東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-10-003.hmos

こわい夢を見ていた。

グロい腕が、追いかけてくる。

俺はリーマンや学生たちのひしめく人ごみをかきわけ、駅の階段をかけおりる。息をつく。なぜか子供のはしゃぐ声。無機質な駅のアナウンス。

そこに腕が!

毛むくじゃらの、腕の、群れが!!

少し体を動かすと、照明が灯る。

いつもと同じ見慣れた天井。

窓は無い。朝の光も届かない。

身構える。扉は開かない。襲われても、飛び出す先は無い。

誰も俺を助けちゃくれない。

俺は夢からさめたあとも、ただじっとしていた。

やがて灯りが消え、暗闇にひきもどされる。

3時12分。

微妙すぎる時刻。寝つけるかな。

見ること叶わぬ夜明けは、ずっと先だ。

 

部屋番号は忘れたが。俺たちが誘拐した女を放りこんだ豚舎は、大型テレビ付きだった。壁に埋めこまれていた。

俺はあのとき、うらやましいなと思ったはずだ。

大きな間違いだった。今は、よくわかる。

スイッチも、リモコンもない。

画面に何を映すかは、拷問する側次第なのだ。

1ヶ月間どんな映像を見せられてたんだろう。

彼女は眠らされてるうちに自宅付近へ放り出された。

すぐに保護されるよな。そして、家族は看護をしなくちゃならない。

ああ、地獄だ。

いっそ殺してくれていた方が、思い出だけでも美しいままにしておけただろう。

カモッラは優しくないよ。

苦い。強烈な苦味が走る。

テロリストは甘い夢なんか見ないし、見せてもくれない。

なぜ、そんなやつらをわざわざ怒らせるんだ。怒りのやり場を、自分の国へ向けさせるんだ。

いったい誰が悪いんですかね。

まあ、テロリストが悪いに決まってるんだが。

かれらを無闇に煽っているやつらが、ただ、マヌケなんだっていう、それが、問題なわけで。

 

7時すぎ、起こされる。着替えて駐車場へ。

今日は床屋へ行かせてもらえる日だ。

ヒゲを剃り、爪も切り、さっぱりする。

その後、たなびく黒煙を眺めながらコーヒーを飲む。

うまい。

このところ毎日やってるのは、全部俺たちの仕業なんですか?

 

「俺たちって誰のことだよ。あの爆破に君は絡んじゃいないだろう」

 

カモリスタの別チームが関わってるってこったな。

あらためて質問します。

ここ1週間以内に都内で起きた爆弾事件のうち、カモッラも山梨カルテルも関与していないケースは、あるものでしょうか?

 

「ないんじゃないかな。

日本橋の丸善で、美術書を広げて檸檬型の時限爆弾を置いていった愉快犯がいたそうだけど未遂で終わったし。所詮幼稚な悪戯だったね。

ヤポの警察はそんなのすら捕まえられない。

五体満足な爆発物処理員が残っていないという事情はわかるが、まだ鑑識もヒラ警官だって大勢いるだろう。とっとと総出でかかってこいよ」

 

警視庁のみなさん、罠ですからね。こんな煽りに乗せられちゃダメですよ。

ところで以前、岸首相は自衛隊の活躍には熱心だけど警察に対しては辛辣だという意見か分析があったように記憶します。

秋ノ宮首相はどうでしょう。

同じ路線を継承するものでしょうか?

 

「そこは真逆になると思うよ。

岸は短絡的な大艦巨砲主義でそうしていたまでだが、秋ノ宮は実務派だ。軍隊ならともかく、自衛隊のようなごっこ遊びにカネなんか回さない。

むしろ目の前の大問題を片付けるためにありったけの予算と機密費を警視庁および警察庁へ注ぎこむだろう。

……と予想を立ててたんだが、意外と彼は冷静だった」

 

ん?警察に予算は下りてないんですか。

自衛隊も論外として、予算をかけるべき相手といったらどこだ。

怪我人の救助を最優先するってのじゃ本末転倒すぎるし……

 

「なんだ、君も経営者失格甚だしいな。

カネがあるからって、欲しがるやつにポンとくれてやったら何が起きるんだ。岸はそれをさんざんやらかしてきたんだぜ」

 

ああ。警察にカネをやる前に、何に使うつもりか尋ねてみればいいんだ。

その見積もりがなっちゃいなかったら、どやしつける。

秋ノ宮なら、そんな風にしますよね。

 

「有能な経営者なら部下をどやしつけたりなんてしないものだが、秋ノ宮はただの首相だからね。

あの性格だから項目をひとつひとつ丹念に精査しては官僚に突き返して翌日また持ってこさせての繰り返しを今もやっている。その成果があらわれてきているところさ。

秋ノ宮は、本人さえそのつもりなら警視総監の代行をつとめることができるよ」

 

ええと。警視総監というのは、警察組織のどこらへんにいる人でしたっけ。

 

「そこからかよ。

首相を頂点に、国家公安委員会>警察庁>各地方警察本部という序列だ。

東京都を除く46道府県警察ではトップの役職名は本部長だが、東京都だけは特別扱いで、東京都公安委員会を挟んで警視庁という組織になっている。

この警視庁のトップが、警視総監」

 

ドラマでは大概ふんぞりかえってるだけのおっさんですけど、隣接する県警には権力が及ばないんですね。

警察庁を直接監督する大臣っていないんですか?

