私はこの手のジャンルを「カスのイエスタデイ」と呼称しています。
しかし上手く書けてる気がしないな。程々にやめるかもしれません。
詐欺師に美学があるように、殺人犯に正義があるように、盗作者にも矜恃があって良いものだろうか。
生まれ変われるのなら、前世の記憶なんて要らなかった。
死の痛み。あの世界の冷たさ。自分がほどけていく感覚。
死を思い出した私は、きっともう、破綻してしまっている。
脳以外に、魂もまた記憶を保存するメモリとして機能しているのだ、と感じるようになった。漂白されることのなかった私の魂には、前世の記憶が焼き付いている。生まれ直してから約17年、この記憶はまるで褪せていない。
友人たちの何気ない会話も、以前は忘れていたはずの学校の勉強も、全て記憶していられるはずがない前世の名曲たちの音階もコードも歌詞も、箪笥の引き出しから目当てのシャツを取り出すように記憶から引き出すことができる。
ボタンを掛け違えたまま走り始めた私は、もう坂を転げ落ちるまで止まらないのだろう。その瞬間がいつやって来るのかは、誰にも分からない。案外、近いところに石ころが転がっているような気がしている。
見上げても空は繋がっていないのだから、もう転んでしまったって構わないのだけど。
大ガールズバンド時代だなんだと女性バンドブームが巻き起こる昨今。馴染みの名曲が尽く消え去った世界では、誰も『
途切れた空の下で、それでも星を探して望遠鏡を覗く惨めさがわかるだろうか。不毛だとわかっていても、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の生家に通う虚しさが。
私を取り巻く孤独は、私の魂が主張する寂寥は、ついに、私にひとつの着想を与えた。
いまひとつ、私の魂を震えさせるに至らないこの世界の音楽を、あの世界の音楽で塗り替えられたのなら、私の孤独も少しくらいは埋まるだろうか。
死を覚えている人間が──私と価値観を共にできる人間がいない以上、私の孤独は約束されている。
ならば、せめて、音楽という私に染み付いた文化のひとつくらいは分かち合えたら良い。
──なんて、本当に?
浅ましくも私は、この世界を憎んでいる。
編曲の最中、気まぐれに返したメールの送り主が、妹のマネージャーからのものであったことには偶然の妙のようなものを覚えた。盗作者ならぬ『
通知が溢れた動画サイトのマイページと、SNSのダイレクトメッセージ。相対的に、メールが1番やり取りしやすい。定型文で書き込めるし、絶妙に距離を保ったままやり取りができる。
そろそろ次の段階に進んでも良いだろう、と思っていたところだったから、今回の提案は渡りに船だった。
かつての世界の名曲は、当たり前のようにこちらの世界でも名曲足りえた。私が持ち込んだ種は瞬く間に発芽し、動画サイトという土壌に根を張って、音楽シーン全体へと側根を伸ばしていく。
世界的なロックスターの曲。米国のポップスターの曲。日本の歌姫の曲。トレンドのバンドソングから古くから愛されてきた歌謡曲に至るまで、私は譜面に書き起こし、ギターを弾き、時には歌い、時には合成音声に演出を委ねた。
外来種は、瞬く間にこの世界へと蔓延った。
チャートには私の名義がずらりと並んでいる。飲食店や商業施設に足を運んでも、BGMとして私の声が流れてきて、ノイローゼになりそうなほど。
それでも、足りない。
書き手が一人。演出家も、楽器隊も、歌い手も兼ねているから、曲ひとつを翻訳するのに時間がかかりすぎている。人間一匹が生み出せる物量はたかが知れていて、たとえ質が優れていたって別の潮流の影響は受ける。
ガールズバンド・ブームに逆らって男性ボーカルの名曲を並べ立てても、私一人で塗りつぶすことはできない。
だから、二つ考えた。
一つは、スピーカーを増やすこと。もう一つは、塗りつぶすと同時に染めてゆくこと。フォロワーが生まれれば、書き手が増えるに等しい。
「じゃあ──聴いてください、『しゅわりん☆どり〜みん』」
Pastel*Palettesの案件に乗ったのは、その第一歩だった。
質が悪いバンドや歌手に曲を委ねることは許されない。かと言って、我が強い売れたバンドに曲を預けて改変されることも我慢がならない。そもそも、私の主目的は売れることではなく、あの世界の曲こそが優れているのだと──
思考を振り払う。
わかってはいたけれど、やっぱり惹かれない。こんなバンドでも売れるのだから、この世界も大概歪だと思う。音楽なんて所詮はエンタメで、細かな技術よりもよほど、人間としての魅力や知名度が重要なのだと分かってはいても、納得はし難い。
