東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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9月29日、新型コロナウイルス感染症による死者が全世界で100万人を突破したという。

 

「ボルティモア機関の発表だ。精度ではここが一番すぐれている。

ヤポの時間帯で昨日の夕方頃、桁が繰り上がった。不気味なほど静かにね。

SARS2ウイルスの登場から僅か10ヶ月。しかもUSを一番困らせている。学ぶべき教訓が実にたっぷりと凝縮されているよなあ」

 

日本の死者はまだ1500人でしたっけ。

ちょっと、ピンときませんね。

コヴィッドは、終わってはいない?

 

「そんな呑気に言ってること自体信じられないんだが、さすがはヤポだ。

野暮だが念のため言っておく。ロクな検査もしていないヤポの政府が発表する数字を、ボルティモア機関は可能な限り正確な値に近付けてから集計に加えているんだ。

そこまでできるから研究機関として信頼もされるのさ。教訓にしておけ」

 

それって結局、推定値じゃないですか。

中国や北朝鮮だって正確な死者数なんて出しちゃいないでしょう。

概算ばかりを合計したら、どんどん狂いは大きくなります。100万人という数字もまた、疑うべきだと思いますけど。

 

「じゃあ各国がWHOに提出した数字を補正無しで単純合計すれば君は満足するのかな?

ちなみに台湾はWHOに加盟していないから、報告だってしないよ」

 

へえ。あ、いや。それはそれで信頼に足る数字とはいえないと思うんですが。

 

「そんな考え方のままでいると、正しいものなんて存在しないから私は何も信じませんっていうピュアな白痴ほど威張るようになる。

詐欺師にとっては濡れ手に粟だが、君だってむざむざカモられる側にいたいとは思っちゃいないだろう」

 

それは、わかります。

こういうことですか。不正確なデータしか集められないことは承知の上で、それをどれだけ正確に近づけることができるか。この技術を磨いて堂々と示せる者が、尊敬を集められる。

ボルティモア機関は、プロセスも公開してるんですか?

 

「している。そこが重要だ。

過程を一切明かさずに結果だけを示す機関や、その数字を検証もしないで垂れ流す自称ジャーナリストは、情報化社会ではお呼びもかからない。

一方、仕掛けを公開しておけば見に来るやつがいるだろう。

素人にはチンプンカンプンかもしれない。だからこそ、じっくり調べあげて的確な質問をしてきたりミスを指摘できたりする客人が現れれば、招待した側だって敬意を払ってスカウトするさ。

こうしてボルティモアにはどんどん有能な人材が流入してくるようになり、現在に至るというわけだな。

教訓になるだろう?」

 

うへえ。かなわないなあ。

ところでさっき、台湾がWHOに加盟してないって言いましたか。

台湾って、そこまで孤立主義だったんですか?

 

「孤立主義?中華民国には似つかわしくない言葉だな。

ヤポの方がずっと孤立しがちだ。自分より優れた者とつきあうことを恐れ、激しい羞恥をこじらせるらしい」

 

日本はともかく。

台湾でもコヴィッドは猛威をふるってますか?

 

「知らないのか。台湾はcovid-19対策では世界ベストワンだよ。完璧なまでに封じこめを成功させている。

WHOの指示に従う必要がないからというのが実に皮肉だけどね」

 

え?なんと。それは、すばらしい。

具体的にはどんなことを?

 

「CN政府が新型感染症に気付いてWHOへ報告したのは去年の12月31日だが、台湾ではその4日ほど前に、武漢の医師がおかしな肺炎像を撮影したという情報を入手していた。

WHOが警告を発すると、どこの国よりも早く武漢発の直行便から検疫を開始し、準備していたPCR検査を全渡航者に実施。

はじめのうちは市井での感染もそれなりに発生したが、自宅隔離であっても生活必需品はすべて政府が防疫仕様車で配送するなど徹底管理したのですぐに収束した。

旅行規制も迅速だったね。1月中に、ヤポ国内のホテルだけでも数万件のキャンセルが出てたはずだ。もうすでに、なつかしいな」

 

1月といったら俺は毎日血を抜かれまくってた記憶しかねえ。

それにしても、どうして台湾はそんな素早い対応ができたんでしょう。

 

「2003年のSARSでこっぴどい目に遭ったからね。そのときからパンデミック対策を徹底的に研究してたようだ。

さらに政府のプログラマー・チームがハザードマップ作成と連携させた柔軟性のある防衛システムに組みこんだ。

今回それが見事に機能したので世界中の諜報機関から注目を浴びているところなんだが、かれらは素顔をさらしたがらないからねえ。ま、観光は早く再開させたいと思っちゃいるんだろうけれども」

 

台湾て、もっとゆるーい国のイメージ持ってたんですけど、なんだか超ハイテク武装集団みたいに思えてきます。

 

「なんだって。いまの発言にはセンス・オブ・ワンダー賞でも与えたいね。

超ハイテクどころじゃないよ。電脳戦で台湾戦士に勝てるチームを僕は知らない。

言ったことなかったかな、僕は台湾へ行けないんだ。顔も指紋も、イソプレップだって全部知られているから観光を装っていてもすぐに見つかる。

行方不明になって、それっきりだね」

 

