりから何人か出てきた。
エヴァンズに、アントーニオに……さっきのタクシーから降りてきたふたりもいる。
これで全員合流か。おつかれさま。
「ジョバンニ。あなたは私のことをとても嫌っていると窺った。なぜでしょう。私はあなたに嫌われるようなことを、何かしましたか」
アントーニオから詰問される。
その瞳に敵意は感じられない。
他の少年たちも固唾を呑んで注視している。いや、ごめん。俺もいま急にそんなこと言われて戸惑ってるんだが。なにかの誤解だ。
春先にお邪魔したときはお世話になりました。ウーゴや、えーと、あとのみんなにも。ビアジオにもよろしく伝えてね。
あ、ラブリオーラはその後元気にしてる?
「そうですか。誤解ならいいんです。私にとってジョバンニは人生の先輩ですから、これからも大いに学ばせていただきたい。
ラブリオーラのことは聞いていなかったんですか?彼はあれ以来車椅子で事務職をやってますよ。性格的に戦闘員向きではなかったから、いい転機になったんじゃないかな。気持ちの整理もついているみたいだから、今度コジモへ行ったときは会ってあげてください」
あ……え……そうなの。
以前、二度と会いに行くなってキツく言われたような気がするんだけど、あれも誤解かな。
しかし、車椅子かあ。
やっぱり責任感じちゃうなあ。
「さ、そろそろ解散して、ゆっくりしないか。後片付けは僕とジョバンニでやるから、サルヴァトーレ、みんなを部屋まで連れていってくれたまえ」
フォレスターの助手席に乗っていたエコーは、通常名をサルヴァトーレというらしい。カモリスタか。
彼は6人の少年たちを引率してエレベーターの方へと歩いていった。
俺はエヴァンズと、フォレスターの点検をする。
眠っているおばさんを床に寝かせ、車内を消毒し、犯罪の痕跡が残っていないことを確認した。
俺のほうが鼻が利くだろうと言われ、匂いを嗅ぐが、粗相のあとは無いようだ。
最後にナンバープレートを付け替える。
エヴァンズはタブレットで、この女性がターゲットに間違いないことを再度たしかめた。
マルーハと呼んでいるが、完全に日本人だ。
お次はこの眠り姫を、部屋へお連れするんだってさ。
二人で抱え、エレベーターに載せ、3つの小部屋を通過して、1817号室の前へ。
ドアを開ける。
俺のいま住んでいる711号室と違う点がひとつあった。
入口向かい側の壁に、大画面テレビが埋めこまれてあるのだ。ちょっと、羨ましく思う。
ここへマルーハを裸にして、寝かせておく。
黒マントと、衣類や装飾品を詰めたバッグは戻る途中で更衣室のカゴに放りこんだ。
あとの処理は別のチームが担当するという。
「さて。今日はこれで任務完了となるけど、汗も流したいだろうから711号室へ戻るだろ?
そのあと、お客としてアヴァンティへ行けば、さっきのかれらと親睦を深めるチャンスがあるかもしれない。どうする?」
客として、アヴァンティへ?
なんだかイメージが湧きませんね。
「ん。ダメかな。すでに満席のようだ。
むしろ君を手伝いにいかせるか?……いらないって。休めってさ。
はい、おしまい。帰って寝ろ」
なんだよもう。
ああ、もしよければ俺はエヴァンズと話したいです。今日のミッションについてとか。
「それは今夜じゃなくてもいいんじゃないか?
僕は休みたい。明日話そう。
それじゃ、おやすみ」