東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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1945年9月6日、朝鮮人民共和国の樹立が宣言された。

 

声明文で新国家主席に指名されていたのが、ウナムという男。

彼は朝鮮が日本に吸収された直後アメリカへ渡り、人脈を築いた。

1920年にも一度、外地にてではあるが大韓民国の大統領に推挙されている。朝鮮独立を宿願とする政府旗揚げを宣言したのだ。それだけの組織力と人望も手に入れていた。

 

大戦終結によって彼もようやく祖国の土を踏んだ。

しかし期待の新政府案はアメリカに握りつぶされた。

朝鮮人民共和国の創設メンバーはここで分裂させられる。新支配者であるアメリカに服従するか、しないかだ。

後者は漏れなくアメリカから反逆者扱いされるため、ソ連へ逃げこみ匿ってもらう道を選ばざるをえなかった。

 

アメリカ政財界に友人を多く持つウナムは、あっさりと服従した。

西洋人に手伝ってもらえばいいじゃないか。利用できるものはなんでも利用するべきなんだ。その方が復興だって早くできる。そんな風に考えていたのかもしれない。

ウナムはアメリカで哲学と政治学の博士号を取得したが、経済学は履修しなかったようだ。フリーランチは高くつくものなのに。

 

アメリカ合衆国が自分たちの建国以前から伝統芸としている平和構築術がある。

大虐殺だ。

先住民を殺し尽くし、その証拠も地上から完全に消滅させておく。ダイナミックで、イージーで、クリンネス。まさしく、かれらならではのテクニックといえよう。

しかしそれをアジアで実践してみるとうまくいかないことが、のちにわかる。

実は殲滅する側とされる側がはっきり見た目に違ってないと成立しない方法論だったわけだが、アメリカ人がこれに気付くのはヴェトナム戦争後の検証によってである。

朝鮮では、おかしいことに気付かれもせず繰り広げられ続けた。

ウナムは、アメリカから大戦終結で余剰になりすぎた最新兵器をたっぷり押しつけられながら「政府に従わない者を皆殺しにすればいい」と指導され、この論理に沿って権力基盤を固めていったわけである。

 

当然ながら、殺すのも殺されるのも朝鮮人だった。

この時代を経験した朝鮮民衆は隣人を仲間だと信じることができない。

たとえ一緒に労働し、思い出語りの尽きない間柄であっても、ひとたび政治の話題を出せばその場の空気はたちまち凍る。

ウナム閣下に対する忠誠心に一片でも迷いのある者はいつ官憲に連行されてもおかしくないし、その家族友人だって疑われる。個人的に嫌いな奴をどんどん告発することが流行した。むしろ自分がされる前にしておかねばだ。密告はひたすら加熱する。

肌の色と違って口先でどうにでもなるものだから尚いけない。拷問すれば誰だって反逆者にできるから、官憲だって点数を稼ぎたいだけ検挙する。

そんな社会通念が定着していった。

 

ソ連の統治下にあった平壌では、アメリカ占領地域の同胞たちが無慈悲に殺し合っている様を見て不憫でならない。

半島から西洋人を追い出し、仲間たちの洗脳を解き、あらためて朝鮮人による独立国家をこしらえよう。

そのための作戦を協議しているうちに、アメリカはソ連統治区域を除く朝鮮半島南半分だけで国民選挙を実施させ、圧勝したウナムを大統領にして大韓民国を誕生させた。

マンハッタンに本部を置く国際連合もこれを支持し、すぐさまソ連へ、朝鮮北部から撤収して半島の統治を韓国政府の手に委ねるべしとする要請が伝えられる。

 

猛烈に反対したのは誰あろう、平壌市民だ。

モスクワに一部始終を相談し支援を請うた。

ウナムはいつでも自分たちを合法的に処刑でき、朝鮮全土をアメリカに捧げてしまえる。切実だった。

 

モスクワは理解してくれた。

ソ連にとっても今日まで仲良くしていたアメリカとの間に亀裂を生じさせることはわかっていたはずだが、見過ごしてはおられなかった。

韓国誕生から24日後の1948年9月8日に憲法を制定し、翌9月9日、朝鮮民主主義人民共和国として独立を宣言する。

初代首相は抗日戦の英雄キム・イルソンが務めた。

 

朝鮮半島の統一は西暦2000年現在も達成されておらず、その可能性を論じることさえファンタジーだと揶揄されるようになって久しい。すでに共通言語ハングルの音韻さえ隔たりが大きくなっているし、抗日戦の思い出を共有する老人も絶滅しかかっている。

だがそれでも私たちは歴史をたしかめることで、なぜこんなことになってしまったのかという手懸りを探ることができよう。

10年後、20年後も今日と同じようにお互いを睨み合って過ごしていたいか。

何のためにだ、いったい。

北も南も同じことを思ってる。壁の向こうにいる同胞は悪いやつらに騙されてすっかり変わり果ててしまったんだよと。

どちらも、まったく、そのとおり。

誰のせいでだ、まったく。

 

