そして、少年は己が内に眠る鬼を開放する。
待ち受ける純然たる悪意を砕くために。
俺たちは昼食を終え、電車に乗り自然公園へと来ていた。
都心から離れ、郊外と言っても差し支えないほど人が少なく、地図にも記載がない穴場。
「悪いな。時間取らせちゃって」
「ううん。私が、先に誘ったから……」
「そう言ってくれると、助かるよ。ありがとう」
木漏れ日のなかをゆったり歩いていくと大きな杉の木がある丘につく。
そこには一人の保母と二十人くらいの子供達が集まっていた。子供たちが俺達が来たことに気付き、手を振ってくれる。
「顎にいちゃーん!」
「お~! お前ら、久しぶりだなぁ!」
最後に会ったのは半年前、元柳に模擬試合を仕掛ける前だったはずだ。
顔ぶれは変わってない。だが、俺に気付いた十四歳の年長組の四人は少し警戒している。
それもそうか。俺は、それだけ酷いことをしている。冷たく突き放し、師匠を殺した奴だ。特に、活発そうな少年は師匠にえらく懐いていた記憶がある。
「顎くん、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫。これは、必要なことだからな。避けては通れない。だから、ちゃんとするよ」
だが、先にチビッ子どもの相手を少ししなければならない。
砂糖に群がる蟻のように周囲を囲まれてしまう。もみくちゃにされている燈には申し訳ないが相手をしててもらうしかない。
俺は保母さんと話してくると言ってその場を離脱する。
「
「ふふっ。そんな他人行儀にしないでお義母さんと呼んでいいのよ?」
「流石に俺なんかがその言葉を言う資格は無いですよ」
そう言うと保母――嘉村宜七深は悲しそうな表情をするが、彼女にとって俺は娘を殺した仇のはずなんだ。
でも、七深さんは俺を責めなかった。『人殺し』『娘を返せ』とあの葬式の日に言われていれば、どれだけ楽になれたのか。だが、責めもされず、ただ許された。それがどこまでも苦痛だった。
断ち切れぬ呪い。
そう言えるほど俺の心に深く突き刺さった傷。
だけど、今なら分かる気がする。
師匠が、瑠香姉さんが俺に生きてほしいといった事も、七深さんが俺を責めなかったことも。
「ちゃんと、謝りたいと思い。今日、ここに来ました」
「謝るって……何をだよ!」
「
「でも、義母さん!」
「いいから、黙って聞きなさい」
「……っ!」
やっぱり、恨まれている。
分かっていたことだ。あの日、俺は彼をボコボコにして再起不能にした。単純な八つ当たりだった。
己の不甲斐なさを、無力感を、何も知らずに喚き散らかす誰かをただ、潰してスッキリしたかっただけ。
「蓮花……ごめん」
「どの口が!」
「俺は、師匠を……嘉村宜瑠香を殺したのは俺だ。これは、嘘も否定もしない」
「お前!」
「だけど、俺は拾われた命をまた無駄にするわけにはいかないんだ」
俺は七深さんに向け、深々と頭を下げる。
「七深さん。本当にすいませんでした」
「顎ちゃん。いいのよ。思うがままに生きなさい。あの子が――瑠香がそう言っていたのでしょ?」
「はい……」
「なら、そうしなさい」
七深さんはチビッ子に群がられている燈の方を見て微笑む。
「ふふっ……本当に顎ちゃんは縁に恵まれているわね」
「縁……ですか?」
「そう。大方、あの子に助けてもらったのでしょう?」
「えぇ」
「なら、ちゃんと守ってあげなさい」
小さく頷き、俺は燈たちを呼ぶ。
「お~い。こっちに来てくれ!」
そう言うとチビッ子どもが燈の手を引いてこちらへ向かってくる。
本当に平和な一時だと感じ、心が緩む。だから
俺は足元の石を蹴り飛ばす。
まっすぐと燈の方へと一直線に向かって行き、緩やかに右へと膨らみ彼女の後ろにいる奴に直撃する。
「ウゼェ」
その一言共に飛び膝蹴りをかまして燈たちの後を追わせないように立ちふさがる。
「で? お前、何処の差し金?」
「誰が……」
「じゃあ、いいや」
顔面を蹴り飛ばして地面を転がる男。
ピクリとも動かなくなったので死んだか気絶したのだろう。思わず溜息が出てしまう。
「はぁ~っで、アンタらは何の用?」
俺の目線の先には五十人ほどの男たちがぞろぞろと出てくる。
「嘉村宜顎、貴様から闘技者の資格を奪わせてもらう。逃げれば、後ろの女子供がどうなるか分かっているな?」
「正直、驚いたよ」
「何だ? 言い訳か?」
「違ぇよタコ」
俺は上着を脱ぎ捨てる。
「これで俺に勝てると踏んでる脳味噌と、上の判断能力に驚いてるって言ってんだよ」
心臓の鼓動が一層速まり、肉体がいつも以上に熱を帯びる。肌も少し赤くなり身体が膨張する。
俺の変化に気付いた数名は構えを取るが、もう遅い。
「顎くん!」
「燈、大丈夫だよ。だからそんな顔をするなって。俺は、最凶なんだ」
呑気に女の子と会話しているのが気に食わないのか、集団の長らしき男はもうブチギレそうなほど顔を真っ赤にして鬼のような形相で俺を睨みつけてくる。
「そんなに俺に構ってほしいのか?」
「ぶっ殺す」
「そんな汚い言葉を使うなって子供達に悪影響だろうが」
「そんな口、すぐに聞けなくしてやる」
「舐めた真似しやがって。二度と俺の前に立てないようにしてやるよ」
そう言って、俺は駆け出した。