711号室へ戻ってから、テクマクマヤコンに尋ねた。
KR、KP、CN、TWはそれぞれどこの国記号か。
「KRは大韓民国。
KPは朝鮮民主主義人民共和国。
CNは中華人民共和国。
TWは中華民国です」
トキオがカモッラの工作員として訪問・滞在した国だ。ずいぶん幅広くやってるな。
2018年からだと書いてあった。
春に卒業してすぐ捕まったのだとすると、2年半くらいのキャリアを積んでいることになる。大先輩じゃないか。
ついでにそれぞれの国について大まかなプロフィールを、テクマクマヤコンから教えてもらった。
4つのうちKPとTWを日本は国家承認していない。
TWに至っては国連にすら認められておらず、正式な国交を結んでいる相手先は13にとどまる。
え、白金台に立派な大使館が建ってなかったか?
俺の知っている台湾とはまったく違う何かを説明されている気もするのだが、頭がこんぐらがってくるので今はこれ以上聞くまい。
KPはいわゆる北朝鮮だが、正式な国名に民主主義と掲げられていることに気付く。
あの狂信的独裁国家のどこが民主主義なのか、これも理解に苦しむ。
民主主義がすばらしいものだとはさすがに今の俺も思わないが、そもそもの国家形態からして民意を反映させようなんて気がカケラも無いじゃないか。
共和国はCNこと中国にも使われている単語だが、これは王族とか皇帝に統治させるのではなく、会議または投票で選出する代表に任期と職権の制限をかけた上で国政を仕切らせる体制を指すのだと、こないだエヴァンズの本で学んだ。
中国はそうかもしれないが、北朝鮮はキム一族の世襲で人民を抑えつける体制を、これからもずっと続けてゆくつもりだろう。どう考えても、現実と真逆の名前をつけた羊頭狗肉国家ではないかい。ああ承認されていないから国家ですらないか。
む、そうすると台湾がもっとひどい国ということになってしまう。
いったいどういうことなのやら。
あたまのなかがくんずほぐれつ。
メモにはトキオを管理しているマスターの名も書かれてあった。パスクァーレというそうだ。
初耳だな。カモリスタの中でも、東アジア担当という位置付けか?
ロシア担当がゴステロで、エヴァンズは日本国内の大使館を巡回する係。少しずつ、カモリスタの相関図が見えてくる。
迷宮の地図が、急に開けてきた。
脱出口はまだまだ見えないが、大いなる前進だ。今夜はシリアルがうめえ。
翌日、エヴァンズが持ってきてくれたニュースにアメリカの記事があった。
面白いのだが、日本人には伝わりにくい内容だ。
当然、日本では一行も報道されないだろうな。見なくてもわかる。
「うまく説明する自信が無いと思った瞬間、表現すること自体をあきらめてしまう。それがヤポのヤポたる処世術なんだろう。ご立派だ。
同じ穴のムジナになりたくなければ、その記事をオリジナル以上に手際よくまとめてみせるつもりで読みこんでみるとかしたらどうかね。
じゃあ、行ってくる。25分以内で戻る」
今年、アメリカ大統領選挙が行われる。
現職ドナルド大統領が二期目を目指し、それに対抗するのが前バラク政権で副大統領だったジョセフ・ロビネット氏という構図。
11月の投票日直前まで、両者は激戦区を中心に全国の州を歴訪し、民衆の前で公約を掲げ、我に力を与えたまえよと必死にお願いをして回る。
おお、これこそ民主主義だよな。
民意を勝ち獲れない、その期待に応えられない候補者は敗れるのだ。
民主主義って、やっぱりすごいんだなあ。
ケノーシャ。ウィスコンシン州。
民主党が強い地域で、ドナルド大統領から目の敵にされていた。
今年コロナ禍で多くの都市が罰則付きの外出規制を敷いたが、商業活動は停滞するし解雇者への失業手当も嵩んでどこもかしこも行政府は債務超過に陥る。
5月に感染報告が減少し始めたとき、ただちに規制を解除して経済を回すべきだ派と、まだまだだ今規制を緩めたら感染拡大がぶり返してその繰り返しになるぞ派が、猛烈に論争した。
あたりまえだが、どちらも正しい。
ただドナルド大統領は言葉づかいが荒いので、このとき慎重派をひと括りに民主党のハキダメ野郎と罵って物議を醸した。
いつものことだが、いざ選挙戦が始まるとここで党派を持ち出したのは痛かったと反省する。
大統領はウィスコンシン州を巡回するウエイトを高めた。ケノーシャという小さな町へもやってきたのは、そんな背景があったからだ。
現実問題として、大統領の遊説は歓迎されない。
アンチの多い地域であれば尚更だ。