 

「国家公安委員会の長は国務大臣の誰かがつとめることになっているが、今そのポジションにいる男は大臣だけで4つ受け持っているからね。

秋ノ宮相手にまともな説明ができる人材でもないので、蚊帳の外に置かれてる。大失態が起きたときに責任とって退場するための要員なんだと本人も自覚していることだろうさ」

 

じゃあ無視してよしと。

秋ノ宮首相はすでに警視庁の各部署へ指示を与えられるほどの戦略スキルを手に入れつつある。それで……どこまで理解しているものでしょう、カモッラの目的を。

 

「そこだよ。

いくら駒の動き方を覚えたといっても、ゲームの勝利条件がわかっていなければ戦略もへったくれもない。

さて僕たちは官邸での会話を聴いているから答えを知っているわけなんだが、今日はジョバンニがせっかくここまで考えたんだ。推理してごらんよ。

秋ノ宮と警視庁は、いったい何が起きていると想定しているだろうか」

 

……くすっ。

ヒントをください。カモッラ・山梨カルテル・コジモ・カマス、ほかにもいるかもしれませんが、こっち側のグループからは、政府に対して脅迫状・身代金要求・独立宣言その他の声明を、なんらかの形で送りつけていますか?

 

「僕の知る限りでは、ヤポとの間で言葉によるコミュニケーションが成立すると考えている者なんて、いやしない。

ダン教授くらいかな、その可能性を検討して研究までしているカモリスタは。

で、声明は送りつけていないよ。それから?」

 

エヴァンズと俺はずっと日本語で対話してきたはずだけど。最近は少しマシだが、初期の頃なんてあまりにも人間扱いされていなかった。今もか。

で、これはコミュニケーションじゃないんですか?なんて野暮なことは問い返さない。

俺の方こそ、こいつらとわかりあえるなんて思っちゃいない。

屈辱的だが、あえて言おう。

犬がどれだけ飼い主に親愛の情を示しても、猿がどれだけ知能の高いことを人間様に示してやったとしても、連中は永遠に、ケダモノを自分たちと同格の存在だとは思わないのだ。

こちらがしっかり理解して対話してるつもりでいても、かれら同士のコミュニケーションはまったく違う言語と法則に基づいて行われており、それに合わせることができない以上、俺は言葉さえ知らない畜生だと思われて終わりなのだ。今もな。

ああしかし、打ち返してやろうじゃないの。退屈だからな、そっぽ向かれると。

 

……10人の陸自幕僚が次々仕置きされていった。

ごく一部の関係者しか知らない、成田にある村の大虐殺直後だった。

岸首相は自分も殺されると勘づいて、隠れた。

ここにはひとつのストーリーがあります。犯行声明がなくとも、復讐だと想像できる。

秋ノ宮は、その犯行グループと対峙するつもりで首相を交代した。

しかし現在都内で頻発している爆弾テロと、ちょっと前から始まっている組織的な警官狩りは、成田の復讐劇と直接はつながっていません。

秋ノ宮からしたら、首相になった途端、本来自分が担当する必要のなかった大事件が次々起こり始めて、面食らっているところでしょう。

将棋なら、心を落ち着けて計算づくで進めていきさえすればいい。しかし今、現実世界で突きつけられている同時多発災厄を前にして、問題解決どころか全体状況を把握することすら困難なはず。

なんとも、気の毒ですね。

 

「同時多発災厄というなら、東京オリンピックも、covid-19も、US大統領選だって並べていいね。

まだ3ヶ月あるから、大地震と原発メルトダウン、金融危機も今年中にコンボしてしまえば、2020は破滅の数字だと人類絶滅の瞬間まで語り継がれることだろう。

一丁、しかけてみるか」

 

秋ノ宮さんが悪いわけではないのになあ、不憫だ。

 

「今までさんざん生贄の血をすすってきたんだし、国家元首をつとめる以上は覚悟してなきゃおかしいよ。

辞めれば責任とったことにできるなんて考えも甘ったれだからな。せいぜい華麗に踊ってもらおう」

 

阿修羅像がどじょうすくいを踊っている映像を思い浮かべてしまったが、そんなのでも夢に出てこられたら怖いな。追いかけてこないでくれ。

 

「ところでジョバンニ。もっと積極的にミッションへ参加したいか?

する気があるなら、トレッドミル付きの部屋をもう一度あてがってやる」

 

え。

ああ、察した。運動能力のデータが日常的にとれていないと、走ったり闘ったりなどのヘヴィーな業務は担当させられないということか。

はい。参加したいので、あてがってください。

毎日マシンをこき使ってやれば、疲れてぐっすり眠れるだろう。

こわい夢も、見なくてすむようになれるといいな。

 

「いい心掛けだ。数日待て。

よし、そろそろ行くか。今日は九段下だ。IN大使館で、2時間ほどかかる見込みだ」

 

INはインドだ。

コヴィッドの死者が10万人を突破し、アメリカに次ぐ世界第2位の座を、ブラジルと争っている。

同時多発なんかしなくったって。コヴィッドだけでじゅうぶん末世まで語り継がれる大災厄だよ。

夜明けはまだまだ先のようだ。

 

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