次の首相は来週月曜日に決まる。候補者は3名。
現内閣官房長官、秋ノ宮ヨシヒデ。
元外務大臣、比治山フミオ。
そして2009年に農林水産大臣だった、八頭シゲル。
概ねどの新聞も、この順番で票が集まるだろうと予測している。
その通りならば、秋ノ宮氏の首相就任がまず確定して、内閣のメンバーを選び、天皇陛下に奏上して認証していただき、これをもって新政権が発足する流れとなる。
さて何が変わるのでしょう。
いつもに増して、新聞を読んでもさっぱり意味がわからない。
記者たちはそもそも何を説明したいのだろう。そう考えてしまうほどに、文章の脈絡がつかみとれないのだ。
この候補者はこんな人生を歩んできましたというプロフィールの羅列を載せる意味はわかるが、3者公平ではない。
あからさまに秋ノ宮氏にウエイトが偏っていて、八頭氏に対しては冷やかしが混じっている。
それでいてレースの行方はわかりませんと厳正中立であるかのようなポーズだけはしっかりと繰り返す。
4年前のアメリカ大統領選挙報道もこんな感じだったのだろうか。
負けるであろう側への取材は時間とカネの無駄になるから最低限にとどめておく。
むしろ想定外の事態を発生させてしまわないよう、世論へはわかりやすい里程表を示しておき確実にその通り実現するよう仕向けるべし。これがマスコミュニケーションのつとめです。
そんな責任感さえ持っているかのようだ。
ゆえに俺はもっと公平で中立で正確な情報が欲しくて、酸欠状態にある。
慎重に言葉を選んでから、エヴァンズに尋ねた。
まず八頭氏のプロフィールをもっと知りたいです。
「僕は興味ない。
鳥取県の出身で、地元ではトップヒーローだ。紫党の資金援助が無くても勝つ。
ということは依存関係が希薄だから党内では孤立しがちで、派閥による票の掌握につながらない。
3人の中では発言内容が一番まともなんだが、ヤポの世界ではデクノボーと呼ばれる。
安心しろ。彼が首相になる可能性は、ありえない」
秒殺だった。浮かぶ瀬も無い。
では、比治山さんはどうですか?
「あいつは派閥のトップだし、若作りだし、発言のチャラさもヤポには親近感を与えるのだろうし、いずれ首相になるかもね。しかし今回は秋ノ宮で決まりだ。
ああ、ひとつクイズ。
ドナルド大統領と秋ノ宮ヨシヒデは、何歳離れているかな?」
え?年齢?
秋ノ宮氏はずいぶんおじいちゃんですけど……
新聞に書いてあったよな、70歳くらいじゃなかったですか。
「面倒だから正解を言う。
秋ノ宮は1948年生まれで現在71歳。
ドナルドは1946年生まれで今年74歳になった。
齢の差は3つだ」
うわあ。ドナルド大統領ってそんなに高齢者だったんですか。
アンチエイジングしまくってるんですね。
「参考までにジョセフ・ロビネット候補は77歳。
比治山と八頭は同い齢で63歳になる。
この中で見た目一番余命の短そうな人物が、君たちの次期リーダーというわけだ。ハラハラするだろう」
日本の首相は、紫党内の選挙で決まるんですよね。
秋ノ宮が勝つというのは、派閥ごとの票数から求められた予測ですか?
「いい着眼点だが、もう少し複雑だ。
岸が退陣した理由は暗殺から逃げるためだが、その一部始終を洗いざらい白状して相談した相手が、秋ノ宮なのさ」
ええと?
秋ノ宮氏は、岸首相を守るために内閣を引き継ぐことを承諾したんですかね。
その使命があるから比治山に政権を渡すわけにはいかないぞ、とか?
「どこの料亭で話をつけたかは証拠を押さえてないんだが、秋ノ宮は比治山にこう言ってるはずだ。
君が総裁選に出馬しないのは不自然だし、派閥としてのメンツもあるだろうが、今回は私に譲って銃後を守れ。暗殺者集団がすぐ近くまで迫っている。ここで勝とうものなら、君は最も悲劇的な死を迎えた首相として党史に名を刻むことになるぞ。
とね」
おおお。秋ノ宮氏はそこまで覚悟を決めて首相をやるわけなんだ。
これも、マリエさんのシナリオのうちですかねえ。
「まったくの想定外ではないけれども、この先の展開がやや流動的になった。
秋ノ宮が警察や自衛隊をどう使ってカモッラに挑んでくるか。
早くケリをつけてはもったいないという意見も出ていてね。エンディングをもうしばらく後へずらす方向になりそうだよ」
ずいぶんな余裕ですね。
日本政府が総力を上げて立ち向かってきたところで、恐るるにも足らないよと?
