東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-10-007.hmos

イスラムの教えって、あるがまま生きよ、なんですか?

 

「なにを言いたいかは察しがつくけど、まずは君がイスラームを何だと思っているかから聞いておこうか」

 

コーランか剣か。目には目を刃には刃を。礼拝。断食。ターバンと民族衣装。メッカ巡礼。911テロ。アルカイダ。

あと、豚肉を食べないんでしたっけ。

 

「ヒジャーブは?」

 

ああ、女性が顔を隠すスカーフ。イスラム世界では女性の権利が厳しく制限されていて、男は妻を何人でも持てるけれど、その夫以外の前で顔を晒しただけで妻は殺されてもしかたがないとか。

 

「ずいぶん詳しいね。君はFRで教育を受けてきたのかな?」

 

フランスでは今のをそのまんま子供に覚えこませるんですか?

いくらイスラムが嫌いだからって、やりすぎでしょう。

 

「ちなみにヤポのこともまったく同じように教えてるよ。

ハラキリ、ゲイシャ、カミカゼ。キリシタンへの無慈悲な迫害。全アジアを踏み荒らしインドシナやラオスをFRから奪い、大戦後はUSの忠実な下僕として経済大国へとのし上がった。だが古臭い皇帝制度を廃する気配もなく、1億超もいる国民の大多数は自由も権利も友愛も知らずただ搾取されるだけの存在である、とね」

 

ひどい。抗議すべきだ。

 

「イスラームに対しては因縁があるから悪く言いたくなるのもわかるが、ヤポへは実に客観的で精確な分析をしてるじゃないか。百科全書だけじゃなく、オクスフォードや各言語版のウィキペディアにもそのまま転載すべきだ。この項目に限り、著作権はフリーにして」

 

い、イスラムに話を戻しましょう。

イスラム自身は、もちろん自分たちのことをそんな風には見ていないわけですよね?

 

「イスラーム世界は広いんだぜ。地球人口の1/4は宣言しているイスラーム教徒だし、聖書の解釈だって星の数以上に存在する。

アジア人を全部ひとくくりに論じるごとき大雑把な感覚でムスリムの心情を語ろうなどとしてくれるなよ。キリスト教徒に対しても原則、同じだ。

ああ、そこのドライブスルーへ寄ってくれ」

 

俺もコーヒーを口に含んで、少し頭の中を整理してみる。

スタート地点へ戻ってみよう。

イスラムの教えって、あるがまま生きよ、なんですか?

 

「西洋社会はイスラーム主義を抑圧的で不自由だと批判するけど、啓示宗教一族のなかでイスラームほど寛容な教えはないんだ。

FRやUSの社会で暮らす方がよっぽど不自由だよ。

そこで生まれ育ったネイティヴには気にならないっていうだけで、移入者に対する厳しさは既存習俗を否定したがる文明社会の方がずっと刺々しくなる」

 

イスラム社会に西洋人が入っていくのは、その逆よりも、抵抗が少ないものですか。

 

「まさしくその通り。イスラームはたいていのものを受け入れる。

共存共栄できる道を探しなさいとクルアーンは教える。ムスリムになれと強要もしない。

ムスリムになること自体は簡単だし、一日五度の礼拝など最低限のきまりがあるだけで、それすら守れない日はしょうがないねとアッラーはおゆるしになる。

イスラームは、徹底的に寛容なんだ。

西洋文明はそうじゃない。

ミリ秒単位でコストを追求するのがかれらの精神論だ。息苦しいったらない。そんな連中相手に弁論で戦おうなんてそもそも考えないんだよ、ムスリムは」

 

でも現実的にイスラム過激派は世界中でテロを繰り広げてますよね。

 

「そんなかれらを徹底的に怒らせるまでいじめ抜いてるやつらの方に注目しろよ。

君がたとえば在日朝鮮人の子供を追いかけ回して身ぐるみ剥がして逆さ吊りにしていつまでもケラケラ笑っていたとしよう。

とうとうその子が君の顔に唾を吐いて睨み返した。

君は激怒し、子供をギッタギタに殴り蹴りして殺し、死体をひきずって親へ文句をつけに行き、朝鮮人部落全体にオトシマエをつけやがれと火をつけて回ってる。世界平和の最大貢献者に対する不敬は重罪だぞという理屈を振りかざしてな。

いまの世界情勢って、つまりそういうことだ」

 

ちょっと、すみません、車を路肩に停めます。なんか、つらい。どうしようもなく胸が苦しくなってきて、たまりません。

 

「ダン教授は今、この問題を解決へ導くアプローチを研究している。僕が6月にPKへ出張したときにも、それに関わるミッションがいくつか含まれていた。来年か再来年には開幕のベルが鳴り響く予定だ。

ジョバンニも、その舞台へ上がりたいなら今からしっかり準備をしておけ。

この程度でヘタレるメンタルじゃあパンフレットの隅っこにも載れないぞ」

 

コーヒーを喉へ流しこむ。

うめえ。少し冷静になる。

舞台に立つのが夢ではないが。もちろん比喩だとわかっちゃいるが。ここまでカモッラと関わってきて無事にショバへ戻れるわけもなく。走り続けるしかないんだろうなあと覚悟する。

何をやらかすつもりだろう。

世界同時多発テロの、オールスター感謝祭か。

どこで観るにしろ、演るにしろ、心構えはしておこう。来年か再来年だって?

