福永トキオ。
盛岡農林専門学校コンピュータ同窓会アザリアのメンバーだ。
トキオはハンドル名。本名は文三郎とかいった気がする。日本人だが、韓国生まれ。
驚いた。まさか、こんなところで旧友と接点を持つとは。
カムパネルラは、2枚目のメモを俺に見せた。
すばやく目を走らせる。
「TはGが知人だと気付いた。Sにその話をすると止められた。通信はこっそりとしよう。TとGの上司同士は仲が悪いのかもしれない」
俺は理解したことをカムパネルラに合図で知らせる。
カムパネルラはメモを窯に投げこみ、燠火で焼いた。
ありがとう。
そ知らぬ風を装って、俺は711号室へ帰還する。
相関図の中で、ジョーカーが一人いる。
トキオの上官だ。俺は彼または彼女をまったく知らない。
そいつが、エヴァンズと仲悪いって?
俺の知ってる範囲だと、唯一浮かぶのはゴステロか。敵対関係というほどではないがゴステロの態度は傲慢で、エヴァンズが遠慮しているように感じている。
もっと深刻なライバルかな。
手懸りが少なすぎて、今はここまでが限界だ。
スターンは、俺にトキオのことを話さなかった。ガブリエルの口から初めてその名を聞いたのだ。
奴隷同士を近づけさせまいという狙いかな。話すとしたら愚痴と呪詛。反乱を起こされちゃたまらないもんな。
よし、起こしてやろう。虐げられる者同士は団結するのだ。
ありがたいことにカムパネルラという上級奴隷が味方についてくれている。出し抜いてやろうじゃないの、カモリスタを。
翌8月30日。
日曜日。快晴。暑い。
今日も忙しく、エヴァンズの運転手をつとめる。
大使館に休みはない。というか、お役所が休んでいる土日のうちしか体のあかない外国人諜報員が大勢いて、平日ためこんだ日本人に対する不平不満の垂れ流しを聞いてくれよとエヴァンズを呼びつけ、愚痴と一緒に有益な情報をくれるのだそうだ。
そうなのですか。大変ですね。
「それにくらべてヤポの公務員てのは、週末しっかり休むんだよね。
ウイークデイにも大して仕事なんてしないんだが、書類も資料も積みっぱなしで、参考書のひとつも読んでおこうとか考えすらしない。
背広を着なくていい週2日、何をするかといえばひたすらテレビを見ているか、せいぜいお友達とゴルフだよ。
政治家なんて移動日と称して火曜の朝までひたすら休む。
いつまで経っても理解できないねえ。同じことをさせられたら、僕なんて7日後には廃人になってしまう」
休みべきときにちゃんと休むことがそんなにおかしいですか。
むしろ訊きたいんですけど、諜報員の皆さんはいったい、いつ休んでいるんですか?
「カマスで学ばなかったのか?
休むと宣言して、自分のペースで必要なだけ休息をとるんだよ。いつでも、何度でも、小刻みにね。
体調が悪ければ一日寝ていたっていい。その代わり自分がすると宣言したことは着実に遂行する。インシデントが発生したら速やかに周知して、トラブルを未然に防ぐ。
そのための協力体制をあらかじめつくっておき、チーム、タスクフォース、カルテルなどと呼んでいる。
いったいどこが不明なのかな?」
そんなの、仕事のできる人たちばかりであれば成立するかもですけど、役所や会社組織に適用するのは難しいですよ。
ちなみに俺が今日は休みたいのでと言ったら休ませてもらえるんですか?
