怪物は少女と共に過ごしていく中で忘れていた記憶を思い出す。
決して叶わぬ願いだとしても――怪物に止まることは許されない。
自宅に着き、高松さんを居間で待たせているわけだが普通に不味い気がする。
警戒心もクソもない。
初対面の時はかなり警戒していた印象があったのだが懐かれているのか。
そうじゃなきゃお見舞いも毎日来るわけない。駄目だ。思考がまとまらずにグルグルと回っている。一度リセットするために調理を開始する。
「えっと、高松さん。苦手なモノってある?」
「あ、えっと、生卵とか、いくらです」
「なるほど。分かったよ」
じゃあ今回は特に問題はないわけだ。
取り出した鮭をグリルに放り込み、胡瓜とミョウガを刻む。
「あ、あの何を……」
「う~ん。出来たらの秘密。あと、タメ口でいいよ」
「え、いいの?」
「学校に通えてたら高1だからね」
「そうなの?」
「あぁ、訳があって受験もできなかったからな」
「あの、ごめんなさい」
「え⁉ あ、別に気にしないで。俺が上手く対応できなかったせいだから……」
空気が重い。
別に同情とか罪悪感を持たせようとかしているわけじゃない。
変に気を使わせてしまった。
「それに、今は幸せだからな……」
「そうなんだ」
どうにか軌道修正はできた。
意外と感受性が高いのか、見た目よりも繊細な印象を受ける。
そんな話をしながら生姜を千切りし、胡麻をすり鉢ですり始め、香りが立てば白味噌とあわせて皿に盛っていき、焼けた鮭はほぐし身にして別皿へと盛る。
「よし、冷やし茶漬けの完成です」
「わぁ……おいしそう」
トレーに乗せ、居間の座敷机に並べる。
「どうぞ。好きに薬味や具をのせてから出汁を注いで食べてくれ」
「い、いただきます」
高松さんは胡瓜に胡麻味噌を乗せ食べてくれる。
一口食べ、彼女は驚いたような表情をする。
「さっぱりしておいしい」
「ははっ。冷めえたご飯じゃないと熱が入って変な味になるからね」
「はぐっ、んぐっ」
すごい勢いで食べる高松さん。そんなにおいしいのか気に入ってくれたのか。こんなに食べてくれるのは料理人冥利に尽きる。
何よりも美味しそうに食べてくれるのがうれしい。
楽奈ちゃんや婆ちゃんも昨日は上手そうに食べてくれたのが嬉しかった。本当に懐かしくてもう、二度と手に入れることのできない光景だと諦めていたから。
「もう、食べちゃった……」
「おかわりは沢山あるから。はい貸して」
「あ、ありがとう……」
「美味しそうに食べてくれるから俺も作った甲斐があるよ。今よりも熱い日なら氷を入れても良いからね」
「……あの、今更だけど、家に上がって……よかったの?」
「え……あぁ、高松さんが大丈夫なら俺は問題ないからね」
意外に気にしていたのか。いや、異性の家だもんな。しかも二人きり。変な勘繰りをされても仕方がない状況だし然るべき場所に連絡を入れてしまえば俺は何も反論できない。
「でも……ごはんまで」
「良いさ。一人で食べるのは、寂しいから」
「嘉村宜くん……」
「顎でいいよ」
「え?」
「顎って呼んでほしいんだ。その、苗字は呼びなれてなくてね。嫌ならいいんだ」
「っ! いや……じゃない、よ。なら、私も名前で呼んで、いいから……!」
この子は本当に人の理性を刺激してくる。
悪くはなかった。むしろ心地よさすら感じる。仕草も声も全部が俺に日常の安堵を与えてくれる。絶対に彼女たちを守ろう。そう思えた。
「燈、ありがとう」
「うん……顎、くん」
「何か照れ臭いな」
「……そうだね」
「でも悪くはないかも」
「うん」
少しばかり会話をしながら昼食を取り、一時間ほどが過ぎる。
外は炎天下の猛暑になり、少し休むように燈に提案することになりその間、俺はあるモノの修理をすることになった。
「望遠鏡……」
「この前、ちょっと空を見てるときに倒しちゃって脚を壊しちゃったからな」
「星、好きなの」
「あぁ、星を見ている時が安心するからな」
「私も、見るの好き……だから、今度、一緒に見ますか?」
「いいの?」
「は、はい……顎、くんが良ければ……」
「じゃあ、約束だ」
そう言って俺は小指を出して指切りをする。
「指切りげんまん針千本のーます」
『にぃ、やくそく』
「っ……」
忘れていた記憶。俺は、まだ、覚えていたのか。
今の今まで忘れていたくせにか。本当に都合がいいように人はできているな。あまりの身勝手さに自分でもあきれ果ててしまう。今頃思い出しても遅いというのに。
「……? どうしたの?」
「いや、今、弟とした約束を思い出してね。かなり年数がたったから謝りたいなって思ってね。ごめん、今言うことじゃなかったな」
「そ……そんなこと、無い。ちゃんと言葉にして、伝えないと」
「そうだな。ちゃんと伝えないとな」
例え、伝えるべき人が亡くなっていたとしても。
いつか、全てが終わる時か俺が死ぬ時か。近々、謝りにいかないとなと心の中で誓った。