東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

76 / 197
TokyoMassacre2020-08-008.hmos

7つの国境線。

6つの共和国。

5つの民族。

4つの言語。

3つの宗教。

2つの文字。

これらを束ねる、1つの連邦。

そんな社会に生まれ育つと、世界はどんな風に見えてくるものだろう。

想像すらつかない。

だからこそ、想像してみよう。

 

たとえば日本は、7つの地方に区分することができる。北海道・東北・関東・中部・近畿・中四国・九州だ。

これら7地方がそれぞれに首府を持ち連邦を構成。連邦の代表首都は関東共和国の首府、東京が務めるとする。

第二次世界大戦終結後、連邦の形で国家体制を整え、独立宣言した。そんな架空の歴史を思い描いてみよう。

戦時中の同盟関係から、共産圏に属する。だがソ連には加わらなかった。東西冷戦の時代には珍しく、中立という立場を貫き通す。

いわば全周囲に壁をつくっていたということである。

 

さて7地方はそれぞれ固有の言語や宗教・伝統に習俗などを持っていた。

肌の色も、美醜の基準も異なる。たとえるならば、中国人・朝鮮人・ロシア人・アラブ人・黒人がこの連邦内に寄り集まっていた感じだ。

各地域にそれぞれのマジョリティがいる。中央の意見に右ならえ、なんていう安易なルールは初手から通用しない。

地方色が豊かというより、県境を跨ぐたびに異世界へ迷いこめる、そんな国家だ。

連邦内で、交流や、混血が進むだろうか?

進まない。かえって民族主義が強まる。ヨソはヨソ、ウチはウチという境界線が方々で根をおろすようになる。

冷戦下で約40年、この処世観が定着した。

 

ベルリン市内の壁が消え、ソ連邦までもが消滅。

共産圏の諸国家はそれぞれが模索を始める。

資本主義国家群が次々と詐欺師を送りこんでくる新時代の到来だ。

架空の連邦国家・日本も、この危機に直面する。

 

全国民に慕われ、どんな揉め事も仲裁できた建国時の強烈なリーダーは既に世を去っており、各地方首府が個別に政策を打ち出すのだが、まとめ役がいない。

それでも代表首都だった東京の発言力は最大だった。連邦のどこにでも派遣できる即応軍の指揮権を有していたし、どんな危機が訪れても日本という統一国家を守り抜くのだという使命感も過剰に抱いていた。

地方の住民にとっては、これがとてもウザかった。

 

連邦軍にとって、地方の独立を扇動する思想家や実働部隊は、反社会勢力である。

はじめのうちは検挙して説諭・訓戒といった対応ですませていたと思うが、される側からしたら国家権力の横暴としか映らない。

だんだん対立が過熱してゆき、流血沙汰へとエスカレートしていく。

 

リアル事例はひたすらヘヴィなので、ひきつづき日本モデルでシミュレーション。

 

東京から最も離れた九州と、その手前の中四国地方が、同じ日に独立を宣言した。1991年6月のことだ。

東京からは連邦軍と警察隊が即出動。

激戦が始まる。

中四国が抵抗してくれたおかげで、東京政府軍はそれ以上先へ進めなかった。

九州では軽い戦闘が生じただけで、まずは連邦内最初の独立を達成。

西洋列強はこれを大歓迎。

これからは民主主義がスタンダードだよと、九州にけばけばしいネオンサインを建てまくる。

 

このとき西洋が考えていたことは実にシンプルだ。

日本を植民地化したいのだが、従来どおりひとつの連邦でいさせておくと軍隊が強力なまま温存されてしまう。いちいち中央に相談しないとぉーなんて時間稼ぎされる口実にもなる。

可能な限り小分けにして、ひとつずつ相手していけば、大した抵抗もしないだろう。

零細商人にも参入させられるという打算があった。

高嶺の花や狭き門には見向きもしない小市民はどこの国内にも大勢いるものだけど、分裂状態にある日本はかれらにも夢を見させる。積極的に誘導して、小銭稼ぎに群がらせれば、下ばかり見てくすぶっている犯罪者予備軍を減らす効果も生まれるだろう。

西洋では、列強から弱小まで皆が日本への期待を煽った。まずはどこかの推しにさせ、次はそいつを勝たせろと。

高額一等狙いより、小さなチャンスがあちこちに隠れている、こんなゲームは意外と珍しかった。

投資家たちの綱引きは、展開予測が難しいだけに、望まれた以上の盛り上がりを見せた。

 

現地では、中四国における内戦が4年も続いた。

地元民・政府軍双方に夥しい死傷者を出し、都市でも農村でも建物という建物が破壊された。

内戦。そう、内戦である。

内戦ではひとつの法則がある。

反政府軍は国産の武器を使わない。使えないのだ。生産工場は政府の監視下にあって製造数や備蓄量まで把握されている。流通業者が自分たちの情報を政府に売らないなんて保証もない。そんなものに頼るわけにはいかんでしょう。

そこで密輸することになる。

たちまち、ありとあらゆる抜け道が開拓されてしまう。

政府軍が勝利した場合でも、密輸ルートは国内外の地下組織が引き続き利用する。

反政府軍が勝利し新政府を樹立したとしても、世話になった国外の協力者とすぐに縁を切って国産品を優先する体制へ移行するなんて、どれほど困難な事業になるか。

内戦は、一度始めてしまったが最後、国を国として支える経済基盤に致命的な傷跡をのこすのだ。

喜ぶのは外国ばかりである。

連邦日本は、この術中に嵌ってしまった。

 

東西冷戦終結は軍縮も生んだ。

とくに中央ヨーロッパで鉄のカーテンに隣接していた国々から、大量の武器が放棄された。

軍産事業者や兵員も大勢、失業した。

在庫処分をしたいよね。

えっ武器を欲しがってる人たちがいるって。ブランドは問わないって。指導員も募集してるって?

