昨夜の誘拐はカマス報復戦の一環であると、エヴァンズは言う。
え?あの二人は自衛官だったんですか?
「いや民間人。
ただし無産階級だ。ヤポメディアの部長クラスだよ」
7.1のカマス襲撃に関与していたんですか?
「彼女たち自身は、していない。しかし今はこれ以上言えないねえ」
自衛隊のトップ官僚と岸首相がターゲットだと聞いていたけど、もっと広範囲を処刑するということか。
マスコミが報道しなかったことも咎めているのなら何十人何百人と対象になりそうだけど、まさか、殺るのか?
やりそうだなあ。
「つくづく、女はこわい。
男は女性をここまで憎めない。女が女を使う復讐劇はどこまでも残酷になるねえ。それを今回、僕は思い知らされている。
ジョバンニも肝に銘じておくといいぞ」
はあ。シナリオを考えたのはマリエさんですか?
「そうだね。基本軸は彼女の作だ。
マリエが凄いのは、コンペを勝ち抜いたあと、不採用になったシナリオライター全員に声をかけて、彼女のプロットを補強させる仕事を与えたことなんだ。
その操り方も神懸かっていてね。チームの総合力が爆上がりさ。
我々、実行グループも気を抜いてはいられないよ。つくりこまれた最高の脚本に適う演技をしてみせなければならない」
パブロさんが言ってましたよ。あの人の故郷では殺しは芸術なんだそうです。
おもいっきり残虐に、こいつは俺の仕業だぜって見せつけるような殺し方をして、晒しておくんですって。
「いいこと言うねえ。
やはり山梨カルテルと同盟してよかった。僕たちはかれらに学び、かれらの欲するものがあれば提供する。
花園にはいくらでも実験台にできるヤポが、わんさかいる。
2020年は大いなる飛躍の年となるに違いない」
そんな夢見がちなエヴァンズから、今日もプリントアウトの束を渡されている。
車中待機の合間にでも読んでおけ、だってさ。
「君にスマートフォンやタブレットを使わせてよい権限を与えられるのはまだ先だが、せっかくヤポから脱却しつつあるのに情報をインプットできないのは苦痛だろう。
そこで、僕が夜読んで君にも興味持てそうだなあと思うネタがあったら、こうして印刷しておくよ。
基本、ヤポ語への機械翻訳したものを付けておくが、察する通りなかなかに誤訳もしてくれる。それをいちいちチェックするのは僕にとって非常な苦痛だ。
だからとりあえず渡しておくので、うまく自分で活用しろ。
移動中、僕に余裕があるときは質問に答えてやる。いいかな?」
なお、以前のようにエヴァンズが30分以上戻ってこないとわかっている場合はまた周辺のコンビニや本屋などで好きなものを買ってきて読んでて構わないそうである。
俺がどんな新聞や雑誌を選んでくるかということも、自由に泳がせて傾向を観察していたらしく。
ええそれはうすうす勘づいてました。
最近はチョイスも多少ハイレベルになってきたでざんしょ?
それでも今日のようなエヴァンズ・セレクションは俺の情報源として革命的な進歩であったのだ。どれもこれも日本の報道では知ることのできないニュースの宝庫だったのだから。
たとえば。
コロナは動物に感染するのか?
考えたことがなくもなかったが、あまり話題にもなってないからさほど心配いらないのでは、とスルーしていた。
ところがどっこい。
世界ではその報告と研究も熱心に行われている。
ぶっちゃけ、動物も新型コロナに感染するし、仲介者にだってなってしまう。
犬・猫はもちろん、虎・ライオン・フェレット・兎・ラッコ・豚・ラクダ・鶏・アヒル・七面鳥・ハムスター・コウモリ・鹿・マーモセット。
その他よくわからない名前も並んでいるが、概して言えるのは、普段のかれらをよく知っていなければ具合が悪いことすら気付けないということ。
自宅隠遁を余儀なくされ、寂しさからペットを飼うようになった人は世界中の都市で急増している。
いろんなトラブルが絶えない。買ってすぐ死んだぞとペットショップを訴える事案とか。
やめてあげてくれ。むごすぎる。
そして、この問題が日本で議論されない理由についてエヴァンズはこう言う。
「全国のペット業者と関連輸入業者が空前絶後の売上を叩き出し、なおかつ消費者がペットのおかげで黙って自宅へ引きこもってくれてるんだ。
ヤポは訴訟を起こさないからトラブルも発生しない。ここに波風を立てる奴は非国民だという理屈じゃないかねえ。
だいたいヤポにとって人権は生まれれば自動的についてくる有難いオマジナイ程度の認識だろう。
そんな考え方なら動物の権利だって、かれらにもあるんじゃないですかねえで終わってしまうんじゃないのかい。
それより曲芸を仕込んで動画で競い合うのがヤポにとって優先順位の筆頭だ。その稼ぎで、飽きたらどんどん、より珍しい動物に乗り換えていくのがトレンドなんだってよ」
胸の悪くなる話題からは、どんどん乗り換えていこう。
新型コロナによる死者数は依然、アメリカがトップを独走中。俺は漠然と数字でしかイメージしていなかったが、その詳細がすさまじかった。
感染拡大が深刻な地域は、ずばりスラム街だ。
大都市周辺に点在する無数のコロニー。アメリカ国籍を持ってたり持ってなかったりの様々な人々が朽ちた集合住宅に肩寄せあって暮らし、建設現場などへ日雇いで派遣され、低価格高カロリーの食品あるいは薬物でギリギリの体力を維持させながら生きている。
かれらにも医療の提供を、とバラク大統領が実現させた皆保険制度は、財政負担を強いられる既得権層からの批判はもちろん、身元を届け出なければならない貧困層からの拒絶にも直面して立ち往生していた。
ドナルド大統領はこれを破壊したわけだが、仮に存続していたとしても新型コロナを防ぎきることは無理だったろうと思う。
最大のスラム人口を抱えるニューヨークが感染者数・死者数とも国内トップで、毎日おびただしく生まれる死体を市の衛生局から委託された業者が路端で回収してはボディバッグに詰め、封鎖されたスタジアムの中に積み上げて一時保管しているそうだ。
21世紀のアメリカで?