厳重な警備で平時だって経済停滞を惹き起こすし、地元が暗殺現場として有名になることを望む出身者なんていやしない。
8月のウィスコンシン州では緊張が高まっていた。
得体の知れないジャーナリストがいたるところでマイクやカメラを市民へ向けるが、それらで直接人が殺されない限りは、武器とはみなされない。
当時、州警察・州軍・そして大統領のSPがどれほど入れ替わったのかは窺い知れないが、州の南東端に位置するケノーシャでも壮絶な銃撃戦が起きて、大規模な抗争に発展した。
ドナルド大統領、自分はここへ行って人々に争いをやめるよう説くべきだと言い始める。
全ウィスコンシン人が慌てふためく。
途中経過は省略されているが、9月1日にドナルドはやって来た。堂々と。マスクもせずに。
一連の暴動の発端は、俺には、ただの痴話喧嘩に思える。
29歳男。3人の子持ち。ガールフレンドに言い寄って通報された。警官と口論になり、7発撃たれ重態。
子持ちの青年は黒人で、撃った警官は白人だった。
ブラック・ライブズ・マターが黙っちゃいない。
たちまち武装勢力がケノーシャに結集して拠点構築。毎日火の手があがり、商店や裕福そうな住宅は掠奪の対象となる。
大統領の、なんとかせねばと思った使命感も、わからぬではない。わからぬではないが、しかし、なんとかせねばと思うならこそ、ステイホームしてていただけなかったものか。周囲もどうして阻止できなかったのか。
ケノーシャ町民側の、必死の抵抗が窺える。
ドナルド大統領は地元の進学校に案内され、ここで優等生たちと円卓討論会を設けることになった。covid-19・経済・人種問題など6つのテーマを与えられ、高校生たちがディベートし合ったあとで、大統領に裁定を求めるという趣向だ。
ケノーシャ町役場が全編ビデオで撮影し、これを見事に編集して90分のコンテンツに仕上げ、同日夜に公開。
ティーンエイジャーたちが、大人たち同士の反目と無理解をよそにどれだけ祖国の未来を真剣に考え、そのために何を学んでいくべきかと全力で意見をぶつけ合う、白熱の法廷ドキュメンタリーが生まれた。
この夜、ウィスコンシン州のみならず全米各地で数年ぶりに銃声が止んだという。
ケノーシャには完全版のリクエストが殺到しているが、担当官は、現職大統領の発言をすべて収録すると選挙に影響が確実に出るからと慎重な姿勢を示す。
以上が記事の概要だ。
エヴァンズが戻ってきたが、俺にはまだ、感じたことをうまくまとめられる自信がなかった。
だが諦めてしまったと思われたくもなかったので、アメリカ大統領選のゆくえについて語ってみた。
日本の報道をベースにして考える限り、ドナルドの再選は想像しにくい。しかし4年前にもそう思いこまされていて、まさかの大逆転劇が起こった。
どちらに決まるかで、次の4年間はまったく違ったものとなるだろう。
カモッラはその両方をシミュレーションしてるものなんですか?
いったいどこまで?
「どんな冗談が聞けることやらと少しは楽しみにしてたんだがね。1点すらやれない。
君んとこの元首ですら、その程度の分析はしてなきゃおかしいだろう。
南北アメリカ・ヨーロッパ・アフリカ・中東・オセアニアにアジア、すべての貿易相手国で政権が何日後に交代するか。候補者と政党ごとに、何の政策を最優先させるだろうかと、全パターンを検討しておいてどこよりも先に動く。これが国政政治の基本であって、あたりまえ以前の話なんだがねえ。
両方シミュレーションしてるんですか?だって。
バカにするのもたいがいにしろい」
またしても完封された。つらい。
しばらく無言で運転していたが、新たなる疑問が湧いてくる。
そもそも知らないことだから考えようにも材料が無い。だから教えてくださいとお願いした。
民主党候補のジョセフ・ロビネット氏とは、いったいどんな人物なんでしょうか?
「おじいちゃん。ドナルドよりも齢上だ。
軍歴は無いが、それはドナルドも一緒だな。その割に軍隊流の人遣いがうまいね。
相手のモチベーションを高める説得術が巧みというか。ドナルドと決定的に異なるアプローチができるし、バラク前大統領にも不足していたスキルといえる。
しかし、ねえ。
それはスタッフとして発揮させると効果的だけど、トップに求められる条件じゃあない。
彼が4年間政権をとると、アーサー・ネヴィルと同じことをやりそうでさ。
ネヴィルというのは、アドルフ・ヒトラーに政治家としての自信をつけさせた、最大の貢献者なんだが」