霽月   作:おいかぜ

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さよつぐひな告白編最終話
お付き合い編があるかどうかはわかんないけどね。

受諾済リクエスト
・さよつぐひな
・さよつぐひなR18(書くかは結構怪しい)
・掲示板(余力があれば2話目も)
・バッドエンド
・市ヶ谷有咲との交流
・上原ひまり視点の氷川紗夜+Afterglowプロ入りまわりの話?
・MyGOかモニカ(書くとしたら燈かましろか千早かなぁと思います)

あとがき小ネタリクエストからは掲示板を選びましたが、まあ、どうでしょうね。他も拾えたらいいかな。

あとバッドエンドリクエストくださった方が仰っている、消えたバッドエンドのやつが正直どれのことか把握してません。さよひなバッドエンドならたぶんまだ残ってるというか、活動報告にリンクがあると思います。

それとあとがきの恒例の宣伝がありますのでよろしくお願いします。







羽沢つぐみと霽月

 日菜さんの手は温かい。

 私が眠っている間に潜り込んでいたらしい、このネコみたいな先輩は、私の掛け布団の中でくるりと丸まって眠っていた。

 胸元に引き込まれた腕を撫でる吐息が擽ったい。

 

 私のことが好きだと言ってくれた日のことを思い出す。私が今まで感じていたよりもずっと、日菜さんは可愛らしい人だったのかもしれない。

 

 私とある種の契りを結んでから、日菜さんは私にも分かるくらいにテンションが高かった。

 思えば、幼少期からずっと初恋を抱えてきた人だ。相応に燻らせてきたものがあるに違いない。

 

「ん、おはよ」

「おはようございます。いつの間に私のベッドに……」

「ちょっと寒かったから」

 

 おそらくは紗夜さんにもそうしているように、私にも甘えてくれるようになった日菜さんがとにかく可愛くて仕方がなかった。

 私が年下なせいか、少し控えめというか気恥しそうに胸元に埋もれる翡翠の髪を撫でる。

 

「えへへ、つぐちゃんとこんな関係になる日が来るとは思わなかったなぁ」

 

 ぐい、と伸びをしてから上体を起こした日菜さんは、ひとつ欠伸をした。

 

 普段の日菜さんのイメージと違う、と思うこと早数十回。これが紗夜さんから見た日菜さんに近い感覚なのかしら、と思ったりもするけれど、少し違うような気もする。

 日菜さんの自己申告をあてにするのなら、私と同じように日菜さんも舞い上がっているのだろう。

 

 日菜さんに告白をしたのだかされたのだかよく分からないあの日、私たちは共同戦線を結ぶことになった。この場合に大きな利益があるのは日菜さんだ。日菜さんの存在がなければ私は真っ向から紗夜さんにアプローチを仕掛けられたのに、と思わなくもないけれど、それはそれ。

 どっちつかずに好きになった私が悪いし、そんな私にチャンスが回ってきたと考えると乗らざるを得ない。

 

「さて、決行日だね。正念場だぁ」

「……本当に上手くいくのか、私は懐疑的に見てるんですけど」

「上手くいってもいかなくても一区切りだよ。少なくとも、あたしにとっては」

「私はとっても恐ろしいです」

「大丈夫だって! おねーちゃんだって全部気付いてると思うし」

 

 それが本当に恐ろしい。

 日菜さんの話にときどき出てくる、本気で怒っている紗夜さんを私は知らないし、私のイメージする紗夜さんが3人での交際を受け入れてくれる気もしない。

 

「……怖くて訊けなかったけど、やっぱり訊いとくね。おねーちゃんに振られても、つぐちゃんはあたしのそばに居てくれる?」

「当たり前です」

 

 決行日。Xデー。つまり、私たちが紗夜さんに想いを告げる日。

 日菜さんはいつになく弱気に、私を見上げた。

 

「千聖さんにもそうみたいですけど、日菜さんって心を許した人にはすっごく弱気ですよね」

「失くしたくないんだもん。普段のあたしが他人からどう見えるかは把握してるつもりだけど、あたしの本心が他人にとってどう捉えられるかなんてわかんないし」

 

 Pastel*Palettesでテレビに出るときみたいに、いつもうっすらと被っている仮面、あるいは化粧みたいなものがあって、それを通した他人の反応なら予想できるということだろうか。それなら言いたいことは分かるような気がする。

