霽月   作:おいかぜ

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【リクエスト1】
96話にて「もしこうなったらラッキー」と可能性が言及されている、つぐみが紗夜を好きになって、それを紗夜が受け入れるIFが読みたいです!

100話以降の想定で書いていますが、IFとして読んで欲しさもあります。
作者の感覚としては、「もっと同性愛が普遍的な世界だったら」くらいの温度感かな。
本編中は日菜→紗夜以外で同性愛描写してないつもりなので。これは作者が勝手に言ってるだけですけど。

あと普通に1話じゃ終わらなかったので連載になります。






【リクエスト1】つぐみ×さよ×ひな
羽沢つぐみの月虹浴


「ルームシェア……って、流石にそんなにご迷惑をおかけするわけには……」

「えー、名案だと思ったんだけどなぁ。あたしはつぐちゃんが来てくれたら嬉しいし、おねーちゃんもそうだと思うよ?」

 

 それに、お金厳しいんじゃない? と日菜さんが言う。

 

「お金は確かに厳しいですけど、食べるのにも困るような状態でもありませんし……」

「……いや、そんなボロアパートで暮らすのを許せるわけないでしょ。学生寮とかならまだしもさぁ」

 

 賃貸物件のチラシをモカちゃんに見られたのがまずかったらしい。一人暮らしを考えている、とかそういった話は以前からしていたから、Afterglowのみんなに問題にされてしまったのは、なるべく家賃を切り詰めようと考えた末に候補として残しておいた格安アパートの情報だった。

 

 その日のうちに日菜さんから電話がかかってきて、こうして直接お説教される事態に陥っている。

 

「セキュリティの問題とかあるじゃん。水回り共同とか論外だし……てか実家から出る必要あるの?」

「それは、色々と」

「でも、一人暮らしである必要はないでしょ」

 

 両親とも、私が一度親元を離れて暮らしてみるべきだ、と言う。それは私の成長のためでもあるのだろうし、同時に、私の人生の選択が家や家族に縛られることが嫌だから、なのだそうだ。

 事務所や各方面へのアクセスが良い場所で暮らせたらいいな、くらいのことは考えていたけれど、周りの子たちのようになんとしても一人暮らしをしたい、というような欲望はなかった。芸能界の端っこに足を踏み入れてしまった以上は、実家を出て私と家族の間にワンクッションを置いておきたいという気持ちはあったけれど。

 これは日菜さんが実家を出た理由とも似ていて、影響を大きく受けていると思う。

 

「せめてまともな物件にすること。それが難しいならウチに来なよ」

 

 

 

 ♦

 

 なんて抵抗していたのが先月までのこと。結局日菜さんにくるりと丸め込まれて(自分の意志で決めたことに違いはないけれど)、私は氷川姉妹の部屋にお邪魔することになった。

 

「つぐの運がいいのか、日菜さんが大胆なのか、どっちなんだろうね」

 

 ひまりちゃんの言葉に、私は背中を丸めてカフェオレに口を付けた。

 金銭的な実益もそうだけれど、私の内心を動かしたのはやっぱり、憧れの人に近付いてみたいという欲望だった。

 

「日菜さんが優しいんだと思うけど……」

「まあそれはそうだけど、たとえばわたしが同じ状況でも日菜さんはわざわざ誘ったりはしないと思うんだよね」

「……そうかな?」

「うん、多分。だからつぐは相当日菜さんに心を許されてるんだって。脈アリだと思うけどなー」

「脈って、私はそういうんじゃ……」

「違わないでしょ?」

「……うん」

 

 言い負かされて、ますます背中が丸くなる。耳が熱いのは、カフェオレの暖気のせいではないはずだ。

 自他ともに認める恋多き乙女(ミーハーとも言う)であるところのひまりちゃんは、相応に他人のそういった機微にも聡くて、隠すのが上手くない私の内心はあっさりと暴かれてしまった。

 

「でも、脈はないと思う……二人は互いが一番だと思うし……」

「あー、そういう……でも、二人は恋愛的な意味で相思相愛なわけじゃないよね」

「どうだろう」

「日菜さんはわからないけど、紗夜さんはそういうのじゃないと思うな。それに、一緒に暮らしてもいいと思うくらいなら、少なくともつぐは邪魔者だとは思われてないってことだし」

 

