迷奏フィロソフィー   作:葛城イロハ

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 曇天は未だ晴れず。
 しかし、その思いは確かに届いている。
 だから少年はもう、不安に押しつぶされない。


水想

 翌日、俺は燈に指定された場所で待っていた。

 服装も昨日の件もあり袖が肘まであるジャケットを着ており、中は黒い長袖のシャツにしてる。できる限り戦闘に支障のないもので来ており尚且つ、不自然にならない程度でオシャレだろうと思い、選んだ。

 しかし、駅前での集合はダメだったかもしれない。

 

「ねぇねぇ、お兄さん。今、暇?」

「彼女を待っているので」

「え~。じゃあ、それまでお茶でも……」

「すいませんが他を当たってもらえると」

「え~残念」

 

 絶賛逆ナンパ中だった。

 師匠との買い物でも待っているとナンパされることが多く、基本的に殺気立っていれば人は寄ってこなかった。しかし、たまに肝の据わった人もおりこうして対応することになる。

 今回は話が通じる人だったためトラブルにもならず引いてくれたのでよかった。

 もう少し遅く来ればよかったと思いながらも周囲を見回しているとこっちに向かっている子がいた。

 

「燈……まだ、集合時間三十分前だぞ?」

「私よりも先に来てるのに?」

「……まぁ、楽しみにしてたので」

「そう、なんだ……えへへ」

 

 嬉しそうに微笑む燈。

 こうして、見ると本当に中性的で男女共に人気が高そうだ。

 服装もフード付きのパーカーにショートパンツでボーイッシュに決めている。

 

『へぇ……』

「っ……!」

 

 そんな声が聞こえ、後ろを向くが、誰も居ない。人が行き交う雑踏だけが聞こえるだけ。

 今、確かに聞こえたはず。

 あいつの――声が。

 

「顎くん?」

「……! 何でもない」

「じゃあ、行こ」

 

 俺は一抹の不安を抱えながら俺たちは池袋へと向かった。

 正直、後をつけられていないのかと思い、かなり殺気立っており、目的地に着くまでは人に避けられていた。おかげで尾行がないことが分かり変に気にしすぎていたのかもしれない。

 

「燈、いったい何処に向かってるんだ?」

「えっと、こっち」

 

 そう言って連れてこられたのは水族館。

 

「こっち」

 

 俺は言われるがままに入場料を払い燈についていく。

 中は少し薄暗く、はぐれないように手を繋ぎながら進んでいく。

 少し広めのエリアに出ると、柱や壁には様々なアクアリウムが並び、中で小魚や甲殻類などが展示されている。

 

「どう? 綺麗、だよね」

「あぁ……すごくいい」

 

 いつぶりだろうか。

 こうやって誰かと一緒にこうやって出掛けるのは。

 誰かの頼み事や仕事でしか訪れることのないような場所。今はプライベートで連れられているがこうも見方が変わるのか。

 

「沖縄の水族館を思い出すよ。師匠がよく連れて行ってくれたんだ……」

「そうなの?」

「あぁ。また、行きたいな」

「じゃあ、行こう」

「そうだな。機会があれば一緒に来てくれるか?」

「うん」

 

 即答だった。

 純粋に好きなんだろうな。なら、色々と調べておくのも悪くないかもしれない。もう少し、落ち着いて、長期休みに旅行として出かける。彼女のバンド仲間も連れて一緒に。

 

「なぁ、見ろよあの子」

「お~可愛いじゃん。声かけてみねぇ?」

「いいねぇ」

 

 など言う声が聞こえた。

 そこまで大きな声でもなく、密かに話しているのだろうが俺には丸聞こえだった。

 男二人。視線は燈に向いており気弱そうな彼女なら押せると踏んだのだろう。愚かな奴らだ。

 

「ねぇ、そこのき……み……」

 

 だから俺は関わってこないように殺気を放つ。

 

「ねぇ、次はこっち……」

「あぁ、分かったよ」

 

 燈は気づいておらず俺は男に笑いかけてやる。『近づいてきたら殺す』と。

 そしたら男どもは顔を青くして涙目で退散していった。

 

「? どうしたの」

「何でもないよ。さ、行こうか」

「あっ……」

 

 少し、人が多くなり燈が人に当たりこちらに倒れてくる。

 肩を優しく抱き引き寄せる。

 

「おい、気をつけろ」

 

 大人だった。

 俺が怒気を強めに、低く言い放つと気まずそうに会釈して行ってしまう。

 逆ギレされるよりはよかった。

 問題は燈の方だった。

 

「あ、ごめん、なさい」

 

 彼女は申し訳なさそうな顔をしながら謝ってくる。今にも泣きそうな顔をしながら落ち込んでいる。

 完全に勘違いさせてしまった。

 

「悪い、俺が怒ったのはぶつかってきた奴で……」

「ううん。そうじゃなくて……その、顎くんが……昨日、落ち込んでたから」

「見られてたか……いや、別に気にしなくても」

「気にするよ。あんな顔してたら……」

 

 そこまでさせるほど、俺は酷い顔をしていたらしい。

 

「燈、ありがとう」

「え……」

「気にかけて誘ってくれたってことだろ? 充分だ。だからさ、今は楽しもうか」

「うん……!」

 

 俺は彼女の手を引き、水族館を回った。

 その足取りは、ここに来た時よりも軽やかかだった。

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