よっしゃ出血大サービスだ。在庫あるだけ持っていきな。

 

中四国に続いて、商人に煽られ次々と起ち上がった近畿・中部・東北・北海道が連邦軍を相手に長期戦い抜くことができたのは、いくらでも転がりこんできた冷戦時代の遺物のおかげだ。

 

いま売らないでいつ売るんだと、世界中の新旧武器商人が駆け回った。

いつのまにやら連邦軍まで、安価な外国製の武器で戦うようになっていた。

ジャーナリストたちは、どっちもがんばれと声援を送った。

まだまだ需要がありそうなので、兵器はより改良され、増産を重ねた。

 

日本にそれを買うカネなんて無いだろうって?

支払ってるのは列強政府さ。

紛争が止まない日本への人道支援という名目で、何億ドルという予算を議会に承認させる。そのカネで自国内の軍需産業に仕事を回し、激戦地の劣勢側へタダでくれてやるという仕組みだ。

世界平和に貢献しているポーズはバッチリ。

どこで覚えたのかね、こんなコマーシャリズム。

アメリカかな。やっぱりアメリカかなあ。

 

日本で銃声が鳴り響いていたのは、2001年11月、東北共和国が独立するまでだった。

かつて日本と呼ばれていた土地はこの時点で6つの幼い民主主義国家の群れに変わっていた。

イチ抜けした九州共和国だけは繁栄していて、世界中のジャーナリストや武器商人たちが待機所として活用していた。民間人相手の戦場ツアーを手掛ける九州人の新興勢力が多数誕生し、皆、大富豪になった。

 

他の5共和国では、有史以来この地で育まれてきた文化遺産のほぼすべてが永久に失われてしまい、それを語り継げる古老もいなくなった。

列強の復興支援は、武器供与にくらべると随分もっさりした動きで、荒廃地に工場をつくってやるからおまえたちそこで働けという、まるで最初期の共産主義がやっていたような時代錯誤の経済政策を敷く。

住民が雨をしのげる場をつくるより先に電飾看板が建てられるという優先順位も、民主主義ではあたりまえなのだろうか。

おっと、そんな研究や考察をすることは許されない。

民主主義は人類が生み出した最高にして完全無欠の社会正義であり、共産主義とはその対極にある、古くて汚らしくて間違った悪しき時代の残骸なのだ。

おまえたちはやっと自由になれたんじゃないか。これからは一心不乱に働いて、早く先進国に追いつけるよう、努力するべきなのだよ。

 

銃声の止んだのが2001年であることは重要な示唆を含む。

この年9月、アメリカを航空機で攻撃したテロリストがいた。史上2度目だ。

1941年12月にハワイを襲った集団は堂々と犯行声明を出してとっちめられたが、2001年の犯人は今も不明なままである。

アメリカ裁判所は犯人を特定したという推理劇を公式に発表しているのだが、100万の偶然に頼ったと評される1963年の大統領暗殺事件レポートよりずっと矛盾点が多い。

ともかく9月に自分たちの防空態勢がどれだけスカポンタンであるかを露呈してしまったアメリカは怒り狂って、前後の見境も無く以前から嫌いだった相手リストの1番目と2番目を名指しし、報復してやると息巻いた。

テロ対策法案が矢継ぎ早につくられた11月。日本ではひっそりと、最後の紛争が終わった。

 

種明かしをしよう。

まだまだ東北にも関東にも武器を送りつける気まんまんでいた業者たちが、「次はアフガニスタンだってよ」と聞いて急遽方向転換したのだ。

日本に武器が入ってこなくなった。ジャーナリストも戦争指導員も、我れ先にと出ていった。

現地生まれの戦士たちはなんと10年ぶりに、ひと晩ぐっすり眠った。

翌日より対話が始められる。

なぜ自分たちがあれだけ憎み合っていたのか、誰もさっぱりわからなかった。

省察しようにも、あらゆる記録が国内では失われすぎていたからね。

じゃあ、それはひとまずおいといて、僕たち自身が今すぐ何をしなくちゃいけないかを決めて、ただちにとりかかろう。

そんなところから話し始めて、年内には皆それぞれの故郷へ帰り、復興に専念した。

同時期のアフガニスタンは凄惨さの只中にあったが、日本ではもうテレビを見て真実を学べと吠えるジャーナリストなんていなかったから、市民は目の前の生活を立て直すことだけを真剣に考えて過ごした。

 

列強からは、新参者の商売人がその後もチョイチョイやって来る。

だが武器は持ちこませなかった。

もうウンザリだったんだ。他人に、自分たちの家を踏み荒らさせるのは。

 

2003年には関東と中部も分離し、それぞれの道を歩み始めたので、日本という国号は完全に消滅することとなった。

現在は、10近い国と地域がひしめく、統一政府の存在しない土地だ。

高すぎる授業料だったと思う。

だが、貴い教訓を得たよ。

 

やっと自由になれたのだから、これからは一所懸命、その教えを貫こう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。