迷奏フィロソフィー   作:葛城イロハ

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 悪意は止まることを知らず、少年は倒れ伏す。
 だが、そこまで来てようやく少年は内なる怪物と対面することになる。
 偽りの仮面がはがれる時が来たのだ。


偽仮面

 俺の弟、里桜は可愛いモノが好きだった。

 可愛らしい服を着て、化粧を習い、美しさを追及するような子だった。

 大雑把な俺とは違い、里桜は優秀で秀才。両親の期待値は火を見るよりも明らかで、俺は多少身体が丈夫で体力があるような子供。

 正直な話、幼少期は弟の方が可愛がられていたと思う。最初こそ、両親の愛を独り占めする里桜に嫉妬心を持ち、冷たくしていた。それでもお兄ちゃんと呼んで俺の後をついてくるような純粋な子供だった。

 家族に愛される弟が俺は、嫌いだった。

 だが、そんな考えはすぐに改められることになる。

 ある時、祖父が俺たち兄弟を呼び、俺たちを殺しにかかった。

 

『はっ……?』

『里桜はダメか……』

『り、り……お……』

 

 そこからの記憶はない。気づけば俺は全身傷だらけになり里桜を病院へ運んでいた。

 俺はお兄ちゃんだから、守らなければ。そう思っていた。

 そこから、里桜は俺にひどく懐くようになった。俺は右眉と下顎から喉にかけ、に消えない傷を負った。里桜は胸に傷を残すだけだった。

 守ってやれなかった。その結果だけが俺に重くのしかかった。

 だが、里桜は何も言わず、俺の側にいてくれた。相変わらず『お兄ちゃん』と俺の後ろをついてきた。

 俺には手本がいない。いなかった。だから全てを失ったあの日、俺は里桜の手を放してしまった。

 間違えに間違え、ここまで来てしまった。

 

「里桜……」

「兄さん」

 

 数年ぶりの再会だが、正直に喜べない。

 あの時よりも愛らしく、綺麗になった里桜。だが、纏う雰囲気は闘技者の持つ殺気。こいつは俺の知っている里桜じゃない。

 

「で? 何しに来たんだ?」

「酷いな。僕ってそんな嫌われることしたかな?」

「よく言うぜ。店長に手紙まで渡しやがって」

「あぁ、見てくれたんだね。どう?」

「クソみたいな事をしやがって……!」

「? 手紙を見てくれたんでしょ?」

「手紙? そんなのは無かった。花だけだったぞ」

 

 そう言うと、里桜の顔は真顔に変わり明らかにイラついている様子だった。

 

「チッ! あの低能クソカス野郎……調子のってんじゃねぇよ……やることなすこと口出しやがって……消すか。まぁいいよ。兄さん。あれは誤解だよ」

「じゃあ、良いよ。お前に敵意がないなら俺はそれ以上は望まない」

「……兄さん。駄目だよ」

 

 その一言で里桜の纏う雰囲気が変わる。

 明らかにヤバい。 

 俺は足が壊れる勢いで力を入れて地面を滑空するように里桜へ接近する。

 だが、里桜の方が一歩、速かった。

 

「キヒっ!」

「ぐおぉ!」

 

 里桜の指が左手に突き刺さり、血が流れる。だが、俺はそんなことを気にする余裕はなく力任せに押し、木に押さえつける。

 

「あぁ! その目だよ兄さん!」

「里桜! お前!」

「愛しい兄さん。やっと僕を見てくれたね」

「何をしようとした!」

「やだなぁ……殺すわけないじゃないか。そうしたら、兄さんは僕を見てくれないから」

 

 嘘だ。

 あれは明らかに殺す気だった。そうでなければ燈に向かわなかったはずだ。

 

「嘘つけ。お前は明らかに……」

「そうすれば嫌でも僕を見てくれるからね」

「……なら、聞き方を変える。どうして俺にこだわる」

「僕が兄さんの傷になればそれでいいから」

「それって……まさか、お前!」

「あはっ♪ 流石に気づいちゃうよね」

 

 あの日から変わったんじゃない。最初から(・・・・)こうなんだ。

 前提が違ったのだ。

 師匠が死に、里桜のことを忘れかけていたほどだ。違うな。そのことを思い出してなお、俺の中で一番じゃなければ満足できない。

 なら、あの日の出来事も仕組まれた事(・・・・・・)なら。

 何時からだ。

 何時から、里桜は俺に――。

 

「最初からだよ」

「――っ!」

「兄さんが、僕に嫉妬心をむき出しにしてたあの時からだよ」

「そうか……なら、ちゃんと叱ってやるよ」

「兄さん!」

 

 里桜のトンファーキックが腹に入りのけぞらされる。

 刺さった指が抜け、血が吹き出るがそれはさしたる問題ではない。貫通はしてない。なら大丈夫。

 里桜は手についた血を舐めとっており恍惚な表情をしながら俺を見る。

 

「あぁ……あぁ! 甘い! 甘いよ兄さん! 僕たち、遺伝子レベルで相性がいいのかもねぇ!」

「キッショいこと言ってんじゃねぇよ!」

「もっと! もっと僕を見てよ! 兄ぃさぁあああん!」

 

 拳同士がぶつかるが、その音は金属音に似ていた。

 人同士が鳴らすような音ではなくお互いに強度、能力がそうなるくらい高いことを示していた。

 俺は左手を負傷してるため血で滑って威力が落ちているうえにあまり攻撃に使えない。さらに周囲には子供たちがいる。変に集中力が割かれる上に邪魔なんだ。

 すごく、動きにくい。

 里桜はそれに気づいている。

 

「……」

「兄さん?」

「……」

 

 ウザい。

 邪魔で思うように動けない。さっさと退けよ。

 いらない力が全身に入る。

 

「みんな! こっちにいらっしゃい!」

「こ、こっち、行こう」

 

 七深さんと燈が誘導してくれているが、遅い。

 少し、場所を変えるか。

 

「こっちに来い!」

「アハハ! そうこなくっちゃ!」

 

 俺はもう一度、心拍数を爆発的に高め、身体能力を全開にして突進し、里桜を押しのける。

 

「《戒撃・廻》」

 

 手刀を廃し、拳に足から腰、腕へと回転力を乗せ放つ。だが、里桜は両腕をクロスし防ぐ。

 袖が破裂して素肌があらわになるが内部へのダメージは少なからずある。その証拠に顔は歪んでいる。

 負傷している手はラッシュでもなるべく使っていない。そのうえ、右手による戒撃の使用。こいつはもう左ではまともに技は打てないと思っているはずだ。

 だからこの一撃は入る。

 

「《獅子哮(ししこう)》」

 

 内外を破砕する左フックと寸勁、回転力を込めた一撃だが、変な金属音と共に拳に伝わる感触が人ではない硬質な何かを叩いた感触が伝わる。

 ――この手応えの無さは、なんだ?

 

「残念だったね。兄さん」

「がっ……!」

 

 突き刺さる右ストレート。閃撃だ。何で、里桜が……。

 俺はそのまま吹っ飛ばされて地面を転がる。

 

「顎くん!」

「とも……り……」

 

 ヤバい。身体が動かない。

 動け、動けよ!

 

「やっと、止まったね。兄さん」

 

 そう言って、里桜は倒れている俺に対して、不敵な笑みを浮かべた。

 そして、俺の身体に異変が起きた。

 

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