アフガニスタン。
東西を貫くヒンドゥークシュ山脈を中心に、多彩な山系と水系が織りなす、各種気候帯のモザイク。
寒暖差激しく、地震も多い。だがそのゆえに様々な動植物がひしめき合い、厳しい自然と向き合って暮らしていた。
人類もまた古くからこの地に定住。中心都市カーブルは民族と文化のインターチェンジとなり、重要な役割を担いながら繁栄した。
インダス文明やアケメネス朝ペルシアの遺跡に、マケドニア東方遠征隊の置き土産。ヒンドゥー教や仏教などの寺院も国中のいたるところに点在し、住民はそれぞれの言語で互いに相手を罵りながら、どっちもどっちだろの精神で行商人や観光客をもてなしていたんだよ。
その日までは。
2001年10月7日。
アメリカはオマーン湾から、この日だけで50発の巡航ミサイルを、アフガニスタンへぶちこんだ。
ミサイルとは、飛翔体に誘導装置を付けたものをいう。
普通、投げた物体は慣性に従って放物線を描き落下するものだが、途中で速度を増加させたり、標的を捕捉して方向修正する能力を備えていれば、ミサイルと呼ばれる。
目視不可能な距離を飛ばせられるものが巡航ミサイル。荷物を破損させずに相手方へ届けてくれる保証も付いていればありがたいのだが、残念ながらミサイルの定義にそんなサーヴィスは含まれない。
アメリカは自国民の生命と財産を守ることに病的な内圧を持つ国なので、兵士は周辺追従国の庭先で出番をひたすら待っていた。
ありったけの大量破壊兵器で相手の抵抗力を喪失させたあと、無人機による偵察と掃討を入念に行ったのち、ビザも持たずに足を踏み入れる。
最初のお仕事は死体を掻き集めて、指名手配犯が含まれているかを確認する作業だ。
人違いは、得点にならないが減点対象にもならない。掘れるだけ掘って最初にイースターエッグを見つけた者が優勝である。
兵士たちは我れ先にとチャレンジしたが、一等賞は見つからなかった。
おかしいなあ。CIAが、間違いなくここに隠れているって言ってたんだけど。
首領をとり逃がしただと!と国民から責められた大統領は、嫌いな相手ナンバー2に矛先を向ける。
イラクだ。
10年前、彼の父親がここへ攻めこみ、財宝をしこたま持ち帰った。
あの栄光を僕もふたたび。
まあ二代目にありがちな短絡思考だよね。
前回協力してくれた列強諸国に声をかけ、大規模な連合軍を組織する。
総司令官はアメリカだ。当然だ。
お得意のプロパガンダで、2001年にテロ攻撃されて自分たちがどんなにつらい思いを味わったか、行く先々で大合唱。
全同盟国が涙した。
ちなみに1941対米テロ実行犯の子孫が同盟国に名を連ねているのだが、兵力は供与していない。あの事件を深く反省して軍隊を永久に放棄しましたというのがその国の言い分だ。アメリカは、そんな昔のことはいいから人をよこせと言っているのだが。
代わりにカネだけ出した。130億ドルも。
こんな努力をしたところで軍人は同じ現場で一緒に汗を流さないスポンサーを仲間とは思わないんだがねえ。
ごちそうさまと礼は言うが、次も払えと。それで終わりだ。
イラクへの侵略は2003年3月20日に開始された。
大義名分としては、対米テログループとつながりがあって、国内に大量破壊兵器を隠し持っているからだという理由を掲げる。
まさか君が言うかそれを。
アメリカンジョークに正論で返すのは野暮というものか。
相手にはジョークではすまないのだが、そんな声は大量破壊兵器とともにかき消された。
3週間で首都バグダードは制圧されるが、この抵抗戦でイラクが大量破壊兵器を使用した形跡は無い。
おかしいなあ。CIAは、まちがいなく持っていて使う気まんまんだぞと言ってたんだけど。
イラクには進駐軍が置かれ、無辜の国民を圧政から解放した。これからは民主主義世界の一員となって勉学と勤労に励み、先輩たちの言うことをよく聞いて、はやく一人前のオトナになるんだよ。
アメリカ様の善政に全イラク人が涙する。
ところでここにも、テロの首領はいなかった。人類の築きあげた大切な大切な平和を破滅へと導く史上最凶の悪党は、いったいどこへ隠れているのか。
アメリカはあらゆるテクノロジーを駆使して標的を捜索する。
追従国一同がこれに協力を惜しまなかった。
カネしか出さない臆病者含め、その数は公式表明だけで85ヶ国にも達した。
最終報告で1988年以降世界中のテロ行為に関与していたとされる、極悪人ウサーマが殺害されたのは2011年5月2日。当時の大統領が、すぐにテレビで発表した。
アメリカ国民は狂喜し、長き対テロ戦争あるいは国外緊急事態対応活動の終結を讃え合う。
野暮なことは誰ひとり口にしなかった。
こんな老人ひとりに10年も振り回されてたアメリカは信頼に足る国なのか?
