だが、彼女はそんな彼の心を理解しようとした。
だって、こんなに身も心も傷ついているのだから。
あの日――気づけなかった心の叫びを取りこぼさないために
「で? 言い訳はあるかい。ガキンチョども」
「ないで~す」
「ありません」
「入院中だったアンタはもっと反省しな!」
と言いつつ、俺には拳骨を落してくる看護師のおばちゃん。
痛いよ。
「壁にこんな大穴を開けちゃって! どうするんだい⁉」
「いや~豪鬼、これって保険おりる?」
「どう見たって下りないだろう」
「だよねぇ。いくらくらいかかるかな?」
「今のお前の事を考えれば、会社は無理してでもお前の為に出すだろう」
「そう? ならよかった」
「だが、その分、試合にも出ることになるだろう」
「その程度ならいいよ」
そう言うと豪鬼は驚いた顔をする。
その『キャラが変わりすぎだろ』って顔するんだよ。
「意外だな」
「何が?」
「顎、お前は戦いが嫌いだろ」
「うん」
「即答か」
「でも、俺は勝つよ」
などと話していると、俺は両肩を掴まれる。
背筋が凍る。
絶対に振り向きたくないと思いながらも、豪鬼の顔を見ると眉間にしわを寄せ、怒られた子供の様な顔をしていた。
頼むよ、そんな顔をしないでくれ。不安になる。
「顎……」
「顎く~ん」
意を決して振り向くと、青筋を浮かべている立希さんとそよさんがいた。
「い、いや~ご心配を……」
「「心配をじゃない!」」
「ごめんなさい!」
普通に怒られた。
左手をぶっ潰しているのだ。包帯で裂けた肌を固定しているだけなので血が滲んでいる左腕。鼻は潰されていたためテープで固定。口内出血に口が少し裂けたくらいだろうか。
だが、もう痛くはなかった。
俺は、立ち上がって医務室を出ようとすると、看護師のおばちゃんが俺の手首を掴んできた。
「待ちな」
「え、はい」
「出る前にこれを握りな」
渡されたのはグリップ。
だが、重さが書いてない。
「あの……これって……」
「良いから早くしな!」
「はい」
思い切り力を入れるとギギッと金属を握るような音と共にグリップが握りつぶされてしまう。それをみた看護師さんは何とも言えない顔をして俺を見る。
やるせないような悲しそうな、そんな顔をしていた。
「あたしはね、アンタみたいな患者を何人も見てきた。でもアンタは若すぎる」
「あはは……よく言われますよ。若すぎるって……でも、それは関係ないですよね?」
「この先の人生をどう過ごすつもりだい?」
「地獄と分かっていても俺は証明しないといけないんですよ。師匠が俺を拾ってきたことを間違いじゃなかったって言うことを……!」
これは決意。
ここから先、何も遠慮しない。俺の望む未来を掴み取るための準備期間。基礎技の《魔弾》を開放したからこそ、全ての技のレベルを一気に上げる。
俺はこれから、上位陣の闘技者たちを狩る。
傷を完全に癒し、万全な状態にしなければならない。里桜や荊木、やるべきことは沢山ある。
とりあえず、豪鬼が俺のついでに説教を受けている隙に診察室を出て病室に戻る。
「は~もうひと眠りする……か……な?」
「あ、あっきー。楽奈ちゃんに何したの?」
「顎くん?」
どひぇええ。
何で居るの? いや、あの二人は来ないとは一言も言ってないし、聞いてない。
「いや~ちょっと、豪鬼さんと意見の食い違いで殴り合いになりまして……」
「ちょっと?」
「いえ、バチボコの殴り合いになりました」
「顎くん、鼻……大丈夫?」
「潰れてるけどまぁ、なんとか……」
「潰れてる⁉ ともりんから聞いてたよりも重症になってるじゃん⁉」
そうだろうよ。
ついさっきできた傷だからな。
しかし、楽奈ちゃんがまだ寝ていてくれてよかった。絶対に面倒なことになるから。
俺は先に、あの子に謝っておかなければならない。
「来てくれたんだな。燈」
「うん」
「悪かったな。服、ダメにしたろ? 弁償するよ」
「別に、いいよ」
「良くないよ。こういうのはちゃんとしないと俺の気が済まないから。それに、俺は燈に――」
「顎くん!」
俺の言葉を彼女は遮る。
なんで、そっちが泣きそうな顔をするんだよ。
別に、何かしたわけじゃない。むしろ、俺が君を巻き込んで、怖い思いをさせたはずなのに。何故――。
無意識に、俺は燈から視線を逸らそうとしてしまう。だが、彼女はそれを察して、両手で俺の頬を挟んで動かないようにする。
「ちゃんと見て……!」
「っ……!」
「私は、気にしてない。だから、自分を責めないで」
「それじゃ……ダメだろ」
「何で? 貴方は、こんなになるまで頑張ったのに?」
「俺は、頑張ってるのかなぁ……」
「うん。だから、甘えてほしい……」
甘えるかぁ。
どうやったっけ。
思い出せないし、どうしたらいいのか分からなかった。
だから、やりたいようにする。
俺は、燈をギュッと抱きしめる。温かく、柔らかい。すごく、安心できる心地よさがあった。覚えがあった。何時だったか忘れていたが、師匠が良く俺を抱き枕にして寝ていたころを思い出した。
師匠も、あの時は不安だったのだろうか。
グルグルと回る頭の中で、今は心地よさに触れながら一筋の涙を垂らした。