10月20日。新聞に、地味だが興味深い記事が載る。
元閣僚が不正をはたらいて刑事訴訟にかけられている。
昨日、東京地方裁判所で公判が行われた。都内のパソコンショップ店員が召喚され、証言をしている。
この部分だけボリュームが妙に偏っていて、しかも生々しい。たまたま記者の得意分野だったようだ。
事件の全体像はいまいちよくわからないのだけど、とりあえず俺は手に汗握りながら読んだ。
被疑者の名は、三原スネオ。
ショップ店員は昨年11月、赤坂の衆議院議員宿舎へ呼びつけられた。
三原から直接、パソコンのデータを完全に消去してほしいと依頼され、その場ですぐとりかかるよう命じられる。
かなり焦っているようだった。
ドライブの容量およびドキュメントフォルダ内を確認するが、ほとんど新品状態で、ごみ箱の中身も空である。そこまでは三原がやったらしい。
でもこれだけじゃあ復元できてしまうんだろう?と心配している。
簡単ですよ、やってみていいですか?と店員は答える。
なんとかしてくれと涙を浮かべながら脅迫してくるので、店で売っているデリーターソフトをご購入いただければと提案し、現金を渡されて一旦店へ戻る。
商品と領収書を手に議員宿舎へ戻ると、ワインをあけて落ち着きを取り戻していた三原が、お釣りを「チップだよ」と店員の胸ポケットにねじこみ、領収書は灰皿の上で燃やした。
店員は作業を開始するが、チョイチョイと起動させたらあとは待っているだけだ。しびれをきらした三原から、あとどのくらいかかるんだと何度も尋ねられる。
「画面に表示される残り時間は見ての通り変動しやすいのでアテにできませんが、今日中には終わるでしょう」と正直に答えたらひどく怒られた。
消したいデータはほんのちょっぴりなのに、いったい何をやっているんだと吠え立てられる。
動画のコレクターでもここまで必要としないような大容量パソコンで、このソフトはそのドライブ全体を何度も何度も何度も何度も上書きして痕跡を消してくれているんですよと説明したかったが、理解してもらえる自信がなかったので口ごもった。
三原はしょっちゅう電話のため廊下へ出ていくが、扉を半開きにして室内から目を離さないでいるため、音がダダ聞こえで不快だし、機密漏洩の疑いまでかけられるんじゃないかと店員は気が気でなかった。
2時間ほどして、ワインをひと瓶空にした三原が「今日はもういいよ説明書どおりここまで進めればいいんだろう」と力無くつぶやくので、その通りですと答えて、やっと解放される。
それっきり、連絡はきませんでした。
再度宣誓して、証言終わり。
ちなみに東京地検特捜部は三原のデスクトップ以外にも妻や秘書からパソコン・スマホ・タブレットなどを押収し、三原のメールは完全に再現できてしまっている。そんなこんなで有罪はほぼ確定のようだ。
いったい何の罪だって?
ええと、公職選挙法違反か。
さすがなことにエヴァンズは三原のプロフィールをスラスラと口にした。
「岸の下で法務大臣を1年ほどやってた。昨夏、妻を上院議員選挙へ立候補させて、当選はしたんだが反対派から買収工作の証拠を次々突きつけられて立ち往生し、岸に泣きつく。岸は蹴飛ばす。
紫党から見限られた国会議員なんて憐れなものだよ。その審理を、チンタラチンタラ時間をかけてやっている最中だ」
上院と言いましたか?
三原は衆議院で、妻は参議院と書いてありましたが。
「妻のほうだろ?参議院だから上院じゃないか」
あれ?衆議院の方が格上のように思っていましたけど。
「なんとまあ。そこからかい。
民主主義ってのは最下層の大衆こそが主役ですよとうそぶくことが建前なのさ。
より底辺から選ばれた代表者たちが構成する国会を下院とする。そして下の方がエラいんだぞという理屈だ。脳下垂体に擦りこんどけ」
わかりました。
しかし、衆議院も参議院も同じように国民から投票で選ばれるのに、参議院が上院とされるのはなぜですか。
「参議院の前身は貴族院だからだよ。ヤポが欧州の猿真似でつくった貴族制度が崩壊してから改名したが、同じ議場を引き継いでいるんだ。だから上院でいいだろう」
納得しました。
だと、実質的なところ現在の衆議院と参議院は一軍と二軍みたいな違いくらいしかないという理解でも合ってますかね。
「ひとつ指摘しておくと、選挙方法が同じでは二院制にしておく理由がそもそも無くなるから、本末転倒なんだが二院制存続のためだけに選挙法は違えてある。
今日はここまでだ。ウンザリしてくるから、まだつぶやきたいなら別の話題にしてくれ」
別の話題をつぶやきます。
来週末の渋谷って、渋滞しますかね。ハロウィンをやるかやらないかって、いま揉めてるみたいなんですけど。
「安心しろ。その付近は回避する。
せいぜいヤポが密集して発症して大勢死んでくれりゃあいい。なんなら事前に銃でもばらまいておくか」
荒れすぎだぞ、エヴァンズ。
しかしまあ、全国から大量の若者が集結することは、避けられまいな。
そして感染も爆発的に拡がる。
渋谷区長もなあ。悩んでないで、やらないって決めた上で医療態勢を少しでも整えておくとか、具体的に動いておくべきだろうに。
「USは大統領選まで2週間をきった。
ばらまくでもなく各家庭に銃が溢れてる国だから、渋谷なんかよりはるかに切実な事態を想定して各州で警察や軍隊が猛訓練に勤しんでいる。
君だったらこの状況を、どう利用する」
はい?利用?