他国で殺して、証言も裁判記録ものこさないでおくことは、今後さらにややこしい事態を招く前兆になってしまわないか?
なんて、言わない言わない。言えるわけがない。
実際のところテロ対策関連予算は削減できるどころか、ますます吊り上がっていった。
CIAとアメリカ軍には休息する余裕もない。いまや世界のいたるところに、アメリカによって肉親を殺され、財産を奪われ、故郷を失った浮浪者が溢れかえっているのだ。
かれらは現世に希望など持たず、どうせ死ぬなら嫌いなやつも殺してやると常にチャンスをうかがっている。
アメリカがこの単純な図式に気付かなかったのは、はじめのうち無統制だったテロがすべて外地で行われていたせいもあった。
迷惑を蒙っている追従国は、アメリカが元凶なので調査資料を送りつけ対策を求めるのだが、CIAは次々送られてくる外国の固有名詞だらけ文書を眺め途方に暮れるばかりで、おまえたちの治安はおまえたちの責任だぞと逆ギレ。
そんなことばかりしているうちに、万国のテロリストが団結しはじめる。
憎むべきはアメリカだ。当然だ。
あいつらの暴力で自分たちがどんなにつらい思いを味わったか。
行く先々で、かれらは肩を寄せあい、この世がまだまだ捨てたものじゃないことを知る。くたばるには早すぎる。生きていれば、それだけ多くの敵を殺せる。
めざすはアメリカ。たった3.2億人だ。
あいつらをひとりのこらず殺すまで、この命はだいじにつかおう。いいな。
ああ美しい。
アメリカは世界に、無数のきらめきを生んだ。
ある程度大規模な組織テロになってくると、さすがにアメリカも出張する。
2004年、パキスタン。
2007年、ソマリア。
2009年、インド洋。
2011年、リビアとウガンダ。
2014年、シリア。
現地に恩を売りながら、はるばる出かけていっては空爆や銃撃を披露した。
どこの土地でも数年から十数年は居座る。捕虜を使って財宝探ししながら、同郷の商人やジャーナリストが訪問した際は護衛もつとめてさしあげる。
現場指揮官にはそれなりの旨味もあるのだが、本国へ届くのは請求書ばかりだ。
歴代大統領は無人兵器の開発と配備を推進することで人件費を浮かせるという解決策を好んだ。
20世紀までの戦争学では、戦場の規模を論じる際、動員された兵員数を目安にした。敵戦力や民間の被害は昔から正確に求めにくいものだったのだ。このロジックのおかげで、権威ある学者には対テロ活動がどんどん縮小していく作戦群のように映る。
これも、アメリカの知識人層を安心させる効果につながった。
私たちはうまくやっている。戦地へ赴く兵士は昔より減っているし、被害報告もごく僅かだ。報道によれば悪人は着実に減っている。
現在の秩序はこれからも維持される。
だからまっすぐ歩いていけばよい。
この道の先には、楽園がある。
ロマンチストさんたちはどうせ無力だ。そっとしておこう。
ここからは、リアリスト同志へ向けての提言だ。
1941といい2001といい、アメリカは自分たちが攻撃されるなんて普段から想像すらしていないんだよ。
脆弱点はいたるところに存在する。
精鋭部隊はずっと本国を離れているうえ疲弊もしており、予備兵力もロクなのがいない。
セキュリティは機械まかせ。これで一番困っているのは本人たちで、何重ものパスワードや生体認証をショートカットするためにかれら自身がいろんな抜け道を用意しているから、それさえいただいちゃえば、誰でも侵入できる。
すぐれた戦士は、自分が扱いきれない武具など装備しないものだが、それを最も理解していない連中が、我々のターゲットだ。
現在も、ある秘密結社が対テロ攻撃の標的をイスラム勢力へ向けさせようと画策し成功をおさめているが、この戦術を応用すれば面白いシナリオが可能になる。
アメリカの無人攻撃機を乗っ取って、その友好国の政府機関や商業施設・原発などへ集中砲火させ、テロリストがいたのでやりましたとメールを送りつけるのはどうかね。先進国同士を仲違いさせるんだ。
ラザルス・グループなんてこんなの大得意だろう。
楽しいショーの幕を開けようぜ。
先を越されても怨みっこなしだ。
ハーバート・ジョージ・W『新世界史概観』2014刊。