 おどけているようで冷静で、気が抜けているようで周囲をよく見ていて、冷たいようで本当は優しい日菜さんの、さらに奥まった本当のすがた。その一側面は今私に見せてくれているような甘えたがりな日菜さんなんだろうし、それが他人にどう思われるかが分からない、というのも理解はできる。本心は変えられないのだし。

 

 そのへん、おねーちゃんは結構余裕があるよね、と日菜さんは付け足した。

 

「恋愛経験の有無なのかなぁ」

「え、紗夜さんって恋人がいたことあるんですか……?」

「? ……あ。えっとねぇ……ナイショで」

「えぇ〜……」

 

 突然の爆弾発言。

 どういうことかと問い詰めようにも日菜さんは毛布に突っ伏してしまって、引っ張っても動かない。

 

「初耳なんですけど……。そういう大事なことは先に教えてくださいよ〜……」

 

 背中を擽るように撫でると、日菜さんが身じろぎした。

 

「紗夜さんがお付き合いしていた人って、女性ですか、男性ですか」

「女のひと」

「……じゃあ、いいです」

 

 今更だけれど、紗夜さんは女性が好きな人らしい。

 私の場合はおそらく性別は関係なくて、日菜さんや紗夜さんが男性でも好きになっていたと思う。日菜さんは……分からない。紗夜さんだから好きになったんじゃないか、とは思っているけれど、じゃあ私に好意を返してくれるのは、どういうわけだろう。私と日菜さんが互いに向ける感情の質量が等しいと思い上がるほど、私は愚かじゃない。

 日菜さんの言葉の節々に滲む言い分を組み合わせるのなら、紗夜さんに全部影響されたという可能性もある。価値観も、性格も、性嗜好も。

 

 ……でも、紗夜さんからその手の視線を感じた記憶はない。私が気付かなかったのか、私に魅力がなかったのか、それとも紗夜さんの()()()()()()が希薄なのか。

 

「おねーちゃんの好みは、たぶんつぐちゃんも当てはまってると思うよ」

「……それは、疑わしいですけど」

「まず精神的に自立してる子が好きみたいだから。……寄りかかられて絆されるのはお互いに良くないと思ってるみたい」

「……経験則、だったり」

「するんじゃないかなぁ」

 

 大学生のとき、だろうか。3年ほど紗夜さんと会っていなかった時期。もしくは、私が紗夜さんと出会う前? 

 どちらも有り得そうな気がして、首を捻る。

 けれど、中高生の紗夜さんは、同じ中高生と恋愛なんてしなさそうだ。

 

 気だるげに前髪をかき上げて、日菜さんがベッドから降りる。

 

「そろそろ支度しなきゃ。おねーちゃんも起きてそうだし」

「泊まりの準備してないの、日菜さんだけですよ」

「慣れてるからだいじょーぶ」

 

 部屋を出ると、パンを焼く匂いがした。それから、珈琲の匂い。

 自室に戻ってしまった日菜さんとわかれてリビングへ向かう。

 

「おはようございます」

「おはよう。……珍しくゆっくりね」

「日菜さんが潜り込んでて……」

「ああ、なるほど」

 

 珈琲とクロワッサン。相変わらず何でも絵になるひとだな、と思った。

 寝巻きのスウェットのままでクロワッサンを齧っていても、美人はむしろそれが似合うから不思議だ。

 

「貴方たちは……付き合っている、ということでいいのよね。いい加減に訊いておくけれども」

「ええと、どうでしょう。まだ保留中、なんです」

「……そう。私としては、早く形を定めてもらえるとやきもきしないで済むのだけど」

「欲張っちゃ、ダメでしょうか」

 

 紗夜さんはなにも答えてくれなかった。

 視線を逸らされて、紗夜さんが立ち上がる。マグカップを手に取って、私の分の珈琲をいれてくれた。

 

「どうして、貴方たちは後ろを振り返るのかしら」

 

 日菜さんのスリッパがフローリングを擦る音が規則的に聞こえてきて、紗夜さんは溜息を吐いた。

 

「きっと、月が綺麗だからです」

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 新幹線で数時間、温泉街に辿り着いた私たちは、旅館に荷物を置くなり街に繰り出した。