 二人のことは、正直に言うと、よく分からない。

 ただの姉妹のようでもあるし、恋人のように睦まじく見えることもある。日菜さんは特に、紗夜さんのことを想っているようにも見えるけれど……

 

「命短し恋せよ乙女、だよ」

 

 ため息を吐いた。

 ひまりちゃんにバレたのが運の尽きだったのかもしれない。

 完全に面白がられている。

 

 相談にはちゃんと乗ってくれるのが不幸中の幸い、と言ったところだろうか。

 

「でも実際、どうすればいいのかな」

「つぐなら、胃袋を掴むとか……?」

「それはもう試みてるから、それ以外で」

「ううん、スキンシップ、かなぁ。それかいっそ、恋愛の話題を振ってみるとか」

「日菜さんにはすぐ見抜かれちゃいそう」

「……いっそ、その方がいいんじゃない?」

「……そうかも」

 

 実際問題、突き当たるのは情報不足という現実だ。

 二人がどんな人生観や恋愛観を持っていて、好みの人物像がどんなものなのか、私は全く知らない。当たって砕けたくはないから、まずは探りを入れるところからスタートすべきなのかもしれない。

 

 スタジオと蘭ちゃんのスケジュールの都合で午前の早い時間に行われたレコーディングを終えて、帰路にひまりちゃんと立ち寄った喫茶店。時計を見れば、午前11時。昼時の良い時間ではあった。

 

「少し話は変わるけど、二人と暮らして意外だったこととか面白かったことってあった?」

 

 ひまりちゃんが話題の舵を取った。投げ掛けられた問いに、少し考え込む。いくつか浮かんだ中身のうち、話せそうなのはどれだろうかと逡巡。

 

「紗夜さんが案外ズボラだったこと、かな」

「片付けできないとか?」

「ううん、全然普通の人ではあるんだけど、逆に、普通の人なんだなぁって。あ、でも今日は休日だからまだ寝てるかも」

「言いたいことは分かるけど、それはつぐが神格化し過ぎてただけなんじゃないかな……」

 

 そうかもしれない、と納得してしまったので少し口を噤む。

 ズボラ、という言葉選びは誤りだったかもしれない。ぐうたらというか、引きこもり性というか……まあとにかく、当然ながら外で会う紗夜さんとは違う一面を見られたことは確かだ。

 

 逆に、日菜さんは私の今までの印象と全く変わらない。内と外の差が希薄なのか、今までも私に気を許してくれていたのか。自惚れでなければ、その両方なのだと思う。

 

「ご飯はつぐが作ってるの?」

「うん。紗夜さんが作ることもあるけど、基本は私が作らせてもらってる」

「紗夜さんってどんな料理するのか想像つかないな〜。そつなくこなしそうだけど」

「紗夜さんの料理は……丁寧、かな。手間を減らそうとするんじゃなくて、時間や手間をかけてもレシピ通りに作る感じ。私もそういうきらいがあるから特に感じるけど、お菓子作りに似てるなって思う」

 

 その割に大雑把に作っていることもあって、そこが時折不思議に思えたりもするのだけれど。下処理が丁寧だったり、調味料を逐一量って入れる割には、自分で食べる目玉焼きの黄身を「その方が早く焼けるから」と箸で潰しながら焼いていたり、そもそも作り過ぎていたり。

 

 そんな姿を見せてくれるのも、多少は心の距離を縮められている証なのかもしれない。

 

 紗夜さんだって抜けているところがあって、はしゃいで無茶をすることがあって、きっと人並みに悪戯好きで。こうしてみると、やっぱり日菜さんとはちゃんと双子の姉妹なんだなぁ、と実感する。

 

 そんな話をすると、ひまりちゃんは苦笑した。

 

「それでますます沼っちゃってるって感じ?」

「…………うん」

 

 飲み干して空になったカップが乾き始めていた。

 

 二人同時に人を好きになった後ろめたさが、私の毛先をくすぐっている。

 感情ばかりが宙に浮かんで、足を踏み出す先を探している。

 

「ねぇ、つぐ。わたしはつぐのこと、応援してるからね」

「……ありがとう」

 

 恋に浮つく心とは裏腹に、私の理性はべったりと地に伏せている。

 

 情報不足とか、アプローチの仕方がわからない、というのは半ば以上が建前だった。本当は、理性が私の首に鎖を巻き付けている。

 

 だって、不誠実だ。

 

