迷奏フィロソフィー   作:葛城イロハ

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 怪物は殺意に飲まれかける中、零れ落ちたモノを見て、少女の言葉を思い出す。
 鳴り響くのは怪物の咆哮ではなく、少年の純然たる闘志のみ。
 彼を止める者は――いない。


鳴動

『さぁ! 三十試合全勝中のあの男がついに姿を現す。《猟犬》嘉村宜顎ぉ!』

 

 解説の紹介と共に、大歓声が響く。その中を悠々と歩き、闘技場へと出てくる。

 半径百メートルの円形型の舞台。デカい入退場口が二つあるだけでローマのコロッセオを現代風にしただけのような造りだった。

 

 俺と反対側の通路からは柔道着に似た服を着た化野が出てくる。

 

 高身長のイケメンで細身よりの格闘家。青みがかかった髪に、ツリ目気味の瞳。一途で雇い主の社長令嬢と婚約関係にあるとか。性格も情熱的で紳士。

 悪い所を探せと言われたほうが難しい男。

 一瞬で試合を終わらせるのも『痛めつける趣味はない』ということだった。

 確かな実力に裏付けられた力なのだろう。なら、俺のやることは決まっている。

 

「やるなら徹底的にだ!」

「君が嘉村宜くんか。若いね」

「で? 若いことが何か悪いのか?」

「いや? 対面して分かった。キミは強い。だけど――俺の方が強い」

「それは、俺に黒星をつけらから言えよ」

 

 レフェリーのオッサンが双方の顔を見てくる。

 

「準備はいいか?」

「俺は問題ない」

「さっさと始めろ」

「そうか。では―――。試合、開始!」

 

 その合図と共に俺の脇腹から出血する。

 打撃を受けたのだと後から気づく。

 思ったよりも速い。

 

「やるな……これならどうだ!」

「……っ!」

 

 化野の姿が消え咄嗟に顔面をガードするが打撃と衝撃の時間差攻撃に体勢を崩される。

 ヤバい。

 手痛い一撃を貰う。

 

「終わりだよ。嘉村宜くん」

 

 雷のような音と共に、凄まじい衝撃が鳩尾に入り、俺は血を吐きながら数メートル吹っ飛ばされて膝をつく。

 意識を失いそうになりながらもどうにか持ちこたえる。

 嗚呼、この感覚だ。

 苛立ち、憎悪、怒り。俺に纏わりつく全てが鬱陶しい。ぐちゃぐちゃに叩き潰さなければならないという思考に飲まれそうになる。

 バクバクと心臓の鼓動が高まり、身体が熱を持つ。

 壊せとささやきかける中、胸ポケットから絆創膏をしまった袋がこぼれる。

 

「あ……れ?」

 

 あれ、いつしまったのだったか。誰から、これ(絆創膏)を貰ったのだったか。

 

「燈……」

『これを見て、思い出して』

 

 高まっていた心拍数が下がり、頭に上っていた血が冷える。

 落ちた絆創膏を拾い、大切にしまう。

 もう、大丈夫。ここからが、俺の本領発揮だ。

 

「すごいな。キミも『そう』なのか?」

「じゃあ、もう一度やってみろよ」

「そうだね。じゃあ……行かせてもらう!」

 

 消える。

 だが、それはもう見た。

 だから、俺は拳を置いた。

 こういう相手の攻略法は大体決まっている。

 あまりにも速すぎるためほとんどが直線になりがちなため、移動場所に拳を置けば勝手にぶつかってくれる。あるいは体格差による防御。だが後者は無理。

 熟練の格闘家ならカウンターを狙えるのだろうが生憎、俺は若く、経験も足りない。だから堅実にいかせてもらう。

 

「がっ!」

 

 化野の顔面を捕らえ、たたらを踏んだような体勢になる。

 俺は左手で化野の後頭部を掴み、膝蹴りを叩き込む。そこから右肘を真上から打ち下ろす。

 

「まだまだぁ!」

 

 踏ん張っているところを拳のラッシュを叩き込むが、向こうも反撃してきていくつか直撃を貰う。

 しかし、頭に重い攻撃をいくつも受けているせいか、精度が無い。

 こちらのラッシュが面白いくらいに入る。

 

「調子に……乗るなぁ!」

「余裕がなくなって来たってか!」

 

 顔面ばっかり狙ってきやがって。

 だが、こいつはラッシュの終わり際に手が数秒のびっぱなしになる。そ隙をついて手首を掴み引っ張る。

 

「なっ!」

「おらぁ!」

 

 肘内が鳩尾に入り化野の身体がくの字に曲がり、ボディにブローとフックの混成ラッシュで防御の一切を封じる。

 そして、炸裂するのは正拳突きの七連撃。

 

「がぁあああああ!」

 

 化野の顔は苦痛に歪む。

 分かるよ。これは俺も直撃を食らったことがあるからこそ理解している。

 これはヤバい。

 内臓が徹底的に破壊され動けなくなる。おまけに一発一発の余韻が普通の正拳突きよりも長いのだ。

 つい一か月前に俺もこれよりも圧倒的に強く、精度の高い連撃を受けている。

 

「ここで決める!」

「うぉああああ!」

 

 最後の力を振り絞る化野の拳は俺の左頬に当たるが、回転しながら流し、裏拳を左頬に当てる。

 拳を受け、化野は距離を取ろうとするがさせるわけがない。

 右足の蹴りと回し蹴りが二連続で頭に入る。

 これは試合ではまず使ってこなかった技。隙も多く、使い勝手が悪い。だが、ここぞという時に光る。だから温存してた。

 

「なっ……はっ……」

 

 回転し、膝から落ちる化野。何が起こっているのか理解しているのか怪しく、意識は殆ど飛び抱えている。だが、目は死んでいなかった。

 もう勝負はついたと思うが、レフェリーからのストップはかからない。

 なら、止めを刺すしかない。

 

「アンタは強かったよ。だけど、敗因は特化させすぎたこと。おかげで対策しやすかったよ」

 

 俺は化野に向かって走り、地面を強く踏みしめる。

 渾身の一撃が化野に叩き込まれて勝負が決まる――はずだった。

 空気の破裂した音が鳴り響くが、俺の拳は乱入者によって止められてしまう。

 

「お前、誰だよ……」

「もう、勝負はついた。これ以上、痛めつけるのはやめろ」

 

 黒髪黒目のいかにもどこにでもいそうな少年。知り合いのようだから化野と同じ十八くらいだろう。

 だが、止められた程度で俺の拳は止められない。

 

「割り込むなよ」

 

 バァンと乱入者の手が破裂し、ズタズタになって血が噴き出す。

 変に止めるから衝撃が残留し内部から爆ぜたのだ。俺はこの技を試合中に見せているので下手に止めず受けることで封殺できるためそれを知らなかったということは情報不足と言える。

 

「レフェリー……どうなんの?」

「勝者、嘉村宜顎!」

 

 遅れて勝利を宣告され、俺は白けた表情のまま出入り口へと下がった。

 乱入者のせいで勝利の余韻もクソもない気分で気分が台無しだった。

 どうせなら、ちゃんと勝負をつけたかった。そう思いながらVIP席へと戻っていった。

 

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