彼女達に曲を委ねて、果たして伸びるだろうか。もし伸びなければ曲に失礼な気がするけれど、同時に、曲の力で大きく彼女たちが伸びたのならば、それだけあの世界の音楽が優れていたということでもある。
迷いはしたけれど、結局天秤は私が傾けたい方向に傾いた。
「……ありがとうございました。まあ、私が望むものは見られたように思います」
どこかで妥協は必要だった。
無名だった私が……前世でついぞメジャーデビューさえ果たせなかった二束三文のギタリストがここまで伸びているのだから、それで十分じゃないかとも思う。
それでもこんなことをしようとしているのはきっと、今の私の立ち位置に、私の実力が介在していないと
こんなものが矜恃と呼べるだろうか。ただの執着にすぎない。
心まで醜くなっていくような感覚。
「契約の話を纏めましょうか。曲に関しては既にデモを用意しています」
丸山さんが、ほっと息を吐いた。
クラスメイトがたまたま妹と同じグループでアイドルをやっているとか、そんなグループから楽曲提供の依頼が来るとか、そういう偶然が重なるのはどれほどの確率なのだろうか。
運命が存在するんじゃないかと思いたくもなる。この世界に筋書きみたいなものがあって、私が誰かの物語に関わるとするならば、きっと成敗される悪役として。
『イエスタデイ』という映画があった。前世の話だ。
主人公は売れないミュージシャンのジャック。交通事故をきっかけに、Beatlesが存在しない世界に飛ばされた彼は結局、Beatlesの楽曲を“自分の作品”として発表し、一気に注目を浴びるようになる。
当時の私は、ジャックの振る舞いを好意的には捉えなかった。盗作は盗作で、結局彼は自分本位だったからだ。
今になって、彼は『主人公』だったと思う。彼よりもはるかに低い場所へと落ちたいま、私はきっと幸せを選べない。
先程の会議室へ戻って、契約書を受け取った。恐ろしい程に私に有利な内容な契約で、Pastel*Palettesはそれほど期待されていないのだろうかと邪推してしまうほどだった。
私としては、楽曲の改変に関して必ず私を通すようにさえできれば、大きな文句はなかったのだけれど。
精査してからサインする旨を告げて、商談は次のフェーズに入る。Pastel*Palettesにどの曲を委ねるべきか、まだ決めあぐねていた。
「アイドル」というテーマで話をするのなら、文字通りの「アイドル」こそがPastel*Palettesに託すべき曲だろう。Billboardのチャートにおいても日本初の快挙を成した、疑いようのない『名曲』だ。
しかしどうにも、丸山さんをはじめPastel*Palettesの雰囲気にはそぐわない。アイドルの頂点に立った少女の空虚を、愛を、影を、光を描いたこの曲の前に、彼女達では力不足であるとさえ思う。単に、モチーフに見劣りする役者は許されないだろう、という持論だ。
きらきらとした曲を選ぶことも考えた。「ふわふわ時間」なんかのアニメソング、「最上級にかわいいの!」みたいなアイドルソング、平成の多人数アイドルグループの代表曲たち。候補はいくらでも浮かんでくるし、これまでの感覚からして、私がきちんと演出を整えさえすれば問題なく伸びるだろうという確信もある。
「2曲、お聞かせしますね。それぞれ『シンデレラグレイ』『魔法少女とチョコレゐト』というタイトルでリリースを考えていたものです」
結局選んだのは二曲。Pastel*Palettesの雰囲気にはそぐわない曲を、彼女達に託してみる。嫌なら断れば良いのだけど、彼女達は断れない。私だって、自分の名前が彼女達にとってどれくらいの価値を持つのか承知している。
星の数ほどのアイドルの中で、『ピルグリムの楽曲提供』という言葉一つが彼女たちを瞬間、特別に輝かせることができるのだから。
「あたしたちが『Pastel*Palettes』だから『グレイ』なの?」
「ええ」
「意地悪だね。もう一曲も」
二曲とも、若年層から特に人気があった曲だ。日本有数のシンガーソングライターのアルバム曲と、合成音声の──もうボカロと呼称して構わないか──ボカロ文化のヒット曲のひとつ。
終わった恋の話と、先の「アイドル」にも通ずる偶像の苦悩の歌。
「知っているでしょう。私がろくでもない人間だなんて」
ああ、Pastel*Palettesよどうか、あの世界の曲で成功して欲しい。
私が植え付けた侵略的外来種のタネを芽吹かせ、そして、どうか、私の思い上がりを否定して欲しい。