 恋という特別な情動を、日菜さんと紗夜さん、その両方に向けている私は、その時点で間違えている。せめてどちらかを選ぶべきで──そして、それを感情が拒否する。

 二人を比較するということは、片方を貶めるということ。自然とどちらかに感情が偏るのならともかく、無理矢理に切り捨てるのは、それが相手に何ら感知されないことだとしても後ろめたい。

 

 お会計を済ませて、ひまりちゃんと分かれる。一人になった途端に不安定になる感情にかたく目を瞑る。

 

 電車で3駅、マンションに戻る道すがら、駅のパン屋に後ろ髪を引かれながらもつとめて早足で歩いた。

 

 恋が報われて欲しいという当然の欲求と、そんな浅ましさへの自己嫌悪。それから、どっちつかずで幸せなままの今日が永遠に続けば良いという祈り。

 

「ままならないなぁ」

 

 広げた手のひらで、春風をつかまえてみる。当たり前のように、指先は空を切った。

 

 暗証番号とカードキーの二段階施錠を通り抜けて玄関のドアを開けると、珈琲の匂いがした。

 

「おかえりなさい。収録だったのよね?」

「はい。……と言っても、すぐに終わっちゃったんですけど」

 

 寝巻きにしているスウェットのまま、おそらくは起き出してきたばかりなのだろう紗夜さんが、ハンドドリップで珈琲を淹れているところだった。

 

「上手くいくに越したことはないでしょう。……ちょうど淹れたところなのだけれど、つぐみさんも飲む?」

「いただきます」

 

 珈琲をマグカップに受け取る。ベージュのマグカップは、昔、蘭ちゃんが誕生日にくれたものだ。リビングのソファに腰掛ける。

 

 日菜さんは夜遅くなる予定だと言っていた通りに、まだ帰宅していないらしい。

 

 余ったお湯を捨てて、手早くミルやドリッパーを片付けた紗夜さんが、私の隣に座った。

 小さく欠伸。化粧もしていないのに、びっくりするほど美人さんだ。一緒に暮らし始めて3週間経つけれど、まだ慣れない。

 白い肌も、流線型を描く鼻筋も、長いまつ毛も、芸能人顔負けというか……実際、紗夜さんも芸能人なんだけど。

 

「浅煎りって面白いわね。私の舌でも、豆ごとの味の違いがよく分かる」

「キリマンジャロとかは主張が強くなり過ぎたりもしますけどね。今回のコロンビアは私も浅煎りが好きです」

 

 私がコーヒー豆の選び方や、比較的手軽にできるハンドドリップを教えてから、紗夜さんはコーヒーに凝っているみたいだった。かつて独学で挑戦した時よりも美味しく感じられる、と言っていたけれど、プラシーボ効果が多分に含まれているに違いない。

 

 浅煎りが好きみたいで、比較のために少しずつ複数の銘柄を買った残りがジップロックに残っている。私としてはブレンドの沼に沈みこまないことを願うばかりだけれど、どうだろう。紗夜さんは結構、凝り性のイメージがある。

 

「お昼はまだですよね?」

「ええ。つぐみさんは?」

「私もまだなんです。作りますけど、リクエストはありますか?」

「特には思い付かないわね……頭が働いていないわ」

「でしたら、パスタにしましょうか。冷蔵庫のほうれん草も使い切りたいですし」

 

 マグカップのコーヒーに口を付ける。相変わらずブラックコーヒーはあまり得意ではないけれど、苦さが控えめの銘柄ならそれなりに美味しく飲める。とはいえ、カフェオレの方が好きなのだけども。

 

 紗夜さんの賛成を受けて、献立はほうれん草のクリームパスタに決まった。手伝おうとしてくれるのを固辞して、一人台所に立つ。洗い物くらいは、と言ってくれるのだけれど、既に大きく寄りかかってしまっている現状、家事くらいは多めに引き受けたい。

 そんな思いを汲んでくれたのか、渋々紗夜さんがソファに座り直した。

 

 手早くパスタとほうれん草を茹でてクリームソースを作り、三つを合体させて皿に盛る。私のわがままで少しずつ食材や調味料の種類が増えている台所の棚からディルを取り出して盛り付けたら完成。

 テーブルに並べると、紗夜さんは柔らかく「ありがとう」と言ってくれる。

 