せめて気付けよ。自分自身を操っているものの正体に。

はっきり言ってやる。北も南も、まったく、民主主義などやっちゃいない。

主役じゃないやつばかりがどうして目立ってるんだよ、そこだろ。

ディレクターならわきまえろ。

プロデューサーならもっとわきまえろ。

わきまえたら考えろ。

半島すべての役者をあつめてひとつの舞台をつくるなら、どんな芝居を演るべきか。その芝居で世界中の観客を魅了するんだよ。夢の中に突き落としてやるんだよ。

めざすべきは、そこじゃないのかよ。

 

ウナムは、12年近く韓国の大統領を続けた。この間に粛清した国民の数は相当なものだ。

1950年から北と南の本格的な武力抗争も始まって、それ以来ずっとアメリカ軍が居座るようになった。

だから韓国国民は自由になったことがない。

朝鮮国民は自由だが、独立の尊さを貫くあまりソ連への編入も拒んだし、まるで山の頂上で独居しているおじいさんみたいな感じもする。交際している国は少なからずあり、生活に困ってはいないらしい。

朝鮮に限らないが、孤高の仙人と形容される方々と話していると、アメリカとその取り巻きたちの際限なき贅沢自慢が心底虚しいものに思えてくるから面白いものだ。

私たちはフリーランチなんて、味見するのも御免だね。

 

ウナムの退場後、韓国では2年ほどの混乱期が発生する。

経済は停滞した。アメリカ流の生活に慣れきってしまうと、貧乏はただ苦痛なものでしかない。

この頃、南から北へ亡命する市民も多かった。

チュンスという軍人がこの流れを止める。

1961年5月16日の未明、陸軍首都防衛部隊が2時間で省庁や立法府を占拠し、政権を樹立した。

指揮官チュンスはこの後、大統領となり、79年に暗殺されるまで韓国の元首として君臨する。

 

抗日は現在でも朝鮮人の共通アイデンティティであるのだが、チュンスは日本軍で教育され1945年の終戦時には中尉まで昇りつめていた傑物だった。

したがって容赦のなさではほとんどの朝鮮人がかなわない。韓国社会にはウナム時代よりも厳しい統制が敷かれた。

しかし反面チュンスには日本人が持ちえない交渉術や指導力も備わっており、この時期に韓国経済は驚異的な発展を遂げる。

反共をアピールしてアメリカを油断させつつ極秘裏に朝鮮国との接触も図り、1972年の南北共同声明発表に漕ぎつけるなど政治力の高さも見せつけた。

声明では、統一は第三者を干渉させず当事者だけで自主的に解決すべきものと宣言している。

アメリカには皮肉に聞こえただろうか。それとも、自分が批判されていることに今でも気付きさえしていないだろうか。

 

半島の近代史で外せないのが、1988年夏のソウル・オリンピックである。

81年9月のIOC総会で開催が決定した。イルヘ大統領の時代だった。

東西冷戦も白熱しているさなか、国際基準を満たすべく様々な改革を求められた。軍人出身者の政権が何代も続いているのはよろしくないとか、日本を今も憎むのはわかるがもう少し遠慮してあげなさいとか、そういった忠告に韓国は前向きに応えた。

 

ソウルでのオリンピック・パラリンピックは無事開催され、大成功をおさめた。

80年のモスクワでは西側諸国がボイコット、84年のロサンゼルスでは東側諸国がボイコット、そして92年のバルセロナではソ連やユーゴスラヴィア連邦が消滅していたので、1988年に旧世界の一同が揃って最高の演技を披露していたというエポックは12年後の今日ますますその意義を高めている。

残念ながらこのとき南北間の関係はこじれていたので、肝腎の朝鮮国が出場していないのだが。なんとも、歯痒いエピソードだ。

 

オリンピック効果もあっただろうか。

1991年、韓国は国際連合への加盟を果たす。

朝鮮国も同時に招き入れられた。

この頃は冷戦も終わりかけていて、アメリカも無粋な横槍をあまり入れてこなかった。

 

94年、朝鮮民主主義人民共和国国家主席キム・イルソンは祖国統一の悲願を果たせぬまま、亡くなった。

後継者がなかなか決まらず、統一への道がまた少し延びる。

97年、イルソンの息子ジョンイルが最高指揮官を継承した。

しかし当面は国内政策に注力せざるをえないそうだ。

困っているなら打ち明けておくれよ。

南はいつでも、ランチを準備して馳せ参じる。

 

南北協働プロジェクト・アイリス編著『朝鮮半島史』檀君紀元4333年刊。

 

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