理性を溶かすような衝動をその身に宿しながら最凶の怪物は戦いに身を投じる。
台所に立ち最初に困惑したのは恐るべき抹茶類の多さだった。
あまりの多さに驚愕した。
失礼だが老人が消費するような保有量ではないのは確かだ。
思わずため息を吐きながらもさっさと準備することになった。
「何でこんなに……」
「ん」
「何だよ」
「ん」
料理している俺をよそに猫娘の楽奈は何かを訴えるように左手をひいてくる。
手を出せと言っているのか掌を見せる。
「んべ」
唾液のついた透明な飴玉が彼女の口から吐き出される。
そして、新しい個包装の飴玉を口に含みこちらの手にまた吐き出してきた。
「あげる」
「おい」
あげる。じゃないのよ。口にどう見たってさっきと同じ色の飴なのだから口に入れる必要はなかったはずだ。
流石に捨てる訳にもいかず俺は唾液のついた二つの飴玉を口の中にほおる。
ハッカのようなスーッとした清涼感が鼻を抜け、したが冷えるような感覚。
ガリガリと飴玉を噛み砕き手を洗い、調理に戻る。
「何、作ってるの?」
「夕飯だけど」
「抹茶、使ってる」
「ああ、大量にあったからな」
「早く」
「分かったからジッとしててくれ」
「いや」
「そうかよ」
もう諦めて調理する。
味噌にジュレ、ソースに豆腐……。やることが多い。
ぱっぱと準備を進めて食事にしてしまおう。
「は~い。できましたよ!」
「早かったじゃないか」
「まぁ、あるモノを使っただけですからね」
食卓に並んでいるのは猪肉の抹茶ソース添えに抹茶味噌田楽、ホウレン草や蓮根、牛蒡などの小鉢類にあさりのお吸い物と白米となっている。
変わった食材もあったがどうにかなった。
「おいしそう」
「どうぞ」
「じゃあ、いただくとするかね」
そう言って二人は俺の料理をちゃんと食べてくれた。
昔はどれだけ頑張っても投げつけられて俺が全部処理することになったし、捨てられることすらあった。口をつけてくれたことを考慮すればかなりマシだった。
「おいしい」
「うん。いい腕をしてるね」
「……ありがとうございます」
褒められたのだろうか。
二人とも、美味しそうに食べてくれている。
それがどうしようもなく嬉しかった。
「ふふっ。こういうのは久しぶりだったので良かったですよ」
「顎、アンタはウチの家族になるんだそんな他人行儀になる必要はないよ」
「え、ですが……」
「気にする必要はないよ」
「そうですか。じゃ、じゃあ、改めまして。楽奈ちゃん。婆ちゃん。よろしくお願いします」
それから片づけを済ませ、風呂に入ろうとすると携帯から一本の通知が届いた。
「……チッ」
内容を確認し、思わず舌打ちが出てしまった。
気分よく一日を終えられるかもという時にこんなどうしようもない連絡に苛立ってしまう。
嗚呼、本当に人の気分がいい時にこいつらは来る。
「あぎと?」
「楽奈ちゃん?」
「どうしたの?」
「……ちょっとね」
お風呂上りで髪はまだ湿っており、頬が紅潮している。
バレてはならない。
だから心を殺し、接する。
「ほら、まだ濡れてるからタオルを貸して」
「ん」
手荒だがゴシゴシと髪を拭いてあげる。
本当に猫みたいだなと思いながらも本当に愛らしい子だ。彼女に振り回されたらたまったものではないだろうが変に和まされてしまう。
変に長居すると見透かされそうなので婆ちゃんの方へと行かせて俺は玄関へと向かう。
「こんな時間にどこ行くんだい?」
「婆ちゃん。ちょっとそこまでね」
「私が許すと思うのかい?」
「頼むよ」
「……分かった。怪我するんじゃないよ」
「ごめん。ありがとうございます」
そう言って俺は玄関を走って出ていく。
時間はまだ三十分ほど余裕があるが走って向かいもう少し余裕を持たせたかった。
門を抜け、撤去工事中の現場横の道を走って通り抜けようとするが、俺は咄嗟に身をかがめた。
