間違いだらけの人生だったとしても、君を守るために怪物はその牙を躊躇いなく振るうだろう。
あれから一時間ほど経ち、三時のおやつ時となった。
望遠鏡の修理は完了し、俺は身体を伸ばす。
「う~ん。燈、おやつにしようと思うんだけどお腹に余裕ってある?」
「え、ある……よ」
「そっか。じゃあ、ちょっと待ってて」
冷蔵庫の中から作り置きしていた抹茶のムース。
今朝、楽奈ちゃんに見つからないように一番上の奥に隠していたが、見つかっていなかったようだ。
ムースをトレーに乗せ、居間に戻ると、縁側で楽奈ちゃんにもみくちゃにされている燈がいた。
いつの間に帰ってきていたのだろうか。
「お待たせ……って、帰ってたのか」
「ちょうだい」
「まずは手を洗ってきなさい」
「うん」
ささっと縁側で靴を脱いで洗面所へ消えてく。
そんなにか。
「大丈夫かい?」
「う、うん……楽奈ちゃんがいるとは、思わなかった」
「知り合いだったのか……」
「えっと、バンド、仲間」
「バンドね……えっバンド⁉」
意外だった。
「ちなみに何処をやってるの?」
「ぼ、ボーカル」
「えぇっ……いや、そうか、そうだよな」
「意外、だった?」
「透き通った声だからそうかなって思ってはいた。でも、バンドか。今度、ライブとかあれば教えてよ」
「うん」
「おわった?」
俺は肩を掴まれ前後に揺すられる。
「分かったよ。こっち食べていいから」
「うまい」
「もう喰ってるし……まぁいいや。はい、燈の分ね」
「あ、ありがとう」
「もう一個」
「冷蔵庫にあるから……いや、待て。俺がとってくる」
好き勝手する猫娘を先に黙らせないと落ち着けない。
俺はもう一度、居間に行こうとするが、ピンポーンとインターホンが鳴る。
来客だろうか。楽奈ちゃんに出てもらおうかと考えたが辞めた。あの子に任せるのはすごい不安があった。
「はーい! 今行きまーす。楽奈ちゃんこれ食べて大人しくしてるんだよ」
「うん」
俺は玄関へと行きその影を見て、スイッチが切り替わる。
殺気。
普通の客では無いようだった。
「おい、連絡は受けてねぇぞ」
「来客に対して礼儀がなってないぞ」
「……何しにきたんですか。古波蔵さん」
「貴様の様子を見て来いとのお達しで来ただけだ」
そんなことを言いながら古波蔵の手にはいくつかの紙袋が下げられていた。ロゴを見る限りチョコレートの店や野菜の入った袋だった。
「これは?」
「菓子折りとお裾分けだ。妻が持っていけと……」
「へぇ~。妻ね……。は? 妻⁉ アンタ、既婚者だったのか⁉」
「そうだが」
「えぇ。アンタみたいな奴を好きになる人がいたのか……」
「あぁ。それに五歳になる娘もいる」
鬼のような形相のくせにやることやってんのか。
人は見かけによらないということか。
思わず毒気を抜かれてしまう。
「まぁ、ありがとうございます。どうします? 上がります?」
「少し、お邪魔しよう」
このまま追い返すことは心苦しいため、上げてしまったが二人は大丈夫だろうか。まったく知らない人が来たのだ。日を改めればよかったかもと後悔しながらも居間に来てしまった。
二人は俺の後ろにいる古波蔵の姿を見てぎょっとしていた。
「あ~……楽奈ちゃん。燈を連れて部屋に……」
「俺は、気にせんぞ」
「この子たちは気にするだろ」
「そうだったな」
この人、マジで言ってるのか場を和ませるボケをかましているのか分からない。いや、ボケだとしても洒落にならん。
「あ、あの、私も……居ていいですか?」
「え、俺は良いけど」
「別に、仕事の話ではない。顎、お前が決めろ」
「まぁ。いいよ。別に大した話じゃないだろ?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、菓子をだすから座っててくれよ」
そう言って古波蔵も座らせ、抹茶ムースを二つ持って戻ってくる。
「手作りか」
「そうだよ」
「意外だな」
「そうか? あんたもやってみればいいだろ」
「妻に出入りを禁止されている」
今の会話で何となく家庭内ヒエラルキーの現実を垣間見た気がする。
そうなんだ。あんなゴリマッチョの暴力兵器でも惚れた女には弱いのか。見事に尻に敷かれている。
「で、何で来たんだよ」
「俺なりの謝罪だ」
「あっそ……」
「それと、近々、お前には高校へと言ってもらう」
「ふ~ん。は? 高校って受験とかは」
「ない。こちらから話は通しているし。二か月前に認定試験を受けたろう」
「受けただけで俺は知らなかったよ」
大きな溜息を吐く古波蔵に対して、燈は驚いた顔をしていた。
「え……顎くん。学校行ってなかったの」
「ああ、家庭の事情で中卒。まぁ、認定試験は受けたらしいけど……結果は?」
「合格でなければそんな話はしない」
「それもそうか。分かったよ」
「準備はこちらで全て行う。では、俺はこれでお暇させてもらう。顎……」
「何だよ」
「馳走になった。とても、美味かった」
「そうかよ」
調子が狂う。
仕事上の立場がなければあの男も一児の父親ということだろうか。
「あ、私もそろそろ」
「じゃあ、送るよ。楽奈ちゃん、留守番をお願いしていいか?」
「いってらっしゃい」
燈を家に送るのは良いが、道中は重苦しさがあり会話はなかった。
気を遣わせてしまっている。
こういう時に和む話をできればよかったが、勝手に盛り上がって気落ちしている俺に言えることではないな。
「あ、あの!」
「ん?」
「これ、あげる」
燈から差し出されたのは柄付きの絆創膏。
パンダやペンギンなどの動物がプリントされた可愛らしいものだった。
「私の、宝物……だから、その……元気出して」
「宝物……」
大事なモノのはずなのにどうして。
「ダメだよ」
押し返そうとするが彼女は頑なに手渡そうとしてくる。
「なら、預かってて……」
「まぁ、それなら」
「辛くなったら。それを見て、思い出して……貴方は一人じゃない、から」
俺は、そんな優しく微笑む彼女の顔を見て、救われたような気がした。