 雨が多い時期だけれど、何とか予定している旅程の間は良い天気でいてくれそうだ。

 

 硫黄のようなにおいと、古民家風の街並み。近くには温泉が流れ込んでいる滝があるらしく、日菜さんがやけに気にしていた。

 温泉の手形を買って、それからついでに足湯にも入ろうということになった。土産物屋の近くに足湯用に湯が引かれている浴槽とベンチがあって、日菜さんがお店で買ったプリンを片手に早速羽を伸ばしている。

 

「足湯じゃなくて、温泉に入りたくなってきた〜」

「夕飯までは半端に時間があるし、旅館に戻っても構わないけれど」

「お酒買って引っ込んじゃう?」

「それなら、近くに酒蔵の直売店があるみたいですよ」

「じゃああとから覗いてみよっか」

 

 平日真ん中だからか、観光客はそう多くない。代わりに観光シーズン限定の催しなどは開催されていないけれど、日菜さんや紗夜さんが要らぬトラブルに巻き込まれる可能性を考えれば、これくらいゆっくり出来る方が良いかな、と思う。

 足元を流れるお湯に極楽へ誘拐されそうになりながら甘いものを食べて、話題に上がるのは直近で公になった仕事の話。たとえばRoseliaとAfterglowの合同ライブの映像が無料公開されたことだとか、Pastel*Palettesがタイアップしているアニメが毎週話題になっていることだとか。

 

「MiDDay-Moonのライブ、今度はつぐちゃんも誘うからね」

「オンラインの方じゃなくて、ってことですか」

「もちろん。Afterglowをモチーフにしてオンラインライブとかもやりたいけど、蘭ちゃん嫌がるかな」

「その前にパスパレモチーフの方をやりきりたいのだけど。せっかく3曲も作ったのに」

「だってアイドルって柄じゃないし」

「何を言っているのよ……」

 

 話題が二人のバンドのライブ計画に移る。最近はそれぞれのバンドで大きな仕事がなかったからか、MiDDay-Moonの活動頻度が高くて嬉しい。

 直近ではブートレグ、と題してRoseliaをイメージしたオンラインライブをやったりしていて、リサさんがちょっと羨ましそうにしていた。1ファンとしては、日菜さんや紗夜さんが好きなものをリファレンスにして新しい曲を書き下ろしてくれるので嬉しかったり。

 Afterglowでやるにしても、別にカバーをするわけじゃないし、蘭ちゃんはなんとも思わなさそうだ。

 

「おねーちゃんが書いたアイドルソングは面白いんだけどな〜。べつにおねーちゃんが歌ったって良いじゃん」

「似合わないでしょう。日菜のために書いたのに」

「すっごく彩ちゃんぽい歌詞だったと思うけど」

「Pastel*Palettesらしく書いたつもりよ」

「彩ちゃんっぽいってことじゃん」

 

 ここで口を挟むと私に嫌な役回りが回ってくることが分かりきっているので、口を噤んでおく。

 日菜さんが生徒会長を務めていた1年間で、私はすっかりズルくなってしまった。

 

「つぐちゃんはどう?」

「えっ」

「アイドルできそうな声してるし」

「私が歌ってどうするんですか。ファンの人達はお二人の演奏を聴きに来てるのに」

「どうかなぁ。うちのファン層なんかヘンだから。お金取ってるわけじゃないってのもあるけど」

「嫌ですからね」

「はぁい」

 

 胸を撫で下ろす私に、紗夜さんが苦笑した。

 

「そろそろ、酒蔵の方に行ってみましょうか」

「さんせ〜。おねーちゃんも飲むでしょ?」

「食事のときはね」

 

 足湯でも温まるものね、と紗夜さんが独りごちて足を拭く。すらりと伸びる脚に目を惹かれて、努めて逸らした。

 なんだかんだと家でも露出が少ないから、どきりとしてしまった。

 

 

 ♦

 

 酒蔵で地酒と、店員さんに勧められるままに限定品らしいスパークリングのクラフトワインを買った私たちは、足早に旅館へ引っ込んだ。

 

「……もう飲むの?」

「味見だけ〜。つぐちゃんも飲むよね?」

「えっと、じゃあ少しだけ」

「つぐみさんはお酒があまり得意じゃないイメージだったのだけど」

「このワインは飲みやすくて、結構すきかもしれないです」

「そう。でも無理はしないように」

 

