昔むかし、日本では自動販売機というロボットが国中いたるところに立っていて、外国人観光客を珍しがらせていたそうじゃ。
俺もそんな時代を見てきたような気がしている。
夜なんか、狭い路地でも煌々と輝いててさ。女の子が一人で出歩いても危険じゃないなんて言われてたんだよ。
ありえないって。
やっぱり都市伝説じゃないかな。
粉々に叩き壊されたロボットの残骸はいたるところに転がっている。
半導体とかいう部品がいま世界中で不足していて、ブローカーが買い取ってくれるんだと。
ロボットは腹に冷たいドリンクや小銭、たいていその両方をしこたま抱えていやがるから、人間様に見つかるやいなや身ぐるみ剥がされる。
生きものと違って逃げたり抵抗もしないので、ぼろい稼ぎよ。
おかげで乱獲されすぎて、夜といえばやっぱり暗いものというのが常識だ。
これはこれで逃げるのに都合がいい。
きたきた、早くこの裏へ隠れな。
おまわりが来たら、あっちへ行ったと教えておくから。
日本の暦では、お盆のはずだ。
年中無休の企業を除いてこの期間、多くの日本人が夏休みをとり、故郷で先祖を祀ったり、旅行でハメを外したりするものだった。さすがにこれは記憶している。
今年は東京都だけがすっぽり仲間外れにされているので実感が湧かない。
奴隷には、夏休みもへったくれも無いしな。
風の噂では、青山霊園が有閑階級の避暑地として人気らしい。繁華街ほど浮浪者が寄りつかないことも背景にあるとか。
奥多摩にも連日、若者や家族連れが涼みに訪れて渋滞がひどいそうだ。
少年たちは道路脇に店を構え、車中の客に飲みものや土産品を売って回る。
コジモが行政をしっかり指導しているから、都心にくらべるとずっと安全で安心だ。
客が強壮剤を必要とするのは盆明けに仕事へ復帰してからだろう。
特需は今だけなのだろうか。浮浪者になったら買いにも来れなくなるだろうから、経済が高回転することは売る側にとっても理想的なはず。
となるとやっぱり、お盆のうちに稼いでおかなくちゃだね。
エヴァンズから2冊目を借りた。
ハーバート・ジョージ著。これも翻訳。
心して読め、と言われる。
冷戦後の世界史。
マリーおばあちゃんに比べると余白が少なくて、なかなかページをめくれない。
面白いことは面白い。ディープでダークでデンジャラス。
これって小説なのかな。
ドキュメント?メタなんとか?
不思議な感覚だ。
俺の知らない事件簿ばかりだった。
半世紀に及んだ東西冷戦は、それぞれの社会生活を大きく隔てさせてしまう。
西側市民は東側について知ろうともせず、自分たちは成功者であり人生は楽しむためにあるべきだと説いて大量の無産階級を産み出した。
一方の東側市民は西側のことをよく研究しており、かれらを反面教師としながらも、自分たち自身へ向けて日々省察を忘れなかった。
たとえばモスクワに全権力を集中させるシステムの弊害は当人たちが一番深刻に考えていたのだ。
ちょっとしたことを決めるのにも時間と予算がかかりすぎ、地方行政は問題をすべてモスクワに棚上げしてじっと待つことが習慣化してしまうようになっていた。
これではいけない、どうするべきか。というのがミハイル・セルゲーエヴィチの直面した困難のひとつである。もっとも、その社会制度改革はボリス・ニコラエヴィチが継承してなんとか決着をつけた。
問題は、そこからだ。
東側陣営に属していた諸国家は、これまで原則同じ共産圏内の相手としか取引してこなかった。
諍いが発生したらモスクワに仲裁を求め、その決定に従った。
きわめてシンプルな農村型社会であったのだ。
このかれらが突如、強欲にまみれた都会型商人たちとのおつきあいを始める。
西側では今も昔も、相手を徹底的に騙し・飼い慣らし・逆らえば力づくで踏み倒し・奪えるだけ奪いつくすことが暗黙の商慣習とされているが、東側市民は教科書ではこれを理解していても、まさかと思っていた。
そんな野蛮な時代を直接見てきた世代はとうに老いていたし、もし助言ができたとしても、実戦経験を持たぬ若者たちに最新の防衛術を教えることなど不可能だった。
またたく間に、旧西側の毒が、旧東側の国々へなだれこむ。
世界はひとつの汚部屋となり果てた。
否。西側は、自分たちの部屋を少しでも綺麗にするため、最も汚れたゴミから東側へ押しつけた。相手は社会経験未熟な生娘ばかりだからよとたかをくくって。
そう。たしかに東側の娘は高値で売れた。
広大な沃野に咲きほこる、純朴で優しくて家事をこなせ、贅沢を求めない彼女たちに敵う娘など、西側には存在しなかった。
男たちもまた、忠実な下僕として、西側の労働力不足を埋めるために連れ去られていった。