 紗夜さんの好みは、正直まだ把握しきれていない。クセが強いものでなければある程度なんでも好んで食べてくれるような気がするけど、味付けはシンプルな方が好きなんだと思う。下手に懲りすぎるとすぐに飽きる味になったりするもので、そうならないように注意する。味に奥行きがあるのと散らかっているのでは受け取られ方が違うことを意識。

 

「美味しい」

「ありがとうございます」

 

 そういえば、と紗夜さんが不意に切り出した。

 フォークでパスタをくるりと巻いて、一瞬だけ躊躇するような表情。

 

「つかぬことを……と言うか、訊きにくいことを訊くのだけど」

「はい」

「つぐみさんは、日菜のことが好きなのかしら」

「えーっと……」

「ああいえ、掘り下げる気も、否定する気もないのよ。ふと気になっただけで」

 

 日菜さんも紗夜さんも好きです、と即座に答えられるはずもなく。

 動揺する私に対して、紗夜さんは本当になんでもなさそうに続ける。

 

「実家を出るとかそういった事情があるにせよ、つぐみさんなら日菜の提案を固辞すると思っていたの。事務所に相談するなり、Afterglowのメンバーに相談するなり、日菜に頼らずとも自助でどうにかできる方法なんていくらでもあったでしょう?」

「……はい」

「美竹さんあたりは反対しそうだし。……そういうわけだから、つぐみさんがウチに来てくれた理由の何割かには、日菜の存在そのものが含まれるんじゃないか、と考えたの。それと、つぐみさんが来てからの様子もね」

 

 そこで紗夜さん自身を勘定に入れない辺りが本当に紗夜さんだった。

 

 決定的な証拠があるわけではなく、「なんとなく」を言語化したような紗夜さんの所感は、悔しいことにほぼ100パーセント当たっている。

 

 日菜さんの提案は私にとって渡りに船と言えるものだったけれど、実家を出て暮らしていく手段はいくらでもあった。それこそ、当初は両親の仕送りもバンドの収入もあまり勘定に入れていなかったし、きちんと吟味する段階にさえ至っていなかった。

 

「えっと、……そうです。私は恋愛的な意味で日菜さんが……好き」

「つぐみさんと出会った日に言った記憶があるけれど、少し安心するわ。日菜に、きちんと向き合ってくれて、日菜を真っ向から想ってくれる人がいることが……なんというか、感慨深い」

 

 日菜さんと紗夜さんがそういう関係だ、というのは私の穿ちすぎた妄想だったらしい。紗夜さんは本当に家族として嬉しそうに微笑んだ。

 

 紗夜さんとそういう話をするのが気恥ずかしくて、私もパスタをひとくち含む。味見した通り、期待した通りの味。

 

「おそらくあまり力になれないと思うけれど、協力は惜しまないから頼って欲しい」

「……それじゃあ、私のこの気持ちって、日菜さんにバレてると思いますか?」

「バレていると思うけれど、確信は持たれていないんじゃないかしら。自分に向けられる好意にはどうも疎いようだから」

 

 ほんと、そういうところだけよく似ている。

 ……けど、それなら躊躇っているだけ無駄か。思い立ったら、というのは拙速に繋がると思うけれど、かと言って尻込みしているだけマイナスに転じる。

 出来るだけ早く身の振り方を決めなければならない。

 

「……訊かれたので訊いちゃいますけど、日菜さんや紗夜さんはそういう相手はいらっしゃらないんですか?」

「残念ながら縁がないわね。日菜は知らないけれど」

「あんまり残念そうじゃないですね」

「正直、煩わしいと思っているわ。ああいえ、つぐみさんに対してではなくて、恋愛事とか、世間体に対して。自分の欲望はともかく、他人を幸せにすることなんて私にはできないし──」

 

 紗夜さんは言葉を切って、ゆるりと首を振った。

 

「能動的に探すようなものではないと思っているから」

 

 互いにいくつか本音を飲み込んだのがわかった。

 切った言葉の先に見えるはずの紗夜さんの心は、どんな色をしていたんだろう。

 他人を幸せにできないなんて言葉も、日頃から滲む自信のなさだけで片付けられないほど真を纏っていた。

 

 

 紗夜さんの心に触れるたび、もっと深く潜りたくなる。もっと許されたくなる。

 

 

 ──わたし、紗夜さんのことが好きなんだなぁ。

 

 

 

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