霽月   作:おいかぜ

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掲示板回のFBありがとうございました。
次回の参考にさせていただきます。

今回はさよひなつぐの続きになります。紗夜しか出ないけど。
次で終わりかなぁ……


氷川紗夜とベゴニアの花弁

 

 日菜とつぐみさんの雰囲気が変わった。

 あまりその手の機微に聡くないと自覚している私にも嗅ぎ取れるくらいに、大きな変化だ。

 

 二人の距離は近付いて、変な遠慮がなくなったように思える。元々私ほどに距離は無かった二人だけれど、以前よりもずっと内側に入ったというか。

 

 もし、つぐみさんの想いが報われたのなら嬉しい。或いは彼女が目標とした場所と違うところに着地したのだとしても、二人の関係がより深く、前へ進んだのならば喜ばしいことだ。

 

 つぐみさんには、ズルい話をしてしまったと思う。私の日菜への負い目を押し付けるような、穢い行為だった。

 

 また自己嫌悪。成長しない。

 

 畢竟、私は罪悪感を消したいだけなのだと思う。

 日菜を受け入れない自分を許したい。それと同時に、日菜を()()()理由を増やしたい。彼女(飛鳥)に操を立てているのかと言えばそういうわけではなくて、操を立てていることにしたいだけ。

 

 たった一人、幸せにしてあげられなかった私が今更、と思う。

 

 ……私が日菜に一線を踏み越えることを許さなければ、日菜はいつまで待つのだろう。日菜の貴重な20代の時間を奪ってまで、宙ぶらりんのまま日菜の想いを保留し続けることに何か意味はあるのだろうか。

 

 本当は、拒絶するべきだったのだ。

 私と、そして日菜のために。情に流されてはいけなかった。

 

 だから、日菜とつぐみさんの距離が縮まったのが嬉しい。実に無責任な話で、私も日菜も大きなコストを支払うことなく道を正せるからだ。

 

 近いうちにまた決断を迫られることになるのだろう、という予感だけが燻っている。

 願わくば、あの子が幸せを掴めますよう。

 

「紗夜さん飲みに行きま……あれ〜、なんか疲れてます〜?」

「青葉さん。ええ、気疲れはしています」

「じゃあ飲みに行きましょうよ〜」

「今月2回目よ」

「3週間ぶりなんだからい〜じゃないですか〜」

 

 専ら私の逃避先になっている、事務所に併設されたカフェでぼうっとしていたら、青葉さんに声をかけられた。

 私は打ち合わせがあって事務所に来ていたのだが、果たして青葉さんはどうだろう。

 

「Afterglowも仕事……じゃないわよね。大学帰りかしら」

「せいかーい。紗夜さんがいるって聞いてたんで〜」

「……はぁ。まあ、構いませんが」

 

 青葉さんも大概もの好きだと思うのは、私なんかと積極的に飲みに行きたがることだ。

 自分で言うのもアレだが、サシで飲んで面白いタイプだとは思えない私を頻繁に誘うあたり、変わっていると思う。奢り目当てかと言えばそういうわけでもないらしいので、他人と食事するのが好きな人種なのかもしれない。

 他人と食事をしたいけどあまり騒いだりする気分じゃない時の選択肢くらいにはなれるだろう。おそらく。

 

「お店は決めてあるんでしょう?」

「この近くに串カツ屋ができまして……」

「よろしい」

 

 飲みとか言いつつ、せいぜい1,2杯なのが恒例だった。大学生らしさよりも仕事帰りのサラリーマンぽささえ感じられる。

 

 つぐみさんと日菜に夕飯は外で食べる旨を伝えて、2人連れ立って外へ出た。

 

「晴海さんも誘えばよかったですかねぇ」

「彼女は別件の打ち上げがあるそうよ」

「あー、残念。紗夜さんは嫌じゃありませんでした〜?」

「晴海さんと飲みに行くのが?」

「はい」

「いえ、特には」

 