あまりにもきつすぎる現実だった。
アメリカに次いでブラジル、インドなどが死者数爆発を止められないでいるようだが、大きなスラム街を有していることが共通する条件となっている。
記事は最後に強烈な推測を突きつける。
“世界には急速な経済発展を目指して造りあげられた大都市が数多くあり、それらのほぼすべてが観光客から見えないよう囲いこまれたスラム街を隣接させているのが普通だ。汚れ仕事を請け負う無国籍者の協力なくして美しい国は成り立たない。
新型コロナの猛威から逃げきれる地域は存在しない。
統計には加えられていない貧困地区がまだまだいくらでもあるという事実を、私たちはこの数字から読み取ることができよう。
地球人口は76億だといわれているが、もしかすると実はとっくに100億人を超えていたかもしれないのだ。”
「その記事には出てこないが、もっと刺激的な流行語もあるんだよ。
ブーマー・リムーバーって聞いたことは……ないみたいだな」
ブーマー?
はい、知りません。
「ベビーブーマーはわかるかな。1945年に最後の枢軸国が駆逐され、第二次世界大戦が終結した。ほんのひとときだが世界中から戦争がなくなったんだ。一瞬だけね。
東西冷戦なんてSF作家ですら想像しておらず、資本主義と共産主義は手を取り合っていけると大勢が信じた。
終戦まで生き残った人たちが続々と故郷へ還ってきて、翌年以降たくさん子供を産んだ。この世代がベビーブーマーだ。今年70歳から75歳くらいまでの男女らということになるかな。
かれらは世代別人口構成比が圧倒的に大きかったから、常に多数派を形成した。親の世代が戦争を始めたからいけないんだという最強呪文を使うことで、生まれながらの自己肯定主義を謳歌し、のびのびとしたいことができた。
君たちの世代から見れば、老害の中心的勢力といえるだろう。
さて今年の春頃、新型コロナウイルス感染症により多くの死者が出始めた。はじめのうちは老人から亡くなった。
このときに生まれた流行語だよ。
ベビーブーマーをリムーヴする疫病。
かれらを一掃してくれっていう早口言葉に載せて、広まった」
えぐすぎるなあ。
でも今じゃ、若者だって死にますよ。
むしろ貯金で死ぬまで引きこもって暮らしていける、成功した老人は逃げきります。これがほんとにブーマーだけのリムーバーだったら、どんなにいいか。
「そう。だからもはや死語になっている。数ヶ月の寿命だったね。はかないなあ」
それから、こっちの記事も気になりました。
ブラジルや南アフリカで遺伝子変異したウイルスが発見されているって。
先月もロサンゼルスで、さらに新型の亜種が確認されたとか。
「変異株の出現は予測されていたことだよ。これだけ短期間で生活圏を拡げたウイルスなら、環境に合わせた迅速なマイナーチェンジが必要不可欠だ。
ちなみに博士はこう言ってる。
1918パンデミックでも、かなりの変異株が誕生したはずだ。しかし当時の科学力では分析するにも限界があった。
2020パンデミックでは、ウイルスの塩基配列を特定して分類するまでの能力を手に入れた人類が、このミクロな敵と互角に張り合おうと奮戦している。
ガチで面白いことになってきたぜ、ってね」
カモッラはいったいどっちの味方なんだ。
人類が敗れても嗤っていそうだ。
どうしてここまで残酷になれるんだ。