台湾の話をしてますよね?タイワン。

北朝鮮でもそこまでしないでしょ。

 

「KPのセキュリティは全然厳しくないよ。

怒らせるような言動さえしなければ優しくて面白い人たちばかりだね、あっちは。

台湾は最大級に気をつけた方がいい。北京政府を制圧しチャイナを統一へ導くことが、かれらの目標だから」

 

ええと、ええと?ちょっと頭の中を整理します。

台湾は、中華民国でしたっけ。

北京は、中華人民共和国。

どっちもが、中国大陸の正統な支配者は自分だと主張している、わけです、よね。

……ガチで?

 

「何度もそう言っているつもりなんだがなあ。

1945年に、世界大戦が一瞬だけとはいえ、終結した。このときUSからチャイナの支配者であるべきと承認されていたのは、チャン・チュンチェン率いる国民党の政府だった。

しかし彼は民衆から嫌われていて、マオ・ツォートン率いる共産党の方がどんどん強くなっていった。

USは国民党へ武器や食糧の支援をさんざんやったんだが、やればやるだけ共産党軍に奪われていく有様でね。

4年ほど内戦して、チュンチェンは台湾島まで逃げてきて、ここが最終防衛線だと徹底武装化した。

大陸ではツォートンが北京政府を樹立。民衆のための共和制を敷いて国土の再建にとりかかる。

発端は、こんな感じだね」

 

ひゃああ。

で、共産党は当然ソ連と連帯して東側陣営を構成するから、アメリカや日本は敵対して、台湾政府を支持することになるわけだ。

 

「実際、戦勝国による公式記録策定機関として発足したマンハッタン・トランスファーには、中華人民共和国ではなく、中華民国が常任理事国として加盟し、世界秩序を決める側に就いていたんだ。20年間ほどはね。

ところがチュンチェンとその息子はずっと戒厳令で国民を抑圧しつづけ、一方大陸側は共和制を根付かせ経済的にも豊かになっていった。

1971年、とうとう逆転劇が起きる。

中華人民共和国がマンハッタンに常任理事国として迎え入れられ、中華民国はこの決定に抗議する形で連合から脱退した」

 

自分から去っていったのか。

じゃあ、もう、これから自分たちのルールは自分たちで決めるぞ、という明確な意思があったんでしょうかねえ。

 

「そういうことになるね。

社交クラブに入ってると、ダメな奴がとことんまでダメになっていくのにつきあわされちゃったりもするから、嫌気がさしてたんじゃないかなと思う。

それからの中華民国は身軽な商売人として立ち回り、敵を作らず味方にも依存せず、独自の販路と情報網を築きあげて以前より存在感を強めていった。

国交を結んでいない相手とだって、貿易はしっかりやっている。対CN輸出額はヤポを3倍以上引き離していたはずだ。孤立主義なんて的外れもいいところだよ」

 

敵対国相手にそれだけやってるとなると……おそろしすぎる。もちろん主要部門は得意のデジタル製品だろうし。

 

「サイバーウォーズでは軍隊規模が大きくなるほど脆弱性が強まるから、通常戦とは真逆のロジックが必要になるんだが、中華民国はこれを正確に理解して大陸侵攻作戦の準備を進めている。

一匹の蟻が巨大な象を倒すなんて21世紀より前にはおよそ不可能な話だった。

だがようやく時は満ちつつある。

台湾人の発想力にくらべたら、カモッラですら鈍重すぎるアナクロニズムの塊だからね。

しっかり身構えて、とばっちりを被らないようにしないと」

 

とばっちり……?

カモッラなら、逃げきるでしょう。けど、日本は……

日本なんて、いったい何を起こされちゃうんですか。

 

「僕たちには知る由もないが、たとえばだ。

そのうち北京政府の情報ネットワークが中華民国に乗っ取られる。

情報インフラの制御を完全に奪われた国には抵抗のうめき声すら上げられない。しかし確実に変化は始まるから、世界中が驚くだろう。

台湾戦士にとってこの勝利は終わりじゃなくて始まりだ。CNと同じ脆弱性を持つ他の国々が黙っちゃいないからね。台湾のハッカーグループがこれ以上勢力を拡大しないうちに排除しておこうと動く。

この世界大戦はどんな風に観測され、どう記録され、いかなる分析と教訓を生むだろうか?という話なんだよ。

ヤポは、電脳空間で壮絶なリソースの奪い合いが起きていることに気付きもすまい。事実、おまえたちの感覚に照らせばサイバーウォーズは戦争じゃないんだ。

今はまだ平和だと浮かれながら、ヴァーチャル上の価値に一瞬すらアクセスする機会もなく、笑いながら搾り尽くされて死んでいくんだろう。これからもな。

僕たちは、そんなおまえたちの巻き添えなんて食らってられるかと言ってるんだ」

 

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