 こういうところが、気遣い屋だなと思う所以だったりする。

 グイグイ来られても不快でないのは青葉さんの人徳だろう。

 

 氷川紗夜だ、とすれ違った女子高生が振り返った。少し迷って、聞こえなかった振りをする。

 

「優しくなーい」

「声を掛けられたら応えるわよ。この状態で私から声をかける方が迷惑でしょう」

「グイグイ売り込んでいきましょーよ」

「嫌」

 

 Roseliaらしくもないと思うし。

 ……いやでも、湊さんはファン対応を真摯にする方か。

 私のように取り繕わずとも、彼女の芸能人、あるいはバンドの顔としてのキャラクターは揺るぎなく確立されていて、この辺りも天性だなぁと思う。

 

「柄じゃないわ」

「そーですか〜? この間も『氷川紗夜天然エピソード集』みたいなツイスタの投稿見ましたよー?」

「3割くらいの片棒を担いでいたのはあなたでしょう」

「またゲリラトークライブやりますか〜」

「青葉さんのせいで楽器を持ち歩かないようになったわ」

「紗夜さんだってすぐノって来るくせにー」

 

 天然だなんだと言われるけれど、私のこれは作られたキャラクター性だ。友人達との悪ノリでやるような『小ボケ』を、ファンコミュニティに公開される場所でも一部披露しているだけ。無意識に変な価値観を露呈してしまった場合もあるけれども、言うなれば私のこれは『養殖ボケ』とでもいうようなキャラ付けでしかない。

 それが真をまとったように見えるのは、例えば私の前世に紐づいた価値観であるとか、日菜やRoseliaに対する態度が、外部からは氷川紗夜のパーソナリティからズレたものに感じられるからなのだろう。

 

「好きなバンドのギタリストとセッションできるとなれば断らないでしょう」

「あたし実はちょっと疑ってるんですけど〜、言う割に紗夜さん、配信ではポピパの曲弾いてません?」

「そうかしら? まあ、Poppin’Partyも好きですからね。これはあくまで浅いカテゴライズですが、戸山さんの歌詞は『キミと私』で、美竹さんの歌詞は『私たち』でしょう」

「ポピパの曲の方が配信で弾きやすい〜?」

「有り体に言えば」

 

 そうかもしれません、と青葉さんは頷いた。思案の裏では歌詞を思い浮かべているのだろうか。

 青葉さんの案内のもと目当ての店に辿り着いた私たちは、少し時間が早いこともあってほとんど待たずに座ることができた。

 

 とりあえず生! と威勢よく言い放つ青葉さんを尻目にハイボールを注文する。

 

「前も訊きましたけど〜、うちのつぐはどうですか?」

「どう、と言われても。気配りが過ぎて申し訳なくなるくらいね」

「あたしの部屋に来たときも掃除して帰るくらいなんでー、そこはあんまり気にしなくていいと思いますよ〜」

「青葉さんはもっと気にした方がいいんじゃないかしら」

 

 つぐみさんの影響で生活の水準が上がったのは確かだ。

 掃除の細かさとか、そんな細々とした部分だけれども。あとは単純に食事が美味しくなった。自分が作るものよりも他人が作ったものの方が美味しい。

 

「ちょ〜っと散らかってただけなんですよ〜?」

「青葉さんとつぐみさんの『ちょっと』の定義が違うことは確かね」

 

 以前青葉さんの部屋が写りこんだ写真を見たときは、少なくとも整然とした部屋ではなかった印象がある。

 

「……でもあたしが聞きたいのはそっちじゃなくて〜、紗夜さんの気疲れの原因はつぐなんじゃないですか〜? 、ってコトなんですけど」

 

 運ばれてきたハイボールに舐めるように口をつけて、青葉さんと目を合わせた。

 

「どういう意味かしら」

「紗夜さんなら気づいてますよね? つぐの気持ちのこと」

「……私に心当たりがなかったらどうするんですか」

「あたしなりに確信を持って話してるんで〜。でもやっぱり、知ってるんですね、つぐが紗夜さんのこと好きだって」

()()()()()()()()、ね。どちらの比重が大きいのかも分からないし、つぐみさんは今日菜と上手くいっているようだから」

 