「このままあっさり11人を仕置きして、はたしてマッサンたちに餞ができるのだろうかという話だよ。
マリエだって気持ちがおさまらないだろう。
あの日の無念をすっきり流し尽くせるところまでが、僕たちの復讐だ。
むしろヤポこそ全滅必至でかかってこいよ。カモッラだけじゃない、世界中を敵に回してなお余りある罪を、おまえたちは犯したんだ」
あのう。確認しておきたいんですが、この報復戦って、まさか日本国民すべてを対象としているわけではありませんよね?
東京都民や千葉県民とかでも広げすぎですよね?
当初の計画では、標的は11人。
あの夜の作戦を指揮した実行犯に限って鉄槌を下すのが、目的なんですよね?
「だからそれじゃあ気がすまないと感じてきたので、対象を広げるために秋ノ宮が早く次の手を打ってくれればいいんだけどねっていう話をいま僕はしたはずだが?」
あ。わかりました。納得しました。
それは、とても、ハラハラする展開になりそうですね。
じゃあ、今はすこし様子見の休憩時間だよと。
はい、了解です。
おぼろげながら全体像が見えてきたところで、俺はあらためて新聞を手に取り、秋ノ宮ヨシヒデについての情報に注目する。
秋田県出身。実家はイチゴ農家で、かなりの豪商らしい。
生来反抗心の強かったヨシヒデ氏は、家業を継ぎたくなくて東京へ出てくる。
若さを糧に休みなく働くが、20歳を迎えた頃、単純労働者の限界を悟って受験勉強を開始。
当人は総合大学ならどこでもよかったと回想するが、市ヶ谷にそびえる有名大学の法学部に一発合格し優秀な成績で卒業。
この間に培った人脈で複数の代議士秘書を何年も経験するうちに、神奈川県の政財界と特に深い関係を築く。
政治家人生は37歳から。
横浜市会議員という地味めなスタートだが、比治山も八頭も衆議院議員だった父親の地盤を継いだ2世であるのと比較すると、くっきり違うパターンだ。
そもそも血縁に頼ってないし、出生地でもない。
むしろなぜ当選できたか。
現在の秋ノ宮は深く皺の刻まれた任侠道の殺陣師みたいな風貌であるが、若い頃も大差なく、笑うことが苦手で社交的とはお世辞にも言えない性格だったらしい。
そんな男がなぜ地方都市の議員になれたのか。
プロフィールが教えてくれる。
地元ローカル鉄道にこの時だけ籍を置き、行政の力で便宜を図りますと社内の票を総動員させたのだ。
会社の上層部、そして株主たちに外部からの票も掻き集めさせた。
なかなかの策士である。
その後は同じ地盤から国政へ出馬するようになり、現在までに8期連続で衆議院議員をつとめている。
所属政党はずっと紫。
「内閣官房長官とは、首相を補佐する役割であり、行政各部署や国会・党内各派との調整を担当します。
また政府見解を記者の前で発表する報道官も努めます」
テクマクマヤコンによる説明。
秘書や副総理とはそもそも役どころが違うみたい。
首相に代わって顔を出す。汚れ役に徹する。自身は喜んで嫌われ者になり、それによって内閣を支える。言い過ぎか?
岸首相のように国民へ語りかける柔らかさは持っていなさそうだし、秋ノ宮が部下にユーモアを求めることも無さそうな気がする。
この人が首相?というのがまず想像できない。
むしろ副総理やってる筑豊さんの方が愛嬌あって似合うと思う。むかし首相やって放言を重ねすぎてすぐ辞任した人だけど。
いや、秋ノ宮氏は暗殺者が首相を狙って着々と近づいてきていたことを知っているのだ。
わかってて自分が囮になるべく首相に立候補した。
得意の政治力を駆使して次点の比治山を安全圏に退がらせ、そして敵を待ち構えようとすでに準備を始めているのだ。
カモッラだって、今までみたいに連戦連勝とはいかないんじゃないか?
なんたって紫党なら官軍だ。日本人による、日本を守るためのエキスパートなんだ。
カモッラ。コジモ。カルテルだって、あからさまな犯罪集団であって、手強い連中ではあるけれども決して青空の下を胸張って堂々と歩くことはできない。その違いを忘れちゃいけない。
ここまで考えた。
最大の心配は、もし警察がカモッラを出し抜いて反撃を成功させた場合、俺は捕まってしまうのだろうかということだ。
奴隷の身でしぶしぶ働かされているとはいえ、俺の手もしっかり血と汚れに染まりきっている。
なんとか助かる道はないか。
秋ノ宮首相、あなたが頼りです。
俺をここから救い出してください。