あとに遺った豊穣な大地に、最底辺の屑どもが入植する。
かれらもたちまち財を成し、現地で奴隷から搾りあげた様々な収穫を故郷へ送って名士の一員へと仲間入りだ。
住民が入れ替わった土地はひと目でわかる。
盗まれた街には必ず電飾で輝くケバケバしい広告が立っている。
こんな下品な文化は、共産圏社会には存在しなかった。それが今、あたりまえのように、どこにでも設置されている。
世界は呑みこまれてしまった。壁を、開放してしまったがゆえに。
奪われたものは、人と土地ばかりではない。
20世紀を通して史上最凶のプロパガンダ大国となったアメリカが日夜叫びまくる。「東西冷戦は共産主義の敗北によって終結せり。このたたかいに勝利した最大殊勲者こそ吾である」と。
陸海空および宇宙からとめどなく響きわたるコマーシャルは、五大陸の住民すべてを洗脳した。
就中、旧東側市民に対してその効果は大きかった。
かれらは自分たちの親世代に誤った教育を受けさせられてきたと信じるようになった。
共産主義とは悪魔の発明に他ならず、この教えに支配された父祖たちこそ、現在自分たちを苦しめている元凶であるのだと。
どんな小さな憎しみからでも、敵の内部にそれを向けさせ、大きな火種になるまでじっくり育ててゆく。
アメリカは、共産主義の誕生からおやすみまでよりずっと長い時間をかけて、この技術を磨いてきたのだろう。
それがうまくいきすぎたために、だんだん図に乗るようになった。
いや以前から図に乗ってはいたのだが、これまでは発言力が世界トップではなかったのでまだ遠慮もしていたし、失態をやらかしても気付いて揉み消す程度の判断力はあった。
冷戦終結とは、地球市民の大多数にとっては「核ミサイルを向けあって敵対する二大親分の抗争がやっとなくなってくれた」という安堵の瞬間だったかもしれない。
だがアメリカにとってはどうだろう。
まともに戦えば無事ではすまない強大なライバルが消えた。ヨーロッパの同盟国たちは今せっせとその利権をむさぼっている。
一番の功労者は私なのに。
いいさ、もう私に楯突ける国は存在しない。いずれすべてをこの懐に入れてやる。
せいぜい耕しておいてくれ。全部いただいちゃうからな。
さてどこから手をつけよう。
事実アメリカだって旧共産圏に押しかけて、かつてない規模で押し売りと買い占めをはたらいた。
当人たちは紳士的にやっているつもりのはずだ。何を紳士的と定義するかは、自分たち次第だからな。
アメリカ人なら何を持ちこんでも合法で、現地民が逆らえば警察と裁判所を脅しつけてとっとと鎮圧・処罰させる。そんなレトリックも、お手のものだった。
こんなことをしていたから、世紀の変わり目を迎える頃にはすっかり世界の嫌われものになっていた。
プロパガンダの予算だけは一流だが、それにしては工夫が足りないねと指摘しておいてあげよう。
広告というものは、一度成功したからといって、二度三度と繰り返せば台無しになってしまうのだ。
常に新しい手法を編み出していくことを求められる、なかなか難しくてやりがいのある仕事なんだが、それを生業にするつもりならバカではつとまらないんだってことくらいは知っておけよ。
2010年代になると、ずいぶん多くの勢力がアメリカをはっきり敵だと公言する状況になっていた。
いまや世界中の大小テロリストグループが、アメリカと、それに尻尾を振っている哀れな追従国どもへ牙を剥き、次々と物理的な攻撃を敢行している。
アメリカは手当たり次第に検挙し、自白させ、投獄し、あるいは殺して回っているのだが、どこが出口か見えているのだろうか。
何を為せば終わらせられるか、計算できているのだろうか。
残念だが、かれらが自力でこの問題を解くことは不可能だと考える。
読者の中には解ける者もいると思うが、あなたがアメリカ人か、その手下か、共産主義者か、もと共産主義者か、それともテロリストかによって、最適解はすべて異なるものなのだ。
アメリカ人はこうすべきだ、という正解をアメリカ人以外の者が唱えたところで意味はない。
いま、あなた自身の立場において、こう行動するべきだという正解を導き出し、その場で適切に遂行してもらいたい。これこそが要点であり、政治学の根本原則に他ならない。
ちなみに選択肢は他にもある。
アメリカ国籍を持ちながら、アメリカ社会とかれらの政府を憎むテロリストだって大勢いるだろう。今はまだその数が少ないから、解決に時間がかかっているともいえる。
どうだい、テロリストなら誰でもなれる。
アメリカ国籍を手に入れるよりずっと簡単だ。
とっととこんな混沌終わらせて、安心して眠れる世界を取り戻さないか。