霽月   作:おいかぜ

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『死』は人を歪めやしないか?
氷川紗夜くんは本当に『そのまま』生まれ変われたのか?
という話をします。今回はイントロ。

リクエスト:バッドエンド


【リクエスト3】バッドエンド
Yesterday-1


 

 国語の教師の気だるげな声が響く教室。六時間目の緩やかな空気と、秋のいち早い西日が机の天板を撫でる。私は、今更に目の前の空席を意識した。高校2年の頃からほとんど学校に来なくなったクラスメイトの──氷川紗夜ちゃん。

 私、丸山彩の同僚(アイドル仲間)の姉で、友達だった女の子だ。

 

「彩ちゃん、ホームルームは抜けてお仕事でしょう? 早く準備をしないと」

「わ、そうだった! ありがとう千聖ちゃん」

「向こうは承知してくれているとはいえ、お仕事の相手をお待たせするのは心象が良くないわ」

 

 いつの間にか授業は終わっていて、ぼうっとしていた様相を千聖ちゃんに窘められた。慌てて今日の分の宿題だとか、普段から持ち帰るノートや教科書をカバンに詰め込む。

 

「電車、間に合うかな?」

「少し余裕はあるから大丈夫でしょう。……紗夜ちゃんの席を見ていたようだけれど、何かあったの?」

「ううん、何となく。もう1年くらい経つなぁって」

 

 仲が良かった、と思っているのは私だけだろうか。自惚れの可能性をあながち否定できない。

 静かで、不思議な子だった。大人びていて、頭が良くって、美人で、この世の全てに興味がなさそうに微笑む子だった。だから私に対しても、よく話しかけてくる誰か、という認識だった可能性を否定できない。

 

「そうね。日菜ちゃんが言うには、元気にしているらしいけれど……」

「ちょっと寂しいね」

 

 千聖ちゃんと紗夜ちゃんは相性が良さそうだ、と思う。1年生の頃は同じクラスだったはずだけれど、二人の関係はどうだったんだろう。わざわざそういうことを探ったりはしないものの、少し気になる。

 

 千聖ちゃんの()()()()()()が眼前で揺れる。一歩前を歩く彼女のあとをついて、駅のホームに続く階段を昇った。

 

「日菜ちゃんと麻弥ちゃんは先に到着するそうよ」

「え」

「少し不安ね……『ピルグリム』氏に粗相をしていないといいのだけど」

 

 日菜ちゃんが聞いたら憤慨しそうだ。いや、もしかするとケタケタ笑うだけかもしれない。あれでも日菜ちゃんはとっても気を使える子だし、千聖ちゃんもそれを知っているから、これは千聖ちゃんなりの軽口だ。もしかすると千聖ちゃんにとっては日頃掛けられている迷惑の意趣返しなのかもしれないけれど。

 

 今日のお仕事はくれぐれも落とさないように、とマネージャーさんから再三念を押された。言われなくともどんな仕事だって真面目にやるのに、という矜恃もひとまずのみこんで、無言で頷くくらいに知った名前だったから今でも少し緊張している。

 

『ピルグリム』──彼ら或いは彼女たちは、匿名の音楽クリエイターだ。作風の広さから複数人が作曲や編曲を担当していると噂されているけれど、それさえも確たる証拠があるわけじゃない。合成音声がボーカルの曲と、女性がボーカルの曲があって、少なくともメンバーにひとりは女性がいるのだろうと言われているくらい。

 

 数年前、突如インターネットにアップロードされた『ピルグリム』の曲はあっという間に話題になり、この国のチャートを席巻した。流行に乗るのではなく、流行を作る側の──あるいは、時代そのものと言えるほどに広い『世界』が、たったの2年でこの国の音楽シーンを変えた。

 

 そんなピルグリムの、楽曲提供を受けられる。

 今回のお仕事はそういう事情で、まだまだ実力も知名度も足りていない私たちに流星のごとく訪れたチャンスなのだった。

 

「千聖ちゃんは、どんな人だと思う?」

「『ピルグリム』? 妥当な考察は、やっぱりクリエイターの集団なのではないかしら。ここまでメディア露出を嫌うのなら、私が思う『普通』の枠には居ないような気がするけど……」

 

 千聖ちゃんの声も、心做しか弾んでいた。大きなチャンスに、千聖ちゃんも高揚しているのだろうか。冷静な千聖ちゃんだけど、大きなお仕事の前に気負いが増すのは私達と同じだ。

 

 事務所について、普段借りている控え室に荷物を置いてから制服のまま会議室へ。商談用に綺麗に整えられた部屋のドアをノックする。

 

「失礼しま──」

 

 その瞬間、私が受けた衝撃を、なんと形容すれば良いだろう。

 月が落ちてきて、私の頭を強かに打ったみたいだった。

 

「……世間って狭いのね。これなら、今日くらいは学校に行くべきだったかしら」

「……さ、紗夜ちゃん? どうしてここに……え?」

「どうしてって、仕事だからよ」

 

 マネージャーが困惑した様子で私たちを交互に見る。隣の千聖ちゃんも呆気に取られた様子で、恐る恐る口を開いた。

 