 紗夜さんはまだ飲む気がないらしい。私はと言えば、酒蔵で試飲させてもらった甘めのワインが殊のほか美味しく感じられて、お酒に対する好奇心が湧いてきている。

 日菜さんが開けてしまうんだったら相伴に預かろう、とビニール袋からつまめそうなものを取り出した。

 

「おねーちゃんは温泉?」

「……そうね、折角個室にお風呂があるのだし、入ってこようかしら」

「いってらっしゃーい」

 

 何か言いたそうに目を細めた紗夜さんが、結局ため息一つを残して浴室の方へと向かってしまった。

 

「もう少ししたら乱入しちゃおうよ」

「紗夜さんが嫌がりませんか?」

「嫌がりはしないと思うけど、あたしはチクっと怒られるかも」

 

 それは嫌がってるってことなんじゃ、という反論は、心の内に留めておいた。私も大概、欲に身を任せている。

 

 紗夜さんと初めて会った日から、今日まで。私と紗夜さんの心の距離は、いったいどれほど縮まったのだろう。

 私は紗夜さんに惹かれているけれど、紗夜さんは私との間に一本、線を引いてしまっているように思える。

 それは私が一緒に暮らすようになってからも同じで……私生活の中身を見せてくれてはいても、紗夜さんの心に触れている感覚は、あまりない。

 

 例外を挙げるとすれば、紗夜さんと恋愛について話した日のこと。

 

 真昼の月、という二人のバンド名に釣られている感じは否めないけれど、紗夜さんはまるで月のようだと思う。追いかけても追いかけても、遠いところに浮かんでいる。

 

 近付きたいと願うことは、心に爪を立ててしまうリスクを許すことと同義だと思う。他人を幸せになんてできない、と言い切った紗夜さんの奥底に踏み込むには、紗夜さんが隠しているかもしれない心の傷を暴くリスクを許容しなければならない。

 

 言い訳がましい思考だ、と自分で笑ってしまいそうになった。

 

 スパークリングワインを舐めるように飲む。ぶどうの香りと渋み、アルコールの匂いが脳を眩ませる。

 

「あの、日菜さん」

「ん、なぁに?」

「私一人で紗夜さんと話してきてもいいですか」

「うん。……頑張ってね」

「はい」

 

 結局、私の胸を占めたのは蛮勇だった。

 

 私を巻き込んだ日菜さんが、紗夜さんにどんな話をするにしろ、せめて私一人で紗夜さんと話をしておきたい。

 

 脱衣所で服を脱いで、浴室の扉を開ける。

 飲みかけのワインを置きっぱなしにして来てしまった、と今更ながらに気がついた。

 

「紗夜さん、ご一緒してもいいですか?」

「つぐみさん!? ……日菜にけしかけられでもしましたか?」

「いえ、私が紗夜さんとお話したくて」

「……はぁ。構わないけれど……」

「ありがとうございます」

 

 紗夜さんは浴槽から景色を眺めたまま、私の方を振り返らずに答えた。白い肩と、結い上げた髪。普段は見えないうなじが、ほの赤く染まっている。

 かけ湯をして、私も紗夜さんの隣に座る。

 

「同性とはいえ、みだりに裸を晒すものではないわ。……日菜に独占欲がないとも思えないのだけど」

「その話をしに来たと言ったら、困りますか」

「困るけれど、そう言ったら取りやめてくれるのかしら」

「私、意外と諦めが悪くて頑固らしいんです」

 

 知りたくなかった事実ね、と紗夜さんがため息を吐いた。

 少しぬるめの温泉に、じわりじわりと心臓が脈動を早める。言葉を探して、視線が宙空をさまよった。

 

「二人を同時に好きになるなんて、不誠実だと思いますか」

「態度次第じゃないかしら。一途であるべきだなんて観念は、現代日本人の倫理に過ぎないでしょう。生物としては、恋多き人の方が正しいと思うわ」

「紗夜さんの倫理は……」

「誠実であれば良いのでは、とは思うわね。けれど、あくまで他人事だからそう思えるのかもしれない」

 

 もう一度、ため息。

 