「何様のつもりだ。いつまでもそんなだから君は命令されるだけの扱いしかされないんだぞ。
簡単に指摘してみせてやるが、たった今君は、ヤポの役所や会社組織は仕事のできない無能者集団だと自分から認めた。結論は出てるじゃないか。
はい終了」
打ちのめされて、自信がゆらぐ。
日本はアジアの輝ける星。近代国家のトップグループ。勤勉で無欲で誇り高く、豊かな文化と優秀な人材をたくさん育み、世界へ送り出してきた。……はずでは、なかったのか。
全否定されちゃってるぞ。なぜだ。そして、言い返せないんだ。その通りですと、うなだれるしかないんだ。
なーんでーかなー。
俺は今日も、途方に暮れる。
3冊目の本を借りているのだが、集中できない。
それでアザリアについて思い出そうとしてみた。
卒業して2年しか経っていないのだが、ずいぶん昔のことのようだ。
全員の名前、言えるかな。
保阪カナイ。
市村ヒロシ。
河本リョクセキ。
潮田トヨコ。
福永トキオ。
小菅ルルコ。
鯉沼シノブ。
村上チョウゼン。
纐纈モリヒル。
本名とハンネがごっちゃまぜだな。
総勢12名。男9・女3。俺を入れたらあと2人。
あいつ……中島だっけ?スマホに全員の連絡先、入ってるんだがなあ。
盛岡農林専門学校で、コンピュータ同好会として俺たちが設立した。
ゲームマニアやパソコン自作派が集まって、オンでもオフでもくっちゃべって、プログラミングにハッキングに、いろんなことを教えあった。
保阪と市村は暗号通貨にハマりこんで、天国も地獄も味わって、一番の大損を出したとき理事会の機密費に手をつける寸前までいった。
セキュリティは激甘だったらしい。歴代校長やOBたちが不正に溜めこんだ裏帳簿の履歴なども数十年分掘り起こして、いざとなったらこれを突きつけて黙らせようぜとか、可能な限りの策略をめぐらせた。
さいわい大事には至らなかったのだが、卒業直前に会長・保阪と副会長・市村の2人が除籍処分となり、備品はすべて没収され、アザリアとその他にもいくつかあった電脳系同好会のすべてが解散させられ、俺たちは逃げるように県外または海外へ飛び出して、社会人となったのだ。
たのしかったし、いい経験をしたと思う。
学んだことのひとつが、敵の前ではバカのふりをしておくに限るだ。
アザリアのメンバーは誰もが、教職員の前ではヴァンパイアハンターのように振る舞っていたからな。あれがよくなかった。
若気のいたりというやつだ。今ならそのデメリットもわかる。
おそらく大人どもは最後まで気付いていなかったと思うのだが、保阪はいちばん似合っていたからリーダーを演じていただけで、根は純朴な男だった。
ヤバさで最狂だったのはカワモト・リョクセキ。
物静かで、引っ込み思案で、トヨコが傍にいないと不安そうだった。でも同棲が長すぎて倦怠感につきまとわれていた。
よく血まみれで帰ってきた。山で鳥や兎をむしってきたと答えるのが常だったが、戦利品を持ち帰ったことは一度もない。トヨコだけは真相を知っていたんじゃないかと思うが、誰も尋ねようなどとは考えなかった。
ゲームをしている時でも、リョクセキの狂気はしばしば目撃されたが、しばらく放置しておくと消えたから、俺たちだけは彼をそっとしておく術を覚えた。
2人とも、どうしているかなあ。卒業後、海外へ出ていって通信が滞りがちになって、それきりだ。
フクナガ・トキオは、実をいうと印象が乏しい。良くも悪くも普通だったか。
ハングルを使いこなせるので韓国のプレイヤーとよくチャットしていたが、盛岡の日常生活では披露する機会もないので、日本語でしか対話したことがない。
でもカモッラでなら、俺よりも重宝されるだろう。
昨夜アヴァンティに朝鮮人少年たちが来ていたけど、かれらの言葉がわかるんだぜ。うらやましいよ。
ああ、トキオと語り合いたいぜ。つもる話は、たくさんあるんだ。
ルルコとシノブはいつも一緒で、トヨコを囲んでよく女子会もしていた。
俺は彼女たちには近寄りがたくて、遠目に見てるだけだったな。
ルルコはアメリカへ行ったんだったか。サバサバしていたし、つきあうなら外人がいいと言っていたような。
シノブは少しクセのある性格だった。うまく表現できないんだが、全女性とフェミニストを敵に回す覚悟で言うならば、ブスがいかにもブスゆえのこじらせ方をして20年経ってしまったようなお嬢様……
あ、やっぱり今の無し。忘れてください。
コウケツ・モリヒルは見た目ゴツくて、熊と呼ばれていた。
男らしく、汗臭くて、態度も堂々たるものなのだが、気立ては優しく、なんと料理がうまい。ダントツで女にモテた。アザリアの外で彼女をつくっていたようだが、プライベートを語りたがらず、時間がくるとすぐ帰るのが常だった。郷里の岐阜に今もいるはずだ。
教員からも一目置かれ、連中は交渉担当をモリヒルにしてほしいと何度か申し入れてきた。
モリヒルは、あいつらダラダラ説教するばかりで定時に終わったためしがないと相手にもしなかった。
「やつらの全財産とっとと奪って隠してしまえ、それから交渉すれば早い」と彼は常々言っていたよ。
でも、それをすると俺たち犯罪者になっちゃうからね。
万引き犯を捕まえても、自分だって他でやってます、じゃあ格好悪いだろう?
アザリアは清廉な糾弾者のまま解散したんだ。
だから勝利したのはこっちだよと俺たちは胸を張って言えるのさ。
あとのメンバーがだんだん、ぼやけてくる。印象が混ざりあって区別できなくなってきた。チャットの履歴さえ見れば思い出せるんだけどもな。
今年の初め、保阪と1年ちょっとぶりに再会した。中国で、羽振りのよい生活を送っているようだ。いつか起業しようぜと誓い合って、別れた。
それからまもなく俺はカモッラに捕まって、すべての詰まったスマホを奪われ、そして今、ここにいる。