負けられない理由が増え続けるなか、少年は怪物へと変貌する。
ロビーで案山子と分かれ、控室ではなくVIP席へと案内された。会場全体を見ることのできる部屋で、室内は空調が利いておりとても快適だった。おまけに超大型のテレビもついている。
備え付けのソファーに座り、古波蔵から資料を受け取る。
「顎、今回は一切の手加減無しでやって良い」
「それは分かった。それで、相手は……
「瞬殺だ」
「良いから見せろって」
古波蔵が持っていたタブレットを分捕り、内容を確認する。しかし、どの試合も瞬殺で一分以上のモノがなかった。
「早っ……」
「行ったろ。情報が少なすぎる」
「古波蔵……お前、分かって言ってるだろ?」
「……どうだかな」
試合内容はほとんどが瞬殺で一見、対策しようがないと思えるが、むしろそうしなければ後は完封と言える。実際、対戦相手は体格的には平均的、古波蔵のような剛毅な益荒男と戦っているモノまなかった。
負けた試合は耐久戦で押されたりスタミナ切れで負けている。
「向こうもそれは同じだろう」
「そうだな。だが、参考にはならないだろ?」
「……三十勝、二敗。お前が負けた二回は次元が違うのは分かる。だが、勝った試合はどうだ」
「それこそ、参考にならねぇだろ?」
そう言うと古波蔵は面白くなさそうに俺の隣に腰かけてくる。
「少しは調子に乗ったらどうだ?」
「その方がいいか?」
「むしろ可愛げが無くて見るに堪えん」
「だろ?」
「
そんな話をしていると、バァンと部屋の扉が開かれる。
ルンルン気分の案山子がやってきた。
「やあやあ! 顎くん調子はどうだい?」
「超良い」
「おや、キミにしては珍しいね。僕がくるとすごく機嫌が悪くなるのに」
「今日は気分がいいんだ。だからさ、さっさと俺にやらせろ」
「いいねぇ~。そういう血の気の多い所が本当にいい。キミと同年代の奴はみんなビビッて使えないからなぁ~」
「境遇の違いだろ?」
「それもそうか。どん底から来たキミにとっては些細なことか」
案山子は楽しそうに手に提げていた紙袋の中から服を取り出して俺に渡してくる。
「これは?」
「新しい戦闘服さ。前のはボロボロになっちゃったし、新しいスポンサーから是非キミにってくれたんだ」
「じゃあ、パパっと着替えるか」
服を脱ぎ、新しい衣装に袖を通す。
黒を基調とした中華服でマフィアモチーフなのか道着というよりも和服よりのゆったりとしたものだった。上着も振袖のように広く、大きい。靴はコンバットブーツで踏み抜き防止の鉄板入り。
軽く身体を動かすが問題なく動く。
「おぉ……マフィアのボスみたいだね。煙管とか持ってみたら」
「丸縁のサングラスまであるよ……」
「様になっているではないか」
「まぁ、良いさ。俺は下に行って準備するよ」
部屋を出て下に向かう途中、携帯と連動しているインカムが鳴り、起動する。
「もしもし」
『あ、繋がった。あの……燈です』
「燈? どうした?」
『えっと……あの後、楽奈ちゃんが追いかけようとして、その今、一緒にいるんだけど……今、大丈夫?』
「あぁ、まだ時間はあるからな」
『あぎと?』
「楽奈ちゃん? どうしたの?」
『帰ってくる?』
「……」
電話越しでも分かるほど泣きそうな声で聞いてくる。
だからか、言葉に詰まる。
勘の鋭い子だから俺達から何かを感じ取った。だから、あの時、止めてきたし追いかけようとしていたのだろう。
「大丈夫だよ」
『うそ』
「嘘じゃないよ」
『すぐ、着て』
「すぐに終わらせて帰ってくるよ」
『やくそく』
「あぁ、約束だ」
負けられない理由が増える。
『顎くん、頑張ってね』
「燈も、ありがとう。楽奈ちゃんを見ててくれてありがとう。今度、お礼するから」
『いいよ。今は、無事に……帰ってきて』
「分かったよ」
そうして、通話が切れる。
インカムを外し、後を追ってきた古波蔵に預ける。
「嘉村宜、準備は良いか?」
「それは愚問だろ?」
「そうだったな……行ってこい」
「あぁ」