「どうにも、露悪的になりきれないみたい。ここで全て切り捨ててしまうのが正しいと理性が囁くのに、結局感情に振り回される。……いずれにせよ、5年前の焼き回しにしかならないと悟ってしまっているからなのかもしれないけれど……」

「えっと」

「好意や善意から逃げ続けられるほど厚顔無恥にはなれない、という話よ。あるいは、この生活を悪くないと思ってしまっている……いえ、手放し難いと思ってしまっているのかしらね。大概、幸福に生きている自覚があるもの。……腹を括る、という表現は貴方たちに失礼かしら」

 

 言い訳のように紗夜さんが言葉を連ねる。

 自分に言い聞かせているようで、葛藤しているようにも思えた。

 言っている意味の1割も理解できないまま、首を傾げた。

 

「つぐみさんは、人が死んだらどうなると思う?」

 

 紗夜さんは目を瞑って、少し楽しそうに言った。

 話題が飛んだようで、けれども紗夜さんのことだからきちんとした意図があるのだと思う。少し考えて、やっぱり在り来りな答えを返した。

 

「どうなるって……どうにもならないんじゃないですか。天国があったら良いな、とは思いますけど……」

「人が死ぬと、魂はまた生まれ変わるのよ。赤子が前世の記憶を覚えていることがある、というような言説があるけれど、私はそれが全くの虚言ではないと知っている」

 

 内容を飲み込む前に、紗夜さんが続ける。

 

「生まれてからこれまで、既視感に満ちた人生を送ってきた。入園式も、入学式も、中学生になっても、高校受験でも。初体験への期待も恐怖も驚きも、私の半生には存在しなかった。……生まれ落ちたそのときから、私には二十と余年を生きた前世の記憶が焼き付いていて、それに振り回されながら生きてきたの。つぐみさんやみんなが思っているほど、私は良い人間ではないのよ」

 

 前世の記憶をまるっきり覚えている。

 文字通りに受け止めて、それからようやっと飲み干す。これまでの紗夜さんとの会話を振り返って、腑に落ちる内容が幾つもあることに気が付く。

 

 紗夜さんの自己肯定感の低さも、日菜さんが濁す紗夜さんの過去も、つまりは、そういうこと。

 

「赤の他人を産み落とした両親は、どれだけ不幸なのかしらね。血をわけた姉が、得体の知れない見知らぬ誰かだったと知った日菜は。自分の姉が、年端もいかぬ少女の才能に嫉妬する愚者だと知って何を思ったのかしら。学生をやり直しているだけの私に嫉妬して、心折れてしまった同級生は、本来だったら褒めそやされていたはずなのに。紛い物が少女のふりをしているだけの、取り繕った人形に騙されて好意を抱いた人達は、真実を知ればきっと失望するのでしょう」

 

 紗夜さんの手首を掴んだのは、半分以上無意識だった。

 

「失望すると、思いますか」

 

 憤りを抱いていた。

 紗夜さんの秘密にではなく、見くびられていたことに。

 

「して欲しいと思っている。あなたの隣に座っているのが、50を過ぎた男性だったらどう思う? ……まあ、そんなに成熟した精神を持っているわけではないけれど」

「私の目の前にいるのは23歳の女性です。し、歳を重ねていたって、尊敬できる人もできない人もいます。……むしろ、ただそれだけでどうして私が紗夜さんを見る目が変わると思うんですか?」

「普通は困惑して距離を置くものよ。信じるにせよ、疑うにせよ」

「そんなの知りません。それに、えっと、二十と幾つでしたっけ」

「27」

「ほぼ同年代みたいなものじゃないですか」

「…………その返答は、予想していなかったわね」

 

 自嘲げで、そのわりには楽しそうに紗夜さんが答えた。

 私はと言えば、感情と勢いのままに走っている。

 

「あっさりと引いてくれれば、それで良かったのに」

「引き下がれるなら、こんなことしてません」

「それは、日菜との企みのこと?」

 

 浴室に入ってから、初めて紗夜さんと目が合った。

 だいたいバレてるんじゃない、という日菜さんの言葉通りに、紗夜さんは私たちのことを何となく把握しているらしい。

 

「私の本心を打ち明けることです」

 

 恋は綺麗なものだと信じていたけれど、私のこの想いは随分と澱んでいる。

 畢竟人間の感情とはそんなものだと言われてしまえば何も言い返せない。

 