「……紗夜ちゃんが、『ピルグリム』?」

「ええ。知人にそう呼ばれると気恥しいけれどね。その名義で活動しているのは確かに私です」

 

 紗夜ちゃんは、私の記憶に違わずあの頃のままだった。至って自然体のまま、この場の誰よりも芸能人らしくイスに掛けている。

 私は思わず日菜ちゃんを見やった。日菜ちゃんは当然──

 

「知ってたよ。()()()、わざわざ言いふらしたりはしないでしょ」

「いや、でも──、ちょっとびっくりしすぎて、色々追い付いてないかも」

「私も、元クラスメイトが妹と同じグループでアイドルをやっているとは思わなかったわ」

「……今も、クラスメイトだよ」

「そう。ちなみに、何組?」

「B組。紗夜ちゃんは私の前の席ね」

 

 こう言っておけばふらっと学校に来てくれたりして。つかの間浮かんだ僅かな楽観を振り払って、紗夜ちゃんの向かいの席に座る。先に来ていた日菜ちゃん、麻弥ちゃん、イヴちゃんは斜めの席に座っていて、マネージャーさんは私たちと紗夜ちゃんの間に座っているから必然、私か千聖ちゃんが紗夜ちゃんの対面になる。千聖ちゃんが先に座ってしまったので、私が紗夜ちゃんと向かい合うことになった。

 

「コホン。積もる話もあるようですが、会議室の都合上、先に話を進めさせていただいてもよろしいでしょうか」

「構いません。……ただし、以前から申し上げている条件を翻すつもりはありませんから、ご承知おきくださいね」

「……了解しました。そちらは話し合いの後に」

 

 マネージャーがタブレット端末をモニターに繋いで、スライドを画面に映す。スライドの表紙には、『楽曲提供』の文字が。やっぱり、紗夜ちゃんが『ピルグリム』で、私たちは彼女とお仕事をすることになるらしい。

 

「今回、ピルグリム氏より『Pastel*Palettes』に楽曲を提供いただけることとなりました。我々としてはピルグリム氏とのコラボレーションと題してリリースを──」

 

 マネージャーは、紗夜ちゃんと言うよりも私たちに説明するように資料を捲っていく。紗夜ちゃんも興味深そうに見ているから、そこまで合意が取れているわけではないのだろうか。背景やスケジュールが展開されていく中、やがて紗夜ちゃんは少し呆れたように息を吐いた。

 

「スケジュール感の共有、ありがとうございます。しかしそこまで話すのなら尚更、私が印を押してからの方が良いのでは? 妹がいるグループだからといって私は一切妥協する気はありませんよ」

「しかし……いえ、そうですね。彼女達に事前通告をしていなかったもので」

「普段通りで構いませんよ」

「おねーちゃん、さっきから言ってる条件って何?」

「私が曲を預けるに足ると認めること。つまり、最終的に頷くかどうかは貴方達の演奏を聴いて決めるわ」

 

 ぴしりと固まる。え、演奏で『ピルグリム』を認めさせる……? 

 思わず麻弥ちゃんの方へ顔を向けると、真っ直ぐに目が合った。不安そうな面持ち。

 

「ふうん。……そもそも、おねーちゃんが楽曲提供するメリットってあるの? おねーちゃんが自分で歌った方が伸びるんじゃない?」

「私というスピーカーは、一種類で一つしかないのだと気が付いたのよ」

「あー。選べた方が良いもんね」

 

 あたしたちを選択肢に挙げる理由はわかんないけど、と日菜ちゃんが言って、部屋の隅に置いてあった()()()()()()を担いだ。

 

「マネさん、スタジオ空いてる?」

「2番を取ってあります」

「はーい」

 

 同じくギターを持った紗夜ちゃんが、マネージャーさんに許可を取ってから日菜ちゃんに続いて部屋を出ていく。首から下げられた入場許可証が、青いストラップに釣られて揺れた。

 

「……流石に、自信が無いわ」

「ジブンもです」

「脳がまだ衝撃を受け止めきれていないところもあるし……でも、変に納得してしまった自分もいるのよね。紗夜ちゃんが日菜ちゃんの姉だってことも含めて……」

 

 元気そうなのはイヴちゃんだけだった。一番自信がある曲をやるとするなら、「しゅわりん☆どり〜みん」になるのだろうか。やれる限りをやるほかないけれど、もし技術を求められるのだとしたら難しいような気がする。

 努力を重ねてきたつもりでも、私たちは楽器を触り始めて──そしてアイドルを始めて一年しか経っていない。

 

 練習用のスタジオに移動して、──私は流石に途中で着替えた──機材のセッティングを済ませる。緊張感。日菜ちゃんさえも、平静ではないように感じられた。

 

「おねーちゃんの前でギターを弾く日がこんなに早く来るとは思わなかったなぁ」

「そう?」

「だって、会わないじゃん」

「貴方の練習の音は時折聴こえているけどね。上達が早くて羨ましい限りだわ」

 

 曲はなんでも構わない、と紗夜ちゃんが言った。「しゅわりん☆どり〜みん」からやることに決めて、マイクを握る。

 紗夜ちゃんが私を見ていた。酷く乾いた視線に思えるのは、私の被害妄想だろうか。

 

 

 

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