バァン! と大きな音共に太い筋肉質な腕が出てきた。
「ざっっけんな!」
俺は咄嗟にポケットに突っ込んだインカムを起動してつなげる。
『やあやあ、顎くん。マジでごめん。向こうさんが馬鹿やって来ちゃった』
「黙れ。言い訳は良いんだよ。さっさと教えろ」
『オッケー。今回は中小企業合同投資の闘技者。だから徹底的に壊していいよ」
「了解」
中に入っていくと人とは思えないほどの筋肉達磨がいた。
プロレスラーや相撲の横綱を併せたような巨大な身体。俺とは頭二つ分大きく二メートル近い大きさで手足は三倍以上の太さ。
余裕綽々の態度がムカつく。
久しぶりの『仕事』なのだ。今回は本気でいかせてもらう。
「はっ! 誰が相手かと思えば小さいガキじゃねぇか!」
「そういうアンタはいかにも
「あ?」
「キレんなよ。事実だろ?」
「殺す」
「出来もしないことをほざくなよ」
瞬間、大男はこちらに飛び掛かってくるがマジで何も考えてない突進。
俺はわざと前に出ていく。おちょくられているのを分かっているのか鬼のような形相をでこちらを睨むが恐怖はない。
「ぶっ飛べ!」
背負い投げの要領で身体を打ち上げ、真っ逆さまに地面に激突する前に俺は男の腹に両手の掌を添えて吹っ飛ばす。
錐揉み回転しながら吹っ飛ぶ男は鉄筋コンクリートの柱に激突しながら悶絶していた。
弱い。
その隙を逃さず男の顔面を蹴り飛ばして地面を引きずる。
「がっ! ぐっ……」
それで終わりかと思ったが思った以上にタフでフラフラながらも立ち上がってきやがった。
目は血走っているし殺す気だろう。
だが、俺には勝てない。
「なぁ、アンタ。俺に勝てねぇんだから降参したらどうだ?」
「ふざけんな! まだ勝負はついてねぇ!」
そう言って男は現場の出入り口へ向かい走り出した。思ったよりも速い。
「先にお前の周囲の人間を嬲ってやる!」
そう男はほざきやがった。
「犯して、嬲って、殺してやる! お前から逃げきって―――えっ⁉」
俺は一足で男の前に移動し、殴り倒してしまう。
男は何が起こったのか分からず背中から倒れるが俺には関係ない。
こいつは――――一線を越えた。
身体が燃え上がるように熱くなりながらも脳の芯は氷の針を突き刺されたかのように冷たく冷静だった。
「お前――終わりだよ。もう、手加減はしない。ぐちゃぐちゃにしてやるよ」
「ひっ!」
「逃げんなよ。お前はそうやって多くの人を嬲って来たんだろ? お前のこと、俺はよく知らねぇけどこれだけは分かる」
心の底から溢れる本音。こいつは絶対に生かして返さないという決意。
「お前はここで殺す」
正義感とか義務感とかではなくそうするべきだ。生かしておけば何百という人が嬲られる。
罪や罰ではなくそうするべきなんだ。
殺しという罪を背負ってでもこいつはここで消す。
気持ち悪りぃ。
俺は問答無用で拳を振り上げ、顔面に向けて振り下ろす。
人を殴っているとは思えない音が響きながらも俺はやめない。息の根を止めるまで俺は振り下ろし続ける。
「おい。顎……阿村宜顎。やめろ」
「……古波蔵。止めんな」
「止めさせてもらう。もう、試合は終わった」
「あぁ⁉」
「やめろ。お前も殺るか……!」
「チッ!」
俺は止められてようやく男から降りて近くの柱を蹴り倒す。行き場のない怒りが治まりようのない衝動だけが残る。
「もう帰れ。後は俺が処理する」
「……お願いします」
「冷静になってから家に戻れ。あと、これも」
そう言って投げ渡されたのはキンキンに冷えた水だった。
「分かったよ」
そう言って俺はその場を後にし、ペットボトルの栓を開けて水を飲む。喉を流れる冷えた水は火照った体に染みる。
「何やってんだろ……俺は」
俺の独り言に答える人はおらず俺は星空を見て家に帰るしかなかった。