 だけどもやっぱり、恋愛は美しい宝石のようなものであって欲しいと思う。

 

「好きに、なってしまったんです。太陽も月も、両方手に入ったら良いと思ってしまった。手を伸ばさずにいられるほど諦めが良い人間ではなかったから、私は、紗夜さんの良心につけこんでいる」

 

 私達は、自分自身を人質に紗夜さんを脅している。私達との関係が悪化するか、紗夜さんが渋々でも首を縦に振るか。そういう類いの二択を迫ってしまっている。

 

「紗夜さん。好きです」

 

 言葉にした刹那、胸腔を暴れていた焦燥や緊張が忽ちに霧散した。

 代わりにもう走りきるしかないという受動的な決意が、私の肩に手をかける。

 

「……まずは、こんな私を好いてくれて、ありがとう。それから……どう言ったものかしらね。私も、と返せたら良かったのでしょうけれど、私はきっと、つぐみさんに焦がれてはいない。それでも前世なら受動的に交際を受け入れたのかもしれないけれど、生憎今の私は、日菜を飛び越えて誰かと付き合う気もない。……日菜のことも拒否しているくせにね」

 

 紗夜さんが立ち上がって、浴槽のヘリに足をかけた。

 

「上がってから全部訊くわ。それから考えるのでも構わないかしら」

 

 日菜さんが待ちくたびれて眠っていたらどうしよう。

 一抹の不安に駆られながら、浴室を出ていく紗夜さんを見送った。

 

 身体を洗っていないことを思い出して、私はしばらく遅れて浴室を出た。

 

 

 

 

 

 ドライヤーである程度髪を乾かして、浴衣と半纏姿で脱衣所を出る。日菜さんは座布団の上に胡座をかいて、困ったように笑っていた。

 

「──つまり、『姉妹同士』でなくすためにつぐみさんを巻き込んだ、ということね」

「うん」

「私が反感を抱くとは考えなかった?」

「つぐちゃんを誘導したならまだしも、あたしは降って湧いた幸運にタダ乗りしてるだけだし」

 

 姉妹喧嘩の危機かと思うも、二人の空気は穏やかだった。

 紗夜さんは諦めたような、呆れたような表情で正座している。アンニュイな表情がやけに似合うから、みんな紗夜さんにちょっかいを掛けたがるんだろうか。モカちゃんやリサさんの気持ちがわかるような気がした。

 

「あなた、こういうときだけスマートに事を運べないのよね」

「あたしが全部動かしたら、おねーちゃんの選択じゃなくなっちゃうじゃん」

「……そういうこと。──つぐみさんも座って」

 

 どちらに座るべきか迷って、日菜さんの隣に腰を下ろした。

 

「選択を先延ばしにしたがるのは、筋金入りの悪癖ね。それこそ、死んでも直らないくらいの」

 

 日菜さんの苦笑をみるに、これはブラックジョークらしい。

 

「私は、恋人が欲しいだとか、誰かに対する想いが抑えられないとか、そういう衝動を抱いてはいない。けれど、そういう関係に否定的な感情があるかと言われれば、それも否」

 

 紗夜さんが指輪を撫でる。

 二人お揃いの指輪は、実質的には日菜さんの想いをカタチにしたものだ。肌身離さず身に付けられているそれに込められた想いが、左右非対称だとは思えない。

 

 たとえ色が違ったとしても、互いの感情は等量だと思う。

 

「おねーちゃん。……あたしたちと、付き合ってくれる?」

 

 日菜さんの言葉には、万感の想いが込められていた。

 紗夜さんは深く息を吸って──

 

「私で良ければ」

 

 ──柔らかく微笑んだ。

 

 

 

「もう、間違えない」

 

 




 
 
 
 
 
物書き用宣伝になります。
恒例のバンドリ祭、また春にやるそうです。月輪ももとは夏のバンドリ祭に投稿したものなので懐かしいですね。
今回は主催が感想配信をやらないらしいので、微力ながら私も全投稿作品に感想を付けるなどできたらいいなと考えております。

まあ、二次創作を投稿するきっかけにでもなればという次第です。
以下、概要。

https://x.com/misoyakibuta774/status/1887155938853032428?s=46

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