厳戒態勢で行われる選挙戦……
テロリストは警備が手薄になるまで、リフレッシュ休暇でもとりましょうか。
「そうだな。真正面から対峙するべきではない。優雅に、時限爆弾を使おう。
最後の最後まで舌戦を繰り広げたあと、両党が有権者の審判を仰ぐため、襟を正して雁首を揃える。一発で、どちらへも等しく警告を与えられる。我々は高みで見物をしていればいい」
ずいぶんな曲解ですね。俺そんなこと教唆しちゃいませんよ。
聖なる投票日なんです。素直に休んでくださいよ。
「ジョバンニ、考えてくれ。
投票日、全米20ヶ所ほどで一斉に同型の時限爆弾が作動して数百人の死傷者を出す。
そのすべてが共和党の優勢な地域で、共和党を応援する企業や団体の施設でだ、という共通項があったとすれば、君は誰を疑う」
なんともはや。
いちばん利益を得るのは民主党かもしれませんけど、そこまでストレートにやるほどバカじゃないでしょう。
共和党の自作自演か、共和党に怨みを抱く第三者の仕業でしょうね。
「そうだよね。民主党を疑う人は、あんまりいないだろうね」
逆だったら……その場合でも、共和党がやるかなあ、そんなこと。
やるとしても、末端の脳筋が逸って、でしょ。だから同時多発なんて高度な戦略とれっこない。
やっぱり第三者のテロリストだと思います。
「よし。やはり狙う相手は共和党がいい。民主党ならやりかねない可能性がある。
一方的に実害を被った共和党支持者は、何事にもはっきり意思表明をしない民主党へのヘイトをより強める。FBIなりCIAなりが特定のテロリスト集団を名指しするまで、不満はUS国内で循環し増幅する。
ここに次の火種を投げこめばいい。
腕力を奮わせるなら共和党員の方が適任に決まっているからね」
あちゃあ。どこまでどす黒いんだ、この人の頭の中は。
俺、助言なんてしてないからな。
「国家がテロに立ち向かうなんて、本質的に不可能なんだ。
テロリストは相手のことをよく研究し、一番弱いところを突いてくる。それを未然に防ぐなんてこと絶対に無理だってことくらいは、わかるだろう。
この問題を解決する鍵はテロリスト側が握っている。しかも、鍵を挿しこめる穴は至るところに口を開けて待っている。数学的に証明可能だが無教養者に理解させることは難しいし、教えてやるメリットもない。知りたければ勝手に学べ。それができるまで、しゃぶりつくしてやる。
これがカモリスタの矜持だ」
よくわからんことつぶやいて、かっこつけてやがる。犯罪者宣言か。
知ったこっちゃねえ。俺は関係ねえぞ。
「ところでいい報せだ。やっとトレッドミル付きの部屋があいた。今日からは632号室に泊まれ。
スターンからの呼び出しはきていないから、存分に走って寝ろ」
はあ、それはどうも。
気になるから訊いておこうか。
そこへ前に住んでた人って、もっといい部屋へ移ったんですか?それとも、殉職とかしたりするものですかね。
「そんなの知ったところで、いいことないぜ。君のメンタルは弱いからとても言えないな。
もっと強くなってからなら、記録はここに全部載っているから、教えてやれないこともない。知りたければタフになれ。だから今日から走りこめ」
余計おそろしくなるじゃないかバカタレ。
最近こわい夢ばかり見るんだよ。呪われてるよあのアジト全体。もォやだ!
帰り道、エヴァンズが思い出したようにつぶやく。
三原スネオの件だ。
「夫婦揃って今年の6月に逮捕されているんだが、その前日、紫党員資格を自主的に返納しているんだよ。
これ以上党に迷惑はかけません、という示しをつけたわけでいつもの茶番劇なんだが、岸はこれを受けて三原の後任に据えていた法務大臣へ恩情判決するよう指示した。
9月に政権交代して首相となった秋ノ宮は法務大臣を替えるんだが、三原の件をどうするか訊かれて、もう党員じゃないんだろ普通にちゃんとやれと答えただけだ。
新しい法務大臣は、三原とは派閥も違っていたから同情する理由もなく、裁判長にちゃんとやるよう命じた。
到底ちゃんとやれてる水準じゃないんだが、三原夫妻からすれば、あれだけちゃんとやったのに理不尽すぎる裁判にかけられていると不満が尽きないだろうね。
それにしても結末のわかってる裁判ごっこをチンタラやりすぎなんだが、必要かつ充分な審理で進めたら、連中の仕事はすぐに無くなってしまうからな。
裁判は時間をかければかけるだけ潤う。
まったくいつもの茶番劇だ。
好きだよなおまえら、ほんとに」