来年に延期された、東京2020オリンピック・パラリンピックを、いまさら中止へ追いこもうとしている人たちがいる。
「SNSで盛り上がっているグループが各種あるんだが、その中に注目すべき一群がいる。
表面上は軽快に煽って仲間を募る。見所があればレスの応酬を経て、打ち解けたタイミングでダイレクトメッセージへ移行し、詳細を詰めていく。
潜入者の報告によると、手練れの活動家が中枢にいるようだ。今月末、ハロウィンに便乗して渋谷へ集結し、武装デモを決行するという計画がつかめた。
面白そうだから間近で見ようと思っている。
君も来るか?」
なんのことやら。
渋谷といえば以前も夜遅くまで残業しましたよね。5月頃でしたっけ。
「そうだね。あのときよりも楽な気分で夜景を眺めていられると思う。
いまスケジュールを押さえておけばスターンから呼び出されることはないだろう。トキオが婚約者を連れて見に行きたいと言えば、君に出番が回ってくるだろうけど」
それは屈辱です。ゆるせません。俺が行きます。予定ロックしておいてください。
「もっともスターンも見たがれば、店を休みにするだろうけどね。
ある程度希望者が集まれば、いい場所を確保して団体ツアーにするよ」
カモッラにもそんな文化があるんですね。
それにしても、ハロウィンで武力行使ですか。
武装っていったいどのくらいのレベルまで?
「大会を開催不能にしたいのならTOCの事務局か霞ヶ丘のオリンピックスタジアムを穴だらけにする方が近道だが、それらは眼中にないらしい。
慣らしのつもりで渋谷なら、使うのはせいぜいサブマシンガンくらいまでじゃないかな」
それでもなかなか本格的だ。
カモッラが武器供与してるんですか?
「直接はしていないが、たとえば僕たちがカマスへ提供した武器のロットナンバー流出が確認されたりしている。
はたしてどんな連中へ、いかなる経路で渡っているものかといった裏付けをとる必要もあってね」
お仕事じゃないですか、立派な。
んで、名目はオリンピック阻止ですって?
「招致運動を始めた頃から反対派はいたけれど、岸がマスメディアにそんな記事を書かせるはずもなかったから、これまでは表立って出てくることもなかった。
秋ノ宮は言論統制にも無頓着だから、オリンピックは特権階級の一部だけを儲けさせるイベントであると大衆にわざわざ気付かせてしまう記事にする媒体だって出てくる。
これを燃料にして、騒ぎ出すやつらが勢いをつける。
そんな図式だね」
秋ノ宮さんて、首相にしてはイマイチなんですかね。
岸さんとくらべるのはかわいそうですけど、やるべきことがあまりにもできてない気がします。
「やるべきこと?首相としてやるべきこととは、いったい何だね」
オリンピックの目的は、国威発揚ですよ。日本がこんなにすごい国なんだぞってことを世界に示せる、何十年かに一度のチャンスなんだ。
それをわからない反社会勢力を、つけあがらせたらダメでしょう。
「ふうん、そんな風に考えてるんだ。
ちなみに君は2年前、KRすなわち大韓民国を、すごい国なんだって尊敬のまなざしで見つめていたのかな?」
は?韓国がどうして出てくるんでしょうか。
ああ、冬季オリンピックをピョンチャンでやったんでしたっけ。
「そんなもんだろ。
ヤポがいくら国威発揚してるつもりでも、君たち以外の国は冷ややかに受け流しているよ。
やるべきこともできないくせに自惚れだけは最強。これでも国家のつもりなんだってさ、ケラケラケラとね」
ぐう。くやしいが、そうかもしれない。どうせメダルのほとんどはアメリカが持ってっちゃうんだろうし。
日本でやるからこその意味って何なんだろう。
コヴィッドがやって来なければ。
岸首相が最後まで華麗に仕切ってくれていれば。
こんなはずではなかったのに。
どこでどう道を誤ったんだ?
「秋ノ宮については僕たちも買いかぶっていたようだ。だいたい首相なんてやるつもり、微塵もなかったんだろう。
紫党員てものは総裁選に勝利するその瞬間までは、党内の派閥にしか目を配らない。総裁となり、首相になったそのとき初めて、今まで考えもしなかった課題に直面させられる。
国外からの注目だ。
外務省という役所が存在はするが、また支配人が交代した、今度のも英語すらわからないやつだぞと囁きあって適当なお愛想しか口にしない。そんな外務官僚だって、せいぜい日常英会話が限界だけどね。
ともかく。首相となった秋ノ宮の面前には、次々と難題が持ちこまれている。
知らねェよ俺は岸を守ってやるためだけのつもりで首相になったんだ他のこたァ考えちゃいなかったよ、と毎日ブツブツ吠えてるよ。
面白いから、もうしばらく放置だ」
カモッラは、週2~3人くらいのペースで陸自幕僚を廃人にしたり、その身内を誘拐したりとか、いろいろやってたんですよね。
あれも今ではぴたりとやめてるんですか?
