迷奏フィロソフィー   作:葛城イロハ

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 乱される心。
 初めての感情に戸惑う少年は迷い星たちと出会う。
 


迷子

 それから一週間がたち、特に何事もない平和な日常を送れていた。

 俺は今、羽沢珈琲店でのんびりと読書にふけっていた。

 集中できない。

 一週間前、燈の宝物である絆創膏を預かり、俺はそれを肌身離さず持っている。劣化を防ぐために袋に入れてだ。

 あの時の微笑む彼女の姿が脳裏に焼き付いていて寝ている時や一人でいるときにふと、その姿を思い浮かべてしまい何も手につかない状況に陥っていた。

 

「くっそ……集中、できねぇ」

 

 どうしてしまったのだろうか。

 今までこんなことはなかった。

 だが、ふとした瞬間に俺は彼女を思い出してしまう。そんな悶々とした状態のまま悩んでいるとそっとコーヒーの入ったカップが差し出された。

 

「どうしたんだい?」

「えっ……」

「ああ、ごめんね。私はここの店主だよ」

「羽沢さん……。えっと、すいません」

「謝らなくていいよ。ちょうど、お客さんもいないしね」

 

 改めて見回すと従業員の人しかいない。

 この時間はお客が少ないから油断していたけど、この人、奥さんに怒られないのだろうか。

 

「それで、君は何に悩んでいるのかな」

「えっと……その……」

 

 この一週間。毎日のようにこの喫茶店に来てはこうしているのだから流石に言われるか。どうせ、一人で考えても解決するわけないのだからと思い。俺は店主の羽沢さんに洗いざらい吐き出してしまった。

 そして、意外そうな顔をされた。

 

「ズバリ、恋してるね」

「は?」

 

 休み休み言えや。

 そんなわけがない。

 

「違うと思いますけど」

「うーん。これは重症だね」

「ちょっと、それは失礼じゃないですか?」

「でも、忘れられないんでしょ?」

「そうですね」

「恋だって」

 

 頭湧いてるな。

 正直、俺よりも湧いていると言える自信がある。ここまで頭がお花畑だったらどれだけ人生は楽しいのだろうか。ないか。普段はしっかりしていると聞いているし娘さんも二つ上の高校三年生と聞いている。娘とあまり話せないから寂しいのだろうか。

 

「はぁ~。じゃ、俺はもう行きますね。ごちそうさまでした」

「は~い。がんばってねぇ~」

 

 そう言われ、俺は店を出る。

 くっそぉおお。改めて言われると変に意識している感じがあった。勝手に盛り上がるのは自由だがあまりにも気色悪い。

 相手はそんなつもりは微塵もないだろう。

 頭の中では分かっていても理性が否定しようとしてくるジレンマに追われている。

 まとまらない頭のままではいけないと思い少し都心付近に行くことにした。

 

 RINGという場所でバンドの練習をしていると聞いているが、音楽に疎く、楽器も触ったことがない奴が入るにはあまりにもハードルが高かった。

 せめて知り合いがいればいいなという軽い気持ちで入っていったのが良くなかった。

 中に入っていくと怒り狂った表情をした少女がこちらに向かって歩いてくる。知り合いが後ろにいるのかと思ったが誰もおらず俺の前までくる。

 

「遅いぞ! 野良猫!」

「え……」

 

 泣きぼくろのある気の強そうな少女に突然怒鳴られ、首根っこを掴まれながら引きずられてしまう。

 

「ほら、時間押してるんだから急げ!」

「ぐぇえええ!」

「キリキリ歩け!」

「ちょっ⁉ 話を……」

「うるさい! 行くよ! もう、時間がないんだから練習するよ!」

 

 有無言わさずスタジオへと連れて行かれ、中へとぶん投げられてしまう。

 

「へ⁉ りっきー⁉ 何やってるの!」

「あ? 野良猫を連れてきただけだけど?」

「え……あ、似てるけど全然違う人だよ⁉」

「は? 何言ってんの。白髪で目の色も左右で違って……あれ、こんなにデカかったけ」

「しかも、男の人だよ」

「え……」

 

 悪かったな。デカくて。

 だが、そんなに似ているのか。いや、他の子たちが違うと言っているからさっきの泣きぼくろの子が本当に勘違いしているだけだ。

 そして、同じ特徴を持ち、こんなことをしでかしそうな人物に心当たりがあった。このまま起き上がって逃げたい気持ちを抑えながら寝たふりをする。

 だって説明がめんどくさいから。

 

「ど、どうしよう」

「どうしようってりっきーが連れてきたんでしょ⁉ 責任もって介抱しなよ」

「あ、そ、そうか……って男の人だよ⁉ 無理だって!」

 

 声音からかなり焦っているのが見受けられる。間違って連れてきた子に至っては顔を青くしているのは容易に想像できる。

 

「でも、どうするの。彼、完全にのびてるけど」

「ど、どうするって。このまま寝かせるのもよくないし。おい、愛音(あのん)手伝え」

「えぇ⁉ 私ぃ!」

 

 そう言いながら、俺は女の子二人に持ち上げられてスタジオの脇に移動させられる。

 何か申し訳のない気持ちもありながらも面白いのでもう少しこのままでもいいかと思い。狸寝入りを続ける。

 

「さて……どうしよう」

「どうしようって。ちゃんと謝れば許してくれるよ」

「私、この人に野良猫と勘違いして色々言っちゃったんだけど」

「じゃ、りっきー。責任もって相手してね」

「はぁ⁉ バンドの仲間を見捨てるつもり⁉」

「そもそも間違えなければよかった話じゃないの?」

「そよ! お前まで……」

 

 何か、すごい話になって来たな。 

 そろそろ起きようかと思っていると、スタジオの扉が勢いよく開かれる。

 

「みんな、遅れてごめん……楽奈ちゃんも、連れてきたよ」

 

 あぁ、本当に最悪だ。

 どうしてこんな時に彼女に出くわすんだ。

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