 

「イスラームのそもそもについて語るから聞き流せ。

まず、ユダヤ神話があった。今から3000年ほど前にエルサレムを都として栄えたイスラエル人たちが、離散しながら語り継いできた自分たちの歴史絵巻だ。

神は世界を創造し、アダムとイヴをつくり、その子孫の繁栄をずっと見守り続けている。

長い年月を経て物語として洗練されていき、流浪するイスラエル人が辿りつく先々で、種々多様な派生物も産み出した。

この神話はイスラエル人によるイスラエル人のための共有財産だった。

これを大胆に改造したのがキリスト教だ。

ユダヤの聖典を一切否定することなく続編を連結させて新解釈を施し、イスラエルの末裔でなくても楽しめる娯楽に変えた。

やがてキリスト教は、ローマ帝国の公式宗教にまでなる。

4世紀末、帝国が東西に分裂したのでキリスト教会も二分化した。西はローマ教皇を導き手とするカトリック、東はコンスタンティノポリスに総主教庁を置くオーソドクス。

それから80年ほどで西ローマ帝国は滅亡したので、カトリックは生き残るために独立国家的な諸要素を身にまとっていく。

一方、オーソドクスはアナトリア地方から東へゆるやかに拡大していったが、現地のことは現地にまかせるといった鷹揚な姿勢をとり、中央集権制はとらなかった。そもそも政治や商売への介入は、はしたないこととされた。

ローマ暦で7世紀のこと。

神の教えは人類のあいだにかなり広まっていたが、権威を笠に着て奢侈にふけり堕落してゆく聖職者がはびこるようになってきた。

商売人は目ざといので、そんな無能者をいくらでも手玉にとり、力をつけていく。

神はこれに目をつけた。

商売人の中でもとりわけ文武にすぐれたアラビア人からひとりを選び、600年ぶりの改訂版をリリースする使命を与える。

聖職者という特権階級はつくらせるな。神の前には全人類が平等。王でも乞食でも、全員が同じ決まりを守るべし。できない人に無理強いはするな。わかってやれ。ゆるしてやれ。商売も政治も人間には必要だろう、自分たちで決めて実行せよ。余裕があれば分け合うこと。不幸な者をつくらないこと。それから神の姿を描かせると美しいものが偉いという間違った基準が発生してしまうからこれを禁じる。

よいか、キリスト教を反面教師とするのだぞ。でも、かれらを憎んではならない。わかってやれ。ゆるしてやれ。

これを皆に伝えなさい。

イスラームの教えは、極めてシンプルだった。

しかも天地を創造した神が今も人間たちを見守っていて、最後の審判までつきあうからねとクルアーンにもしっかりと刻まれた。

整合性は完璧だ。だったら、ヴァージョンの新しい方に従うのが道理じゃあないか?」

 

キリスト教の神様って人を不安にさせてばかりいるけど、なんだ、あれは聖職者たちのつくりだした幻だったのか。

ああ、ばかばかしい。

クルアーンには、キリスト教のここがダメだという逸話がたくさん書かれてある。ただし、神が預言者に語らせた内容がこのように誤解されているという考証がほとんどなので、丹念に反省しながら読むべきなのだ。

わざわざ神が指摘してくれているのである。

教えていただけたことを、感謝しなくてはならない。

 

だが、どうもこれまた、キリスト教徒は誤解するのだ。

自分たちのことをバカにされていると思いこむらしい。

あんたらだってユダヤ聖典に対して同じような再解釈を施したでしょうに。

わかりなさいよ。わからんてか。そうか。しょうがねえなあ。ゆるしてやるけど。

 

コンスタンティノポリスのオーソドクス諸派は、アラビア人たちと普段からつきあっていたので、からかわれても冗談ですんだ。カトリックは、マジギレした。イスラムを憎んだ。

神権を与えて同盟を結ばせた世俗国家の各勢力に軍隊を編制させ、幾度も幾度も東方へ向けて侵攻作戦を開始した。

ローマ暦13世紀頃まで、いわゆるヨーロッパがいつまでも貧しい地域でありつづけたのは、あらゆる富が戦費に消えていったからだ。

 

一方、アナトリアを中心とした商圏は繁栄を極めた。数学・化学・医学・建築術と、実用本位の文化が咲きほこった。

イスラムの教えとともにアラビア文明はアフリカ北部からイベリア半島まで拡大していく。

この頃のカトリックが大量破壊兵器を所有していなくてよかったと思う。

なんとか防衛線を守りきったものの、イスラムと戦うことに深い挫折を味わったヨーロッパ人は、やがてその活路を大洋へと向け始める。

16世紀に世界一周を達成し、全イスラム圏よりも広大な未開発地域を独占することに成功したヨーロッパ人は、支配下の土地から暴力的な収奪を徹底させることでようやく、宿敵に立ち向かえるだけの豊かさを築きあげた。

とはいえ既に疑心暗鬼がかれらのアイデンティティである。

いつまでも自分たち同士で争っているうちに21世紀を迎えた。

 

西洋社会全域ではイスラムへのヘイトが執念深く教え継がれていて、嫌がらせもやまない。

それなりの仕返しも受けてはいるが、全然釣り合っていない。イスラム教徒はヨーロピアンみたいな豚食い人種とわざわざ交わろうとしないので、用がすんだらそれ以上干渉しないのだ。

 

ああ神様。今も見ておられますよね。

じれったいですが、これも試練のうちですか。

まだ、まだ御自身の出る幕ではないと?

 

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