 野菜の串揚げと串カツが届いて、まだ揚げたてのそれを火傷しないように口へ運ぶ。

 軽いノリで相伴に預かったものの、藪から棒に感じられるくらいには唐突に刺された感覚。青葉さんがこの手の人間関係に嘴を突っ込んで来ることはないと思っていたし、つぐみさんの……そう、純情が、周囲に把握されているとも思わなかった。

 

「みたいですね〜」

「私にも教えてくれれば良いのに」

「や、その辺の事情も複雑なんだと思いますけど〜」

 

 美味しい。けれど話題が良くない。料理が美味しい話題ではないというか、私に都合が良い話題ではない。

 

「それで、ですね。あたしは気になったわけです。うちのつぐはとっても良い子なのに、紗夜さんのお眼鏡にはかなわなかったのかなぁ〜って」

「まさか。私には勿体ない」

「言うと思った〜」

 

 青葉さんの飲むペースが早い。料理が届いて直ぐにお酒のおかわりを注文して、かぼちゃをソースに突っ込んでいる。

 

「ぶっちゃけ、紗夜さんって恋愛願望……というか恋愛感情あるんですか?」

「人並みには」

「本当かな」

「……人並みというのは嘘になるでしょうね。少なくともこの20年で恋人が欲しいと思ったことはないから。そういう意味では、恋愛『願望』はないのでしょう」

「うわぁ〜……。恋愛感情は?」

「比較的薄いのかもしれないけれど、人を好きになることはあるわ」

 

 青葉さんがここまで踏み込んでくるのは珍しい。

 彼女は意図的に浅い会話に終始するきらいがあると思っていたのだが、青葉さんにとってこの宙に浮かんだ私たちの関係は、それほどまでに重要ごとなのだろうか。

 振り返ってみると、青葉さんと真面目な話をしたのは1度か2度くらいのような気がする。きちんと覚えているのは、Afterglowが今後の進退を考えていた時期の一回きり。

 

「欲がないのだから、関係を維持する努力もおざなりになる。そんな人間に他人を幸せにすることができるはずもないでしょう。……別件への義理もあるのだけど」

「じゃあ、告白されても受け入れないんですか〜? 付き合う内に愛情や欲が大きくなることだってあると思いますけど〜」

「その考えは否定しないけれど、基本的には断る方向に思考が動くでしょうね」

 

 うへぇ〜、とわざとらしく青葉さんは呻いた。

 私の思想もおそらく理解してくれると思うのだが、共感はあってもそれを良しとするかは別の話らしい。

 

「紗夜さんがその人のことを好きになっても〜?」

「それはまた別の話でしょう」

「ん〜、それならー、これまで好きになった人はどんな人だったんですか〜?」

「自分勝手で明るくて仲間思いで凄まじく歌が上手い人と、内気で臆病だけど努力家で熱い人ね」

「あたしが知ってる人だったり〜?」

「いいえ、日菜も会ったことがないはず。曲を聴かせたことはあるけれど」

 

 前世を持ち出すのは卑怯だろうか。

 ぼかしながらも彼女らの話を持ち出してしまうのは、今の私を形作っている有形無形の価値観に、彼ら彼女らから与えられた思い出や祈りが大きく影響していることを誇れるようになったから。

 

「恋人を作りたいって願望の大部分は、孤独に由来していると思うの。今の私は満たされ過ぎているから、これ以上を求めようとは思わない。……青葉さんこそどうなの? 美竹さんとか上原さんとか……あとは大学に加えて、芸能関係の知り合いも増えたでしょう」

「あたしはそういうの、今はないですね〜。まだ脇目も振らずに走っていたいと言いますか……」

 

 話して食べているうちにそこそこに酔いが回ってきて、少し熱い。時計を見ればまだゴールデンタイムに入ったばかりで、これから混み始めるくらいだろうか。

 