「休止中だ。もともと僕たちは犯行声明なんて出さないからね。ゴールの見えない迷宮に敵を突き落とすのは、セオリーの一環なんだ。
秋ノ宮・岸・それから筑豊もいまSPが数十人態勢で守っているけど、これも続く限り放置しておく。そのうち隙ができたら時々くすぐってやる。
耐えがたき、忍びがたき苦しみだろうねえ。
君もせいぜい、こんな相手からは嫌われないようにしておけ」
暴力団を怒らせると怖いから逆らっちゃだめだぞ、と暴力団自身が言っている。
根本的におかしいのだが、怖いのは事実だから今は従うよりほかない。
しかし、しかしそれは間違っていると、この理性だけは無くすまい。
「一般的な共和国では、まず大統領が元首となって国際関係を管掌し、内政は首相が担当する。
ヤポでは首相だけがいて、分け隔てせず全業務を引き受けるよね。できもしないくせに。
20世紀中葉、悪いことをした罰としてUSに占領統治されている間、こういう仕組みが整えられた。皇室も存続させてほしいが一切の権限を剥奪しますので認めてくださいと土下座し、聞き入れられた。
占領を形の上で解かれて以降も、この政体を世界一理想的だと維持し続け、首相にとてつもない重圧を課しておいて一人あたり平均半年でどんどん使い潰していく。
おまえら、いったい何をやりたいんだ。
教えてくれないか。考えたことがちょっとでもあるなら」
冷静に、返答してやる。
それでも紫党には、重圧をおそれず首相になりたい人が大勢いるんですよ。
政治の弱点は国民の総意ではないです。紫党にとっては都合がいい面もあるのでしょうが、全日本人が理想的だと支持しているわけでは、ありません。
「ふうん。君は紫党支持者ではないみたいだが、そのくせ岸の大ファンだったじゃないか。
マイノリティをここまで悦ばせながら搾取しつづけている紫党というのは、やはりエリート集団なんだろうな。僕たちの水準では、せいぜいヤポニカにするしかないゴミの群れだが」
はあ。もう限界だ。
本気でこいつ、ぶち殺したい。なんでここまで罵られなきゃならないんだ。俺はおまえが大嫌いだ。
耐えがたき憎悪が抑えきれない。
「よし、いい感じで血圧が上がってきてる。今日も走りこめ。ハロウィンで大役を与えられるかもしれないぞ」
いいとも。爆弾よこしやがれ。おまえら全員ひと塊になってるところへ投げつけてやる。
とはいえ、そんな反逆も想定済みだろうしな。
俺の泣きべそ眺めつけて嗤うつもりでけしかけてるに決まってる。
ケラケラと。
くそっくそっくそっ。
「そんなことより覚悟しておけ。今月発見された変異株は、ずいぶんと手強い。僕たちの接種したワクチンが効かなさそうだ。
すでにアジアへ入りこんでる。ヤポへもすぐ到達するぞ」
なんですって。ワクチンが効かない?
てことは、いまアメリカでつくって承認間近だっていうワクチンも、無意味になってしまうってことですか?
「パイソンズもフィッツナーも、遺伝子組み換えで合成した純粋理論製品だからな。イレギュラーへの対応能力はゼロだと思っておくべきだ。
塩基配列が一定以上変われば、噛み合わなくなる。副反応を起こさせにくい代わりに、きわめて限定的な働きしかさせられないわけだ」
むしろ自然由来のワクチンには大雑把なところがあると。
危険性が限定できるならハイテク製品の方が好ましい気もするけど、カモッラのワクチンは天然タイプですよね。
それが効かないなんて、かなり変異した株なんだな。
「THなんて、7ヶ月ぶりに国外からの受け入れを再開したばかりだ。まだ早いってのに。
下手をすると全国民へ一気に感染が広まるし、ここを中継点にして拡大する影響も大きすぎる」
THってどこですか。
「大崎3丁目。3つのうち、いちばん東」
ああ、タイ。もう2つは、マリとコロンビアですね。
「現在承認待ちのワクチンが無意味になることはないが、新型に対応したワクチンも追加ですぐ必要になろうね。
製薬会社の仕事はまだまだ増える。そして、これを快く思わない勢力からのヘイトもますます強まることになる」
マスク越しに、エヴァンズが口元をにやつかせている風に感じとれる。
なにがおかしいってんだ。現地のヘイト感情をうまく利用して騒乱を誘導する手口を最近よく考えているようだが、また新しいテロをたくらんでいるのか。
製薬会社に対するヘイト。
そりゃ、今年はコヴィッド対策で大いに株を上げてる企業がたくさんいることだろうさ。それをひがんでる連中がいると?
カモリスタより頭のおかしい発想だな。
パイソンズとフィッツナーですら、争わずに競い合ってるんだぞ。交互に応援するならともかく、金持ちを全員滅ぼしたら誰がワクチンをつくるんだ。
「緊急時だからって遺伝子組み換え製品やハラールに反する食物を政府からさあ整列して体内に入れろと強要されたら、反発する方が人間感情としては正常だろう。
ワクチンができたらできたで、この問題が顕在化する。
無能な首相を何人すげ替えれば解決すると見込んでるんだ?考えたことがあるなら教えてくれよ」