血に濡れ、絶望し、全てを失った彼に残ったものは――。
五年前、俺の両親は、事故で亡くなった。
日本ではない別の国の争いごとに巻き込まれてだ。
言葉も通じず、治安なんていいなんてものではなく、生きるためには盗みや殺しのような犯罪は当たり前。
誰も守ってはくれない環境の中で、俺は強くなるしかなかった。どんな手を使ってでも勝しかない。
その中でも俺は、運が良いほうだった。
「おい小僧、テメェに客だ」
「……」
俺の元にやってきたのはボロボロの外套を羽織った女で、年齢は二十代ほど。黄色のメッシュがあちこちにあり、耳ピアスをいくつも開けている。にはバンクロックや地雷系のメイクをした綺麗な女。
獣のような瞳孔で冷たい目をしていたのを覚えている。
「お前、強いんだろ」
「アンタ、餓鬼だって馬鹿にしないんだな」
「お前、日本人?」
「そうだけど?」
「そっか……まぁ、とりあえず殺ろうか」
結果を言えば負けた。
子供とは言え大の大人すら殴り倒すことのできる膂力や簡単に倒れないタフネスを持っていると自負していたが、完膚なきまでに負けたのは彼女が最初で最後だろう。
「がっ……クソ……まだ! まだぁあああ!」
「終わりだよ」
そのまま殴られて気絶してしまう。
そして、水をぶっかけられて強制的に意識を覚醒させられる。
「おい、起きろ……」
「非常識女が」
そう言うと顔面を殴られて鼻血が出る。
「お前、名前は?」
「ねぇよ」
「じゃあ、嘉村宜顎な」
「はっ?」
「アタシは
本当に無茶苦茶で楽しいと思えるような修行生活が始まったのだ。
その頃はまだ、黒髪で何も知らない少年だった。それこそ、傲慢で愚かで若すぎた。世界は残酷で牙を向く相手を選ばないということを。
「師匠とは、義理の姉弟として関係を持った……今思うと本当に破天荒な人だった」
「ん? 破天荒だったって……そんないないみたいに」
「椎名さん。師匠はもう死んでるんだ」
「あ、ごめ……」
「いいよ。それが話の根幹だし。ここまで来れば知っておいてもらいたいんだ」
「顎ちゃん!」
紫姐さんは焦ったように俺の名を呼んでそれ以上話させないようにしようとするが俺は首を横に振り、止めさせる。これは必要なことだから。
「師匠を殺したのは、俺なんだ。俺が、この手で殺してしまったんだよ」
事の発端は三年前、各地を回りながら修行をして身体も出来上がってきた中で起きてしまった。
師匠が撃たれて帰ってきた。
ナンパしてきた奴をあしらったら逆上して撃ってきた。それだけの話だった。
「おい、愚弟……報復なんて考えなくていい。アタシが弱かっただけ。だから、お前は何もすんな」
「師匠……分かった。俺、師匠を超えて守れるくらい強くなるよ」
「ならいい」
口ではああいったのだが、俺はそう思わなかった。
師匠を撃った奴らは潰す。
二度と面を見せないように。
だから、間違った。
「顎……お前」
「見てよ師匠。俺、やったよ」
燃え盛る家々、血に濡れた手、そして所々白くなった髪。
無邪気な笑顔で残酷なことをした。当時の俺は、それが正解だと疑ってすらいなかった。小さい子供が虫の足を引きちぎったり踏みつぶしたりするような感覚。
師匠は勿論、顔を真っ赤にして俺を叱責した。
「っ! 馬鹿野郎! お前は、なんてことを……」
「師匠……?」
「アタシは、こんなことをさせるためにお前を拾ったわけじゃない!」
そう言って、俺を抱きしめてくれた。
当時は、何故泣いているのかすら分からないほど人として壊れていた。
ただ、笑っていてほしかっただけ。安らかな生活を送ってほしい一心で俺は、多くの人を傷つける結果を選んでしまったんだ。
「馬鹿で、愚かなことをしたせいで、奴らが来たんだよ」
「奴ら……?」
「あぁ、師匠は……ある製薬会社の闘技者になった」
「そうだったのね」
「姐さんにも黙ってたんだな……結論から言えば、師匠は病気だった。それをいじくりまわしてあいつらは怪物を作ったんだ」
師匠は心臓に欠陥を抱えていた。
寿命を前借して身体能力を極限まで高める技術を得意としており、頻繁に使っていたのを覚えている。《猟犬》の二つ名だって師匠から譲り受けたモノ。
誇りに思っていた師匠の不調に俺は気づけなかった。その技の危険性も。
心臓、脳の二つはもう取返しのつかないほどの損傷を受けており、それに目を付けた会社が提案したのだ。
『治療する変わりに闘技者になれ』と。
そこからは、俺は滅多に師匠に合うこともできず、会えても戦闘と投薬でボロボロの状態が主だった。
「なぁ、嘉村宜。話を聞く限りそれって、違法な人体実験じゃ……」
「椎名さん、違うよ。それは、あくまで『建前』なんだ。本当に彼らが欲しかったのは……」
「顎ちゃんの身体……そう。そういうことだったのね」
「顎くんは、その……香さんの……技を、
燈は本当に鋭い。
「そう。欲しかったのは俺。俺は、師匠の技をノーリスクで使えたんだ。だから、欠点に気づけなかった」
無知で馬鹿な俺は、奴らの口車に乗って師匠の後を追うように闘技者となり、徹底的にいじくりまわされた師匠と戦うことになった。
困惑した。
何故、師匠と戦うことになったのかと。
同時に理解した。こいつらは師匠を治すつもりはなかったんだって。
醜悪に笑いながら俺達を見ていた企業人の顔を俺は今でも忘れることはできなかった。
『もう……アタシはお前を守ってやれない。だから、強くなれ、全部を黙らせるくらい強く聡い子に。顎……アタシはアンタに――』
師匠の最後の言葉すら聞けず、俺は怒りのままに暴れ、会社ごと潰した。
そこからは企業闘技者を転々とし、今の場所に拾われたのだ。
「あとはボロボロになるまで戦って、燈に救われったんだ」