「Afterglowだとひーちゃんが大学で失敗してたくらい〜?」

「失敗?」

「バンド外で恋をするなら、バンドより恋を優先しなきゃダメなんですよ」

「……嗚呼、なるほど。あなた達らしいわね」

 

 尚更つぐみさんと私の関係を心配するのはおかしいのではないか、と思いつつも、薮をつついてまた蛇を出したくはないので黙っておく。

 

「バンド内だと痴情のもつれで大変なことになるから、私としてはおすすめしないのだけれど」

「経験則ですか〜?」

「ええ」

「Roseliaでもそういうの、ないんですかね〜」

「恋愛ごと? 知らないわね」

 

 つまんないの、と4杯目に頼んだレモンハイを飲み干して、青葉さんが残った串の一本を頬張った。

 

「あたしは、つぐと紗夜さんってお似合いだと思いますよ〜」

「はぁ」

「……そう思いたいだけなのかもしれませんけどー」

 

 私も3杯目を空けて、注文した分の料理が空になる。かなり満腹だし、これはお会計の流れかと伝票を手に取った。

 

「今日はあたしが払ってもいいですか〜?」

「いいけど、どうして?」

「二軒目いきましょーってことです」

「……なるほど」

 

 座席番号とQRコードが書かれた伝票をひょいと取り上げて会計へ向かった青葉さんを尻目にお手洗いを済ませて合流する。

 

「ごちそうさまです」

「いえいえ〜。じゃあ、まずはお腹空かせないとですね〜」

 

 顔は赤らんでいるもののまだまだ余裕そうな青葉さんの先導にしたがって歩いていく。体感で10分くらい歩いてたどり着いたのは、パチンコ横のバッティングセンターだった。

 

「紗夜さんと来てみたかったんですよねぇ」

「青葉さんは良く来るの?」

「大学の友達と何度か」

 

 慣れた様子で受付を済ませ、バットを借りてネットの中に入っていく後ろ姿を見送る。20球で300円というのが高いのか安いのかはよく分からない。

 何度が来たことがあると言うだけあって、フォームは結構綺麗に見えた。甲高い音が鳴って、打ち返されたボールがネットに突き刺さる。

 

「紗夜さんは来たことあります〜?」

「ありそうに見えますか」

「見えませーん」

「そういうことよ」

 

 青葉さんに倣ってバッターボックスに立つ。

 前世では何度か遊んだ覚えがあるが、正直なところあの頃の記憶なんて微塵も役に立たない。身長も筋力も、身体の作りすら違う今、前世の運動経験がマイナスに働いたことだってあるほどだ。

 

 くるりとバットを回してみると、イメージしていたよりずっと重い。

 

 ちらりと振り返ると青葉さんがスマホを構えているのが見えた。

 

「あ」

 

 案の定初球は空振り。2球目でバットに掠めて、3度目でゴロ。

 飛んでくる場所も球速も概ね一定なのに難しい。まあリズムゲームのように上手くいかないことはわかっていたが。

 

 当てにいってしまっている感覚があったので、それを律してフォームを崩さずに打ってみる。体の軸を乱さずに、腰と肩の回転と体重移動で打球。

 カキン、と最初よりもずっと良い音が鳴ってほぼ水平に飛んでいった。

 

「ツイスタに上げていいですか?」

「まあ、構わないけれど。たぶん面白みのない結果だったでしょう」

「紗夜さんがバッセンにいるだけで面白いですよ」

「否定し難いのが嫌」

「もっと下手だったらさらに面白かったのに〜」

 

 わざと不機嫌な表情を作ると、青葉さんはケタケタと笑った。

 

「ね、紗夜さん。いま、幸せですか」

「ええ、もちろん」

 

 客の出入りにあわせて、初夏に差しかかろうとする夜風が柔らかに私たちを撫でる。

 スマホをショルダーバッグに仕舞って立ち上がった青葉さんが、柔らかく微笑んだ。

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